第二十一話 二人の関係者


 アメノミナカヌシノカミは牛鬼と対面を済ませたあと、庭を散策しようかと提案し、千月と牛鬼を連れて庭へ出た。一年中春のように花が咲き誇る庭は、とても居心地が良いと牛鬼は感じた。

「見事な庭ですね」

「ここでは季節を問わず、枯れることなく花が咲いておる」

 人の世界では今は夏だが、ここでは夏の花以外も咲いている。自分の庭を褒められて、アメノミナカヌシノカミは満足げに微笑んだ。

「あ、ちょうどあの辺りが私の部屋です」

 千月が指差した方向にも色とりどりの花が咲いており、その中で一際鮮やかな色が目に入った。小さな花が寄せ集まり、可憐で慎ましい佇まい。
 それは色の名前でも有名な──

「……山吹、か」

「……先程、母上様が外界の方々に出会ったとおっしゃっていたでしょう?」

「ああ」

「あれは二人いたんです。そのうちの一人は……山吹乙女」

 懐かしい名が出た。
 東京が江戸と呼ばれていた頃。奴良組二代目総大将・鯉伴の妻として彼自身が連れてきた女性。物静かで、いつも鯉伴のそばに寄り添っていた彼女には名前がなかった。そのため、鯉伴により山吹乙女と名付けられた。

「彼女と面識があったのか?」

「ええ、山吹が本家にいた頃に会いまして。すぐに親しくなったんです」

 それから千月は、山吹乙女との思い出を簡単に牛鬼に語り出した。


 ──徳川の時代だった頃。
 奴良組を訪問すると、既に顔見知りとなっていた鯉伴に妻が出来たという。驚きつつも二代目夫婦と会い、祝いの言葉を贈った。それ以降、山吹乙女とは江戸の町へ出かけたりするほど仲良くなった。

「なるほど。……ところで、二代目の元から去ったあとの彼女がどうなったか知っているのか?」

 短歌と山吹の一枝を残して姿を消した山吹乙女の行方を、組員は誰も知らない。山吹乙女と親しかった千月ならば、その行方を知っているのではないかと牛鬼は考えた。すると、千月の表情がわずかに曇り、静かに頷いた。

「……はい。奴良組から離れた山吹は、私と旅をしました」

 千月は山吹乙女より、奴良組に嫁いで五十年経っても、鯉伴との間に子が出来ないことに悩んでいると打ち明けられた。妻が人間ながらもぬらりひょんには子が生まれているのに、何故自分は鯉伴の子を成せないのだろう、と。
 悩んだ末、子を成せないのは自分に原因がある、と山吹乙女はぽつりと漏らした。鯉伴の妻である以上、彼の子を産むことが自分の務めである。それが出来ない山吹乙女は悲しみ、鯉伴に対して罪悪感に苛まれていた。
 そのため、奴良組から──鯉伴の元から去ることを選んだのだという。

「もちろん考え直すように説得しましたが、彼女の決意はかたいものでした」

 それから千月と山吹乙女の二人旅が始まった。様々な場所を巡ったり、何度かアメノミナカヌシノカミのいる神地を訪問し、楽しい時間を過ごしたりもした。
 だが、旅はそう長くは続かなかった。
 幽霊として生きてきた山吹乙女だったが、静かにその生を閉じた。慣れない長旅の疲労と、子を成せないことによる心労である、と山吹乙女自身が言った。神地で休めばいいと千月が提案しても、首を縦には振らなかった。
 やがて、山吹乙女は千月に看取られて静かに息を引き取った。

「……きっと、自分の命が長くはないとわかっていたのだと思います」

「そうか……」

 牛鬼が頷くと、静かに話を聞いていたアメノミナカヌシノカミが口を開いた。

「千月の父にもそなたを紹介したいのじゃが……」

 千月の父親。妖狐であることは牛鬼も知っている。

「先程、こちらにいらした妖怪は二人と聞きましたが、もう一人の妖怪というのは……」

「そうじゃ」

「……私の父上様です」

 千月が目を伏せるのを見た牛鬼は、何かあったのだと感じ取り、アメノミナカヌシノカミへと視線を移す。

「千月の夫になるのだから、牛鬼殿にも話すべきじゃな」

 まるで自分に言い聞かせるかのようにアメノミナカヌシノカミは呟くと、一呼吸置いて語り出した。


 千月の父──朧は妖狐である。
 アメノミナカヌシノカミと結ばれてからは神地で暮らしていたが、時折人間界へ行くこともあった。花が咲き乱れる穏やかな神地も好きだが、人間界の移り行く四季や人間も好きなその性分は温厚で争いごとを嫌うという、妖怪らしくない妖怪でもあった。
 人間が好きだということもあり、他の妖怪には変わり者扱いされることも少なくなかった。
 そんな朧が笑顔で「行ってきます」とアメノミナカヌシノカミに挨拶して神地を出たのが八年ほど前。そのやり取りを最後に、朧が戻ってくることはなかった。

「ずっと父上様を捜していますが、手がかりがないのです」

「数ヶ月出かける時はあっても、何年も戻らないということはなかったから、余計心配でのう」

「そうでしたか……。私も捜索に協力させていただきましょう」

 牛鬼の言葉に、沈んでいた母子の表情が一気に破顔した。
 その後、千月は朧についての情報を牛鬼へ伝える。白銀の色をした妖狐で、人の姿になった際の外見の特徴なども聞いた牛鬼は、近しい人物が見つかった際は必ず教えることを約束すると、母子は安堵と喜色の笑みを浮かべた。

 * * *

 それからしばらく庭を散策したのち、牛鬼と千月は人間界へ戻ることにした。

「そろそろ戻りますね」

「式の日取りが決まったら……」

「わかっていますよ、母上様。すぐに教えます」

 まるで今から式が始まるかのように、アメノミナカノヌシは楽しそうだ。
 神に寿命はない。そのため、一日はあっという間に終わり、一年は早々に過ぎ行く。
 千月が生まれて千年が過ぎた。アメノミナカノヌシにとっては千年も長くはなく、いつかは誰かの伴侶となるだろうと思っていた。その晴れ舞台が近いうちに催されるのだ。自然と表情が緩くなってしまう。

「もう行かれるのですね」

 アメノミナカノヌシの後ろに控えていた藤音が、名残惜しそうに千月に声をかけた。千月が生まれた時から彼女の世話をして、遊び相手になったりもした。兄弟のいない千月にとっては姉のような存在でもある。
 千月が結婚することは嬉しくもあり、寂しくもあった。

「藤音……」

 千月も藤音の寂しさを感じ取り、思わずアメノミナカノヌシにひとつのわがままを言った。

「母上様、お願いがあります。藤音も一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか?」

 千月の言葉に、牛鬼も藤音も驚いた。

「千月様、良いのです。私はここでの務めがありますから……」

「構わぬ。千月と行くと良い」

 慌てて辞退しようとする藤音に、アメノミナカノヌシは穏やかに微笑んだ。

「千月が結婚すると聞いた時から考えておったのじゃ。千月とそなたがどれだけ仲が良いかは知っておる。一緒に行きたいのであろう?」

「……アメノミナカノヌシ様にはかないませんね」

 ふう、と息を吐き、藤音は苦笑した。

「梅若、藤音も屋敷に住まわせてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。藤音殿がいれば、さらに賑やかになって楽しくなりそうだ」

 最初は千月の提案に少し驚いたものの、侍女として世話をしていたということもあり、牛鬼は快諾した。現在、捩眼山には男しかおらず、女性は千月だけ。千月にとって同性の存在がいれば暮らしやすくなるだろうし、家事の助けにもなるだろう。

「牛鬼様、これからよろしくお願いいたします」

「ああ。こちらこそよろしく頼む」

 藤音は改めて牛鬼に向き直り、頭を下げた。


2011/11/18
2012/02/29 修正
2023/07/07 一部修正

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