第13話 気を許す相手


 ユの中にまず尾形が先に入ったあと小夜子が彼に背を向けた状態で入り、外に出ている脚に剥いだユの毛皮をかぶせた。

「……こっち向けよ」

 飛行船に乗ってから尾形の態度がいつもと違うので会話も少なく、ぎこちない雰囲気が続いている。小夜子がひとまず簡単なおやすみの挨拶を言ってみようかと思った時、尾形がぽつりと呟くように話しかけてきた。

「な、何で?」

「いいだろ、何でも」

 理由を教えてはくれなかったが、このまま微妙な空気を続けるのもいけないと思い、小夜子は尾形と向かい合うことにした。身動きがとりにくいながらも、何とか寝返りを打つように体の向きを変える。
 小夜子の頭の下には尾形が腕枕をしてくれているため、ユの肋骨に頭が当たらず痛くない。尾形は愛想もなく無表情で人に好かれる性格ではないが、たまに気遣いを見せてくれることもあるので、他の人にも同じように接すればいいのにとも思う。

 潜り込んでいるユはオスなのでメスより大きいものの、大人二人が入るには窮屈だ。いくら幼馴染みとはいえ、恋人でも伴侶でもない異性と向かい合って密着しているため少なからず動揺している。それを悟られないよう小夜子は明るい口調で尾形に話しかけた。

「もう一頭撃てれば良かったね」

「鹿が逃げたんじゃどうしようもない」

「それにしてもこんなことよく思いついたよね、アシパちゃん」

「そうだな。……意外と胸あるんだな」

「なっ……」

 体を密着させているため、当然胸もぴたりとくっついている。インカマッよりは控えめだが、平均よりは大きめだと思っている。しかし、わざわざ口に出さなくても、と心の中で愚痴をこぼした。
 抗議の視線を受けつつ、尾形は腕枕をしていないもう片方の手を伸ばして小夜子の髪に指を通す。髪は絡むことなく、すっと指通りも良い。かんざしが折れてからも手入れは欠かしていないようだ。
 頭部に巻かれた包帯を指先で少しずらせば、額の傷跡が露わになった。昔は傷一つない綺麗な肌だったのに。じわり、と尾形の中で何かが生まれた。

「……見ていてあまり気持ちのいいものじゃないでしょう」

 人に見せられるものでもないので尾形の手から逃れようと小夜子は顔をそらしたが、尾形が顎を掴む。一体何を、と抗議の声を上げる前に口を塞がれた。
 尾形は小夜子の柔らかい唇をしばらく楽しんだあと、ゆっくりと離れる。

「い……いきなり何するの……」

 突然口付けをされたものだから小夜子の声はかすかに震え、また顔が熱くなっている。動揺しながらも、赤面しているな、と頭の片隅で思考を巡らせる。
 平常心を失っている小夜子の反応に満足したのか、尾形は小さく鼻で笑って口角を釣りあげた。

「経験なさそうだしな。からかってみただけだ」

「そんなのあるわけないじゃない!」

 羞恥心で尾形の顔を見ることが出来ず、密着した状態を脱しようと彼の胸を手で押す──が、たいして力のない小夜子では体を離すことはかなわなかった。
 逆に尾形が頬に添えていた手を小夜子の腰へ移動させ、離れられないよう力を込め、小夜子の耳元に口を寄せる。

「やめておけ。余計からかいたくなる」

「……っ」

 尾形が耳元で愉悦を含んだ声で囁いて息を吹きかけた途端、小夜子は声にならない声を上げ、肩がぴくりと跳ねた。どうやら彼女は耳が弱いようだ。
 遊女はどう振る舞えば男を悦ばせることが出来るのか、どんな声で甘えれば男を高揚させることが出来るのかを知り尽くしている。だが、男を知らない小夜子の初心な反応に、尾形は満足気に目を細めた。

「……その声で何人の女性を手玉に取ったのかしらね」

 呆れ顔で小夜子が軽く溜息をつく。
 女性に対して手慣れた様子なので遊郭に通っていたのかもしれないと思うと、小夜子の胸の奥がちくりと痛んだ。この痛みは一体何なのだろう。初めて味わう感覚に戸惑いつつも、そのわずかな痛みを封じ込めて尾形の顎に手を伸ばし──髭を一本引っこ抜いた。

「いてぇ」

「からかったお返しよ」

 尾形がムスッとした顔になったので小夜子は少しだけ気が晴れた。

 しばしの間が、生まれる。
 ユの中にいるおかげで寒くはない。外に出ている脚にはまだ風が吹き付けている感覚はあるが、尾形も小夜子も脚絆をつけており毛皮もかぶせているので、それほど冷える感覚はない。
 二人とも無言であったが、先に静寂を打ち破ったのは尾形だった。

「両親のこと……残念だったな」

 少しだけ掠れた声で尾形が言うと小夜子の目頭は熱くなり、視界が歪んだ。
 涙だ。みるみるうちに小夜子の表情が崩れて涙が溢れ出してきた。泣き顔を見られたくないという羞恥心からか、尾形の胸元に顔を押し付ける。

「っ……こわ、かった……」

 江渡貝邸を脱して森の中で杉元達に過去を話した時、涙は流しても泣き声は出さなかった。それなのに今、涙だけでなく声を抑えることもせずに泣いているのは、幼馴染み相手なので気を許しているからだろうか。

「殺されるんじゃ……ないか、って……怖かった……」

 理由はどうあれ、泣きじゃくる小夜子をそのままにしておくことも出来ず、尾形は彼女の背中を優しくトントン叩く。
 ──まさかこの俺が人を慰めるなんてな。
 尾形は内心で自嘲しながらも、幼馴染みの泣く姿を放っていられるほど冷血でもなかった。

 しばらくすると小夜子の嗚咽が落ち着いてきた。小さく鼻をすすったあと、少しばかり恥ずかしそうに顔をあげる。

「……ありがと……」

「ん」

 気が済むまで泣かせてくれたこと。泣き顔を見られないよう胸を貸してくれたこと。背中を叩いて慰めてくれたこと。小夜子が尾形に礼を述べると、彼はやはり返事というには短い頷きを返す。
 小夜子は思う存分泣いたためかまぶたは次第に重くなっていった。うとうとし始めた彼女に尾形が気付く。

「そろそろ寝るか」

「……ん」

 睡魔にかなわずまぶたを閉じて小さく頷いた小夜子の頭を、尾形は自分の方へ寄せた。ちょうど尾形の首元に顔をうずめる形になったのだが、その際、小夜子の額に尾形の髭がジョリと触れる。

「髭が痛い」

「うるせぇ」

 余計なことを言わないで早く寝ろと言おうとした尾形だが、小夜子が眠りにつく前にもう少し続けた。

「……髪、切るなよ。またかんざしやるから」

「……本当?」

「ああ」

「えへへ……ありがとう」

 尾形がくれるならどんなものでも嬉しい。小夜子ははにかむと、背中にまわされた尾形の手に安堵感を覚えて眠りについた。

 * * *

 グラグラ、と揺さぶられる感覚に尾形は目を覚ます。ユの体自体が揺れているので、もしや追っ手に見つかったのかと一気に眠気が吹き飛んだ。
 小夜子はまだ目を覚ましていない。尾形の軍服──ちょうど胸元あたりを握ったまま寝息を立てている姿に思わず口元が緩むが、のんびりしてはいられない。

「小夜子、起きろ」

「……あ、おはよ……」

 声をかけて軽く体を揺すれば、小夜子がゆるやかに瞼を開けた。目が覚めたばかりで眠気をまとっていた彼女だが、追っ手かもしれないと尾形が言えばすぐに意識を覚醒させた。

 小夜子がそっと外を伺えばすっかり朝になっており、爽やかに晴れ渡っている。そんな穏やかな天候とは裏腹に、一行は数頭のヒグマに囲まれていた。おそらくユの死骸のにおいで集まってきたものと思われる。すぐに尾形も外に出てユから脱すると、ヒグマは驚いて少し後退した。
 杉元とアシパも既に起きてユから抜け出していたが、白石だけまだ目を覚ましていなかった。そのためヒグマが白石の入ったユをくわえて杉元達から離れようとする。急いで白石を取り返さなければと思っていると、引きずられる衝撃で白石がユから飛び出た。その拍子に目を覚ましたのか、白石が赤ん坊のように「おぎゃあ!」と泣くとヒグマ達は怯んで逃げた。
 しかし、ここで急に動き出してはならない。ヒグマを刺激しないよう、ゆっくり立ち去ることにした。起きたらユを食べるつもりだったが、ヒグマが集まってきたので諦めざるを得なかった。

 第七師団の兵士の姿は見当たらない。あの悪天候では進むことも出来なかったのだろう。だが、彼らもこのまま諦めて帰るとも思えない。
 きっと追っ手は、杉元達が大雪山を東に抜けて網走方面へ下山すると読むだろう。ここは意表をついて南の十勝方面へ下山して追っ手を撒くついでに釧路へ寄ろうと杉元が提案した。詐欺師の鈴川聖弘の情報によれば、囚人の一人が釧路にいたという。

 下山する前にまずは腹ごしらえだ。
 アシパが変な鳴き声のネズミを見かけたというので罠を作ることにした。石と石の間に組んだ木に置いた米を食べようとすると、その木がはずれて石が落ちるという仕掛けである。
 ほどなくして一匹のネズミを捕獲出来た。そのネズミはエゾナキウサギという生き物で、日本では北海道にしかいない。
 腹を満たすためには一匹だけでは足りないので下山する道中、罠で捕らえていったのだが、標高が下がるにつれて数が少なくなってきた。このエゾナキウサギは標高の高いところにしか住まないのだろう。
 ようやく下山して森に入ると食事の時間となった。

「杉元さん、こちらを飲んで下さい」

 小夜子はエゾナキウサギを食べる際、乾燥ヨモギの葉を煎じたものを注いだ椀を杉元に差し出した。

「へえ、ヨモギのお茶? ありがとう、頂くよ」

 川の水を汲んで湯を沸かし、煎じてくれた小夜子の気遣いに感謝しつつ、杉元は数回息を吹きかけて舌を火傷しないよう温度を下げてヨモギ茶を飲む。ヨモギの香りが鼻を通り抜けていき、体の緊張がほぐれていく感覚になる。

「美味しいよ、小夜子さん。もう一杯ちょうだい」

「どうぞ」

 二杯目を椀に注いで手渡せば、杉元は再び香り立つヨモギの匂いを楽しむようにゆっくりと飲んでいく。そんな杉元を横目に見ながら、白石が小夜子に話しかける。

「ヨモギって草餅に使うやつだろ? どんな効果があるんだ?」

「止血、痛み止めの他に、胃弱などの消化器系や冷え性、あと婦人科系の症状にも効きますよ」

「へぇ……小夜子ちゃんが医者だったってのは聞いたけど、専門は西洋医学なんだろ? でも今は薬草を取り扱ってるんだから漢方だよな? 分野が異なるんじゃない?」

「そうですね。医学校では西洋医学を学びましたが、漢方を扱っていた父の影響で、子供の頃から私も学んでいたんです」

 診療所では地域の人々の診察を行い、症状に合わせて漢方も処方していた父親を見ていたため、小夜子も漢方について詳しいのだと答えた。
 ついでに、漢方薬について簡単に説明を続ける。漢方薬とは、自然界に存在する植物などを、薬効の異なる部分を複数組み合わせて作ることだ。患者を心身両面から総合的にとらえ、自然治癒力を高める方法で治療するものである。そのため、同じ症状でも患者が異なれば別の薬を処方することもある。そう説明すれば、白石は納得すると同時に感心した。

「ただ、煎薬は西洋の薬と比べたら即効性はありません。早く傷が治るよう、今度外用薬を作りますね」

 自生している植物でも薬草として利用出来るものはあるが、塗布して使う外用薬なら傷の治りも早い。ただ、必要な材料が不足しているので、次に立ち寄る街で買い揃えなければいけない。
 薬を作ってくれる小夜子の気持ちが嬉しい杉元は彼女に感謝した。

 そうやって談笑しつつ、食事の準備を進めていく。捕獲したエゾナキウサギは、毛は食べられないので焚き火で焼いて取り除いて食べる。ちなみに食べるものはこのエゾナキウサギしかない。銃声が追っ手に聞こえる可能性があるため、獣や鳥を銃で獲ることが出来ないからだ。そのため、白石がうんざりした様子で寝転がった。

「仕方ないですよ、白石さん。食べられるものがあるだけマシです」

 小夜子が言うと「そりゃそうだけどさぁ」と白石が頬を膨らませて口を尖らせた。まるで子供のような振る舞いに小夜子は思わず苦笑する。
 一匹がとても小さいため満足に腹を膨らませることが出来ないが、何も口にしないよりはマシだ。小夜子も一匹食べたものの、残りは杉元達に譲った。

「えっ、小夜子さん足りないでしょ? もっと食べてくれ」

「いえ、男性の方が体力も使いますから。特に杉元さんには傷を治すために多く食べて欲しいんです」

「小夜子さん……」

 医者をやめたとはいえ、負傷者を第一に考える小夜子の瞳は医者のそれだった。エゾナキウサギ一匹では小腹を満たすことも出来ないのに、何て優しい女性なのだろう。杉元は小夜子の気遣いを受け入れ、エゾナキウサギを食べることにした。

「ほら、少ないけど尾形も食べろ」

 アシパがあぶったエゾナキウサギを差し出したので、尾形は断ることなく受け取って食べた。やはりまだヒンナということはなく、無言で咀嚼する。

「尾形ぁ、『ヒンナ』は?」

「ほっときなよ、アシパさん」

 アシパと出会った頃からアイヌ流の『食』の大切さを教わっている杉元にとっては、何も言わずに黙々と食べる尾形が気に入らない。この男がヒンナと言うわけがないのだ。

「尾形はいつになったらヒンナ出来るのかな? 好きな食べ物ならヒンナ出来るか? 尾形の好物は何だ?」

 それでもアシパはにこやかな表情を向けた。いつか尾形がヒンナと言う日が来ると信じているのだ。

 尾形の好きな食べ物はあんこう鍋で、冬になると母親が毎日作っていた。
 普通ならば子供の好物を作ってあげているのだと思うだろう。そうであればどんなに良かったことか。

「──百之助君」

 名前を呼ばれて尾形がハッと顔を上げれば、小夜子が自分の顔を覗き込んでいた。

「何だ? 尾形もネズミばっかりでうんざりしたか?」

 そうだよなぁ、と白石が最後のエゾナキウサギを食べながら笑う。
 違う。お前の能天気な頭と一緒にするな。そんな悪態をつきたい衝動にかられたが、小夜子が手を握ってきたので白石から彼女へ視線を移すと、いつもの柔らかい笑顔があった。

「あとでしっかり食べましょう」

 満足に腹を満たせないのだから仕方ないと言ったあと、小夜子は小さい声で「いつかあんこう鍋でも」と笑いかけ、杉元達から見えないよう尾形の頭を撫でた。
 好物を覚えていたのかとわずかに嬉しさもあったが、まさか頭を撫でられるとは思ってもいなかったので尾形は目を見開く。何をするんだ、と言おうとしたのに言葉が出なかった。

 さあ、あまりゆっくりしてはいられない。一行は食事を済ませると再び歩き出した。

 * * *

 ──小樽。
 鶴見中尉の元に鯉登少尉が出向き、旭川第七師団での出来事を報告していた。白石由竹を捕らえたが杉元勢によって奪還され、鯉登が追うも失敗して取り逃してしまったことを。
 幸いにも鯉登に対する処罰はなく、逆に鶴見と共にこれから行う小樽での囚人狩りに参加することになった。鯉登にとっては憧れの鶴見中尉の元で動けるので願ったり叶ったりである。
 また、白石奪還時の面子についても報告を行う。杉元佐一、尾形百之助の他に女が一人いたと告げると、鶴見は興味深そうな反応を示した。女と聞いてまず思い浮かんだのは赤いアイヌ服に身を包んだ占い師だったが、鯉登の話を聞くと違う人物であった。
 ただし、鯉登は憧れからくる緊張で鶴見と直接会話が出来ない。そのため、月島が鯉登の言葉を代弁する。

「木箱を背負った行商人のような格好?」

「はい。飛行船でトリカブトの葉を出して兵士を牽制したそうです」

「はっはっは、なかなか胆力があるようだ」

 兵士に気圧されることなく、逆に毒草を取り出して牽制したという女の話を聞いて、鶴見は度胸があって機転がきく人物だと感心して笑う。
 それにしても、なぜ行商人が杉元勢に加わっているのだろう。金を握らせて案内人として使っているのだろうか。
 加えて女は髪で左目を隠しているという。目が見えないので隠しているのか、それとも顔に痣や傷があるので隠しているのか。

(痣や、傷……傷か……)

 傷跡があっても男は気にすることはないだろうが、女はそうもいかない。世間の目に晒されればあらぬ噂が吹聴されてしまうだろう。自分と異なる外見というだけで、人間という生き物はとかく排除したがるものだ。
 痣や傷のことで思考を巡らせていた鶴見は、昔聞いた言葉を思い出した。

 ──鳴海先生の娘さん、顔や腕が血だらけでね……かわいそうだったよ。

 日露戦争が終結した翌年、久しぶりに知人の家を訪ねたことがある。北海道の友人に頼み込まれて関東から移住し、診療所を開いたという。
 その移住してきた医者の友人と鶴見が顔見知りで、いつしか友人を介して医者とも知り合った。医者は誠実な人柄で鶴見ともすぐに打ち解け、彼の妻も訪問を歓迎してくれた。
 夫婦の間には一人娘がいると聞いていた。彼女とは面識はないが、昔の写真を彼女の父親から見せてもらったことがあり、医者を目指す自慢の娘だと顔を綻ばせていた。女が医者になるということを聞いて驚きつつも、娘を自慢する父親の姿に鶴見は目を細めた。
 近々、医学校を卒業して北海道に戻ってくるので紹介しますと言われていたが日露戦争が始まったため、娘との対面は先延ばしになってしまった。
 戦後、ようやくまとまった時間が取れたので医者を訪ねたのだが建物は取り壊され、空き地になっていた。一階が診療所、二階が自宅であったのに。
 一体何があったのか周辺住民に問えば、二年前の深夜に強盗が押し入ったのだと返答があった。医者夫婦は殺害、一人娘は顔などに暴行を受け、傷の治療が落ち着いた頃に彼女は家を取り壊して行方知れずとなった。

 鯉登の報告と昔聞いた話を照らし合わせてみると似通う部分があり、行商人の女の外見年齢と医者の娘の年齢も大差はない。
 娘は西洋医学を学んだらしいが、彼女の父親は漢方を取り扱っていたので、彼女も漢方について学んでいた可能性がある。

 顔に傷を負い、その傷跡を髪で隠していたら?
 行方知れずになったあと医者をやめて、各地を転々とする薬の行商人に転身していたら?

「鶴見中尉、どうしました?」

 鯉登の隣で静かに座している月島軍曹が控えめに声をかける。鶴見の思考を中断させることをためらっていたが、長引いているため気になり、意を決して一声かけたのだ。
 鶴見も少し考え込みすぎた自覚があるため、すまないと詫びると、鯉登が月島に耳打ちして追加の報告を行う。

「行商人の女は尾形とは親しかったそうです」

 鯉登曰く、女は尾形を『百之助君』と呼んでいたという。行商人が杉元に加担するのは案内人として雇っていたからだと思っていたのだが、これは間違っているのか。
 そういえば、あの医者一家は関東──確か茨城から引っ越してきたと言っていたか。一人娘は仲の良い幼馴染みと別れてしまうので寂しがっていたとも父親が言っていた。興味本位でその幼馴染みのことを聞けば、諸事情で父親がいなかったという。
 尾形百之助の育った場所も茨城で、実父は家庭にいなかった。もし一人娘と親しかった幼馴染みが尾形であるとしたら──
 どろり、と額当の下から眉間へ汁が漏れだした。


2020/10/17

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