第十四話 二つの密偵任務
「ああ!?」
夜の奴良組本家に、牛頭丸の不満な声が響いた。
「密偵? 何で俺らがそんなことしなきゃなんねぇんだ!?」
「君らに頼みたいんだ。それにこれは僕だけじゃなくて、牛鬼の考えでもある」
リクオが庭にいる牛頭丸と馬頭丸に話しかけると、すぐさま牛頭丸が反論してくる。
「そういうことじゃねぇよ! てめぇの口から直接命令されるってのがむかつくんだよ!」
一応若頭なんだけど、とリクオが漏らしたちょうどその時、助け舟が入った。
「牛頭丸、やめんか」
「どうかお願いします」
「牛鬼様……千月様も……」
尊敬し、慕う牛鬼と千月が来たことにより、牛頭丸は落ち着きを取り戻す。
牛頭丸の性格からして素直にリクオの言葉に首を縦に振るとは思わなかったが、ここまで露骨に嫌がるとは。千月は心配そうに彼らのやりとりを見守る。
「我々牛鬼組は武闘派と呼ばれながら、騙し操るという代紋の体現者でもある」
だから密偵には適役だと勧めたのだと言い添えると、牛頭丸はまんざらでもなさそうな顔になり、ふふんと鼻をならした。牛頭丸の態度の変わりように、リクオは眉を寄せる。
「牛鬼……考え直そうかな。本当にこの二人で大丈夫?」
「てめぇどういう意味だ!? 出来るに決まってんだろうが!」
立場としては奴良組本家若頭のリクオが上であるにもかかわらず、牛頭丸は暴言を直そうともしない。そんな相棒に、馬頭丸はただオロオロしていた。
「よし、じゃあ任せた! やってもらいたいことは二つ」
リクオと牛頭丸のやりとりを見ていた千月は、頭の中である考えが浮かんだ。牛頭丸を逆撫でしつつも、自身への反発を利用して任務を受けさせたリクオ。妖怪ぬらりひょんとしての性格を色濃く継いでいるのは、夜より昼の姿なのかもしれない。
「敵の『次の手』と『戦力』。これだけ調べてきて欲しい。これ以上やられないためにも重要な任務だ。ただし、危険だと思ったらすぐに引き返すこと」
情報を入手出来ても、生きて帰還しなければ意味がない。
「牛頭丸……あくまで密偵、余計なことはするなよ」
「……わかりましたよ。やればいいんでしょ!」
牛頭丸の実力は認めるが、売られた喧嘩は買うタイプで、敵地で四国妖怪と戦闘を交えるおそれがある。牛鬼が念を押すと、牛頭丸は渋々ながらも頷いた。
「ただし、俺はてめぇの下僕じゃねぇ。牛鬼様の部下だからやるんだ!」
「それでいいよ」
任務は受けるが牛鬼のためだと言い含めると、リクオは気にしたそぶりは見せずニコニコと答えた。
「馬頭、牛頭の補助をお願いしますね」
「はーい、千月様のためにも頑張ります」
一方、千月が牛頭丸の反発っぷりに戸惑いを見せていた馬頭丸にそう言うと、困惑の表情は消え、いつもの笑顔に戻った。
牛頭丸と馬頭丸の敵地潜入が決まると、次は身なりや言動についての指導だ。
敵の大将は狸の妖怪だという。ならば狸の姿で紛れ込めば良い。身につける物はのちのち用意するとして──
「もし敵に怪しまれたら『慣れない都会だ、人目が怖くて変装していた』と言えば、相手も納得してくれよう」
「あ、梅若、訛りも交えてみてはいかがでしょうか?」
そこで千月が提案を持ちかけると牛鬼は、ふむ、と考える。
「そうだな。それなら更に警戒心も薄れよう」
「こう言うと良いかもしれませんよ。『慣れん都会じゃ。人目が怖くて変装しとったんじゃ』……と」
また、「ポンポコ、ポンポコ」と言えばなお良いと加える。
それから馬頭丸はすぐに真似してくれたが、牛頭丸はなかなか訛りを交えてはくれなかった。気恥ずかしさのあまり抵抗しているのだろうか。
牛鬼と千月は、喋りは馬頭丸に任せ、明日に備えひとまず今日は休むことにした。
2011/06/12
2023/07/06 一部修正
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