川辺にて


 山菜を採りに外出した牛鬼と千月は、捩眼山の屋敷からそれほど離れていない小さめの川へ寄り道した。清らかな水が涼しげな音を奏でている流れに駆け寄った千月はしゃがみ込み、手を水の中に入れる。

「ふふ、冷たい」

 夏。
 気温は高く季節だが周囲は深い緑に包まれているため、山中はわりと涼しい。
 水の心地よい冷たさを楽しんでいると、

「千月、そんなにはしゃぐと危ないぞ」

 牛鬼はゆったりとした歩調で千月の方へ歩み寄る。

「もう、梅若ったら心配性なんですから」

 大丈夫と牛鬼に笑いかけ、彼のもとに向かおうと立ち上がった、その時だ。安定しているとはいえない足場が災いし、バランスを崩した千月はよろめいた。

「あ……」

 倒れてしまう、と覚悟した。だが痛みや衝撃はやって来ない。状況をのみこめずにいると、頭のすぐ上からため息混じりの声が聞こえてきた。

「やれやれ……だから危ないと言っただろう」

 見上げると、すぐ近くに牛鬼の顔があり、自分は牛鬼の腕の中。どうやら倒れないよう抱き寄せてくれたらしい。
 改めて自分の状況を確認した千月は、抱きしめられていることに赤くなり、迷惑をかけた申し訳なさに俯いた。

「す、すみません……」

「そう思うなら、千月――顔を上げろ」

 牛鬼の声は怒っているようには感じられない。状況的に一瞬迷ったのち顔を上げると、

「……ん……」

 すかさず牛鬼が唇を合わせてきた。後頭部と腰を押さえつけられているため逃れられない。扇情的なものではないものの、しっかりと味わうように吸いついてくる。

「ん……ぅ……」

 幾度か声を漏らした頃、ようやく解放された。

「注意したのに聞き入れなかった罰だ」

 たしなめる牛鬼にはやはり怒気はなく、逆に楽しそうに口の端を吊り上げている。

「う……梅若!」

 お互いに好いた者同士なのだからこういう行為は別におかしくないのだが、不意打ちなのが何だか悔しい。

「ほら、山菜を採りに行くのだろう。早くしないと時間がなくなるぞ」

 一人満足げな牛鬼は再び歩き出す。いつか仕返しをしてやろうと心に決めた千月は、牛鬼のあとを追った。


Web拍手掲載期間
2011/06/30〜2012/03/17
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