第二十三話 予定は週末
「式は明後日の夜にやろうと思っておる」
藤音を紹介した牛鬼と千月に、ぬらりひょんはそう伝えた。
「明後日と申しますと……」
「土曜日、ですか」
千月が確かめるように呟けば、牛鬼がいささか驚いた表情になる。
「そう、土曜日じゃ。そうすればリクオも気兼ねなく参加出来るじゃろう」
週末ならば学校が休みである。人間として暮らしているリクオが参加出来るように配慮したというわけだ。
「しかし、あと二日しかありませんが……」
今日は木曜日。準備や段取りが大切な婚礼なのに、二日後に合うのだろうかというのが、藤音の疑問だった。
「なぁに、心配せんでも良い。わしなんかいきなりだったからな」
笑いながら言うぬらりひょんに、藤音は返す言葉が見つからなかった。
確かに、と牛鬼と千月は心の中で納得する。ぬらりひょんと珱姫の祝言は突然もいいところだ。あの頃はわしも若かったのう、とぬらりひょんは昔を思い出し、笑みをこぼす。
牛鬼は千月と苦笑して、これが総大将なのだと藤音に言い、式のことはぬらりひょんに任せることにした。
それと、今日ぬらりひょんを訪ねたのは式の日取りの確認だけではない。アメノミナカヌシノカミが本家を訪れ、ぬらりひょんとの面会を希望していることを伝えるためにも訪れたのである。千月がそのことを話せば、ぬらりひょんは快諾してくれた。
「ほお、神が妖怪のところへ来るとは面白い。わしも会ってみたくなった。そうじゃな……明日の夜はどうかのう?」
ぬらりひょんが予定を伺えば、藤音が首を縦に振る。
「問題ないでしょう。アメノミナカヌシノカミ様もお喜びになります」
「では、母上様に伝えておきますね」
話が一段落したちょうどその時、廊下から慌しい音が聞こえてきた。複数の足音がだんだん部屋へ近づいてきて、
「おじいちゃん! ちょっといいかな?」
襖を開けて部屋に飛び込んできたのは、若干息を切らしたリクオだった。それに続き、氷麗、首無、黒田坊、毛倡妓、青田坊が駆け込んでくる。学校から帰ってきたばかりなのだろう。リクオや氷麗は学生服、護衛の黒田坊達は人間の格好のままであった。
「何じゃ何じゃ、帰ってくるなり騒がしいのう」
「若、いかがなされた?」
「あら、皆様おかえりなさいませ」
呆れながら孫や組員を見るぬらりひょん。慌てた様子のリクオに伺いを立てる牛鬼。にこりと笑い、柔らかい声音で皆に声をかける千月。
それぞれの反応を見せた三人とは別に、見慣れない女性がいることに気づいたリクオに、千月が紹介してくれた。彼女は藤音といい、母の屋敷にて世話係をしていたが、今後は捩目山の屋敷で一緒に暮らすことになる、と。
リクオは藤音に挨拶したあと、確認したいことがあると前置き、牛鬼と千月に向き直る。
「さっき母さんに聞いたんだけど……牛鬼と千月さん、結婚するの?」
どうやら一緒に駆け込んできた氷麗達も同じことを聞きたいらしく、牛鬼と千月をじっと見つめる。
「はい、明後日の夜に」
千月は頷き、式を取り仕切るのは総大将ですが、と付け加える。
「牛鬼、千月さん、おめでとう!」
「ありがとうございます、若」
「ふふ、ありがとうございます」
リクオだけでなく、駆け込んできた組員達も祝福の言葉を贈ってくれた。中でも氷麗は自分のことのように喜んでくれた。以前牛頭丸から牛鬼との婚礼を教えられた時、「結婚するというのは本当ですか?」「もう本家に遊びに来れなくなるのですか?」といって、駄々をこねた素振りも見せていた。千月が説明してなだめたこともあり、それ以降、氷麗は結婚を祝ってくれている。
「式は今度の土曜の夜に行う。皆、準備は頼んだぞ」
「うん……って、明後日なの!? それちょっと早すぎないかなぁ……?」
「でも、学校も休みですし、ちょうどいいじゃないですか」
予想外の日程に心配そうな表情を見せるリクオに、氷麗が楽しそうに言った。
「それにしても、婚礼といっちゃあ酒だな」
「青、あまり飲みすぎるなよ」
「お前も酒に飲まれるんじゃないぞ、黒」
「酒飲み勝負なら負けないわよ」
青田坊、黒田坊、首無、毛倡妓が、式のあとに待っているであろう宴を想像する。妖怪にとっては婚礼よりも、式の名を借りた宴の方が魅力的なのだろう。きっと明け方まで飲み続けるに違いない。
「もう……皆、今回の主役は牛鬼と千月さんなんだよ。あまりハメをはずしちゃ駄目だからね」
特別な日でなくても、うちの組員はよく酒を飲んでダラダラしているのに。リクオがため息をつきながら忠告するも、青田坊達には軽く受け流された。
この場にいる組員で宴になっても自制心をきかせられるのは、氷麗と、酒に弱く飲まない首無くらいだろうか。
まあとりあえず、二日後が楽しみだ。清十字団の活動と称して、清継の妖怪探索に巻き込まれないようにしないと。そう決心しつつ、リクオは氷麗達を連れてぬらりひょんの部屋から出ていった。
* * *
「では、私は一度母上様のところへ戻ります」
そう牛鬼に伝えた千月は、炎に縁取られた『扉』に入り、神地へ向かった。母と別れたのはつい先程で。まさかこんなにも早く日程が決まるとは思ってもいなかったので、何だか変な感じだ。
「母上様」
「おや、もう日取りが決まったのかえ」
庭園の池のそばにいた母に声をかければ、いつもより少し弾んだ声が返ってきた。
「はい。式は二日後の夜になりました」
「おやおや……ずいぶんと早いことじゃ」
驚きを見せつつも、やはりその声は弾んでいる。意外と早く娘の花嫁姿を見られることが嬉しいのだろう。
それと、と千月は付け加える。
「式の前日──明日の夜、総大将が会いたいとおっしゃっていました」
普段なら外界とは接触を持たず干渉しない神であるが、娘が妖怪との混血で、妖怪任侠一家『奴良組』に属する組の長と結婚する。これも何かの縁だろう。奴良組総大将と会ってみるのも悪くない。
というより、以前より千月からぬらりひょんや奴良組について聞き及んでいるうちに、彼らに興味を持ったのが正直なところだ。
「わかった。明日の夜、奴良組本家を伺うとしよう」
2012/01/19
2012/02/29 修正
2023/07/07 一部修正
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