第八話 牛鬼組の紅一点


 捩眼山に千月が住まうことが決まった。武闘派集団のためか、男ばかりの牛鬼組に紅一点の千月が加わっただけで華やかさが生まれる。
 ただ住まうだけではない。料理や掃除は主に千月が引き受けることになった。牛鬼は、それは構わないが無理はしないように、と任せることにした。
 牛鬼の屋敷は奴良組本家より規模は小さいものの、それでもかなりの広さがある。この日、千月は牛鬼組組員と一緒に掃除をしたり、何処に何があるのかを覚えるため、屋敷内を見てまわった。

 一段落つき、千月が縁側で木々を眺めていると、

「千月様ー」

 馬頭丸が後ろからくっついてきた。

「あら、どうされました?」

「何となくですー」

 これは困りましたね、と千月が苦笑していると、牛頭丸がやってきて馬頭丸を引きはがした。

「こら馬頭丸。千月様が困っているだろ」

「だって、料理とかしてるの見るとお母さんみたいだもん」

 馬頭丸は再び千月に抱きつく。その姿は、まるで母に甘える子供のようだ。

「あ、千月様」

「何ですか?」

 馬の骨をかぶる馬頭丸は、一見すれば不気味で妖怪らしい格好だが、その素顔は可愛らしい。そんな顔立ちと態度が比例している馬頭丸の口から、とんでもない言葉が出てきた。

「子供はまだですか?」

 何て子だ。笑顔でさらりと聞いてくるとは。

「こっ……こど、も……!?」

 千月は慌てた。馬頭丸はにこにこしたまま、こちらをじっと見つめてくる。無邪気な視線が痛い。
 どうしようと牛頭丸に助けを求めるが、

「牛鬼様と千月様の子ですから、絶対に賢く美しく成長しますよ」

 牛頭丸にいたっては、立派なお子様になりますよ、と自信たっぷりに頷く。駄目だこの二人、早く何とかしないと。

「まだ夫婦にもなっていないのに、こ……子供なんて……!」

「じゃあ、祝言をあげればいいじゃないですかー」

「何なら、俺達から牛鬼様に祝言をあげるよう勧めてきますから」

「いい! いいです! いいですから!」

 思い立ったが吉日と言わんばかりの牛頭丸と馬頭丸を必死で止めた。
 さらに牛頭丸は、もし牛鬼と千月に子が出来たら、その子に跡目を譲るのもいいか、とか呟いている。しまいには、男の子と女の子はどちらがいいかの話題に発展していた。

「ほら、もうこの話は終わりです! 梅若に言ったら、二人とも夕食は抜きですからね!」

 とりあえず話を終わらせないと、牛鬼や他の組員の耳に入ってしまう。千月はまだ話し足りない様子の二人を解散させ、夕食の準備を始めることにした。

 * * *

 夕食や後片付けを済ませ、入浴を終えて牛鬼の部屋に行けば、既に布団が敷かれていた。

「失礼します。傷の具合はいかがですか?」

「もうすっかり良くなった」

 寝る前に読み物をしていた牛鬼が顔を上げた。ほら、と寝間着の衿をめくってみれば、傷はすっかり癒えて、跡すらなくなっていた。

「ありがとう、千月」

「安心しました。軟膏がそろそろなくなるので、今度鴆殿に貰ってきますね」

 牛鬼の胸元からすぐに目をそらし、なるべく彼を見ないように立ち上がる。風呂上がりで、寝間着一枚。普段の着物姿よりも薄着なせいか、変に意識してしまう。

「千月」

「何でしょうか?」

 呼び止められて内心驚いたが、彼に悟られてはいけない。平静を装いつつ返事をすれば、こちらにと招かれる。
 牛鬼のそばに腰を下ろし、彼の言葉を待つ。

「祝言はいつが良いのだ?」

「……は?」

「牛頭と馬頭に聞いたぞ。千月が子を望んでいると」

「言ってませんっ」

 口止めしていたのに、何て子達だ。いつかは牛鬼の子を望むのだろうが、今欲しいとは一言も言っていない。
 それよりも、リクオに刃を向けたのだから近いうちに総会があり、牛鬼の処遇が決められる。その結果はすでに知っているが、千月はまず総会が先だと考えているため、祝言をあげるにしてもしばらくあとが良いと牛鬼に伝えた。

「そうか。では、総会を終えたあとにしていただくよう本家に連絡しておこう。千年も待ったんだ、これくらい急いでも良かろう」

「梅若……」

 あの慎重な牛鬼が、すぐにでも祝言をあげたいという。それほどまでに牛鬼に愛されていると思うと、彼の望みを叶えたいと願うのは自然な流れで。
 千月はゆっくりと頷いた。

「わかりました。これからの伴侶として、よろしくお願いいたします」

「では、寝室は同じで良いな」

 言うのと同時に千月を抱きかかえると敷かれた布団へ向かい、彼女をおろす。

「あ……あの……」

 これは、まさか。
 男女が同じ布団で寝るということがどういうものか知っている。これから起こることを想像したら恥ずかしくなり、千月は思わず牛鬼に背中を向ける。

「千月」

 牛鬼は後ろから抱きつくように密着すると千月の腰に腕をまわし、耳元でそっと囁いた。

「千月と一つになりたい」

 千月の肩がぴくりと動いた。

「みっ……耳元はやめてください……」

 牛鬼の低い声と、耳にかかる吐息。ひどく情欲をかきたてられる囁きに反応する千月を見た牛鬼は、口角を吊り上げた。

「ほう……耳が弱いのか」

 これは面白いことを知った。まるで新しい玩具を手に入れた子供のように喜ぶ牛鬼は、千月の寝間着の帯に手をかける。

「良いか」

「……は、い」

 緊張と羞恥でぎこちない返事だったが、牛鬼は何も言わず、寝間着の帯を緩め、ほどいた。
 それから二人は夜を過ごし、朝を迎えた。


2011/05/03
2023/07/06 一部修正

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