第六話 雨の夜の看病


 千月が牛鬼の部屋に戻ると、あれほどたくさんいた組員達はおらず、牛頭丸だけが牛鬼のそばに座っていた。

「看ていてくださったのですね。ありがとうございます」

「……いや……」

 牛頭丸の隣に座ると、千月とは反対側に顔をそむける。千月は特に気にせず、牛鬼の額に浮かぶ汗をぬぐい取る。

「薬が効いているようですね。これなら朝には起きますよ」

 傷の手当てをしていた時より落ち着いた様子だ。安心していいと牛頭丸を見るが、彼は顔をそらしたままで無言を貫く。

「牛頭丸、あなたの手当てもさせてください」

 まだ完全に終わらせてないから、と話しかけるが、沈黙を保ったまま返事をしない。いくら妖怪で人間より丈夫とはいっても、あの妖刀・祢々切丸で斬られたのだ。きちんと処置しなければいけない。

「牛頭丸、お願いですから」

「……んで」

「え?」

「何で俺の名前知ってるんだよ」

 牛頭丸はようやく千月に顔を向けたが、まだ不信感の残る目で見つめてきた。牛頭丸にとってはこの屋敷で出会ったのが初めてである。名前なんて教えていないのに、と警戒するのも無理はない。

「昔から総大将と知り合いで。だから知っているんです」

 総大将とは何百年も前から旧知の仲で、組員の名前を知っていても不思議ではない。そう思い至った牛頭丸は、ふーんと相槌をうつ。
 ――本当は、時折牛鬼の屋敷の様子をそっと見ていた時に、部下達の名前を知ったのだが。
 それから再度手当てをさせてとお願いすると、今度はすんなりと了承してくれた。
 牛頭丸は背中から巨大な爪を生やしていた。その爪は、リクオにより根本から切断されたのを思い出す。上半身の着物を脱がせて背中を見るが、爪は妖力で作られていたためか、特に大きな傷跡は出来ていなかった。それでも心配な千月は念のため、背中にぴたりと手を当てて、意識を手元に集中させる。

「……あったかい」

 心地よいぬくもりを背中に感じて何となく振り向くと、先程まで微笑みを絶やさなかった千月から笑顔が消え、わずかに眉を寄せていた。まるで、無理に力を使っているかのように。

「お、おい! きついならやめろよ馬鹿!」

「大丈夫です」

 千月はまた笑顔を見せる。

「祢々切丸で斬られたので心配していましたが、特に深い傷はありませんね」

 一安心ですと胸を撫で下ろし、牛頭丸に着物を着ていいと告げた。

「そういえば、馬頭丸はどこに……」

「さあ……」

 いつも牛鬼のそばに牛頭丸と馬頭丸がいるのにと千月が首をかしげる。馬頭丸の行方について牛頭丸は知っているが、まだ屋敷に戻ってこないことを考えると、失敗して誰かに捕らえられたのだろう。
 やっぱりあいつは間抜けだ、と牛頭丸は心の中で呟いた。


 外は雨音が絶えず、室内は行灯の明かりが一つ。

「牛頭丸、もう夜も遅いのでお休みになってください」

「俺も牛鬼様が起きるまでここにいる」

「起きたら知らせます。あなたの元気な姿をこの方に見せてあげるためにも、今は休んでください」

「……わかった」

 必ず知らせるんだぞ、と立ち上がり、襖を開ける。そのまま去るかと思っていたが足を止め、

「牛鬼様の手当て、感謝する。……あと、俺のも……」

 そう言い残すと静かに襖を閉め、部屋から離れていった。
 ふう、と大きく息をつく。

「お前こそ休まなくていいのか」

 くぐもった雨音が響く室内に男の声が放たれて、どきりとした。

「……リクオ様……」

 後ろを振り向けば、リクオが腕を組んで立っていた。人に気付かれず移動したりするのはぬらりひょんとしての特性であるが、これはいささか心臓に悪い。それでも千月はいつもの笑顔に戻る。

「驚かさないでください。リクオ様も疲れたでしょう、お休みください」

「牛頭丸はごまかせても、俺には通用しないからな」

 ――駄目だ、ばれている。
 笑ってはぐらかそうと試みたが、それも無駄に終わった。
 リクオは千月の隣に腰をおろし、彼女の横顔をじっと見つめる。

「顔色がよくねぇみてぇだ。治癒のせいか」

 早くも当てられた。夜の姿は本当に率直だと千月は苦笑する。

「私には神の血が流れています。創造の能力を持ち、自然にあるものの力なら使えます。それを私自身が高めて治癒に利用しているのです」

「へえ……」

「久しぶりに治癒をしたせいで、少し疲れてしまいました」

 実際は、妖刀である祢々切丸で斬られた傷のため、普通の傷より多く力を使ったのだが、それは伏せておくことにした。牛鬼を斬ったリクオに、余計な気遣いをさせたくなかったからだ。

「ほら、リクオ様があまり無理をすると鴉達が心配してしまいますよ」

「ま、あまり長居しても悪いしな」

「リクオ様っ」

 想い人の看病に邪魔者は不要だとリクオがからかえば、千月は恥ずかしがる。悪戯好きなところは、本当に祖父にそっくりだ。

「けど、きつくなったら交代するから、遠慮すんじゃねぇぞ」

 最後に千月を気遣うと、リクオは部屋から出ていった。

 * * *

 リクオが部屋から出てから、どれくらい経っただろう。もうしばらくしたら夜明けだ。雨も止んだのか、雨音は聞こえなくなっていた。
 牛鬼の容態は安定しており、静かに寝息を立てている。
 起きたらどんなことを話そうか。もちろん名乗ることは忘れずに。
 他には――
 いろいろ考えていると、一瞬意識が遠のいた。どうやら疲労と睡魔が襲ってきたようだ。夜明けは間近で、牛鬼がいつ起きるかわからない。牛頭丸には、牛鬼が起きたら知らせなければのだ。だから、寝てはいけない。

 そうやって疲労と睡魔と三十分ほど戦っていたが、そろそろ限界かもしれない。ふと気配を感じて顔をそちらに向けると、リクオがそばにやってきた。

「ったく……遠慮すんじゃねぇって言っただろ。少し寝てろ」

「まだ、大丈夫……ですから……」

 大丈夫と言いつつも千月のまぶたは次第に重くなり、体がふらりと傾くが、リクオが支えたおかげで畳に倒れ込むことは避けることが出来た。

「他の部屋に移るか?」

「……ここで構いません……」

 牛鬼のそばから離れたくないらしい。わかってはいたが、実際に本人の口から言われると何だか可愛く思えた。いつも姉のような存在だと思っていたので、余計にそう感じる。
 おやすみ、とリクオはそっと千月を畳に寝かせると布団をかけ、朝になるまで牛鬼と千月を見守ることにした。


2011/04/20

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