第十六話 密偵隊の帰還


 四国妖怪達の誰もが侵入者を斬ったのだと思ったが、それは誤りだとすぐに気付いた。手洗い鬼、夜雀、針女、犬鳳凰といった幹部以外の妖怪達は、奴良組の妖怪と一緒に魔王の小槌によって無惨にも斬りつけられたのである。

「何で……玉章様……」

「ワシら、仲間じゃ……ねぇのかい……何で……ワシらも一緒に……」

 はるばる四国より増援に駆けつけた妖怪達も巻き込まれた。味方のはずなのに、何故自分達も斬られたのか。すがるような目で玉章を見つめる妖怪達に、しかし玉章は冷徹な眼差しを向けた。

「代わりの者などいくらでもいる。強い奴しかいらない……君らは駒なんだから」

 増援に来た妖怪を駒と呼ぶ玉章を、牛頭丸は理解出来なかった。

(何だこいつ……おかしいんじゃねぇのか……?)

 牛頭丸は負傷したものの、何とか致命傷は避けられたようだ。いや、それよりも千月に何かあれば大目玉どころではない。すぐに確認すると、彼女をかばう形で馬頭丸が倒れている。千月の命に別状はないようだ。

(良かった……おい、馬頭丸……)

 だが、一安心したのは束の間で、馬頭丸の反応がない。何度か小さく揺さぶってみても、ぴくりと動きはしなかった。

「おや、まだ生きているのか」

 息絶えた駒に興味をなくした玉章が牛頭丸に気付いた。

「そんなに知りたいのか? 言っておくが、僕は痛めつけるのが好きだ」

 玉章はゆっくりと牛頭丸に歩み寄る。

「あと一撃で死ぬなら0.1の力で斬る。次は0.09の力で……更に0.009の力で……」

 神宝と呼ばれた魔王の小槌の刃はボロボロに欠けている。一見すればガラクタにも見えるそれは、とてつもない斬れ味を持っていた。

「何度でもこの刀、味わわせてやろうな……?」

 残酷な笑みを浮かべて牛頭丸達を見下ろした。
 ──その時だ。ガラスを割る派手な音と共に室内に飛び込んできたのは、奴良組の三羽鴉だった。黒羽丸が玉章に襲いかかり動きを止め、トサカ丸とささ美が牛頭丸達のそばに降り立つ。

「お前達……奴良リクオの命令か?」

「言う必要はない。ここは奴良組のシマだ」

 どうやら単独行動らしい。良い部下を持っている。玉章は、仲間に欲しいと純粋に思った。

 床に叩きつけられたことで一瞬意識が飛んだ千月だが、何とか自分の足で立ち上がる。

「千月様!?」

「お怪我はございませんか?」

 牛頭丸と馬頭丸が潜入したのはカラスより聞いていたが、まさか千月もいるとは思いもしなかった。

「……大丈夫です……それよりも二人を……」

 魔王の小槌の斬撃をまともに受けた牛頭丸と馬頭丸が心配だ。黒羽丸とトサカ丸はそれぞれ牛頭丸と馬頭丸を抱え上げると、すぐさま飛び立つ。

「引くぞ!」

 千月とささ美もその場をあとにした。

 逃げた奴良組を追いかけようと夜雀も飛び立とうとしたが、放っておけと玉章に止められた。

「あれだけの傷だ……あの傷を見れば、敵に『策が通じぬ』と……『考えが読まれていた』と、そう思わせられる」

 夜雀は何も言わず静かにひざまずき、玉章のそばに控える。

「奴らの動揺が目に浮かぶ」

 自分の思い描いていたとおりだ。やはり自分が主なのだ。
 玉章は窓際に飛び散ったガラスの破片を踏み締め、後ろを振り返る。

「刻は来た。今夜、奴良組本家に総攻撃を仕掛ける」

 手洗い鬼、針女、犬鳳凰は、冷徹な大将に怯えていた。
 何事も恐れず笑って進む。しかし、これが大将なのだ。彼についていけば──
 そう。彼を信じて四国からはるばる来たのだ。

 もう後戻りは、出来ない。

 * * *

 浮世絵町の空を、千月と三羽鴉は奴良組本家目指して飛んでいた。

「ありえない……あいつ、味方も関係なく斬り捨てていたぞ!」

 同郷の仲間のはずなのに、何故あそこまで切り捨てられるのか。ささ美はもちろん、黒羽丸やトサカ丸も同じ気持ちであった。

「…………」

 その時、ほんの少し前まで同じ速さで空を駆けていた千月が、次第に速度を落としていることにささ美が気付く。

「千月様、どうしました?」

「何でもありません……三人は本家へ」

 若干苦しそうな声だったが、千月の言うとおり、今は牛頭丸と馬頭丸を早急に本家へ連れて行かなければならない。

「すぐに追いつきます。それよりも、牛頭と馬頭が危険です。本家へ急いでください」

 三羽鴉に心配をかけまいと、先程より落ち着き払った声で話した。それは、人の姿をしていれば、微笑んでいそうなくらいの優しい声音だった。

「……わかりました。一足先に本家へ戻ります。千月様もお気を付けて」

 黒羽丸は頷くと、二人の兄弟を連れて飛び去っていった。さすがは長男、決断力がある。
 三羽鴉の姿が見えなくなると、千月は大きく息を吐き出した。

「牛頭や三羽鴉には気付かれずに済みましたが……」

 ズキリとした痛みに、わずかに目を細める。

「……どうやら浅くはないようですね」

 痛みは脇腹あたり。玉章が魔王の小槌を振るった際、斬撃が脇腹をかすめてしまった。瞬時に傷口を塞いだが、普段のように速度を出して駆けていたのが災いし、傷口が開いたようだ。馬頭丸にかばってもらわなければ、もっと酷い傷になっていただろう。
 千月は牛頭丸と馬頭丸の無事を祈りながら、緩やかな速度で本家へ向かった。


 三羽鴉は本家に到着し、父の部屋に駆け込んだ。

「親父!」

 障子の格子をドンドンと叩けば、鴉天狗が顔を出す。

「何事じゃ、息子よ」

 いつもは冷静な長男が声を荒げている。どうしたんだと障子を開けてみれば、傷だらけの牛頭丸と馬頭丸が息子達に抱えられていた。

「鴆殿は来ているか! 牛鬼殿も呼べ!」


 牛頭丸と馬頭丸の負傷の話は、瞬く間に屋敷内を駆け巡った。本家に住まう妖怪達がワラワラと庭に集まってくる。

「牛頭……馬頭……」

 知らせを聞いた牛鬼も駆け付け、二人のそばに向かう。

「牛鬼様、申し訳……ありません……」

「喋らなくて良い」

 少し遅れてリクオもやって来た。周りの妖怪がヒソヒソと話し合う。
 敵の本拠地に潜入したそうだ。
 何だ、アジトはわかっているのか。
 あの二人が潜入したから牛鬼の策なのだろうが、愚かなことをしたものだ。
 牛頭丸と馬頭丸の負傷に、はやしたてる妖怪達。策は確かに牛鬼が提案したが、二人に命令したのは──

「牛頭丸、ごめん……僕のせいだ。君は僕の命令で動いたのに……こんなことになるなんて……」

 リクオは拳を握り締める。その声は震えていた。

 リクオ様の命令だったのか。妖怪達のどよめきが大きくなった。
 命令した自分が悪い。そう己を責めるリクオだが、牛頭丸は牛鬼に支えられながらゆるりと頭を起こすとリクオを睨む。

「うるせぇっ……てめぇの傷を……人のせいにすると思ってんのか、俺が……!」

 途中、何度もむせながら声を絞り出す。

「俺の……力不足だ……」

 そこまで言うと牛頭丸は意識を手放した。すぐさま牛頭丸と馬頭丸は部屋に運ばれ、鴆による治療が始められた。
 馬頭丸の方が傷が酷く治療にも時間を要したものの、何とか無事に終わり、今は二人共静かに臥せっている。ただし、馬頭丸は重体のため牛頭丸とは別の部屋で休ませている。

「これでしばらく安静にしていれば治る」

「鴆、礼を言う」

「気にすんな。それより、千月は何処行ってんだ?」

 あれだけ屋敷内が慌ただしくなったのに千月の姿が見えない。彼女がいれば患者の負担を減らすことが出来、治療も手早く終わるのだが。
 千月は千羽の祠に向かったと牛鬼が答えようとすると、横になっている牛頭丸が先に口を開いた。

「千月様なら……俺達を逃がそうとあの狸に……」

「……何?」

 牛頭丸の言葉に牛鬼が眉を潜める。千月は千羽の祠に向かったのではないのか。牛頭丸の容態を案じつつ、牛鬼は潜入先での出来事を静かに聞き出した。
 敵に押さえつけられた自分達を助けるため、千月が大将の玉章に飛びかかったという。上手く敵の手から解放されるも、千月は床に叩きつれられ、その直後、四国の増援妖怪ともども玉章の持つ刀で斬りつけられたのだ、と。
 牛頭丸が語るにつれ、牛鬼の表情が険しくなっていった。

「今回の件は、俺が悪いんです……馬頭丸は千月様をかばって……あんな深手を……」

 だから、馬頭丸は責めないで欲しい。牛鬼に懇願すると、鴆が感嘆の声を漏らした。

「へぇ……深追いしたのは感心しないが、やるじゃねぇか」

 ひゅう、と口笛を吹く。いつもは牛頭丸に半ば強引に連れ回される馬頭丸が、身を呈して千月を守ったのだ。なかなか見上げた根性だ。

「ま、ひとまず今は安め。一応、薬一式は置いとくぞ。俺はリクオんとこに行ってくる」

 調合した傷薬や包帯などを薬箱から出すと、鴆はリクオの部屋へ向かった。


2011/06/25
2023/07/06 一部修正

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