第6話 今後のこと


「さて、多少意味が不明瞭な点があるかもしれないが、心して聞いて欲しい。ナザリック地下大墳墓は現在、原因不明かつ不測の事態に陥っていると思われる」

 モモンガの話を聞く守護者全員の顔は真剣で、崩れることなく静かに彼を注視している。

「何が原因でこの事態に陥ったかは不明だが、最低でもナザリック地下大墳墓がかつてあった沼地から草原へと転移したことは間違いない。この異常事態について、何か前兆など思い当たる点がある者はいるか?」

 アルベドが各守護者の顔を見て、全員の顔に浮かんだ返事を受け取り、モモンガの問いに答える。

「申し訳ありませんが、私達に思い当たる点は何もございません」

 では、と今度はモモンガが各階層守護者に問うた。自らの階層で異常事態はなかったかを。それでもどの階層も異常事態は見られなかった。

「各階層でも異常はなかったのじゃな……」

 アーデルハイトが小さく息をつく。

「……モモンガ様、早急に第四・第八階層の探査を開始したいと思います」

「うむ……その件はアルベドに任せるが、第八階層は注意しろ。もしあそこで非常事態が発生していた場合、お前では対処出来ない場合がある」

「かしこまりました」

 アルベドが深く頭を下げると、シャルティアが地表部分を探査すると進言してきたが、それは既にセバスに行わせているため、やんわりと断る。
 ちょうどその時、セバスが闘技場へ姿を現した。

「モモンガ様、遅くなり誠に申し訳ありません」

「いや、構わん。それより周辺の状況を聞かせて欲しい」

「了解致しました。まず周囲1kmは草原です。人口建築物は一切確認出来ませんでした。生息していると予測される小動物を何匹かは見ましたが、人型生物や大型生物は発見出来ませんでした」

「その小動物というのはモンスターか?」

「いえ、戦闘力はほぼ皆無と思われます」

「なるほど……では草原というのは、草が鋭く凍っており、歩くたびに突き刺さるなどはないのだろう?」

「はい、単なる草原です」

「天空城などの姿もないか?」

「はい、ございません。空にも地上にも、人工的な明かりのようなものは一切ございませんでした」

「そうか……ご苦労だった、セバス」

 セバスを労いながら、あまり有益な情報が入手しなかったことに軽く落胆した。
 どのような理由で転移したのかは不明だが、ナザリック内の警戒レベルを上げておいた方が良いのは事実だろう。誰かの敷地内に無断で住居を構えたことになったのであれば、争いになるかもしれない。

「モモンガよ、ここは各階層の警備レベルを上げてみてはどうじゃ?」

 もし外部の者が侵入した場合に備えて、階層ごとの警備レベルを上げておけば簡単に突破はされないだろう。そう考えたアーデルハイトが提案するとモモンガは頷いた。

「そうだな。各守護者よ、各々の階層の警備レベルを一段階上げるように。何が起こるかわからんから油断はするな。侵入者がいた場合は殺さず捕らえろ。出来れば怪我もさせずにというのが一番ありがたい」

「侵入者は外部の情報を持っているじゃろうから、可能な限り傷つけんようにな」

 モモンガとアーデルハイトが念を押すと、各守護者は了解の言葉と共に頭を下げた。

「次に組織の運営システムについて聞きたい。アルベド、各階層守護者間の警備情報のやり取りはどうなっているのだ?」

「各階層の警護は各守護者の判断に任されておりますが、デミウルゴスを総責任者とした情報共有システムは出来上がっております」

 モモンガは満足そうに頷く。

「それは僥倖。ナザリック防衛戦の責任者であるデミウルゴス、それに守護者統括としてのアルベド。両者の責任の下で、より完璧なものを作り出せ」

 デミウルゴスは防衛時にNPC指揮官となる設定を与えられた存在だ。守護者統括のアルベドと協力してナザリックを守るようにとの命令に、二人は深々と頭を下げる。

「了解致しました。それは第八、第九、第十階層を除いたシステム作りということで宜しいでしょうか?」

「第八階層はヴィクティムがいるので問題ない……いや、第八階層は立ち入り禁止とする。先程アルベドに与えた命令も撤回だ。あそこには原則、私が許可した場合のみ進入を許す。第七階層から直接第九階層へと来れるよう封印を解除しておけ。次に第九、第十階層も含んだ警備を行う」

 モモンガの言葉に、アルベドとデミウルゴスは驚いて目を見開いた。

「よ……よろしいのですか? 至高の方々のおわします領域に、シモベ風情の進入を許可しても……」

 シモベというのは、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが作っていないモンスターで、自動的にわき出るもの(POP)と呼ばれるもの達だ。確かに、思い出してみると第九、第十階層にはごく一部の例外を除きシモベは存在しない。
 モモンガは口の中でもごもごと小さく唸る。
 アルベドは第九階層以下は聖域と考えているようだが、実際はまるで違う。第九階層にモンスターを配置していないのは、単純に最強の存在達を配置している第八階層を突破された時点で、アインズ・ウール・ゴウン側の勝算は低く、それならば玉座で悪役らしく待ち構えようという考えからだ。

「……問題はない。非常事態だ、警備を厚くするように」

「かしこまりました。選りすぐりの精鋭かつ品位を持つ者達を選出致します」

 アルベドの返事を聞いたあと、モモンガは幼いダークエルフの双子に視線を移す。

「アウラとマーレだが……ナザリックの隠蔽は可能か?」

 双子は顔を見合わせて考え込んだのち、マーレが口を開いた。

「ま、魔法という手段では難しいです。地表部の様々なものまで隠すとなると……ただ、例えば壁に土をかけて、それに植物を生やしたり……」

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと?」

 アルベドの声色が、一段と低くなった。ナザリック地下大墳墓により一層強い誇りを持つ彼女にしてみれば、そのナザリックの壁を土で汚して埋めることになるのだから、気分を害するのも当然だろう。アルベドだけでなく、他の守護者達も彼女と同意見であるようだ。

「アルベド、余計な口を出すな。私がマーレと話しているのだ」

 モモンガがアルベドを戒める。それは、彼自身ですら驚いてしまうような低い声だった。

「はっ、申し訳ありません、モモンガ様」

 深く頭を下げて謝罪したアルベドの顔は恐怖で凍りついていた。守護者やセバスも一気に引き締まった表情へと変わる。アルベドへの叱責を、自らにも宛てたものと受け止めたのだろう。
 場の空気が急激に変化したことに、強く言い過ぎたか、とモモンガは後悔する。そこに、アーデルハイトが空気を和らげる一言を投じてくれた。

「ナザリックを誇りに思っているからこそ、アルベドは覚悟の上で言うたんじゃろう? アルベドよ、その気持ちを忘れんよう励んでくれれば良い」

「かしこまりました。ありがたきお言葉……感謝の言葉もございません」

 さらに深く頭を下げるアルベドの声と表情は、アーデルハイトの言葉で和らいだものへと変わっていた。
 モモンガは場の空気を変えてくれたアーデルハイトに心の中で感謝しつつ、話を続ける。

「マーレ、壁に土をかけて隠すことは可能か?」

「は、はい……お、お許し頂けるのでしたら……ですが……」

「ああ、そうか……遠方より確認された場合、大地の盛り上がりが不自然に思われるかもしれんな。セバス、この周辺に丘のようなものはなかったか?」

「いえ、残念ですが平坦な大地が続いているように思われました。ただ、夜ということもあり、もしかすると見過ごした可能性がないとは言い切れません」

「じゃが、隠すことを考えたらマーレの方法が一番じゃろうな」

 他に良い案が浮かばない一同は、マーレの言う方法が確実だろう。モモンガはしばし考える。

「……であれば、周辺の大地にも同じように土を盛り上げてダミーを作るというのは?」

「そうであれば、さほど目立たなくなるかと思います」

「よし。マーレとアウラで協力してそれに取りかかるように。その際に必要なものは各階層から持ち出して構わない。隠せない上空部分には、のちほどナザリックに属する者以外には効果を発揮する幻術を展開するとしよう」

 モモンガの命令に、双子は了解の意を示した。
 とりあえず、モモンガの頭に浮かぶものはこれくらいだった。

《アーデルハイトさん、先程のアルベドへのフォローありがとうございました。自分でも強く言い過ぎたと反省しています》

 絶対の忠誠を捧げる相手からの叱責が、どれほどの恐怖なのかが今回の件でよくわかったモモンガは、アルベドに悪かったと反省した。恐怖による士気の低下は避けたい。そこにモモンガの後悔の念を察したアーデルハイトのアフターフォローは流石と言える。

《いえいえ、上手くフォロー出来たようなら良かったです》

 メッセージを終えたモモンガは、再び守護者達を見渡す。

「今日はこれで解散だ。各員休息に入り、それから行動を開始せよ。どの程度で一段落つくのか不明である以上、決して無理はするな」

 守護者各員が一斉に頭を下げて了解の意を示したのを確認したモモンガは、確認してみたいことがあったので、各員へ尋ねることにした。

「最後に皆に聞きたいことがある。まずはシャルティア……お前にとって私とアーデルハイトとは一体どのような人物だ?」

 え、とアーデルハイトは隣のモモンガを見やる。忠誠心の再確認なのだろうか。アーデルハイトも興味がないわけではないので、それぞれの返答を期待して聞き入ることにした。

「モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。アーデルハイト様は、モモンガ様とは異なる美しさをお持ちです。お二方とも、宝石すらも見劣りするほど眩く高貴な存在です」

「コキュートス」

「ドチラモ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方々」

「……アウラ」

「慈悲深く、深い配慮に優れています。絶対の支配者ですが、あたし達守護者を包み込んでくれるような、そんな慈悲をお持ちです」

「……マーレ」

「す、凄く優しい方々です……」

「……デミウルゴス」

「モモンガ様は賢明な判断力と行動力を有された方。アーデルハイト様は明敏で聡明さを有された方。どちらもまさに端倪すべからざるという言葉が相応しき方々です」

「…………セバス」

「モモンガ様は、至高の方々の総括に就任されていた方。アーデルハイト様は、モモンガ様の補佐を行う良きパートナーの方。お二方とも、最後まで私達を見放さず残って頂けた慈悲深き方々でございます」

「……テオドール」

「モモンガ様はナザリック地下大墳墓の絶対の支配者で、アーデルハイト様は我が創造主にしてお優しいお方です。下位の者である私達にも慈悲深い配慮をお持ちで、尊崇の念を抱かずにはいられない方々です」

「最後になったが……アルベド」

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であり、私の愛しいお方です。アーデルハイト様は凛々しくお美しい、まさに女帝のごとき気高いお方です」

「……なるほど、各員の考えは充分に理解した。それでは私の仲間達が担当していた執務の一部まで、お前達を信頼して委ねる。今後とも忠義に励め」

 再び大きく頭を下げて拝謁の姿勢を取った守護者達の元から、モモンガとアーデルハイトは転移し、ゴーレムが並ぶレメゲトンへと移動した。周囲を見渡し、誰もいないことを確認したモモンガとアーデルハイトは大きく息を吐く。

「はあああ……疲れた……」

「……凄かったですね……」

「あいつら……え、何あの高評価……」

 肉体的な疲労はないが、心の疲労のようなものが二人に重くのしかかる。
 守護者達が評価する自分は、まるで自分ではない。全くの別人だ。
 乾いた笑いを上げたモモンガは、いやしかし、と頭を振る。あれは冗談を言っている表情ではなかった。

「つまり……マジだ……」

「モモンガさん……『たんげいすべからざる』ってなんでしょうかねー……」

 普段は冷静なアーデルハイトも、流石に大絶賛の嵐で心ここにあらずの状態だ。現実逃避している。

「アーデルハイトさーん、戻ってきて下さーい」

 ハッと我に返ったアーデルハイトは、それでも称賛の言葉が残響として残っているようで、頬を両手で包んで羞恥に耐える。特にアルベドの『女帝のごとき気高いお方』という言葉が効果を発揮しているらしい。
 守護者達のあの高評価を崩した場合、失望される可能性があることに、モモンガは体力を奪われていく感覚を覚えた。
 そして、もう一つ問題がある。自らに対して「愛しいお方」と告げたアルベドだ。

「どうしよう……このままじゃタブラさんに顔向け出来ない……」

「……何かあったんですか?」

 ようやく立ち直ったアーデルハイトがモモンガの呟きを拾い上げる。隠していても無駄かもしれないと思い、モモンガは転移直前に行ったアルベドの設定変更のことを正直に話した。

「あー、何かタブラさんから聞いたことありますね。アルベドの設定の最後にビッチって書き込んだこと」

 ビッチという単語を恥ずかしげもなく言うアーデルハイトに、モモンガが逆に動揺する。

「え……アーデルハイトさん、ビッチの意味わかって言ってます?」

「はい。良い意味じゃないですよね」

 アーデルハイトは苦笑する。

「でもまあ、今さら後悔しても遅いですし、彼女と上手くつき合っていく他ないんじゃないですか?」

「そ、そんな……」

 ギルドメンバーであり、最後まで残ったプレイヤーのアーデルハイトから見放されたような気がして、モモンガは気弱な声を漏らした。

「モモンガさん、元気出して下さい。何かあれば、私も出来る限り協力しますから」

「……はい……」


2017/05/21

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