第19話 少年の決意


 アインズやアーデルハイトらが無事生還して森から出てきたことに、漆黒の剣とンフィーレアが破顔する。ただし、ルクルットだけは険しい表情を崩さなかった。

「モモンさん、あんた後ろに何を連れてきているんだ? まさかチャームされてないだろうな?」

 周囲を警戒することが第一であるレンジャーのルクルットが、アインズの背後を睨み付けるように視線を送る。100レベルのアウラには到底及ばないが、それでも彼のレンジャーとしての能力は確かであった。

「私は森の賢王と戦い、ねじ伏せてきました。おい、来るんだ」

 アインズの後ろから姿を現したのは、パールホワイトの毛皮を持つ大きな獣だった。途端に喜んでいた面々がの表情が驚愕なものへと変わり、漆黒の剣はンフィーレアを後ろにかばいつつ一歩後退する。

(まあ……ジャンガリアンハムスターっていっても、これだけ大きいとなぁ……)

(外見が可愛くても、大きすぎると怖いっていうし……)

 アインズとアーデルハイトは、漆黒の剣の行動を見て心の中で苦笑いを浮かべた。
 愛くるしいつぶらな瞳に丸い体躯。まさにハムスターの外見そのものでも、巨大であれば圧迫感も生じる。依頼人を魔獣から守るために用心するのは当然だ。

「ご安心下さい。私の支配下に入っておりますので、暴れたりすることは決してありません」

 アインズは森の賢王の隣に立ち、冒険者達を安心させるためわざとらしく森の賢王の体を撫で回す。
 ついでにアーデルハイトも白い毛皮を撫で始めた。それも、冒険者達から見えにくい位置──アインズの後ろ側あたりに立って。

「殿のおっしゃるとおりでござる。この森の賢王、殿と御前に仕え、共に道を歩む所存。殿と御前に誓ってご迷惑をおかけしたりはせぬでござるよ!」

 アインズとアーデルハイトへの忠誠を誓う森の賢王の言葉に、アーデルハイトは一瞬どきりと心臓が跳ねた。森の賢王を打ち負かしたアインズを『殿』と呼ぶのは構わないが、戦ってもいないアーデルハイトを『御前』と呼ぶのはよろしくないのでは、と危惧したからだ。
 実際に戦闘を目撃されたわけではないので、モモンとアーデルハイトが協力してねじ伏せ、アーデルハイトにも従っているのだと思い込んでくれると良いのだが。
 内心冷や汗を流しながら漆黒の剣の表情を伺ったが、アーデルハイトへの『御前』呼びについて疑問に思っている様子はなかった。どうやら杞憂に終わったようだ。

 それにしても、森の賢王は体躯こそ大きいものの外見は可愛らしいジャンガリアンハムスターだ。慣れてしまえば皆の警戒も解けるだろう。問題は、この獣を本当に森の賢王だと信じてもらえるのだろうかという点だ。こればかりはアインズもお手上げ状態で、どう説明したら良いものかと考えあぐねていたところ、

「──これが森の賢王ですか! 凄い、何て立派な魔獣なんだ!」

 目を見開いて驚愕の表情で森の賢王を凝視するニニャの言葉で思考を中断せざるを得なかった。

「こうして佇んでいるだけでも強大な力を感じるのである!」

「いやぁ、こいつはまいったな。これだけの偉業を成し遂げるたぁ、ナーベちゃんを連れ回すだけのことはある。アーデルハイトお姉様も流石だねぇ」

「私達では皆殺しにされていたでしょう。お見事です」

 ダイン、ルクルット、ペテルが褒め称えるので、アインズとアーデルハイトは困惑する。

(え、強大な力って何!?)

(こんなに可愛いハムスターが立派な魔獣だなんて……)

 アインズとアーデルハイトは一度顔を見合わせ、再び漆黒の剣へ向き直る。

「……皆さん、この魔獣を脅威だと感じますか?」

「愛らしい外見とは思わんのか?」

 二人にしてみれば素朴な疑問であったが、対面するメンバー全員はまたもや驚きに包まれた。どうも見当はずれの問いだったらしい。

「モモンさん、アーデルハイトさん、あなた方はこの魔獣が可愛らしいと言うのですか!?」

 全員を代表するかのようにペテルが叫ぶ。
 可愛らしい以外に何と言えばいいのだろうか、とアインズとアーデルハイトは心の中でぼやいた。

「深みある英知と強大さを感じさせる瞳です。決して可愛らしいとは思えません」

 ニニャが真剣な眼差しで森の賢王を見つめる。冗談を言っている様子は微塵も感じられない。
 
 そんなはずはない。この世界の住人だから森の賢王を脅威だと感じているのだろう。ナザリックに属する者は同意してくれるはず。
 アインズとアーデルハイトはそう考え、それぞれの従者に問いかけた。

「ナーベはどう思う?」

「強さは別として、力を感じさせる瞳です」

「テオドールはどうじゃ?」

「まさに魔獣というに相応しい立派な獣ですね」

 ナザリックのメンバーといえど同意を求めることは出来ず、アインズとアーデルハイトはめまいを覚えた。
 英知? 強大? 立派? このジャンガリアンハムスターのどこにそんな要素があるのだろう。

《アインズさん……森の賢王って恐ろしい魔獣に見えますか?》

《いえ、いえいえ、断じて見えません! ハムスターにしか見えませんっ!》

《で、ですよね! 皆、強大な力とか言うから私だけおかしいのかと……》

《おかしいのはこの世界の方ですよ、アーデルハイトさんはおかしくありません》

 メッセージで認識を確認し合った二人は、自分だけ美的センスが狂っていていたわけではなかった、とお互い胸を撫で下ろす。
 そんな二人の気持ちに気づくことなく、ンフィーレアがところで、とアインズを見上げた。

「モモンさん、その魔獣を連れ出した場合、縄張りがなくなった影響でエン……カルネ村にモンスターが襲いかかったりしませんか?」

 森の勢力については森の賢王の方が熟知している。アインズは顎をしゃくり、森の賢王にどうなんだと答えを促す。

「現在の森は勢力バランスを大きく崩しているでござるから、それがしがあの地にいても安全とは言えないでござろうな」

「そんな……」

 ンフィーレアはショックを受けつつも、アインズに向かって口を開きかけ、閉ざす行為を繰り返した。もう一度村を救って欲しいという気持ちと、迷惑がかかるから頼りきりたくないという気持ちがせめぎあっているようだ。

(森の賢王が外れだった分、ここで利益を得るとしようか)

 さてどのように話を誘導しようかと考えていると、ンフィーレアの様子に気付いたアーデルハイトが再びメッセージをアインズに送ってきた。

《アインズさん、彼に協力してあげたらどうですか?》

《はい、そうするつもりです。ここで力を貸した方が、のちの利益にも繋がるでしょうし》

 転移してからというもの、アインズの考えはナザリックの利益が第一だということにアーデルハイトは気付いていた。階層守護者を始めとした数多くのナザリックに属する面々を束ねて率いていくためには、ナザリックに損害を出さず、いかに有益な情報やアイテムを入手するかにかかっている。そのため、利益第一で動くことに重きを置いているのだ。
 漆黒の剣が村を救う案を出し合っている中、ンフィーレアは覚悟を決め、真剣な面持ちでアインズをまっすぐ見つめた。

「モモンさん」

「何でしょう?」

 アインズはまるで舌なめずりするような気持ちでンフィーレアの言葉を待った。
 自ら労力を使ってスレイン法国から守ったカルネ村は、これからの進展の足がかりとしても価値が高い村だ。ンフィーレアに頼まれなくても守るつもりだが、頼まれるということが重要なのだ。ンフィーレアに恩を売るなり報酬を求めるなりして一石二鳥を得ることこそがアインズの計画であり、森の賢王で狂った分の損失を補えば良い。
 だが、次に出てきたンフィーレアの言葉はアインズやアーデルハイトの想像を遙かに超えていた。

「モモンさん、僕をあなたのチームに入れて下さい!」

「はあ!?」

 予想外の言葉にアインズの声が思わず裏返った。

「僕はエンリ……カルネ村を守りたいけど、その力がありません。だから強くなりたいんです! 僕にモモンさんのその強さを、欠片でも教えて欲しいんです! モモンさんのような優秀な冒険者をずっと雇えるほどの財力はありません……ですが、薬学に関しては少しは自信がありますし、荷物運びでも何でもします! だからお願いします!」

 アインズが、ヘルムの奥にない目を白黒させている間もンフィーレアは続けた。

「おばあちゃんとお父さんが薬師だったから、深く考えず僕も薬師の道に入りました。でも、本当に進みたい道が出来ました」

「それがマジック・キャスターとして強くなり、カルネ村を守るという道でしょうか?」

「はい」

 ンフィーレアの真剣な瞳は、少年ではなく一人の男としてアインズをまっすぐ見据えていた。

 ユグドラシル時代、アインズ・ウール・ゴウンへのギルドメンバー参加希望者はあとを絶たなかった。大半が最上位ギルドに加入することによって得られる己の利益を考えてのものだ。ギルドのために何が出来るかではなく、ギルドが何をしてくれるか、と。それだけなら可愛い方で、中にはギルドの情報や希少アイテムを奪おうと画策する輩もいた。
 だからアインズ・ウール・ゴウンは最初期のメンバー以外に滅多に増えなかった。作り上げたものを土足で踏みにじられることを警戒したからだ。

 アインズ・ウール・ゴウンというギルドを知らない、一人の男の純粋な思い。似て非なる思いはアインズにとって心地良く、明るい笑い声をあげた。

「……はっ、ははははは!」

 非常に穏やかで爽やかに笑うと、アインズはヘルムを脱いで丁寧かつ真摯な態度で深く頭を下げた。
 ナーベラルが息を飲み、アーデルハイトとテオドールも驚いてアインズを注視する。ナザリック地下大墳墓の最高支配者に相応しくない態度かもしれないが、アインズは頭を下げるべきだと思って実行した。自らの年齢の半分ほどの少年に頭を下げたが、恥辱は全く感じなかった。
 笑ったのは悪意があったからではないが、それでも笑って良い場面ではないとアインズだってわかる。頭を上げると驚いた様子のンフィーレアに告げた。

「いや、笑ったりして申し訳ない。君の決意を笑ったわけではない」

 それからアインズは、自分のチームに参加するには二つの条件をクリアが必須で、そのうち片方しかクリアしてないので迎え入れることは出来ないと伝えた。
 隠し条件としてギルド構成員の過半数の賛成も必要なので、例えアインズが賛成したとしても決して仲間を増やすことは出来ない。それでも転移後、ナザリックの守護者達の忠誠を一身に受けた時のような機嫌の良さでアインズは続けた。

「気持ちは充分にわかった。君のことは覚えておこう。それと村を守るということだが、少しばかり力を貸すとしよう。ただ、もしかしたら君の協力も──」

「はい、やらせて頂きます!」

 そうか、とアインズが数回頷いているとニニャと視線が合う。何だか微笑ましく見守られているようで、アインズは若干気恥ずかしい感覚を抱いた。

 * * *

 薬草採集の依頼を済ませ、森の賢王を支配下に入れたアインズ達は、エ・ランテルを出て二日目の夜をカルネ村で迎えた。
 一方、アーデルハイトとテオドールは村を救って顔見知りになっているため、村長の家へ招待されて食事を勧められた。
ナザリック地下大墳墓には莫大なユグドラシル金貨や宝物があり、アーデルハイト自身も個人のユグドラシル金貨を所有している。だが、ユグドラシルでは悪名の高かったアインズ・ウール・ゴウンを敵対視する存在に目を付けられる可能性もあるので迂闊に使えない。そのため節約を心がけており、普段は飲食不要の指輪をつけているが、村長と夫人の好意を疎かには出来ない。今だけは指輪をはずし、食事を取ることにした。
 正直に言えばナザリックで用意される食事に比べたら質素なものだ。しかし、決して多くない食料を客人に振る舞ってくれたということが嬉しく、アーデルハイトとテオドールは出された料理を全て頂いた。
 それから軽い雑談を済ませたあと、二人はエンリの家へ向かった。ネムがどうしてもテオドールに会いたいと言うのだ。彼女らの家へ向かう途中、アーデルハイトは呼び止められて声がした方向を振り向けばニニャがいた。

「あの、アーデルハイトさん……ちょっとお願いしたいことが……」

 遠慮がちに尋ねてくるニニャはアーデルハイトを見たあと、ちらりとテオドールへ視線を移す。

「テオドール、すまぬが先にエンリの家へ行ってくれ」

「かしこまりました」

 テオドールもニニャの気持ちを察したらしく、一礼をしてアーデルハイトと別れてエンリの家へ向かった。

「すみませんが、魔法を教えて頂けたらなと思って……」

「ふむ。それでは演習場に行くとしよう」

 カルネ村の中には、ゴブリンが村人へ弓矢の使い方を教えるための演習場がある。そこでアーデルハイトはニニャへ魔法を教えることにした。
 ユグドラシルでは魔法は第十位階、そしてその上をいく超位魔法があったが、この世界ではそこまで強い魔法を使えるようになるのは困難──というか不可能である。第三位階を使えれば英雄級、第六位階は個人の限界、それ以上は伝説や神の領域だ。
 ニニャが使えるのは第二位階までで、使える魔法もユグドラシルプレイヤーに比べたら圧倒的に少ない。それでもタレントという生まれついた能力のおかげで、ニニャは通常より半分の速さで魔法を習得出来る。だからまだ使ったことのない魔法をアーデルハイトから学ぼうと考えた。

「さて、どんな魔法が良いかのう?」

 ニニャが使える魔法は、マジック・アローやリーインフォース・アーマー、アラームといったもの。マジック・キャスターであれば後方で攻撃魔法を撃つことも、防御や支援の魔法でペテルやルクルットの補助も可能だ。
 アーデルハイトが自分が覚えている六百二の魔法からニニャが使えそうなものを選別していると、ニニャが先に口を開いた。

「攻撃用の魔法を教えて下さい」

 普段は控えめでおとなしいニニャの青い瞳が、アーデルハイトをまっすぐ見据える。口には出さないが、強い決意の表れがその視線に込められていた。

「そうじゃな……では、ショック・ウェーブはどうじゃろうか」

 第二位階魔法ショック・ウェーブは、大気を歪ませながら不可視の衝撃波を放ち、フルプレートを大きくへこませることも容易い魔法である。
 演習場には標的として人の形を模した藁束がある。その中の一つをターゲッティングしたアーデルハイトは魔法を唱えた。

〈ショック・ウェーブ〉

 アーデルハイトの手の先から放たれた衝撃波は一直線に前方へ走り、藁束が支柱ごと吹き飛んだ。

「す……凄い……」

 ニニャもショック・ウェーブを習得しようと魔法を唱えるが、上手く発動出来なかった。
 アーデルハイトは転移後にアインズと行った魔法の発動実験を思い出す。アイコンをクリックすれば簡単に魔法が使えるユグドラシルとは違い、この世界ではイメージすることが大事である。己の中の力に意識を向け、どう発動するか想像するのだ。
 集中し、意識し、正しく発動するよう言葉を発する。その順序を一つも怠ることなく出来れば、いずれ魔法は発動する。
 ニニャもそのことは理解しているので、同じ順序を何度も何度も繰り返す。それでもなかなか上手く発動しないのでニニャはアーデルハイトにもう一度魔法を唱えてもらった。
 一瞬で藁束を吹き飛ばす様を目に焼き付けたニニャは、再び魔法を唱え始めた。何度も、何度も、何度も。時折アーデルハイトに魔法を唱えてもらい、発動して藁束を吹き飛ばす光景を凝視する。
 新しい魔法の習得は簡単に出来るものではないが、それでも練習を始めて1時間ほど経過すると何とか変化が現れた。ショック・ウェーブと唱えたニニャの杖の先から衝撃波が放たれたのだ。アーデルハイトのような勢いはなく離れた場所にある藁束に届かなかったものの、初めて垣間見えた変化に、ニニャはもちろんアーデルハイトも破顔した。

「よくやったのう!」

「あっ、ありがとうございます、アーデルハイトさん! タレントのおかげで、こんなに早く魔法を出せました」

 生まれながらの異能──タレントというのは、この世界特有の能力だ。生まれた時に得られる能力で自分の望むものを選択したり、変更することは出来ない。また、全ての人間が持つわけでもないので、自分の能力とタレントが合致することは奇跡だという。

「ニニャのタレントはどのようなものじゃ?」

「魔法適正といって、通常の倍の速度で魔法が習得出来るんです」

「ほう、マジック・キャスターにはぴったりじゃな。儂はタレントだけでなく、ぬしの努力が功を奏したと思うぞ」

「ありがとうございます。……本当に、ありがたい能力です」

 初めての魔法の発動に喜んだのも束の間、ニニャの声は少し低くなり、瞳が淀みを垣間見せた。

「……何か事情があるようじゃの。ああ、いや、過去を探ったりするつもりはないから──」

 アーデルハイトが表情と雰囲気の変化を隠すことのないニニャを気にかけながらも、デリケートな話題だと察して話題を変えようとしたのだが、ニニャはやはり誤魔化すことはせず本当のことを告げる。

「姉が貴族に攫われたので、貴族が憎くてたまらないんです」

 本人に隠す様子がないので、アーデルハイトは遠慮することなく話しに付き合うことにした。

「復讐のためか」

「ええ」

 境遇は異なるとはいえ、アーデルハイトも突然家族を失う苦しみはよくわかる。ニニャの復讐を否定することなく、そうか、と静かに頷いた。
 そんなアーデルハイトを、ニニャは不思議そうに見上げる。
 まだまだランクの低い冒険者のニニャは、実力も経験も不足している。普通の人間なら「復讐なんてやめろ」とか「貴族に逆らわない方が良い」と諭すところを、このダークエルフは否定も拒絶もしないのだ。
 漆黒の剣のメンバーも復讐について否定せずに受け入れてくれたが、アーデルハイトは彼らとは異なる雰囲気で受け入れてくれたように感じられた。

「ん? 何じゃ、儂が復讐するなと言わんのが不思議か?」

「あ、ええと……はい……」

「儂の家もいわゆる裕福な家庭で……まあ、ぬしから見れば貴族に分類されるじゃろう」

 貴族という単語が出た瞬間、ニニャの表情がわずかに歪んだ。その変化に気付いたが、アーデルハイトは構わずに話を続ける。

「貧しい者への施しを惜しまぬ両親じゃったが、それを快く思わぬ富裕層に二人を殺されてのう。全く同じとは言えぬが、復讐心を抱くぬしの気持ちはよくわかるつもりじゃ」

 気遣うように静かに肩に手を置かれ、ニニャは目頭が熱くなるのを感じた。突然家族を奪われた苦しみを理解し共感出来る存在に出会い、魔法を教わることが出来たのだ。自分はなんと運が良いのだろう。
 そう思うと、ニニャは涙と嗚咽を抑えることが出来なくなった。泣き顔を見られるのは恥ずかしいので両手で顔を覆うと、アーデルハイトがニニャの頭を抱えるように胸元へ寄せる。

「誰も見ておらんから、気が済むまで泣くといい」

 アーデルハイトのひどく優しい声に、ニニャは今だけ彼女の言葉に甘えることにした。あまり大きな声を出すと村人の迷惑になるので声量は抑えながら。
 これまで復讐心で抑えてきた涙を流したことで落ち着きを取り戻したニニャは、情けないところを見せてしまいましたと気恥ずかしそうに小さく笑う。

「悩みや苦しみを抱えたままではいつか壊れてしまうぞ。時々は誰かに話を聞いてもらうと良い」

 少し前にも似たようなことをヘロヘロに告げたことを思い出した。彼は心身共にすり減った状態で生気のない声だったが、この前途有望なマジック・キャスターが同じ轍を踏むことがないようにと切に願うばかりだ。

「それに、兄弟のおらぬ儂にとっては妹が出来たようで嬉しかった」

「あはは、それはどう、も…………え……?」

 何も考えずに笑っていたニニャだが『妹』という単語が出てきたことに冷や汗が流れ出し、笑顔が引きつる。

「……いつから女だと……?」

「初めて会った時から」

「そ、そうだったんですか……」

「性別を偽っていたなら、もしかしてニニャというのも偽名ではないか?」

 冗談交じりにアーデルハイトが笑えば、ニニャは素直に頷いた。きっとこれ以上隠しても無駄だと判断したようだ。

「仰るとおり偽名で、姉を忘れないために名乗っています。……あの、このことはぺテル達には内密に……」

「わかっておる。口外せぬよ」

 初対面で見抜くとはなんていうお方だ。性別も名前も偽っていたのに怒らないなんて。
 ニニャは驚きながらも尊敬の念を抱いた。

「差し支えなければ、姉の名を訊いても良いかのう? 何処かで名を聞くことがあれば助けることが出来るかもしれぬ」

 自分の手で姉を助け出して攫った貴族に復讐することが一番なのだが、二人で捜す方が見つかる確率が上がるかもしれない。暗く淀んだ世界に一筋の希望の光が差し込んだように感じられたニニャは、姉の名前と容姿を伝えた。


2019/09/24



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