芽生える前


「有利が魔王になるなんてねぇ」

「俺としては真文の方が適任だと思うんだけどなぁ」

 有利が眞魔国第27代目魔王として即位してしばらく経過した。昼下がりの血盟城の中庭で真文がしみじみ呟くと、有利が小さく溜息をついた。

 渋谷真文と渋谷有利は双子の姉弟である。両者とも地球で生まれ育ったが、その魂は地球ではない異世界の魔族のものだ。そんな姉弟のうち、弟の有利が魔王に即位した。

「私はトップに立つことは性に合わないの」

「そんなことねーよ。頭は真文の方がいいじゃん。真文が魔王だったら、あのグウェンダルもすんなり従うって」

 当時のことを思い出した真文は、より一層大きな溜息をついた。
 真文は勉強も運動も得意で、直情型の自分よりも王様に向いているのに、どうして眞王は姉を魔王に選ばなかったのだろう。姉が魔王になっていれば、堅物のグウェンダルも異世界人を拒まなかったはずだ。

「次代の魔王は真文にしちゃおうかな……なんつって」

 有利がぽつりと零した時、濃灰色の髪の男が中庭に面した廊下に姿を現した。その表情はいつもと変わらず硬い。

「早くも退位か。私も姉君の方が王に向いていると思っていたところだ」

「げっ」

 冗談で呟いた言葉が、あろうことかグウェンダルに聞かれてしまったことに、有利は思い切り顔をひきつらせた。

「じ、冗談だよグウェンダル! そんなことするわけないじゃん!」

「意固地になることはない。どのような者にも向き不向きがある」

「う……」

 皮肉を込められた笑みを向けられて有利は言葉に詰まる。
 グウェンダルの言うとおり、王は真文が向いているという話は、つい今しがた自分が持ち出した話題だが、王位を譲るという言葉は本当に冗談で発したものだ。
 しかし、悔しいことにこの強面の男と対面すると威圧感で言いたいことも言えなくなる。

「ところで殿下」

 グウェンダルは有利から真文に視線を移す。

「本日の座学はもうお済みなのですか?」

「ええ。朝食が終わってからずっと勉強していたから、今日は早めに終わらせてくれたの」

 眞魔国の歴史や知識を双子に教えているのは王佐のギュンターだ。真文は教わった知識の吸収が早く、教え甲斐があるとギュンターが喜んでいたのをグウェンダルは思い出す。

「グウェンダルはこれから何処に?」

「執務室に向かうところです。まだまだ政務が滞っていますからな」

 グウェンダルは遠慮のない視線を有利に向けた。
 現在、政務はグウェンダルが執り行っている。本来ならば王の地位に就く者の役割だが、その王がまだまだ未熟な異世界人の子供でとても任せることが出来ないため、グウェンダルが魔王代理として政務を執り行っている。
 つまり、「お前がやるべき仕事を兼任しているせいで多忙極まりない」という皮肉を隠すこともしないグウェンダルに、有利はますます言い返せなかった。

「じゃあ、ご一緒してもいいかしら? 政務の行い方とか参考にしたいから」

 魔王の姉は非常に勉強熱心だ、とグウェンダルは心の中で感心した。彼女が魔王に選ばれていれば良かったのに。つくづくそう思う。

「お好きなように」

 グウェンダルがそう答えると、真文は有利にまたあとでと別れを告げ、グウェンダルについていった。

「…………」

 この時が初めてではないが、グウェンダルの態度の違いに有利は絶句する。
 魔王の親族だから敬うのは当然だが、魔王本人には畏敬の念すら抱いていないのだ。性格も能力も、冷静で勉強熱心な姉とは正反対なので、完全に見下されている。
 中庭に一人残された有利は、二人の背中をただ見送ることしか出来なかった。

 * * *

 血盟城の執務室。執務用の大きな机の上には数多の書類が山積みになっている。

「なかなか減らないわね、書類……」

「一国の王となったのですから、政務のことも覚えてほしいものです」

 真文が苦笑するとグウェンダルは少し苦い顔になり、机に向かって書類に目を通し、一枚ずつ手際よく処理していく。
 そんな書類の中からグウェンダルは数枚抜き出すと真文に差し出した。

「最近読み書きも出来るようになったとギュンターから聞きました。この書類はどのような内容が書かれているかわかりますか?」

 書類を受け取った真文は内容を目で追った。どれもが比較的簡単な内容の嘆願書のようで、そのことをグウェンダルに言うと満足そうに頷いた。

「少しは理解出来るとは思っておりましたが、完璧です。では、こちらの書類の仕分けをお願いしたい」

 グウェンダルは今度は数枚どころか、書類の山を指し示した。書類には緊急性の高いもの、そうでないものが入りまじっている。そういったものをいくつかの種類にわけて欲しいとのことだ。

「わかったわ。……ところで、その話し方どうにかならない?」

「……何か問題でも?」

「私と話す時と、有利と話す時の口調が違いすぎて違和感が凄いのよ」

「私はこれでも殿下に敬意を払っているつもりですが? 積極的に勉学に勤しみ、王族であるにも関わらず享楽にふけることもなさらずにいる殿下を軽んじる理由もありません」

 有利は遊びほうけることはしないが、勉学は苦手なので長時間続かない。文字の読み書きだけでなく、眞魔国の歴史や他国の情勢を積極的に学ぼうともしない有利を、グウェンダルは敬ってはいないのだ。
 しかし、やはり丁寧な敬語よりも威厳のある口調のグウェンダルの方がしっくりくるので、真文は有利達と話しているような感じが良い。

「グウェンダルが敬語になる理由はわかるわ。それでも、私は堅苦しくてかしこまった態度は苦手なの」

 いきなり普段の口調でと言われても戸惑うだろうけどと少し眉尻を下げて笑う真文に、グウェンダルは意表を突かれて呆気にとられる。

「何ていうか、こう……普段のあなたが好きなのよ」

「……は……?」

「皮肉屋で厳しいところもあるけど、常に眞魔国のことを思ってのことだし、間違ったことは言わない。それに、可愛いものが好きなところも含めた、普段のあなたの方が好き」

「……殿下」

「だから、出来れば普段の口調で話してちょうだい。何なら有利だと思ってくれてもいいから」

「いえ! とてもあのような男には見えませ……見えない」

 二卵性の双子だがまるっきり似ていないわけでもない。男女の差はあるが、顔つきや雰囲気は有利と似ていると自分でも思う。
 そういう意味合いで有利だと思えと言ったのだが、グウェンダルには言葉そのままの意味で聞こえたらしく、あの魔王らしくない魔王と一緒にするとはとんでもないとわずかに狼狽した。
 普段の口調でと頼まれたため、敬語になりかけた言葉を改めるグウェンダルが律儀に思え、真文は小さく笑う。

「っふふ……まあ、私も無理強いはしたくないから、徐々に慣れてくれればいいわ。さ、早く整理しないと」

 今日中に書類を処理するのは難しいかもしれないが、少しでもその手助けになればいい。そう思いつつ、真文は書類の山に目を通し始めた。

(新しい魔王も魔王だが、その姉もまた変わっている……)

 早くも書類整理の作業に切り替えた真文を見つめながらグウェンダルは心の中で独りごちた。
 平民出自の王ともなれば贅沢をしたがるものだ。それなのに、今度の魔王は随分と庶民的で贅沢をしたいとは言わない。王らしく着飾らせようとすると、逆にそんなものはいらないと上質な衣服や装飾を敬遠した。
 真文も同じだ。女であれば宝石やドレスで飾り立てたがるものだが、そういうのは苦手だと言って着ようともしない。
 まったくもって変わった姉弟だ。

「……どうしたの? 早くしないと終わらないんじゃない?」

 無言で見つめられていることに気づいた真文の言葉に、グウェンダルは我に返る。

「あ……ああ、すまない」

 第26代魔王フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ──現上王陛下の長男フォンヴォルテール卿グウェンダル。有利曰く、ゴッドファーザー愛のテーマが似合う男。
 今は勉強熱心な魔王の双子の姉という認識程度の感覚が、これから次第に変化していく。それが恋になっていくことに、グウェンダル本人は想像もしていなかった。


2017/10/08
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