第十八話 出入りの帰還
夜が明けた。
千月は目を覚まし、上半身を起こす。牛鬼は馬頭丸の看病をしているのだろう。部屋には自分以外誰もいない。
寝間着の帯を解き、傷の具合を確認する。軽く触ってみたが痛みはない。包帯を緩めて患部を見れば、傷跡は綺麗に塞がっていた。
千月は布団を片付けて着物に着替えると、まずは牛頭丸が運ばれた部屋に向かった。
「おう、千月か」
鴆がいた。どうやら夜通しで看病してくれていたらしい。
「おはようございます。世話をかけましたね、ありがとうございました」
「何、構わねぇよ」
むしろ医者として当然だと笑った。
千月は眠る牛頭丸のそばに腰をおろして髪をそっと撫でると、小さな声を漏らして牛頭丸が目を覚ました。
「……千月様……?」
「あ、起こしてしまいましたか。すみません」
髪を撫でる手を止めると、牛頭丸がガバッと起き上がる。
「千月様、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
いきなり掴みかかる勢いで質問を浴びせた牛頭丸に驚きつつも落ち着かせる。
「このとおり大丈夫ですよ。さ、もう少し休んでいてください」
柔和な笑みを浮かべる千月に牛頭丸は胸を撫で下ろし、再び横になった。千月の言葉に従う牛頭丸を見た鴆は、少し不満そうな表情に変わる。
「おいおい、俺にはあんだけ怒鳴りつけたくせに、千月には素直なんだな」
鴆は、リクオが百鬼夜行に出たあとに起きた牛頭丸に、薬として差し出した薬用の羽根を「毒羽根だ」と叩き落とされ、器も壊されたことを思い出す。
「ふん、千月様は特別なんだよ」
鼻であしらわれた鴆は、生意気な奴だと吐き捨てながらも、心の中では理解を示していた。牛鬼組が奴良組に加わる前から牛鬼を畏れ慕い、その牛鬼とは人間の頃からの顔見知りで婚約者の千月。牛頭丸が慕うのも頷ける。
「千月、一応治癒を頼む」
「わかりました」
牛頭丸を再び横にさせ、千月は包帯の巻かれた患部にそっと手をかざし、治癒を済ませた。
「はい、終わりました。では私は……」
馬頭丸のところに行きます。そう続けようとした時、屋敷が騒がしくなった。どうやら百鬼夜行に出ていたリクオ達が帰ってきたようだ。
「鴆! 鴆はいるか!?」
「若の手当てをー!」
何人もの妖怪がドタバタと駆け回っている。
「ったく、朝から騒がしい奴らだぜ」
少しは静かに出来ないのかと愚痴を漏らしながらも、鴆は立ち上がる。
「千月、悪いがリクオも頼む。馬頭丸の容態は安定してるから」
千月が馬頭丸を心配していることはわかっているが、先にリクオの手当てを済ませたい。でないと、怪我が治ってないのに学校に行くと言って聞かないからだ。
千月は頷き、リクオの治癒を優先することにした。鴆が世話しやすいとのことで、リクオは牛頭丸と同室になった。また、千月は鴆に布団を敷くよう指示を受けた。彼が言うには最近、リクオは昼は学校、夜はパトロールでろくに寝ていないという。
リクオの部屋から彼の使っている布団を出し、牛頭丸のいる部屋に運び込むと、既にリクオは鴆の手当てを受けていた。しかし、何やらリクオと氷麗が押し問答をしているようだ。
「僕、学校行くから! 氷麗、お弁当よろしく!」
「そんな体で何をおっしゃるのですか!」
「学校は休めないよ! 氷麗も学校行くなら早く用意しなよ」
四国八十八鬼夜行と戦ったにもかかわらず、リクオは休息を取らずに学校へ通うと言い張る。対する氷麗は、リクオの身を案じ、登校させられない、休むべきだと引き下がらない。
鴆の言ったとおりだった。
「いってらっさーい」
「誰かリクオ様を止めろ」
「傷が開きますよ」
3の口、小鬼、豆腐小僧がそれぞれ見送ったり、制止させたり。朝から賑やかですねと千月が微笑ましく思った時、
──氷麗が爆発した。
「聞き分けなさぁぁぁい! どんだけ斬り刻まれたと思ってるの! 包帯でぐるぐる巻きにしますよ!!」
屋敷中に轟きそうなほどの声で氷麗が怒鳴ると、リクオが障子の角に鈍い音を立てて頭をぶつけてしまった。
「あらあら……」
さすがの千月も氷麗の爆発に驚いて苦笑いを浮かべてリクオに駆け寄り、ぶつけたばかりの彼の頭に手をかざして治癒を施す。その後、すぐに鴆が処置をし、リクオの頭部にはぐるぐると包帯が巻かれた。
「おとなしくしてろ」
「ごめん……」
鴆が包帯を巻いている間、リクオが少し気まずそうに謝った。
一方、氷麗は先程とはうってかわって静かになってしまった。包帯でぐるぐる巻きにすると言った自分の言葉が、まさか本当のことになってうとは。リクオを止めるための、言葉のあやだったのに。感情的に怒鳴った己を恥じた氷麗は縮こまり、しゅんとしていた。
「リクオ、お前はまず寝ろ! そっからだ全部」
「今日は日直だったんだよな……」
午後からでも学校に行きたいと呟くも、すぐに却下された。
「もう、仕方ないですね」
千月はリクオに微笑みを向けて彼の手を握り、傷が早く癒えるようにと更に治癒を施した。
「これで明日には傷が治るでしょう。だから、今日は休んでください」
「……うん。わかったよ、千月さん」
頷いたリクオに、氷麗も鴆も胸を撫で下ろした。
「では、私は馬頭のところに行ってきますね」
「ああ、ありがとな」
千月はリクオと牛頭丸を鴆にまかせ、馬頭丸のいる部屋に向かうことにした。
* * *
失礼しますと障子を開けて中に入れば、布団の中で横になっている馬頭丸と、看病している牛鬼がいた。
「千月様!」
ガバッと布団をはねのけ、馬頭丸が千月に飛びついてきた。馬の骨ははずしているため、普段隠れて見えない馬頭丸の顔があらわになっている。少女のように可愛らしい顔立ちだ。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
ああ、牛頭丸と同じ反応だ。やはり二人は相棒同士だなと思いつつ、馬頭丸を布団に戻らせる。
「大丈夫ですよ。だから休んでくださいね」
にっこり笑えば、馬頭丸は横になる。千月は牛頭丸やリクオにしたように、馬頭丸にも治癒を施した。
その後、千月の無事が確認出来て安心したのか、馬頭丸は寝息をたて始めた。
ふう、と一息つくと、牛鬼が千月の手を握ってきた。
「若や牛頭丸にも治癒をしたのだろう。礼を言う」
「梅若こそ、馬頭を看ていただき、ありがとうございます」
握られた手の暖かみに千月は安堵感を覚え、牛鬼の手を握り返して目を閉じる。複数、それもリクオには普段より多めに治癒の力を使用したこともあり、少しばかり疲れの色が出ていた。それに牛鬼が気付く。
「もう一眠りするか?」
「いいえ、ゆっくりしていれば大丈夫です」
「そうか」
牛鬼が相槌をうつと千月がぴたりと肩をくっつけ、ギュッと優しく牛鬼の手を握れば、彼の大きな手が包み込んでくれた。
「ふふ、あったかい」
幼子のように笑う千月に、牛鬼の表情もやわらなかそれに変わった。
* * *
リクオと玉章の戦いは、リクオが無事勝利を収めた。奴良組百鬼夜行として妖怪を率いたリクオにより、玉章は手打ちとなったという。
──これにて四国八十八鬼夜行との対決は幕を下ろした。
2011/07/11
2023/07/07 一部修正
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