第十一話 女二人で


 総会は無事に終わり、一夜が明けた。
 しかし、屋敷は慌ただしい空気に包まれていた。総会に出席していなかった関東大猿会会長の狒々と構成員全てが、何者かによって全滅させられていたからである。
 そのため、リクオには普段以上の数の護衛がつくことになった。氷麗、青田坊に加え、河童、首無、毛倡妓、黒田坊の計六人。次代の総大将候補を失うわけにはいかないと、自然とリクオの護衛が増えたというわけだ。

 * * *

 奴良組本家のとある一室。中では、千月と毛倡妓が洋服に着替えていた。

「似合うでしょうか……」

 毛倡妓の持っている服をいくつか見てみたが、肌の露出が多いものばかり。何とか露出が少なめの服を選び出し、薄手の上着を着てみると毛倡妓の顔が綻んだ。

「似合いますよ。いやー、同じ服でも、着る人が違えば印象も違いますねぇ」

 実は今日、千月の洋服を買いに行くため、着物では大変だからと毛倡妓が自分の手持ちから千月に似合う服をコーディネートしているのだ。実際に買い物に同行するのは若菜だが、朝食の準備のため毛倡妓が着替えを任されたというわけだ。

「すみません、毛倡妓。リクオ様の護衛もあって忙しいのに」

「気にしないでください。結構楽しいんですから」

 惜しむらくは、千月と若菜の買い物に付き合えないこと。もちろん、リクオの護衛が第一なので我慢するしかない。
 洋服に着替えた千月は、リクオの護衛で登校に付き添う毛倡妓と別れ、部屋を出た。若菜はまだ家事の最中だろう。手伝いに向かおうと思った時、後ろから聞き慣れた声がした。

「あ、千月様だ」

「洋服に着替えたんですね。着物姿もお綺麗でしたのに」

「スカートがひらひらしてて可愛いですー」

 牛頭丸と馬頭丸のコンビだ。

「ねえねえ、牛鬼様にも見せに行きましょう!」

「え? あ、ちょっと……」

 馬頭丸が千月の手を掴み、廊下を足早に突き進む。牛頭丸が止める間もなく、馬頭丸は牛鬼のいる部屋に向かった。

「牛鬼様、千月様が綺麗で可愛くなってます」

 襖を開けて中に入ると、牛鬼はいつもと変わらず書物を読んでいた。
 馬頭丸に引っ張られてきた千月はいつもの着物姿ではなく、春らしい清楚な洋服を着ている。着物とはまた違う美しさに、牛鬼は感嘆の声を漏らした。

「ほう……洋服姿も美しい。若菜様と買い物に行くんだったな」

「はい。若菜様が服を見立ててくださるんです」

 氷麗や毛倡妓がショッピングに行きたいと言い出したが、今日は学校があるし、何よりリクオの護衛という重要任務のため断念せざるを得なかった。そこで名乗りをあげたのがリクオの母・若菜だった。

「いいなー、僕も一緒に行きたいな」

「馬鹿。お前がいると邪魔になるんだよ」

 馬頭丸が駄々をこねると、牛頭丸が我慢して留守番していろとたしなめる。そんな二人を、牛鬼と千月は微笑ましく眺めていた。

 * * *

 やがて着物から洋服に着替えた若菜が千月を連れて屋敷を出た。

「お義父さんから聞いたわよ。牛鬼さんとご結婚なさるんですって?」

「はい。時期はまだ決めていませんが、いずれ……」

 千月は気恥ずかしそうに頷く。
 今は未知なる敵勢力の襲撃問題があるため、婚姻のことは本家の一部以外の組員には知らせていない。

「あら、そうなの? でも楽しみだわ」

 若菜はいつもの明るい笑顔を見せた。
 それから二人はショッピングを楽しんだ。若菜がいろいろな服を見立て、千月が試着する。その中から若菜が似合うと思った服と、千月が気に入った服を購入した。他にも靴を買ったり、喫茶店でケーキや紅茶を味わったりと、充実した時間を過ごしていった。

 * * *

「今日は本当に楽しい時間を過ごせました。若菜様、ありがとうございます」

「あらー、いいのよ。私も楽しかったわ。今度氷麗ちゃん達も誘ってショッピングに行きましょう」

「はい。帰ったら夕食のお手伝いしますね」

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夕方を迎えた。夕食の準備もあるため、千月と若菜は屋敷に帰ることにした。
 途中、千月は不穏な空気を感じて繁華街方面を見やる。確かめに行きたかったが、一緒にいる若菜を危険にさらすことは出来ない。それに、夕食の準備を手伝うと約束したので、今は早く屋敷に戻るべきだ。
 若菜を心配させないよう普段どおりの振る舞いを見せ、帰路についた。


2011/05/23
2023/07/06 一部修正

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