第十三話 祠を離れて


「……ん? おい牛鬼、どうしたんだ?」

 袖モギ様を倒したリクオや黒田坊が三羽鴉の背に乗って屋敷に戻ると、玄関に牛鬼が立っていた。

「若……」

 牛鬼は玄関前に降り立ったリクオに近寄る。

「何かあったのか?」

「千月の姿が見当たらないので……」

「ああ、千月様なら浮世絵総合病院に向かったと思います」

 黒田坊が言うと、牛鬼もリクオも何故病院に、と不思議そうな顔をした。

「先程の地蔵を捜していると千月様と出会いまして。千羽鶴の祠のことを教えたら気にしていたので……」

 地蔵──袖モギ様という四国妖怪は、土地神を殺し、人間の信仰を奪うという。その妖怪が病院裏の祠に現れたと千月に話したので、その祠に向かったはずだと続けた。
 敵勢力に襲われたわけではないようだ。牛鬼は安堵し、そうかと胸を撫で下ろす。

「行かなくていいのか?」

「彼女は神の娘です。土地神について、何か感じ取ったのかもしれません。入れ違いになるかもしれないので待ちましょう」

「それもそうだな」

 リクオは、自分達を乗せた三羽鴉や、袖モギ様を倒した黒田坊を労うと屋敷へ入っていった。


 再び一人になった牛鬼は、玄関で千月を待つことにした。
 東の空が明るくなってきた。あと少しで太陽が顔を覗かせるだろう。
 ──総大将が何処かに行ってしまい、本家の小さな妖怪達は騒いでいた。けれど、リクオや黒田坊により四国妖怪の幹部が一体倒されたと。
 リクオはまだ経験浅く、他の幹部の中には、実力面においても懐疑的な妖怪も少なくない。それでも組員をまとめようと尽力している。今回の四国勢の急襲を、必ず解決に導いてくれるだろう。
 そのようなことを考えていると、待ち人が戻ってきた。

「……千月」

「梅若……」

 牛鬼が玄関で待っていたことに驚き、思わず歩みを止めた。

「先程戻ってきた若と黒田坊に聞いたぞ。病院裏の祠に行っていたそうだな」

「心配をかけて申し訳ありません。胸騒ぎがして落ち着かなかったので……」

 牛鬼が千月の前まで歩み寄ると、彼女から頭を下げた。しかし、牛鬼は怒る様子はなく、逆に綻んだ表情を見せてくれた。

「無事で良かった。だが、何かあった時は起こしてくれて構わないからな」

「はい」

 千月は頷き、牛鬼と一緒に屋敷内へ入っていった。

 日が昇り、リクオや護衛の妖怪達は学校へ向かった。夜は活発に活動する妖怪も朝になると静かになり、庭を駆け回っている小さな妖怪の姿はまばらだ。
 現在、屋敷内で活動しているのは、掃除や食事の後片付けで動いている者がほとんどだ。
 千月も家事を手伝っている一人だが、あらかた片付いたのでゆっくりしてちょうだいと若菜に休憩を勧められ、今は牛鬼のいる部屋で休んでいる。縁側に腰かけてのんびりしていると、春のうららかな陽気で次第にまぶたが重くなってきた。このようなところで居眠りはいけないと思うのだが、眠いものは眠い。
 かくん、と首が傾いた時、牛鬼が隣にやって来た。

「千月、眠いのか」

 牛鬼の声と気配に意識を浮上させる。

「ちょっとだけ……」

 今や千月は奴良組の一員となり、もう客人ではない。本家にいても家事を手伝っているため、ゆっくりと過ごしている時間の方が少ないくらいだ。
 あれこれ手伝うのは彼女の性分で、若菜を始めとする家事を担当する者達にとっては大助かりな人物であるのを牛鬼は知っていた。そのため、家事をせずに過ごせなどということは言わなかった。
 少し眠そうな声で答える千月に苦笑した牛鬼は自分の羽織りを脱ぎ、彼女の肩にかけてやる。

「隣にいるから少し眠るといい」

「梅若……では、お言葉に甘えて……」

 やや恥ずかしそうにしていたが、それはすぐに消え、千月はそっと牛鬼の肩にもたれかかった。


 千月がまどろみ始めて数分くらい経過しただろうか。縁側とは反対側にある襖の向こうから、牛頭丸が声をかけてきた。

「千月様、少々よろしいでしょうか?」

 家事手伝いの応援要請だろうか。しかし、少し前に休憩するよう言われたはずだ。このまま寝かせてやろう。
 牛鬼は牛頭丸に、用件はあとにするよう返答しようとした時、千月が先に動き、口を開いた。

「はい……何でしょうか?」

「何やら千月様にお会いしたいという者がいまして」

「千羽っていう名前らしいですー」

 馬頭丸も一緒のようで、会いたいという者の名前を告げた。

「……え」

 一瞬寝ぼけて聞き間違ったのかと思ったが、すぐに眠気が覚め、それはやはり聞き間違いではなかった。

「千羽、殿?」

「そうです。開けますねー」

「あ、おい待て馬鹿……!」

 元気の良い馬頭丸の声と同時に襖が開く。開けて良いと許しもないのに、と牛頭丸が慌てて止めようとするも間に合わず。案の定、部屋には牛鬼と千月がいて、千月の肩には牛鬼の羽織りがかけられている。二人の時間を邪魔してしまったようだ。
 馬頭丸は何とも思っていないらしく、足取り軽く室内へ入っていく。入室する際、相手の許しを得てから入るよう、あとでしっかり注意しておかなければ。牛頭丸はそう決心しつつ、少し遅れて室内へ入った。
 そんな両極端な牛頭丸と馬頭丸の後ろを、宙に浮かんだ千羽がふよふよと続く。

「突然の訪問、申し訳ありません」

「いえ、それは構いませんが……祠から離れても良いのですか?」

 土地神が自分の祠や社から離れることはほとんどない。どうして、と千月が驚いていると、牛鬼にも挨拶を済ませた千羽が改まる。

「千月様に神気を頂いたおかげです。どうもありがとうございました」

 どうやら千月から神気を受けたため、祠から奴良組本家まで来ることが出来たらしい。ただし、これは一時的なもので、しばらくすれば祠から離れることは出来なくなるだろうと千羽は続けた。

「それにしても、神気を別の神に分け与えるなんて、よほど高位の神でないと出来ないと思うのですが……」

 おそるおそるといった感じで千月を見上げる。千羽が何を確認したいのかすぐに理解し、神である母親の名を教えた。

「母がアメノミナカヌシノカミなんです」

 その影響で、混血ではあるが神気も妖気も使えるのだという。すると、千月の言葉に千羽がぴしりとかたまった。

「……え? え……えぇぇぇ!?」

「なっ……」

 千羽が驚愕し、小さな声だが牛鬼も思わず驚いて目を見開く。

「何? 何なの? アメなんとかって……」

「あの、それはどのような神なんですか?」

 馬頭丸は首を傾げ、牛頭丸は説明を求めて牛鬼や千月を見やる。

「私も書物でしか読んだことはないのだが……確か神話では、造化の三神の一柱とか……」

 武辺に生きてきた牛鬼だが、様々な書物を読んできたので知識も豊富である。日本の神話や土地神について記した書物があったことを思い出し、記憶を手繰る。

「凄い神様なのかな?」

 馬頭丸が素直な疑問を漏らすと、興奮しきった千羽がすぐさま反応した。

「凄いなんてものではありません! 小生のような末端に位置する土地神には、そのお姿を拝見することすら出来ないんです!」

 さらに、アメノミナカヌシノカミの能力についても説明してくれた。創造を得意とし、神話では日本の国造りに携わったとも言われている、と。

「名前を口にするのも恐れ多い存在で……まさか千月様がご息女だったとは……」

「まったくだ……神の娘とは聞いていたが、その親がアメノミナカヌシノカミとはな」

 眉間の皺を若干増やした牛鬼がため息をつく。

「あれ、言ってませんでしたか?」

「聞いていない」

「すみません……」

 親の名を伝えてなかったと申し訳なさそうに顔色をうかがう千月を見た牛鬼は、苦笑を浮かべて表情をやわらげた。

「いや、驚いただけだ。いつか挨拶に向かわないといけないな」

 今は四国妖怪の襲撃で慌ただしいため、解決して落ち着いた頃に行くことにしよう。
牛鬼と千月はそう話し合った。


 あまり長居してはいけない、と千羽が屋敷から出る時、千月は再び神気を千羽に分け与えた。これで当分は力も使えるし、祠を離れても問題ない。千羽は何度も頭を下げて祠へ帰っていった。
 その後、千月は休憩を再開することにし、牛頭丸は千月と一緒にいたいという馬頭丸を強引に部屋から連れ出した。

 そして、その日の夜──
 夏実の見舞いから帰宅したリクオにより、ある任務が牛鬼組に課せられることになる。


2011/06/06
2023/07/06 一部修正

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