第十九話 求婚
牛鬼は話があると言い、寝ている馬頭丸を起こさないように千月を庭へ連れ出した。
* * *
広い庭には池があり、灯籠や飛び石も置かれている。リクオの出入りに従った妖怪達が戻り、夜中は静かだった屋敷内はいつものように賑やかさを取り戻していた。
牛鬼と千月は枝垂れ桜まで歩くと足を止め、桜を見上げる。春には花が咲き誇っていた枝は、今は緑の葉が芽吹いている。
「立派な桜ですね。春に本家を訪問した時は、いつもこの桜を見るのが楽しみでした」
今年は桜の季節は過ぎてしまったので、来年は牛頭丸、馬頭丸達を連れて本家で花見をしたいと千月は思った。牛頭丸は嫌がりそうだが。
「それで、お話とは何ですか?」
話題を切り替えて牛鬼に向き直ると彼はしばし千月を見つめ、やがて口を開いた。
「──妻になって欲しい」
「……!」
「出会って千年……長かったが、これからは伴侶としてそばにいて欲しい」
驚きと嬉しさのあまり、千月は思わず息をのむ。しかし、すぐに満面の笑みで頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
「おや、二人してどうしたんじゃ?」
声をかけられて牛鬼と千月が振り向くと、ぬらりひょんが二人の方へやってきた。
「総大将、いつお戻りに?」
「ついさっきじゃ」
「お帰りなさいませ」
行方知れずだったぬらりひょんがひょっこりと戻ってきたことに、牛鬼と千月は顔を綻ばせた。これはちょうど良い、と牛鬼は千月と伴侶になることをぬらりひょんに伝えれば、自分のことのように喜んだ。
「おお、ようやく一緒になるか! いつ式を挙げるんじゃ?」
「それはまだ」
「あ、母への報告ですが……」
千月の母はアメノミナカヌシノカミ。神話では、国造りをしたあとは姿を隠したといわれる神様だ。
「梅若、どうします? 今日行きますか?」
「いや、明日で良かろう」
千月は傷が癒えたばかりなのだ。牛頭丸や馬頭丸の容態も気になるため、無理に今日行く必要はない。
「式はいつがいいかのう……とりあえず、日取りや準備はまかせておけ」
「あの、総大将──」
「ああ気にするな。本家に滞在ついでに式を挙げればいい。リクオ達も喜ぶぞ」
牛鬼が遠慮がちに話しかけるが、ぬらりひょんはそれを遮ると何処かへ去っていった。
「……あらまぁ……」
何だかぬらりひょんが張り切っていたように見えたのは気のせいだろうか。
千月は呆気にとられつつ牛鬼を見上げれば、彼も同じく言葉を失ってぬらりひょんの去った方向を見つめていた。
2011/07/21
2023/07/07 一部修正
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