第18話 森の賢王


「一つ提案があります」

 森へ入る直前、アインズが言葉を発した。

「アラームに似た魔法をナーベが使えますので、その場に着いたら一旦自由にさせてもらって良いでしょうか?」

 アラームという魔法は、周囲を警戒する際に使用される。ユグドラシルにはなかった魔法だ。

 メンバー内の最大戦力が危険な場所で持ち場を離れるなんて、と漆黒の剣が眉を顰める。だが、誰よりも早くンフィーレアが首を縦に振った。

「わかりました。でも、あまり長く離れないで下さいね」

「もちろんですとも。森の中で迷ってしまうと大変ですので、ロープをつけて行きます。何かあればそれを引っ張って下さい」

「ああ、なら俺がついて行こうか? ナーベちゃん達が変なことをしないようにしっかり見ないと」

 男女揃って別行動を取るということに、ルクルットが含みのある笑みを浮かべてちらりとアインズとナーベラル、それにアーデルハイトとテオドールも見やる。
 カルネ村に来る道中、アインズとナーベラルは恋人関係なのではと詮索した経緯もあるため、どうしてもその目で見てしまう。アーデルハイトとテオドールにも、美男美女なのでルクルットは関係を怪しんだ。

「死ねアブラムシ。お前の頭には性欲しかないのか? 去勢すればまともに動くの?」

 ナーベラルが容赦のない言葉を浴びせたことに、アーデルハイトは心の中で苦笑した。
 ギルド《アインズ・ウール・ゴウン》は悪のロールプレイに徹していた。そのため、NPCも異形種だらけで人間に対して友好的ではない設定の者が多い。ナーベラルもそのタイプで、人間相手だと冷酷な応対を取ってしまう。
 アインズもナーベラルの言動に頭を痛めているらしく、小さく息を吐くとそれ以上はやめろと制する。

「ルクルットさん、それには及びません。ニニャさん、森の中ではぐれても大丈夫なように、互いの場所を捜索する魔法があれば便利なのですが、どうですか?」

「そんな魔法は聞いたことがありません。あれば便利だと思いますが……」

 第六位階に特定物体の探査の魔法がある。それを知らないのは知識がないためだろうか。それともこの世界独特の魔法があるように、ユグドラシルの魔法でもこの世界に存在しないものがあるのだろうか。
 アインズとアーデルハイトの疑問は尽きないが、モモンさん達が戻られてから採取を始めましょうとンフィーレアが言うと、漆黒の剣の面々は頷いた。依頼人の決定には従わなければならない。

 最終チェックを終えた一同は森へ入った。始めのうちは明るく乾いた大地で林程度の木々が続いていたが、次第に緑の迷宮ともいえるような風景へと変わっていく。
 森の中には目印になるものがない。そのため自分達が来た方角の判別がつかない者は、深い森に飲み込まれてしまった感覚に陥り、怯えることもあるだろう。
 既にアンデッドになったアインズは迷宮と化した森の風景に恐怖を感じることはない。これが人間であれば恐怖心を抱いただろう。自然が生み出した風景なのに見事だな、と感心する。人の手が入っていない森に圧倒されるとは。

 アーデルハイトはこの迷宮のごとき森を怖がっているかもしれない。わずかな不安を抱いて隣を歩くアーデルハイトに視線を移せば、怯えている表情は欠片もなく、逆にわくわくしているような雰囲気を感じ取った。

《アーデルハイトさん、楽しそうですね》

《ええ、何だかわくわくします。薄暗いので怖いって思うのが普通なのかもしれませんが》

 アインズよりも感情の変動が大きいはずなのだが、アーデルハイトは森を怖がる様子はなく、その足取りは軽やかだった。彼女の種族であるダークエルフが影響しているのか、もしくはドルイドのクラスを取っているからなのか。もしかしたら、ブルー・プラネットと同じように自然を愛していることも理由の一つかもしれない。

 レンジャーのルクルットを先頭にして森の中を進んでいた一行は、直径50メートルほどの開けた場所に出た。

「ここが予定地です。ここを基点に採集をします」

 ンフィーレアや漆黒の剣の面々は荷物を降ろすが、気を許す者は誰一人としていない。周囲を警戒し、即座に対応出来るようにしている。ここは人の世界ではないのだから。

「では、私達は先程言ったとおり行動を開始します」

 ンフィーレアが了解の意を示すと、アインズは近くの木にロープを結びつけてアーデルハイト達と共に森の奥へと進んだ。
 50メートルほど進むと、ロープの長さの限界を迎えそうになった。後ろを振り返っても鬱蒼とした木々に遮られているため、見られる心配はない。

「さて、それではここで私の名を高めるための打ち合わせをしようじゃないか」

「一体、どのようなことをされるのでしょうか? 彼らの探している薬草を大量に発見するのですか?」

 ナーベラルが質問すると、アーデルハイトとテオドールも同じ視線をアインズに向けた。
 しかし、アインズはナーベラルの問いに頭を横に振る。

「森の賢王と戦うつもりだ」

「……もしかして、アインズの強さを示すためか?」

 数秒考え込んだアーデルハイトが言葉に出すと、ナーベラルは不思議そうに首を傾げる。

「お言葉ですがアーデルハイト様、カルネ村への道中でアインズ様はオーガを倒しました。強さはそれで充分に見せつけたと愚考致します」

 カルネ村に向かう途中、アインズ達はオーガの集団と交戦したという。まずはレンジャーのルクルットがわざと矢をはずしてオーガを油断させ、剣士であるペテルが最前線に出て一体ずつ倒していき、マジック・キャスターのニニャがペテルに防御魔法をかけつつ後方から魔法で攻撃し、ダインも魔法でオーガの足止めをして戦闘をより有利に行えるよう支援を行った。
 漆黒の剣は互いの能力を信頼し、連携の取れた良いパーティーであることを、アーデルハイトとテオドールは教わった。

「ナーベ、お前の言うことはわかる。だが、オーガ程度では不足なのだよ。街で彼らがモモンという冒険者の偉業を言い広めてくれる際の噂の伝達速度、それに名声の大きさがな。オーガよりも森の賢王を撃退したという方が遙かに上だ」

「なるほど、さすがはアインズ様! 完璧な計画でございます!」

 ナーベラルはそこで一度言葉を区切ると、アーデルハイトに向いて勢いよく頭を下げた。

「アーデルハイト様、申し訳ございません! 至高の御方のお考えを疑った私が愚かでした!」

「気にするでない。相手が誰であろうと、疑問に思ったことは口に出すべきじゃ」

 申し訳なさで言葉を詰まらせそうなナーベラルに、アーデルハイトは優しく話しかけた。
 例え相手が上位の存在であっても、疑問を感じたら質問することが大切だ。そこで質問せずにうやむやに終わらせてしまうと、疑問が解決されないままになる。それは避けねばならない。
 ナーベラルが安堵した様子でもう一度アーデルハイトへ頭を下げ、アインズへ向き直る。

「しかしアインズ様、どうやってその森の賢王を見つけ出すのですか?」

「既に手は打ってある」

 アインズがナーベラルに短く答えると、聞き慣れた可愛らしい声がすぐ近くから聞こえた。

「はーい。ということで、あたしが来ました」

 突然、横から声をかけられたナーベラルが鋭い視線を向け、右手を突き出して魔法のターゲッティングを行った。しかし、声の人物を視認すると打って変わって穏やかな表情へと変わる。

「アウラ様! 驚かさないで下さい」

「えへへ、ごめんね」

 姿を現したのはダークエルフの少女。ナザリック地下大墳墓第六階層守護者の片割れ、アウラ・ベラ・フィオーラだった。
 いつからここにというナーベラルの問いに、アインズ達が森に入ってからずっと尾行していたという。ビーストテイマー兼レンジャーの彼女にかかれば、森の中の尾行は簡単だ。
 ルクルットもレンジャーであるが、能力に差がありすぎてアウラの尾行に気づかなかったのも無理はない。

「あたしが森の賢王なる魔獣を発見し、アインズ様にけしかければよろしいんですね?」

「そうだ。情報によれば白銀の体毛を持ち、尻尾は蛇のように長い四足獣らしいが、それだけで思い当たる獣はいるか?」

「ええ、大丈夫ですよ。たぶんあいつのことだと思います」

 それからアインズは、アウラに与えた命令の進捗状況を尋ねた。『大森林内を探索し、把握せよ。ナザリックに従属する可能性を持つ存在の確認や、物資蓄積場所の設営も重ねて行え』という命令であった。それは順調に進んでいるという。

 アインズはエ・ランテルに向かう前、各守護者に仕事を与えた。その中でアウラとマーレに与えた命令は大森林の探索、そしてナザリックの安全確保と情報収集だ。
 物資蓄積場所というより、避難所と表現した方が正しいかもしれない。何らかの非常事態でナザリックへの帰還不可に陥った場合、身を隠す場所として、またナザリックの存在を隠蔽する際に必要となる偽の拠点を作った方が安全だと考えたからである。
 それと、この世界の存在はレベルアップという概念はどう作用するのかを確認するためにも、ナザリックに従属しそうな者を見つけたかった。パワーレベリングが可能なのかも調べたい。

 また、森の賢王のテリトリーなのにオーガが出没したことについて、アインズは一つの仮説が浮かんだ。それは、アウラとマーレや、施設建設に従事するシモベなどの強大な存在を抱えたことにより、森は勢力バランスを崩してしまったのではないか。その結果、オーガが森の賢王のテリトリーを踏破して森の外に出てくる原因となったと思われる。

「ですが、物資蓄積場所に関しては時間がかかると思います」

「それは仕方がない。命令を与えてからまだ時間が経過していないしな」

 働き手として不眠不休で動けるゴーレムやアンデッドに作業させているとはいえ、仕事量を考えれば短期間で終わることは無理というもの。アインズもそれはわかっているので、こくりと頷いて言葉を続ける。

「時間をかけても良い。出来る限り完璧なものを準備せよ。もし何者かに攻められたとしても、容易く落ちない程度の防御も備えてな。──ではアウラ、森の賢王の件、任せたぞ」

「はい!」

 アウラは元気良く返事をすると、アインズ達と別れて森のさらに奥へと向かっていった。

 * * *

 アインズ達と別れたアウラのそばに大きな影が二つ現れた。一つは濡れたような黒い毛皮の巨大な狼であるフェンリルのフェン、もう一つはカメレオンとイグアナを融合させたような六本足のイツァムナーのクアドラシル。どちらもアウラが使役するお気に入りの魔獣で、神獣といわれる類の上位魔獣だ。
 フェンは鼻を鳴らしながらアウラを突っつき、クアドラシルは舌を伸ばしてぺたぺたとアウラの頭をそっと叩く。

「何、心配で見に来たの? 駄目だよ、これからアインズ様のお仕事しなくちゃいけないんだから」

 ナザリックの階層守護者の個としての強さは、アウラはブービーに位置する。だが、群となれば話は違う。アウラの使役する魔獣の総数は百。その魔獣の最高レベルは八十で、アウラの支援スキルを受ければ九十相当にもなる。そのため、群で勝負すれば他の守護者を圧倒出来るだろう。

 フェンとクアドラシルはアウラの言葉を理解すると、すぐに突っつくのをやめた。

「よし、じゃあ行こうか」

 二匹の魔獣を従えたアウラは森を駆ける。木々が立ち並ぶ森の中は障害物だらけなのに疾風のごとき移動速度だ。
 やがて目標地点の森の賢王のねぐらに着くと、アウラはにんまりと笑った。無邪気に見えるが、残忍さが見え隠れする笑みだった。

「ちょっと欲しかったけど……アインズ様の命令じゃ仕方ないよね」

 森の賢王のねぐらを知っていたのは、アウラが手に入れようかなと考えていたからである。使役する魔獣に比べて非常に弱いレベルだが、未知のモンスターというコレクター魂を刺激されたのだ。見たことのない獣を諦めるのは残念だが、忠誠を尽くす主人のためならば諦めざるを得ない。

 アウラは完全に気配を消し、ねぐらへ足を踏み入れた。丸まって眠っている森の賢王のすぐそばで、ふうと息を吹きかける。アウラの肺の中で気体組成を構成し直された、感情などを操作出来る吐息だ。
 息を吹きかけられた森の賢王は一瞬で覚醒し、恐怖心を刺激されて一目散に走り出した。恐怖に駆られた獣は全力疾走するが、追尾するアウラはさらに速い。余裕で獣に追いつき、適度に息を吹きかけてアインズの元へ誘導しつつ、森の賢王が死んだらその毛皮を貰えないかねだってみようと考えていた。

 * * *

 森がざわめいた。空気が変化したことに、聞き耳を立てて警戒していたルクルットが険しい顔になる。

「……何かが来るぞ」

 緊張を孕んだ声に、薬草採集の手伝いをしていた漆黒の剣全員が武器を構えた。やや遅れてアインズも二本のグレートソードを握り締める。

「まずいな……でかいものがこっちに向かって突進している。まもなくこっちに来るが、森の賢王かどうかはわからないな」

「撤収だ。森の賢王でなくても、我々がそいつのテリトリーを侵しているだろうから追ってくる可能性もある」

 冷や汗を流すルクルットの言葉を聞いたペテルは迷いなく撤収の判断を下すと、アインズ達を見やる。

「モモンさん、それにアーデルハイトさん、しんがりをお願いしてもよろしいですか?」

「任せて下さい」

「あとは儂らが対処しよう」

 アインズとアーデルハイトがしっかり頷くと、漆黒の剣はンフィーレアを連れて撤退した。彼らが離脱した方向とは反対から、大きな獣が突進してきて立ち止まった。木々に隠れているため、姿の判別がつかない。
 アインズはナーベラルの前に、テオドールはアーデルハイトの前に立つ。相手の戦闘能力が不明なので、直接戦闘が苦手なマジック・キャスターの二人を守るのは当然だ。

 空気がしなった。アインズはグレートソードを、テオドールはバスタードソードを盾のように構えた。その直後、二人の腕に重みが走る。剣に質量のあるかなりの速度を持ったものがぶつかった衝撃だ。
 蛇に似た鱗に覆われた長い物体が、木々の後ろへ戻っていく。

「それがしの初撃を完全に防ぐとは見事でござる」

「……それがし……ござる……?」

 アインズは顔が引きつった気がしたが、その言葉はアインズの脳が最も近いと判断して翻訳されたものということを思い出した。
 メッセージですぐさまアーデルハイトに確認を取れば、彼女もござる口調に聞こえたという。自分だけの翻訳ではなかったことにアインズは内心胸を撫で下ろし、目の前のモンスターに意識を集中させる。

「それがしの縄張りへの侵入者よ、今逃走するのであれば先の見事な防御に免じ、それがしは追わないでおくが……どうするでござるか?」

「愚問だな。お前を倒して利益を得るとしよう。それよりも姿を見せないのは自分の姿に自信がないのか? それとも恥ずかしがり屋さんかな?」

「言うではござらぬか……では、それがしの偉容に瞠目し、畏怖するが良い!」

 アインズが挑発すれば、森の賢王は意外と簡単に姿を晒した。視認したアインズ達はそのモンスターに釘づけ状態となる。

「ふふふ、それがしの姿に恐れをなしているでござるな」

 獣は話に聞いているとおり、白銀の体毛に包まれ、奇怪な文字のような模様が浮かび上がっている。長い尾は硬い鱗に覆われており、まるで蛇のようにしなやかに曲がりくねったものだ。体は大きく、馬と同じくらいに見えるが体高は低い。

「……何という……」

 アインズは形容しがたい心の動きに襲われた。アンデッドになって精神が大きく動くと強制的に鎮静化されるが、それがないのでそれほど強い感情ではない。だが、それでもユグドラシル時代を含めてもモンスターを見てこういう感情に襲われたのは久しぶりだった。

「……一つ聞きたいのだが、お前の種族名は何だ?」

 アインズはごくり、と今は出ない唾を飲み込む。

「お前の種族名は……ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 森の賢王の姿は、ジャンガリアンハムスターという生き物に非常に似ていた。銀というよりもスノーホワイトの毛並みに、黒くつぶらな瞳、まん丸な大福のような体型。もちろんハムスターには長い尻尾はなく、これほど巨大なサイズにはならない。

「……まさしく……ジャンガリアン……」

 やや後方でアーデルハイトの声が聞こえてきた。至高の存在としての威厳あるものではなく、素の状態に近いトーンで、わずかに声が震えている。可愛い、と聞こえた気がする。

 森の賢王が顔をかしげるような素振りを取り、鼻をひくつかせた。

「それがしは生まれてからずっと一人でござる。同族を知らぬがゆえに答えかねるが……もしやそなた、それがしの種族を知っているのでござるか?」

「う、む……知っているというか、かつての仲間にお前によく似た動物を飼っていた人がいて……」

 ペットのジャンガリアンハムスターを寿命で亡くし、一週間近くユグドラシルにインしてこなかった仲間のことを思い浮かべた。至高の存在の情報を聞くことが出来たナーベラルがアインズの後ろで「おお」と感嘆の声を上げた。

「その話、詳しく聞きたいでござる。もし同族がいるのであれば、子孫を作らねば生物として失格でござるがゆえに」

 森の賢王の論理でいけば、子孫を作っていないアインズとアーデルハイトは生物失格になるらしい。二人は地味に精神にダメージを受けた。

「いや……サイズ的にちょっと……」

「だいぶ格差があるからのう……」

 アインズとアーデルハイトの知るハムスターは手に乗るサイズなので、たとえこの世界に二人に馴染みのあるサイズのハムスターがいても、体格差がありすぎて子孫を作るのは無理があるだろう。

「──それより! そろそろ無駄な話はやめて命の奪い合いをするでござるよ!」

「……む……う」

 同族に出会うことが無理だと悟った森の賢王が気持ちを切り替えて戦闘態勢に入った。
 しかし、アインズはかなりやる気が失せてしまっており、曖昧な返事しか出来なかった。ナザリック地下大墳墓の支配者である自分が、巨大ながらも可愛らしい外見のハムスターと対峙しているという光景を客観的に見て、あまりにも情けなくなったからだ。
 仮に倒したとしても、巨大ハムスターの死体を突き出して「これが森の賢王です」と言ったら、他の冒険者はどう思うだろうか。生暖かい目が向けられたら御の字。最悪、「何言ってんだこいつ」と思われるかもしれない。
 それならば、倒すのではなく捕縛して英知を引き出せば良い。

「みんな、下がってくれ」

 無理矢理にでも戦意をかきたてたアインズの指示に、アーデルハイト達はアインズから離れた。

「四人同時で構わないでござるよ」

「……ハムスター相手に四人がかりなんて恥ずかしいことが出来るか」

「それを後悔しても遅いでござるよ! では、行くでござる!」

 どん、と大地を揺らすような勢いで地面を蹴った森の賢王が、アインズめがけて飛びかかる。その巨体を生かした体当たりは、武技を使わずにまともに受ければ人間サイズならたやすく吹き飛ばされる勢いだが、しかしアインズは真正面からグレートソードを盾代わりにして受け止めた。

 一歩も後退しないアインズに、森の賢王は驚きの声を上げて鋭い爪の生えた前足を振りかぶる。それをアインズは左手のグレートソードを弾き返し、右手のグレートソードで斬りつける。全力ではないが、ある程度の力の乗った一撃だ。
 その一撃は甲高い音を立てて弾かれた。森の賢王もアインズの一撃に合わせ、片手を振るっていた。

「見事でござる!」

 ではこれはどうかとチャームスピーシーズの魔法を使用する。相手を魅了する精神作用のある魔法だが、アンデッドに精神系の攻撃は基本的に効かない。次いでアインズが再びグレートソードを突き出すも弾かれた。

 アインズとしてはお遊び程度の戦闘だったが、森の賢王はアインズの攻撃を外皮だけで弾いた。下手な金属よりも硬い。
 物理的な攻撃能力をユグドラシルのレベルで測定すれば、今のアインズはだいたい三十レベル強の戦士職だ。使用している魔法や装備によって左右されるので絶対ではないが基準にはなる。森の賢王は今のアインズと同等程度ではないかと推測される。

「あのハムスター、なかなかやるのう」

 離れた場所から戦闘を眺めながらアーデルハイトは感心した。直接戦闘だけでなく、魔法も使えるとは珍しいのではないだろうか。
 森の賢王は相手を盲目化させるブラインドネスの魔法も使った。これは精神作用ではないのでアインズにも有効だが、低位の魔法を無効化するスキルを有しているため、効果を発揮させることなく魔法は消えていった。

「そうですね。あの長い尾で近距離だけでなく遠距離攻撃も行い、状態異常を引き起こす魔法も使えるというのは戦いの幅が広がります」

 主人の言葉にテオドールが同意する。

 戦闘を客観的に見ている二人を、ナーベラルはどうしてそこまで中立的な立場で考えられるのだろうと不思議に思った。
 アインズが剣を振るって攻撃を繰り出せば気分が高揚するし、防がれると森の賢王を電撃で炭にしたいと思ってしまう。絶対の支配者であるアインズが負けるとは微塵も思わないが、彼の攻撃が防がれるとどうしても森の賢王に敵愾心を抱くのだ。
 アインズと森の賢王は膠着状態が続いたが、それはついに崩れた。アインズの攻撃が森の賢王の防御をすり抜け、獣の肉に剣が刺さった。浅い傷ではあったが、確実にダメージを与えられた森の賢王は大きく後退する。

「さすがはアインズ様!」

 ナーベラルが嬉々とした表情でアインズを称賛した。
 だが、その喜びも束の間、森の賢王はぐっと身を沈めて長い尻尾が大きく弧を描いてアインズに襲いかかった。アインズも悠長に構えず、すぐさまグレートソードで防御する──が、尻尾はぐいと直角に曲がり、アインズの背中辺りの鎧を擦る。
 アインズには種族としてのスキルがあるため、尻尾が鎧を突き抜けたとしてもこの程度でダメージを受けることはないが、ゲームでミスをしてしまったような気分になった。

「これで互いに一撃でござるな」

 ふふんと鼻を鳴らす森の賢王に、ハムスターごときが、とアインズは若干の苛立ちを覚える。
 それではこちらも遠距離攻撃だ。アインズがそう判断した時、森の賢王が感心した声を投げかける。

「その鎧、凄まじいでござるな。腕力も剣も、全て驚くべきほどのもの……見事でござるよ。そなた、見事なまでの超級の戦士でござる」

 森の賢王の称賛に、しかしアインズはかすかな失望が生まれた。

「……戦士にしか見えないか?」

「何を言っているでござるか。戦士以外の何と思えよう。……もしかして、戦士ではなく騎士でござったか?」

 ──はずれだ。完全にはずれだ。
 アインズの失望はさらに大きいものとなった。
 フルプレートを身に着けた相手をマジック・キャスターと見なすことは難しい。だが、それでも森の賢王などという立派な名前を名乗っているのだから、せめて違和感を覚えたり、見破るまでしなくてもその予兆くらいは示して欲しかった。
 魔法を無効化したことは、単に意志の力で抵抗したと思われかもしれない。
 賢王という名前が不釣り合いだ、とアインズは落胆した。森の賢王の名付け親は一体誰だ。これではまるで誇大広告、不当表示というものではないか。
 アインズは戦う気力を完全に喪失し、構えていた二本の剣を力なく垂らす。

「何をしているでござるか! まさかとは思うが、未だ勝敗わからぬうちに降伏とはありえんでござろう!」

 本気で戦い、命の奪い合いを再開するのだと森の賢王は憤慨した。しかし、森の賢王が戦いを続行するのだと言うたび、アインズは心の何かが削られていくような気がした。

「はあ……もう……やめだ」

 アインズは重いため息をつき、右手のグレートソードを森の賢王へ突きつけて能力を解放する。
 絶望のオーラだ。最大レベルの五は相手が即死してしまうので、恐怖効果を与える一に留める。アインズを中心に空気が噴き上がると、精神のみに影響を与える寒気が周囲に広がった。その冷気を浴びた瞬間、森の賢王が全身の毛を逆立ててひっくり返った。獣の弱点である腹部を無防備にさらけ出す格好となる。

「降伏でござる……それがしの負けにござるよ……」

 所詮は獣か、とアインズは気の抜けた声を出して森の賢王の腹部を見下ろして次の手を考える。
 この世界のモンスターなので追い払うのはもったいない。が、外見は威厳の感じられないハムスターなのでペットとして飼うべきか。それとも死体を有効活用すべきか。
 アインズがあれこれ考えていると、離れていたアーデルハイト達が森の賢王の元まで歩いてきた。

「殺しちゃうんですか?」

 明るい声がした。いつの間に来たのか、ナーベラルの隣にアウラがいる。

「殺しちゃうなら皮を剥ぎたいなって思うんです。結構いい皮取れそうですよ」

 これから身に起こることに恐怖を抱き、ぷるぷると髭をふるわせる森の賢王を、アインズはじっと見つめる。

「アインズ、儂はこのハムスターを生かして欲しいと思う」

 アーデルハイトが森の賢王を見下ろしながら呟いた。

「獣ながらも接近戦を行いつつ魔法を使えるとは珍しいからのう。自ら降伏したのじゃ。儂らの力になってくれるじゃろうよ」

 それに可愛いしモフモフだし。小さな、本当に小さな呟きをアインズは聞き逃さなかった。アーデルハイトは自然と同じく動物も好きなようで、しゃがみ込むと森の賢王の白い毛並みを撫で始めた。

 このハムスターはこれまで一人で過ごし、同族がいれば会いたいと切望していた。自分と同じ種族を、仲間を待っていた。それがアインズの琴線に触れた。
 迷ったが、ため息と共に決断を下す。

「私の真なる名前はアインズ・ウール・ゴウン。私とこのアーデルハイトに仕えるのであれば、汝の生を許そう」

「あ……ありがとうでござるよ! 命を助けてくれたこの恩、絶対の忠誠でお返しするでござる! それがしは森の賢王。この身を偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様とアーデルハイト様に!」

 命を救われた森の賢王は飛び起き、アインズとアーデルハイトへ忠誠を誓った。
 一方、アウラは残念そうに森の賢王を見つめていた。


2018/10/21

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