第二十二話 侍女について


「ここが奴良組本家、ですか……」

 アメノミナカヌシノカミより神地から出る許しを得た藤音は牛鬼と共に、千月が作り出した神地と人間界を繋ぐ道を通り、奴良組本家へとやって来た。
 藤音は障子を開けて庭をぐるりと見渡した。庭には大小さまざまな妖怪がいる。時刻もすでに夕方に近い。夜が近づいている妖怪達は、活発に駆け回ったりしている。

「とても広いお屋敷でございますね」

 アメノミナカヌシノカミの屋敷もかなりの広さを誇っているが、奴良組本家もなかなかの広さだ。

「ところで、藤音殿は妖怪……なのだろうか?」

 牛鬼がぽつりと漏らした。神が住む神地にいたのだから妖怪ではないと思うが、と心の中で呟く。
 そういえば。千月の侍女ということは言ったが、正体というか、自分のことについてあまり語っていないことに藤音は気づいた。今後は捩眼山に移り住むのだから、屋敷の主人である牛鬼にはきちんと話しておかなければ。

「私は、アメノミナカヌシノカミ様により人の姿を与えられた藤にございます」

 藤音の髪飾りの藤の花が、小さく揺れた。造化の神により人の姿を与えられた藤。それが藤音だという。

「ですから、私には特にこれといった力はありません。せいぜい藤を咲かせたり、操るくらいしか出来ません」

 元が藤なので、藤を生み出すことはもちろん、自生・栽培問わず藤の花を咲かせることが可能だ。
 ふむ、と牛鬼はつい先程まで滞在していた神域にいた女性を思い返す。アメノミナカヌシノカミの後ろに控えていた侍女。彼女も花の髪飾りを身につけていた。

「では、あちらで花の髪飾りをつけた女性は……」

「はい、侍女は皆、母上様により人の姿を与えられた花です」

「なるほど。──では藤音、改めてよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願い致します、牛鬼様」

 藤音が恭しく一礼する。ちょうどその時、庭から聞き慣れた声がした。

「牛鬼様、その者は……」

 牛頭丸が、藤音から視線をはずさないまま、縁側から上がり込む。牛鬼と千月の顔見知りのようだが、自分の知らない相手である。五月に、捩眼山に足を踏み入れたリクオへ向けたような敵対心は見せないが、警戒心は解かない。

「あれ? 誰なの?」

 牛頭丸に続き、馬頭丸も部屋に上がる。相棒とは対称的に、馬頭丸は警戒心はなく、むしろ好奇心しか向けていない。
 牛鬼は藤音のことを、今日の出来事と共に牛頭丸と馬頭丸に紹介した。千月の母親に会い、結婚すると伝えたこと。千月の侍女として幼い頃から世話をしていた藤音のこと。そして、千月の父・朧のことを。

「なるほど、そうでしたか……」

「へへ、優しそうな人ー」

「藤音と申します。よろしくお願い致します」

 牛頭丸は警戒心を解き、馬頭丸は嬉しそうに笑った。

「そうだ。牛鬼様、近いうちに千月様と式を挙げるというのは本当なのですか?」

 朝から屋敷内がやや慌ただしく、しかし何処か楽しそうな女性陣に牛頭丸が尋ねれば、牛鬼と千月が近々結婚式を挙げるので、その準備だという。
 今朝、千月の母親に挨拶へ行くと牛鬼より告げられた時に、千月と式を挙げることは知っていたが、それがいつになるかまでは聞いていない。期待を込めた瞳を向ければ、話題にあがった二人は少々照れ臭そうに互いに顔を見合わせた。

「ええと……いつになるかは……」

「総大将に聞かないとわからないな」

 今度は、牛頭丸と馬頭丸が顔を見合わせる番になった。何故ぬらりひょんに聞かないといけないのだろうか。

「結婚のことを総大将にお話ししたら、日取りなどはまかせろとおっしゃって」

 苦笑しつつ、千月が答える。どうして当事者ではなくぬらりひょんがはりきっているのか、千月には何となくわかっていた。ぬらりひょんにとって、牛鬼は我が子同然で、千月は惚れた女性である。どちらも大切な存在なので、自ら予定を取り仕切りたいのだと思う。

「あとで総大将に確認しないといけないな」

「そうですね。それと、皆様に藤音を紹介しましょうね」

 * * *

 その後、牛鬼と千月は藤音を連れて組員達に挨拶まわりをした。若菜、毛倡妓、納豆小僧、小鬼、3の口、その他大勢。組員は既にぬらりひょんから牛鬼と千月が結婚することを聞いているらしく、出会うたびに祝福の言葉をかけられた。
 学校に行ったリクオや、その護衛の氷麗や首無達はまだ帰宅していない。牛鬼達は、ひとまずぬらりひょんに会うため彼の部屋の前に向かうことにした。


2011/12/31
2012/02/29 修正
2023/07/07 一部修正

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