第16話 判明と謝罪


 モモンとナーベ──もとい、アインズとナーベラルは、アーデルハイトとテオドールらと共にカルネ村のやや広い場所にいる集団を眺めていた。
 集まった村人の年齢や性別は様々だ。ふくよかな体格の中年女性、十代前半の少年、白髪が混じり始めた初老の男性、年若い女性など。全員に共通しているのは表情だ。真剣そのもので、遊ぶために来ている者は一人もいない。
 どうやら村人達はゴブリンに弓の扱い方の指導を受けているようだった。かなり距離が離れているため、優れた聴覚を持つアインズやアーデルハイトでも彼らが何を話しているかはわからない。
 やがて村人達は弓に矢をつがえ、標的の人型をした藁束を狙う。村人が自作したと思われる弓は不格好で、とても出来の良いものとは言えない。粗末な短弓だがその飛跡は見事で、全ての矢が藁束に突き刺さった。

「やるじゃないか」

「素晴らしいものじゃ」

「……さようですか?」

 アインズとアーデルハイトが称賛の声を同時に発すると、後ろに控えているナーベラルが疑問の声を発した。
 ナーベラルから見ればあんな粗末な弓矢を扱い、動かない標的に当てることに感心出来ないのだ。ナザリック地下大墳墓の弓兵には遠く及ばない。
 従者の気持ちを理解した至高の存在二人は苦笑する。

「まあ、ナーベラルの言いたいことはわかるのじゃが」

「そうだな。だが、十日ほど前まで弓すら扱ったことのない者が、連れあいを、子供を、親を殺され、二度とあのようなことを起こさせないためではなく、起こった時に牙をむいて戦いたいという気持ちがああさせているのだ。それを称賛しなくてどうする」

「も……申し訳ありません……そこまで考えが至りませんでした」

 目の前の出来事しか見えていなかった自分を恥じたナーベラルに、アインズは良いと特に気にすることもなくそれ以上触れることはしなかった。

 彼らは、自分は、どこまで強くなれるのだろうか──そんな疑問がアインズの中に生まれた。
 自分はユグドラシルの最高レベルである100に到達している。果たしてこれ以上レベルを上げられるのかという問いに、薄々ではあるがアインズは答えを導き出していた。
 ──これ以上強くはなれない、と。

《アーデルハイトさんは、100レベルを超えることはあると思いますか?》

 NPCが近くにいる時にユグドラシルプレイヤーとしての話をしたい場合、アインズとアーデルハイトはこうしてメッセージを使って会話を交わす。NPCに聞かれてまずい内容ではないが、ナザリック支配者ではなくプレイヤーとして話したいのだ。端的に言えば、鈴木悟だった頃の口調で気張らずに喋りたいだけである。

《そうですねぇ……私は100より上になることはないと思います》

 アーデルハイトも同じ考えだったことに、アインズは内心安堵した。

《ユグドラシルの魔法やアイテムが使えて、アークエンジェル・フレイムの召喚も可能となれば、レベルに関してもユグドラシルと同じ……と言いたいところですが》

 そこで一度区切り、再び言葉を続ける。

《あの村人達の変わりようを見たら、上限突破の可能性も捨てきれないという考えが生まれました。もちろん村人の習熟度が低く、そのためレベルアップに向かっているのかもしれません》

《村人のレベルが低いことは間違いないでしょう。襲いかかる脅威から身を守る術を知らなかったんですから》

《ええ。ですが、転移して日も浅く、この世界のことを知りません。こちらが100レベルということにあぐらをかいてはいけないでしょう。いくら最高レベルとはいえ、弱点をつかれてはあっさりと負けてしまいます》

 自身の強さを鼻にかけることもせず至極冷静に考えを述べるアーデルハイトにアインズは感服した。さすがは参謀役に向いていると言われた人物だ。

《そうだ。私とアインズさん、本気で勝負したらどちらが勝つんでしょうか》

《あははー……やめてくださいよ、アーデルハイトさんにはかないませんって》

 アーデルハイトはほんの少し興味がわいて冗談めかして言ったが、アインズは苦笑して言葉を濁すにとどまった。
 二人ともマジック・キャスター。アインズは死霊系統に特化し、即死やアンデッドに関する魔法なら誰にも負けない自信がある。アーデルハイトは主に魔力系の魔法を極め、多種多様な狩場で生き残ってきた強者だ。

 笑ってごまかしたが、アーデルハイトにかなわないという言葉は本心だ。アンデッドではないアーデルハイトにとってアインズの即死効果のある魔法は脅威だが、即死対策をされてしまえば決定的な勝ち目はない。
 弱点の一つである炎属性の対策をすれば希望はあるだろうが、それでも純粋な戦闘タイプの魔法を持つアーデルハイトに勝てる見込みは薄いとアインズは思っている。

 そういえばユグドラシル時代に、一度だけPVPで手合わせしたことがあることをアインズは思い出した。仲間内で対戦したら誰が勝ち残るのか、という暇つぶし程度のお遊びでアーデルハイトと対人戦を行ったのだ。
 互角の戦いだったが、最終的にアーデルハイトが優勢で終わった。解説のぷにっと萌えによれば、魔法の種類が豊富で冷静に戦況を見極めた彼女が有利だったという。

 何をするにせよ、この世界はわからないことだらけだ。おごることなく慎重に物事を進めなくては。

 そんなことを考えていると、一人の少年がアインズ達の元へ駆け寄ってきた。ンフィーレアだ。
 村長の時と同じくまた非常事態かとぼやくアインズの心情を知る由もなく、ンフィーレアはアインズの前で立ち止まる。肩で大きく息をして額には汗を滲ませた少年は、真剣な面持ちでアインズを見上げた。

「モモンさんがアインズ・ウール・ゴウンさんなんですか?」

 突然の質問にアインズは言葉に詰まり、アーデルハイトも驚いてンフィーレアを見つめる。
 正体を隠して行動している以上、アインズは否定するべきだが、それは許されるのだろうかと心の内に迷いが生じた。仲間と共に作り上げてきた名前を、今は自分のものとして名乗っている。それを否定しても良いのか。
 フルプレートの男が逡巡している姿に、ンフィーレアは答えを得た。

「そうですか……ゴウンさん、この村を、エンリを救って下さってありがとうございました」

「……違う……私は……」

「わかっています。名前を隠されているのは、何か理由があるのでしょう。それでもこの村を──いいえ、エンリを助けてくれたことにお礼を言いたかったんです。僕の好きな女性を助けてくれて、ありがとうございました」

 深く頭を下げるンフィーレアに対して、アインズとアーデルハイトは年頃の少年の恋愛感情が絡んでいると知ると「青春してるなぁ」としみじみした気持ちになった。

「はあ……頭を上げたまえ……」

 アインズは溜息をついた。ンフィーレアの言葉を受け入れ、肯定するしかない。

「ゴウンさん、実は……隠していたことがあるんです」

 ようやく頭を上げたンフィーレアが、やや言いにくそうな様子でアインズを見つめる。その態度を察したアーデルハイトはアインズから離れ、テオドールと共にナーベラルの隣に移動した。

「……あの……?」

「どうやら少年はアインズとだけで話がしたいようじゃ。邪魔をしてはならぬ」

 何故二人がアインズから離れたのか理解出来なかったナーベラルにアーデルハイトが諭すように言った。つまりこの場に待機しろということ。

 アインズはアーデルハイトに心の中で礼を言い、彼女らと少し距離を取る。
 やがてンフィーレアが意を決して隠し事をアインズに告げた。
 アインズが宿屋で女性に渡したポーションは通常の方法では作れない、非常に希少なものだということ。そんなポーションを持つ人物がどういう人なのか、作り方も知りたいがために、今回依頼したということ。
 こそこそするような手段となってしまったことをンフィーレアは詫びた。

 ──やはり失態だった。
 アインズは自分の行いを悔やんだ。アインズにとっては下級のポーションの使い道はないため、深く考えずにエンリに飲ませ、同じものをエ・ランテルの女性冒険者にも渡した。それが原因で正体を見破られたのだ。
 アインズが警戒していること──それは嘲笑されたり粘着の対象になることだ。身なりは良いのに所持品が貧相であったり、着用している鎧やナーベラルの美貌などを妬まれると変な噂がついて回る。冒険者として名声を高めるために街に来ているのだから、汚名に繋がる言動は避けなければならない。
 そう考えて女性冒険者にポーションを渡したのだ。

 まあ、致命的なミスではない。そう思い直したアインズだったが、ンフィーレアが謝罪する理由がわからない。

「何故謝る? 隠し事をしながら近付いたと言うと聞こえは悪いが、今回はコネクション作りの一環だろう? 何か問題でも?」

「……ゴウンさんは心が広いんですね……」

 心底不思議そうに問いかけるアインズに、ンフィーレアは感心した。

「ポーションの作り方を教えたら、君はそれをどのように使う?」

「えっ……え、と……そこまで考えていませんでした。あくまでも知識欲の一環だったので……おばあちゃんもたぶんそうだと思います」

「なるほど。だったら別にどうもしないさ。悪用するつもりならともかく、そうでないのならば問題ない」

 門外不出の企業秘密を探る気分だったンフィーレアにとって、アインズの返答は予想外だった。後ろめたい気分があったので、驚きは尚更だ。

「凄いなぁ……エンリが憧れるわけだ……」

 呟くンフィーレアの長い前髪の隙間の奥には、憧れの眼差しがあった。まるで好きなスポーツ選手に向けるような眼差し。
 少年の純粋な表情に照れくささを感じつつ、アインズは冷静さを取り戻した。
 それから、あと一時間したら森に向かうという依頼主としての言葉を告げると、ンフィーレアはアインズ達と別れた。

「アインズ様、申し訳ありません!」

 遠ざかっていくンフィーレアの背中を眺めているアインズに、ナーベラルが勢いよく頭を下げる。

「衆目がある。頭を上げろ」

 村からは少し離れた場所なので誰にも見られていないが、用心するに越したことはない。

「……そうだな、お前がアルベドの名を出したせいだな」

 実際には違うが、ナーベラルがうっかりアルベドという名を出したのも事実。この際あんな失態をすることのないよう釘を刺しておかねば。
 当時のやりとりを知らないアーデルハイトとテオドールは不思議そうな表情を見せたが、空気を察して口を挟むことはしなかった。

「この命で謝罪を!」

 ナーベラルの言葉は真剣そのものだった。

 ナザリック地下大墳墓の全ての者に言えることだが、至高の存在と呼ぶアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達を礼賛し、忠義を尽くすことを喜びとしている。アインズやアーデルハイトには少々重く感じる時もあるが、自分達が作り上げたNPCが喜んで忠義を尽くしてくれるならそれでも良いと思っている。創造せし者の宿命だろう、と。
 至高の存在の言葉は絶対としている。ナーベラルも、冗談でも自害しろと言えば即座に行動に移すだろう。

「良い。誰しも失敗はある。ならばその失敗を繰り返さないよう努力すれば良い。お前のミスを全て許そう、ナーベラル・ガンマ」

 アインズの言葉に、ナーベラルは頭を下げた。

「何があったか詳しくは知らぬが、そう重く受け止めるでないぞ。失敗なら儂もする。命で償おうとするぬしの覚悟は買うが、失うには惜しい存在じゃ」

「アーデルハイト様の仰る通りですよ、ナーベラル。あなたがいなくなれば、プレアデスも悲しみますよ」

 命で償わずに済んだことに安堵するアーデルハイトとテオドールにも、ナーベラルは深く頭を下げた。


2018/04/16

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