第18話 蝗害


 杉元一行は釧路の街に到着した。ここは漁村から始まった歴史の浅い街だが、明治末期頃には人口が一万六千人を超え、道東の拠点都市に発展していた。
 街に入ってすぐに見覚えのある姿を見つけた。白石、インカマッ、それにチカパシだ。アシパの提案どおり、三人は釧路で待っていてくれたことに杉元達は安心する。

「谷垣ニパ!」

 声をかけるとインカマッが声をあげる。その表情は驚きよりも再会出来た喜びに満ちていた。

「怪我はないですか? ずっと心配していました」

「俺は大丈夫だ」

 インカマッはすぐに谷垣のもとへ駆け寄り、身を案じる。そんな二人の様子に、杉元達の顔が次第ににやけていく。これはもしかして、自分達の知らないところで親密な関係になったのではないだろうか、と。
 さらにアシパが結婚しろと茶化すので、インカマッもどう反応していいか戸惑っている。
 わりとまんざらでもない雰囲気の二人に、小夜子は本当に結婚したらいいのに、とも思う。インカマッは占い師として旅をしているが、谷垣と結婚したらどこかに居を構えて安心した生活が得られる。独り身のまま将来に不安を抱えて放浪するより断然良い。
 女の一人旅という共通事項に小夜子は自分とインカマッを重ねる。谷垣と夫婦になって安心した幸せな生活を送って欲しいと思うのは本当だ。

 * * *

 白石達と再会出来て安心した小夜子は薬問屋に足を運んだ。乾燥させたマムシを買い取ってもらい、杉元の傷に塗る外用薬を作るための材料を購入するためだ。そんなに時間はかからないのでと言い添えて皆と離れたわけだが、尾形が当然のようについてきた。

「……そんなに杉元さん達と一緒にいるのが嫌なの?」

「あいつらうるさすぎるんだよ」

 ややうんざりした様子で答える尾形に、小夜子は困った幼馴染みだと小さくため息をつく。
 薬問屋に着いて店主に声をかければ、にこやかな笑みが返ってきた。去年キラウのコタンを訪れた際、この店にも顔を出していたことを覚えていてくれていた。

「やあ、鳴海さんいらっしゃい」

「すっかり夏ですねぇ。娘さんはいくつになりましたか?」

「今年で十四になるよ」

 小夜子は軽く世間話をしたあと、早速本題に入る。まずは乾燥させたマムシとその胆のうの買取だ。大きさは普通だが顔見知りということもあり、少しばかり料金を上乗せしてもらった。
 次に外用薬で使う生薬の購入だ。必要なものがいくつか不足しているため、必要量を計量してもらい、手持ちのお金と交換する。

「ところで、そちらの兵隊さんは鳴海さんの知り合いかい?」

 店内に並べられた生薬などを物珍しそうに見ている尾形を見つめながら、店主が小さな声で控えめに尋ねてきた。まるで秘密を共有する内緒話をするかのようで、小夜子も店主に合わせて声量を抑えて答える。

「幼馴染みなんです」

「へえ、お似合いだと思うよ」

「まあ、すぐそうやって茶化すんですから」

 客商売ということもあり、店主は愛想よく笑う。場をなごませるための社交辞令とはいえ、お似合いだと言われて小夜子は内心嬉しかったが、それを表に出すことなく小夜子も軽く笑って返した。

「良かったらこれ娘さんにどうぞ」

 取引を終えて店を出る前に、小夜子は飾り紐で作った髪飾りを店主に差し出した。赤や桃色の紐で花を模したそれは、いかにも年頃の少女が好みそうな装飾品だ。
 尾形が横目で見ていると、小夜子はどうやら去年も装飾品を作って店主の娘にあげたらしい。十四歳ならそろそろ友人とおめかししたり、好きな男のためにめかしこむ年頃だろう。
 また近くに来たら寄ってくれと言う店主に別れを告げると、尾形は小夜子と共に店を出た。

「小夜子、あれは売り物じゃないのか」

「お世話になってるんだし、いいのよ」

 小夜子は薬を売るかたわら、女性向けの装飾品を作って売ることもある。作りも丁寧でわりと売れ行きも良いらしいが、今回は世話になっている店ということもあり、代金を頂戴することはしなかった。
 せっかくの商売の機会を逃したことに尾形は不思議そうな顔をしたが、小夜子が構わないと言うので、尾形はこの話題についてこれ以上口を出すことはしなかった。

 * * *

 尾形と小夜子は杉元達と合流し、釧路の浜辺に向かった。手荷物を手放すと横並びの一列になって隣同士と手を握り合い、いっせいに跳び上がる。杉元、アシパ、白石が海に来るたびに実践してきた慣例行事を、今回も行ったわけだ。
 尾形は小夜子に一緒にやらないかと誘われたが、そういうことに参加する性分でもないので断り、双眼鏡で周囲の警戒を行った。どんな時に第七師団の追っ手が来るかわからないのだから。

 その後、フチの十五番目の妹が海岸のコタンからやって来て沖の方を指さした。海面から頭を出して呼吸をしている海亀を見たそうで、大叔母の夫が出す舟で一緒に獲りに行かないかと誘われた。
 海亀はアトゥイコエカシ(海を司る魚)ともいわれ、アイヌが海で獲るカムイの中で最も大切にされている。シャチのレプンカムイは海で一番偉いカムイだが、普段食べるために獲らないので海亀の方が大切にされているらしい。

「海亀漁? わざわざそんなことしなくても……インカマッちゃんと小夜子ちゃんに奢ってもらおうぜ」

 釧路にまで来て海へ漁に出なくてもいいのでは、と遠慮がちに引きとめようとする白石は、占いと薬の行商でお金を持っている二人に、他に美味しいものを食べさせてもらおうと言った。その発言にインカマッが反応して普段のにこやかな笑みが消える。

「こいつヒモだ」

 チカパシが白石を見上げて言い放つ。大の大人が言うセリフではないな、と子供にまで呆れられた。

 ヒモ発言はさておき、杉元は白石の言葉に賛成であった。はるばる釧路に辿り着き、もう少しで網走だ。悠長にご当地の食事を味わっているわけにはいかない。
 どうしてもというわけではないのならやめよう。そう言った杉元に、しかしアシパは神妙な面持ちで心の内を明かした。
 姉畑支遁は大叔母達も暮らす釧路でカムイを穢してまわったため、海のカムイも丁寧に『送って』立ち去りたいのだと言った。父親かもしれないのっぺら坊が囚人達を脱獄させていなければ、姉畑がカムイを穢すこともなかったはずだ。
 杉元は海亀漁について最初は乗り気ではなかったが、アシパはアシパなりに責任を感じていると知り、同行することを決めた。

「そうか……よし、獲りに行こうかアシパさん。鶴も食べたし、亀も食べりゃ縁起がいい!」

 杉元の言葉を聞いたアシパはいつもの明るい笑顔へと変わり、白石も連れて沖へ向かった。


「海亀かぁ……どんな味がするのかしら」

 海亀を食べた経験がない小夜子は沖に出る舟を見送ったあと、オカヒジキの採取に向かった。
 オカヒジキとは日当たりの良い海岸の砂浜や砂礫地に自生する一年草で、高さは30cm程度のヒジキによく似た植物だ。葉は多肉質の細い円柱状で、海岸に自生するオカヒジキは生で食べると塩気が効いて浅漬けのような味がする。
 海亀と一緒に茹でようということで、浜辺で待つ小夜子がオカヒジキの採取担当となったのだ。

 少し離れたところではチカパシがリュウと走り回っている。子供と動物が無邪気に遊ぶ光景に、小夜子は自然と頬が緩んだ。
 さらに離れたところにいる谷垣とインカマッは何やら二人で話をしている。インカマッは釧路まで谷垣と行動を共にしてきたので、彼を頼っている部分もあるのだろう。
 二人を見つめているとオカヒジキを採る手が止まった。
 小夜子もあの事件以来、一人旅を続けてきたのでインカマッが谷垣を頼る気持ちはよくわかる。女の一人旅はどうしても危険が伴うのだから。

「……やっぱり男性が一緒だと頼もしいよね……」

 真面目な谷垣は不埒な考えなど持たないし、杉元は相棒のアシパや小夜子の身に危険が及ぶと体を張って守ってくれる。白石はお調子者だが陽気な性格は場の雰囲気を明るくし、脱獄王の異名を持つので網走監獄で役に立ってくれるだろう。

「一人だと心細いか?」

 背後から尾形の声が聞こえた。彼は一人で浜辺周辺の警戒にあたっていたのに、いつの間に来たのだろう。

「そりゃ、まあ……」

 苦笑を浮かべる小夜子の隣に尾形が腰を下ろし、小夜子の顔をじっと見つめてきた。喜怒哀楽どの感情が宿っているのかわからない目を向けられた小夜子はわずかに居心地が悪くなる。まるで笑ってごまかすなとでもいうかのような視線だ。

「医学校を卒業したなら、医者じゃなくてもさっきの薬問屋とかで働けるんじゃないのか?」

 今まで誰も触れてこなかった疑問を容赦なくぶつけてくる尾形に、小夜子は「痛いところ突くなぁ」と冷や汗を流す。先程、薬問屋に同行させたのは失敗だったかもしれない。

「傷跡はあるが、顔はいいから嫁の貰い手もあるだろうに」

「一言多い!」

 真面目に話し始めたのにからかってきたので睨みつけるが、尾形は気にした様子もなく小さく笑う。

「まあ、百之助君の言うとおりね……薬問屋で働く道とかもあったのに」

 小夜子はそこで一度区切り、息を吐き出した。まるで胸の内にためた淀みを追い出すかのように。

「……本当はね、心のどこかで生きることを半分諦めていたの」

 医者を目指して医学校に入り、卒業後は北海道に戻って医者として働き出した。女が医者になるなんてと世間の風当たりを受けつつも充実した日々は突如として瓦解した。強盗に両親を殺され、自分も暴行を受けたあの夜から、小夜子はこれまで惰性で生きているだけ──それを飛行船から落ちそうになった時に自覚したのだと尾形に告げる。

「夕張で百之助君と再会した時、実は嬉しかったのよ。……でも、このまま行商を続けてどこかで死ぬんだろうなぁって漠然と思っているの。それか、野宿で寝ている間に獣に襲われて死ぬか……」

 どちらにしろ野垂れ死にしたら食べられてしまうか、と呟いて小さく唸る。

「それにね、傷跡は顔だけじゃなくて、肩や腕にもあるのよ。傷が残って片目が見えない女を娶ってくれる奇特な人、そうそういないわ」

 だから遅かれ早かれ獣に食われて生を終えるのだ。
 あっけらかんとした死生観を語る小夜子を、尾形はただ黙って聞いていた。

「あ、これみんなに言わないでね? 特にアシパちゃんには内緒にしておいて」

 野垂れ死にしても構わないという思いを抱いていると知られたら、アシパは行商をやめてコタンに住めと必ず言うだろう。もしかしたら金塊を巡る旅からはずされてしまうかもしれない。

「じゃあ俺とも約束してくれよ……銃口を自分に向けるんじゃねぇ」

 アシパ達に口外しない代わりとして出された交換条件に、小夜子はぎくりとした。カムイを穢した嫌疑をかけられた谷垣と会い、殺気立つアイヌの男に銃口を向けた際、尾形を止めるために彼の小銃の銃口を自分の胸元に当てた時のことだ。

「……さすがにお前を撃ちたくはない」

 少し目を伏せて視線を落とす尾形に、小夜子も同じようにして砂浜を見つめる。あの時は尾形を止めることが先であまり深く考えずに行動してしまったが、それが彼に嫌悪感を抱かせてしまったのだと知って眉尻が下がる。

「……ごめんなさい」

 尾形は俯く小夜子の髪で隠した傷跡に手を伸ばす。断りもなく触ってくる行動に驚いたが拒絶はしないので、尾形はそのまま傷跡にそっと触れた。数年経っても消えない傷跡のせいで綺麗な顔立ちを髪で隠さなければいけないのは残念だな、と内心独りごちる。

「あ、舟が戻ってきたわ」

 尾形が傷跡に触れていた時間はわずかで、沖から海亀漁に出ていた舟が戻ってきたことに小夜子が気付いてそちらに顔を向ける。
 アシパ達が獲ってきたのはクンネ・エチンケというアオウミガメだった。背中の甲羅は食べられないが、腹の甲羅は細かく刻み、肉や内臓と一緒に煮込めば食べられるのだという。
 その後、大叔母のチセに行って夕飯の支度を始めた。先程のアオウミガメを鍋に入れ、汁の味付けとして海水を水で薄めて昆布や干し魚で出汁を取る。小夜子が浜辺で採取したオカヒジキと一緒に煮込めば、クンネ・エチンケのオハウの完成だ。

「なかなか変わったにおいだな。汁はトロトロだ」

 これまでいくつかオハウを味わってきたが、どのオハウとも異なるにおいに谷垣は素直な感想を述べる。

「このプリプリしてるのは手足の皮の部分かな? 肉は鶏肉みたいであっさりして美味い」

 初めて食べるのは杉元も同じで、海亀の肉の食感はまるで鶏肉のようだと言った。

「フレ・エチンケは肉食だから臭いけど、クンネ・エチンケは海草しか食べないから肉に臭みがない」

 フレ・エチンケとはアカウミガメのことだ。
 草食のアオウミガメで良かった、とアシパはヒンナヒンナと続けた。

 食事を終えて各自ゆったりと過ごしている中、杉元に約束したとおり、小夜子は生薬などを混ぜ合わせて外用薬を作った。これを使えば煎薬を続けるより傷の治りが早いからだ。
 旭川の第七師団で鯉登少尉から受けた杉元の傷の状態を確認すると塞がっていた。相変わらず治りが早いことに驚きつつも、今後のために外用薬はしっかり保管しておくことにした。

 * * *

 一夜が明け、アシパは小夜子を連れて海へ出た。
 夏はマンボウが水面で昼寝をしているので獲りにいかないかと小夜子を誘えば、二つ返事で同行することになった。昨日の海亀漁にはついていけなかったので、今回こそはと即答したわけだ。
 夏しか獲れないので杉元も来いと誘ったのだが、早朝だったためかなかなか起きなかったらしい。

 マンボウ漁は二艘の舟で向かってマンボウに銛を打ち込み、両側から舟で引っ張ってマンボウに乗り、肉や内臓を切り取るのだ。小夜子は舟に乗ったまま、アシパの作業について雑記帳に書き留める。説明文は簡潔に書き、一緒に絵も描いている。そうした方がわかりやすいからだが、単純に絵を描くのが好きだからである。
 手際よくアシパがマンボウの肉や内臓を取り終えた頃、陸地の異変に気が付いた。長大な黒い雲のようなものが空中を蠢いている。

「アシパちゃん、あれ……」

「シペシペッキだ」

 アイヌ語でバッタという意味のそれは、洪水などの条件が重なると大発生することがある。移動先で農作物だけでなく草木、果ては家の障子や着物まで食べてしまう厄介者だ。
 アシパは小夜子と二人で舟に乗り、もう一艘には同行していたアイヌの男達を乗せて離れることにした。彼らも今すぐに陸地に戻るとバッタに襲われるので、しばらく海上でバッタが過ぎ去るのを待つという。

「──あれは……」

 黒いもやとなって蠢くバッタの一群が、海岸を走る人影を追いかけていることにアシパが気付いた。すぐに舟を陸地に向かわせると、バッタに追われている人物──インカマッの姿を捉えた。おそらく彼女の着ている衣服を狙っているのだろう。

「インカマッ! 来い!」

 海岸に舟を寄せてインカマッを乗せてすぐに沖へ向かえば、バッタはインカマッを諦めてどこかへ飛び去っていった。

「大丈夫ですか? 凄かったですね、バッタ」

「ええ……助けてくれてありがとうございます」

 小夜子が陸地上空を飛び続けるバッタの大群を横目に見つつ声をかければ、インカマッはホッと胸を撫で下ろした。

「インカマッと話す機会を待っていた。シペシペッキがその機会をくれたようだ。私の父について知っていることをすべて話せ」

 アシパがまっすぐインカマッを見据える。小夜子がいるのに話してもいいのかと問えば、アシパは構わないと答えて話を促す。

「あなたのお父様のことはよく知っています。私がアシパちゃんくらいの時に出会いましたからね」

「父に恨みがあるのか?」

「まさか。あの人に恨みなんてありません。私はずっとあなた達親子の味方です」

「信じると思うか? お前は嘘でフチを不安にさせて、谷垣を利用して私を追ってきたくせに……」

 味方だというわりには占いの結果を祖母に伝えて不安にさせただけではなく、真面目で旅の同行を断りきれなかった谷垣を都合よく利用しただろう、とアシパの視線に敵意の色が宿る。

「フチに嘘は言っていません。あなたは小樽に帰るべきです」

「占いなんて信じない。私は何としても自分で真実を確かめに行く」

 殺されたと思っていた父親が実は生きていて、囚人に金塊のありかを示す入れ墨を彫っていたのっぺら坊だと知らされたアシパは、占いというあやふやなものではなく、自分の目で確かめたいのだ。
 決意の固いアシパに、インカマッは自分が得た情報を伝えることにした。

「網走監獄にいるのっぺら坊はお父様じゃありません。お父様を殺したのはキロランケです。これは占いではありません」

 アシパの父・ウイルクはアイヌを殺して金塊を奪うような人間ではないと言い、インカマッは自分が知りうる彼のことをアシパに語り始めた。

 インカマッがウイルクと初めて出会った時、彼は北海道へ来たばかりで樺太訛りのアイヌ語を話していた。ポーランド人の父と樺太アイヌの母から生まれ、アシパと同じ青い目であった。
 樺太には北海道アイヌと似通いながらも独自の文化を発展させた樺太アイヌが先住しており、日露戦争前までロシア領だった。その帝政ロシアから弾圧され、ヨーロッパから極東へ流刑になったたくさんのポーランド人が樺太にいたという。
 ウイルクは若い頃からアムール川流域の少数民族と共に帝政ロシアからの解放運動を繰り広げ、戦い、傷つき、北海道の小樽へ逃げてきた。
 当時、既に占いをしながら放浪していたインカマッはウイルクと毎日過ごしていた。彼は父親の影響で信仰はキリスト教だったが、インカマッが教える北海道アイヌの信仰や土地、言葉、食べ物──それらすべてを受け入れてくれた。
 戦いで傷ついたウイルクはこの北海道の地で癒され、北海道アイヌを愛していた。

「……私だって父がのっぺら坊だとは信じていないが、父からインカマッの話は一度だって聞いたことがないぞ。父は私の母から『すべて教わった』と言っていた。お前の言うことはすべてが怪しい!」

「確かにアシパちゃんのお母様は美しい人でした……ウイルクにとっては私はまだ子供でしたから、忘れちゃったかもしれませんね」

 インカマッが一筋の涙を流し、その声は震えていた。
 きっと彼女はアシパの父に密かな恋心を抱いていたのだろう。しかし現実は残酷で、片方がいくら恋していても年齢の離れた異性には子供にしか映らないのだと小夜子は静かに話を聞きながらそう思った。
 アシパはアシパで、杉元のことを思い浮かべていた。インカマッと父親の話に、どうしても自分達が重なってしまうのだ。

「このまま網走へ行けばキロランケと再会してしまいます……とても危険な男です。最後には刺青人皮も奪われ、金塊も奪われてしまいます。脅威がなくなるまでアシパちゃんは身を隠してください」

「……キロランケニパが父を殺すとは思えない……」

 アシパは青ざめた。父親と親しいあのキロランケが、父親を殺すなんて想像も出来ない。
 小夜子も同じだ。温厚で頼りがいのあるキロランケが人を殺して金塊を奪う算段を立てているなんて。

「──証拠があります」

 消沈する二人に、インカマッは確証を得ていると告げた。


2020/12/11

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