第十話 廊下にて
総会当日、夜。
総会が行われる大部屋に料理が運ばれ、幹部達が次第に集まってきた。
千月、牛頭丸、馬頭丸の三人は廊下を歩いていた。
「リクオが幹部どもを抑えられると思うか?」
「さあ、どうだろ」
「こら、口を慎みなさい」
牛頭丸が問えば、馬頭丸がとぼけ、それを千月がたしなめる。
本家に来てからというもの、牛頭丸は何度も本家妖怪の悪態をついていた。牛鬼を信頼し、彼への忠誠が厚いがゆえに、本家を快く思っていないらしい。また、純粋な妖怪の自分が、人間との混血であるリクオに敗れたことも理由のひとつだろう。
「僕は千月様と離れるのが嫌ですー」
牛頭丸と馬頭丸は、牛鬼より本家あずかりとなる話を聞き、不服ながらも牛鬼の言葉であるため従うこととなったのだ。
「馬頭丸は子供だな」
「何だよ、牛頭丸は嫌じゃないの?」
「嫌に決まってるだろ。牛鬼様とも千月様とも離れるのは嫌だけど、牛鬼様のためだ。そうやって駄々をこねるところが子供っていうんだ」
「うるさい」
牛頭丸が指摘すれば、拗ねたように馬頭丸が千月にくっつく。
素直な馬頭丸は、いつも牛頭丸にからかわれている。仲は良いのに、と千月は少し困った様子で二人を交互に見た。
「二人とも、総会中ですからお静かに」
放っておいたら延々と続きそうなやりとりを、千月はやんわりと注意する。
総会では、幹部達が騒いでいた。中でも、一ツ目入道の怒声が際立っている。
「馬鹿な奴だ、あんな堂々と……」
牛頭丸が呟いた時、正面から一人の少女がやってきた。白い着物にマフラーを巻いている。雪女の氷麗だ。
「牛頭丸と馬頭丸……それに千月様!?」
氷麗はびくりと反応し、驚きの声をあげる。
「な……何で……」
捩眼山での一件以来、氷麗は牛頭丸のことを嫌っていた。
千月が昨日から本家を訪れていることは知っていたが、何故この二人と一緒なのだろう。
「よお、雪んこ」
にやりと笑った牛頭丸は氷麗に歩み寄り、
「役立たずのくせに、まだ側近なんてやってんのか」
氷麗は思わず一歩後ろに下がった。
「俺と馬頭丸はしばらく本家あずかりで、千月様は牛鬼様と祝言あげるから。ま、よろしく頼むわ」
「なっ……何ですってぇ!?」
信じられなかった。牛頭丸と馬頭丸の本家あずかり以上に、千月と牛鬼の祝言のことに衝撃を受けた。
「千月様、どういうことですかぁー!?」
混乱しきった様子で氷麗が千月に掴みかかってきた。ぬらりひょん以外は牛鬼との関係を知らず、ぬらりひょんの客として接してきたのだから、氷麗が混乱するのも無理はない。
千月が氷麗を落ち着かせるため口を開こうとした時、牛頭丸が千月の手を引いた。
「雪んこ、千月様が困ってるだろ。さ、千月様、行きましょう」
「あ……はい。氷麗、ちゃんとあとで説明しますから」
時間の無駄だといわんばかりに牛頭丸が氷麗を引き離す。千月は、まだ混乱し、納得のいかない顔の氷麗に謝りながら、その場から立ち去っていった。
「どういうことですか……ありえません! ありえませぇん!!」
廊下には、ふるふると震えた氷麗の叫びが響き渡った。
* * *
大部屋では総会が続いている。
奴良組最西端の牛鬼組を解散させたら、西側の妖怪への防波堤がなくなると主張するリクオ。自分がしっかりするなら、より多く働くと牛鬼と約束したとも付け加える。
それに対して、愛国無罪で逆に忠誠心が薄くなると異を唱える一ツ目入道。
そうしてリクオの調子に乗せられた結果、一ツ目入道は孤立してしまった。
「俺もリクオの外っ面に騙された」
総会の騒ぎを聞きつつ、牛頭丸がぽつりと呟いた。
「いい奴ぶってぬらりくらりとよ……くえねぇ奴だ……」
やがてリクオに気圧された一ツ目入道が何も言い返せなくなると、相談役の木魚達磨より高らかに読み上げが行われた。
奴良組規範第二条──
『総大将の条件』により、若頭襲名をもって、正式にリクオを三代目候補とする。妖怪としての成人年齢である十三歳となるまでに他の候補が現れなければ、改めて奴良組三代目総大将となる。
やがて、総会は終わった。
2011/05/16
2023/07/06 一部修正
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