第15話 変わる村と冒険者
日づけが変わり、アインズとナーベラルは他の冒険者と一緒に依頼を受けることになったということを、アーデルハイトはアインズからの連絡で知った。
その冒険者のチームは『漆黒の剣』。戦士、レンジャー、ドルイド、マジック・キャスターの四人で構成されるシルバーのプレートを持つ冒険者だ。
四人と一緒に受けた依頼は、薬草採取の警護と手伝いであった。依頼主はンフィーレア・バレアレ。エ・ランテルで最高の薬師の孫にあたる人物らしい。
「それにしても、カルネ村に向かうのか……」
アーデルハイトは夕食後、自室でアルベドから受け取った報告書の確認が終わると、ふうと一息ついた。
今回受けた依頼は、カルネ村近郊の森で薬草採取だという。カルネ村といえば、転移後初めて外出した時に、スレイン法国の騎士の襲撃を受けた村で、アインズと友好関係を築けたところである。
アーデルハイトにとっても、気にかけている村だ。カルネ村の住人に別れを告げたのは数日前になるが、探索がてら様子を見に行ってみよう。
そう決意したアーデルハイトは、再度メッセージでカルネ村に向かう旨をアインズに伝えた。現地で予告なく顔を合わせては驚かせてしまうからだ。特に断られることはなく、了解の返答を受け取ると入浴を済ませて就寝することにした。
* * *
朝になった。手早く支度を済ませたアーデルハイトは、テオドールを連れて外に出た。
「本日はカルネ村を再訪するのですね」
「うむ。アインズとナーベラルが冒険者を連れて来るそうじゃ」
ただし、アインズはモモン、ナーベラルはナーベと名前を変えているので、二人の名前を呼ぶ時は気を付けなければならない。加えて、モモンとナーベとは初対面という設定なので、最初から親しそうに接するのも避けなくては。
カルネ村は、ナザリック地下大墳墓の南西方向へ10kmほど向かうと見えてくる。歩くだけでは時間がかかる道のりも、空を飛べば速い。アーデルハイトはフライの魔法で、テオドールは自身の翼で飛んでいくと、カルネ村が見えてきた。
「ほう、柵が出来ておる」
上空から村を見下ろしてみれば、以前はなかった木の柵が村を囲っていた。
突然空から村へおりても村人を驚かせることになるので、二人は柵から少し離れた場所に着地する。
「アーデルハイト様、どうやらゴブリン達がいるようです」
テオドールがモンスターの存在を感知したらしく、村に入る出入り口周辺の麦畑に視線を向けて警戒する。
ゴブリンとはもしかして、とアーデルハイトが考えていると、低い声が聞こえてきた。
「おっと、それ以上は入らねぇで下さいよ」
ずんぐりむっくりした体躯の、緑色の肌をしたゴブリンが姿を現した。同時に麦畑の中から弓矢を構えたゴブリンも出てくる。
人間より身長も低く筋肉量も劣る亜人種だ。闇の中でも動き回れるダークヴィジョンの能力を備えているが、今は朝なので闇夜に紛れた襲撃は心配いらない。それに、アーデルハイトもテオドールもレベル100なので、ゴブリン程度に負けることはない。
「儂らは戦う気はないのじゃが」
アーデルハイトは敵意がないことを示すために、笑顔を見せる。
「そいつは助かる。正直、おたくらと戦って勝てそうな気がしねぇもんでね」
「ところで、この村にはこんな柵はなかったはずじゃが?」
「何だ、お前さんこの村に来たことがあるのかい?」
「数日前にの。エンリとネムはおるかのう?」
彼女らを呼んで欲しいと伝えると、ゴブリンの一人が村の中へ向かった。ほどなくしてやって来たのは、数日前に別れたエンリだった。
「あっ、アーデルハイト様! それにテオドール様も!」
分かれてまだ数日しか経過していないのに、まるで久しく会えなかった友人と出会ったかのような笑顔を見せて駆け寄ってくるエンリに、アーデルハイトも思わず笑みがこぼれる。
エンリと顔見知りだということがわかり、ゴブリンの警戒を解くことに成功した。
「数日ぶりじゃのう、エンリ。このゴブリン達はあの角笛で召喚したのか?」
「はい。とても頼りになっています。ところで、旅に出られたはずでは……?」
数日前、旅を続けるためにカルネ村を出たのに、何故戻ってきたのだろうか。アインズとアルベドの姿も見えないことに、エンリは不思議に思って尋ねた。
「ちと今は別行動をしておる。儂は村の様子が気になってのう」
「そうなんですか」
エンリはアーデルハイトとテオドールを連れ、村の中に入った。まず最初は村長に挨拶をしたいというアーデルハイトの希望で、エンリは村長がいるであろう畑に向かう。
「……おや、アーデルハイト様ですか?」
村長は、騎士の襲撃で村人が減り、管理する人間のいなくなった畑の世話をしていた。アーデルハイトの姿を確認すると、作業を中断させてアーデルハイトの前まで歩み寄る。
「もう大丈夫だとは思いますが、気になったので様子を見に来ました」
「村を救って頂き、さらに気にかけて下さるとは……」
村を再訪した理由を告げると、村長は嬉しそうに笑んだ。
それから村長は、アーデルハイトに現状を伝える。村人が減って畑の管理や生活の余裕があまりないが、それでも何とかして暮らしの基盤を整え始めたばかりだ、と。
辺境の小さな村ではすぐに国の支援を受けられるわけもなく、今は自分達で少しずつ前に進むしかない。
「たいしたものはありませんが、私の家でゆっくりしてください」
「お気遣いありがとうございます。ですが、もうしばらくこの村の様子を見て回りたいのです」
そう言って、アーデルハイトはエンリを連れて村長と別れた。
しばらく村を見て回っていると、一人のゴブリンが少し慌てた様子でエンリを呼びに来た。どうやら村の出入り口で一悶着あっているらしい。
どうやらエンリは角笛を使った召喚者ということで、ゴブリンが従属している。その証拠に、ゴブリンからは『姐さん』と呼ばれており、村で何かあればエンリに相談しているようだ。
まだ十代半ばくらいの年齢なのに、なかなか指導力のある娘だ。アーデルハイトはそう思いつつ、エンリと一緒に村の出入り口に向かった。
「村が襲われた……? 彼女は無事なのか!?」
少年の叫び声が聞こえた。エンリは驚きよりも嬉しさが大きいらしく、ゴブリンに掴みかかりそうな勢いの少年に呼びかけた。
「ンフィーレア!」
「エンリ!」
少女は少年に朗らかな笑顔を、少年は少女の無事がわかって安堵の表情を向けた。
そんな二人の様子を見て、一同は緊張がほぐれたのだろう。アーデルハイトは、全員胸を撫で下ろしたのがわかった。
村を訪れたのは七人組だった。ンフィーレアという少年、戦士風の青年、弓矢を装備したレンジャーらしき優男、物腰の柔らかそうな大男、杖を持った小柄な少年、漆黒のフルプレートの男、黒髪を結った華奢な体躯の女だ。
アーデルハイトは一通り来訪者の顔を見渡した。ンフィーレアは依頼主で、男四人組は冒険者、一番後ろに控えるようにして佇んでいるフルプレートの男と黒髪の女は、アインズとナーベラルの冒険者としての姿だ。
アインズに声をかけたいところだが、モモンとは初対面の設定なので迂闊に話しかけられない。
さてどう話しかけようかと考えるアーデルハイトは、漆黒の剣のメンバーがアーデルハイトとテオドールを食い入るように見つめていることに気づいた。
「うわ……すっげー美人……」
「ダークエルフ、なんだろうか……?」
「ご婦人の方はそうであろう……しかし、あの御仁は……?」
「……私も詳しくは……」
ここは自己紹介を済ませた方が良いと判断したアーデルハイトは、冒険者達に話しかける。
「初めまして。儂はアーデルハイト、見てのとおりダークエルフでマジック・キャスターじゃ。彼はテオドール、バードマンという種族で儂の護衛じゃ」
アーデルハイトが簡単な自己紹介を済ませたが、冒険者達はぽかんと口を開けたまま動かない。
(……あれ? 何かまずいこと言った?)
反応を示さない冒険者達に心の中で動揺して思わずアインズへ視線をやれば、彼はアーデルハイトの前まで進み出てきた。ナーベラルもついてくる。
「よろしく、アーデルハイトさん、テオドールさん。私はモモンと言います」
「ナーベ、です。よ、よろしくお願いします、アーデルハイトさ──ん、テオドールさ……ん」
アインズはごく自然に挨拶してきたが、ナーベラルはぎこちなかった。至高の存在を軽々しく『さん』とつけて呼ぶことに抵抗を感じているらしい。
アインズがきっかけとなり、漆黒の剣のメンバーも自己紹介を始めた。一番先に口を開いたのはレンジャーだ。
「初めましてお美しいダークエルフのお姉様! 私はレンジャーのルクルット・ボルブと言います。以後、お見知りおきを」
レンジャー、ルクルット・ボルブ。金髪で垂れ目の優男といった印象の人物だ。
「私はペテル・モーク。チームのリーダーを担っています」
ペテル・モークはいかにも戦士風の格好だ。実際、大きな盾も装備していることから、前衛としてメンバーを守りつつ戦うタイプだろう。
「ドルイドのダイン・ウッドワンダーである。チームでは治癒や支援の魔法を担当しているのである」
髭の生えた大柄な体躯の男はダイン・ウッドワンダー。穏やかそうな人相と、落ち着いた話し方をしている。
「初めまして、アーデルハイトさん。マジック・キャスターのニニャと言います」
ニニャは愛想のよい笑顔を向けて丁寧に挨拶をした。
そこでアーデルハイトは違和感を抱いた。ニニャは少年のように見えるが、男にしては華奢な体格をしている。成長段階の少年の体だからまだ細身なのだと思えば良い。しかし、アーデルハイトはそうは思えなかった。
仮にニニャが性別を偽っていても、今ここで追及する必要はない。何か事情があるのだろう。
カルネ村を訪れた冒険者達は、しばしの間休憩を取ることにした。
* * *
エモット家の家の一室で、エンリは親友ンフィーレアを招いて話し合っていた。
「そんなことがあったんだ……」
数日前、カルネ村を突如として襲ったのは帝国騎士の格好をした男達だった。村人を次々と襲い、エンリの両親をも手にかけたという。
ンフィーレアは幼い頃に両親を亡くしている。そのため、両親といえばエンリの両親のことを真っ先に思い浮かべる。それほどまでに彼女の両親は立派な人だった。
そんな両親を殺したという騎士にンフィーレアは心の底から怒りの感情が沸き上がったが、何とか感情を抑える。今一番怒り、泣いて良いのはエンリだ。彼女を差し置いてそういう感情を表すことは間違っている気がする。
エンリを慰めてあげたい、力になりたい。ンフィーレアはエンリを慰めようと手を伸ばすが、彼女が目尻の涙を拭うため動いたため、思わず手を引っ込めた。
「妹もいるし、悲しんでばかりじゃいられないわ」
エンリは悲しみの表情が一転し、今度は笑顔を見せた。姉として、幼い妹を育てるためにも、悲しみに沈んでいるだけでは駄目だ、と。
ンフィーレアにとって、エンリはただの女友達ではない。守ってあげたい相手だ。例え自分より強い男であっても、エンリの隣は譲りたくはない。
この気持ちは友情ではなく、恋情だ。
──好きだ。愛している。
告白するだけなのに、ンフィーレアは言葉が出なかった。拒否されるのが怖いからだ。拒否され、今後の関係が崩壊し、付き合いが断絶してしまうことが恐ろしい。
「……エンリ!」
「な、何?」
突然大きな声で呼ばれたエンリはびくりと体がはねた。
「もっ……もし困っていることがあるなら言ってよ! で、出来る限り助けるからさ!」
「ありがとう。ンフィーレアは私にはもったいないぐらいの友人だわ」
嬉しそうに笑みを浮かべるエンリに、ンフィーレアは乾いた笑い声が出た。
友人。エンリにとって、ンフィーレアは一人の男ではなく友人として認識されているらしいことに、ンフィーレアは内心肩を落とした。同時に、告白する勇気のない自分が情けなく思えた。
それから一段落したのち、ンフィーレアは疑問に思っていたことをエンリに尋ねる。
「それで、あのゴブリン達は何?」
エンリを姐さんと呼ぶゴブリン達は、街道で出会ったゴブリンとは明らかに異なっていた。この村にいるゴブリンは歴戦のつわものといった風貌で、マジック・キャスターもいることが何より驚いた。
そんなゴブリンとエンリがどう繋がったのだろうか。そんなンフィーレアの疑問に、エンリは正直に答えてくれた。
「村を助けてくれたアインズ・ウール・ゴウン様が置かれていかれたアイテムを使ったら出てきたのよ。私に従っていろいろと働いてくれているわ」
「そうなんだ……」
何だかエンリの瞳の中にきらきらと輝く星が宿ったように見えたンフィーレアは、相槌を打ちながら考え事をする。
アインズ・ウール・ゴウン。その名前はエンリの話から何度も出てきた。
帝国騎士の格好をした集団に襲われたカルネ村を救ってくれた謎のマジック・キャスター。エンリを救ってくれた英雄であり、ンフィーレアが感謝すべき相手であるが、ンフィーレアは素直に喜ぶことが出来なかった。
アインズ・ウール・ゴウンに救われた者としてその人物に憧れを抱くことはわかるが、嫉妬心がこみ上げてきたのだ。男として負けたくない気持ち。自分にはきらきらとした表情を向けてくれないエンリへの苦い思い……そういった複雑な気持ちが混ざり合った醜い感情。
器の小さい男だと自己嫌悪しつつも、負の感情を振り払い、エンリの教えてくれたアイテムとゴブリン達のことを考える。
ゴブリンなんとかの角笛。村を襲撃され、助けられたが、混乱していたので正確な名称までは覚えていないらしい。それでもンフィーレアは自分の知る限り、そんなアイテムに心当たりはなかった。
角笛で召喚されたゴブリン達も気になるところだ。通常、サモンモンスターは一定時間が経過すると消えてしまうのに、この村のゴブリン達は消える様子はなく生活しているという。
サモンモンスターは長期間に渡って使役は出来ない。もしそれが可能であれば、今までの魔法の歴史を覆しかねない。
召喚されたゴブリン達は村を守り、エンリを主人と仰いで命令に従い、畑仕事も手伝い始めた。さらに、村人達に弓の使い方などの護身術まで教えてくれているそうだ。そんなこともあり、今では少し変わった新しい住人として受け入れられている。
また、受け入れられている理由の裏に、同じ人間の騎士が村を襲ったこともあるのだろう。異形種だが、村を助けてくれるゴブリン達を隣人として受け入れやすくしている。
「それで、アインズ・ウール・ゴウンさんだっけ? どんな人なの? お会いしたら、僕からもお礼を言いたいんだ」
「……ンフィーレアなら知ってるかなって思ったんだけど……」
エンリの顔に失望の色が浮かんだことに、ンフィーレアは焦りを見せた。
それと同時に、彼女とモモンを対面させたくないと思った。モモンは冒険者としては最下級のカッパーのプレートだが、実力はオリハルコン、もしかしたらアダマンタイト級かもしれない。もしエンリがモモンの強さに惚れてしまったらどうしよう、と。
──外見なんか大したことじゃないさ。あれほど強いんだ。寄ってくる女は数えきれないだろうな。
昨晩、野宿した時に『漆黒の剣』リーダー、ペテルの言葉を思い出し、不安にかられた。
「エ、エンリ、そのゴウンって人に会って、ど、どうしたいんだい?」
「えっと、お礼をしっかり言いたいなって思って。村を去る前にも言ったんだけど、改めてお礼を言いたいの」
「そう、そうなんだ……うん、そうだね、お礼を言うのは当然だね」
エンリの言葉には自分が恐れていた感情が一切含まれていないことを察知したンフィーレアは、大きくふうと息を吐き出しながら脱力する。
「それで、特徴とかあれば思い当たる人物がいるかもしれないんだけど……そうだな……どんな魔法を使っていたか覚えてる?」
「凄かったよ。雷がバリバリって走ったと思ったら、騎士が一撃で倒れたの」
「雷……きっと第三位階の魔法を使ったんだね」
「その第三位階って凄いの?」
「もちろん凄いさ! 僕が使えるのが第二位階までの魔法で、第三位階の魔法は常人が到達出来る最高位の魔法だからね。それ以上になると天賦の才能を持つ人の領域なんだよ」
「やっぱり! ゴウン様は凄いお方なんだ!」
魔法に詳しくないエンリは感心するばかりだが、ンフィーレアはアインズ・ウール・ゴウンというマジック・キャスターが第三位階までの魔法しか使えないとは思えなかった。消えることのないゴブリン達を召喚したアイテムをすんなりとくれる人物だ。もしかすると、英雄の領域といわれる第五位階魔法まで使える偉人かもしれない。
そのような人物が何故このような辺境の村を訪れたのだろうか。
「そのゴウン様と旅をしていたアーデルハイト様やテオドール様も凄いお方ね、きっと!」
エンリは胸の前で両手を組み合わせ、うっとりする。
アーデルハイトとテオドールという名前はンフィーレアも聞き覚えがある。先程、村の入口で出会ったダークエルフの女性とバードマンという種族の男性だ。
「アーデルハイトさんとテオドールさんって、あのダークエルフとバードマンの? 村を救ってくれたって言ってたけど……」
「そうなの。ゴウン様と一緒に旅をしていて、アーデルハイト様は花束が出てくる包みを下さったの。ゴウン様のような強い魔法を使うところは見てないけど、魔法で王国戦士長様の傷を癒していらしたわ。テオドール様はアーデルハイト様の護衛をしていらっしゃるの」
「じ、じゃあ、その二人にゴウンさんのこと聞けば詳しくわかるかも……」
「あ、それだけじゃないんだよ。ゴウン様が真っ赤なポーションを下さったの」
真っ赤なポーション。そのアイテムに、ンフィーレアは心当たりがあった。冒険者達を雇ってカルネ村に来る前、祖母の店に来た女性が持ち込んだもの。それが真っ赤なポーションだった。
通常ならばポーションの色は青になる。それが赤いものは、祖母曰く「神なる血を示す完全なポーション」らしい。
そもそも、その真っ赤なポーションを発端としてンフィーレアがモモンを名指しで雇った理由である。友好関係を深めることでポーションに関する情報を引き出し、薬草採集の過程で何か情報を漏らすのではないか。そう狙い、ンフィーレアはモモンを雇い、カルネ村に来た。
「そのポーションってどんなの? 薬師だし、そういうのって興味あるんだ」
「そうだね、仕事で取り扱うものだもんね」
エンリがポーションのことを話せば、ンフィーレアの中で無数の情報がやがて一本の糸になり、何枚ものヴェールがはがれていく感覚がした。
エ・ランテルの店に持ち込まれたポーションと、エンリが飲んだポーションは同一のものである可能性が高い。そして、両方の場所で現れた人物は旅人で、マジック・キャスターと黒いフルプレートを着た二人組。
アインズ・ウール・ゴウンとして名乗る人物は二人いる。エンリの話から男だとは思うが、念のため確認することにした。
「……もしかして、そのアインズ・ウール・ゴウンって女性、じゃない?」
「え、違うよ。お顔は見てないけど、声は男の人だったよ」
魔法には声を変えるものがあり、マジックアイテムにもそれを可能にするものがあるので、エンリの言葉は絶対的な証拠にはならない。ただ、ナーベ=アインズ・ウール・ゴウンと結論づけるのは違和感がある。冷酷で天然気味のナーベと、エンリによれば知的で落ち着いた物腰かつ弱者を助けるアインズでは、人物像があまりにもかけ離れている。
「あ……そうえばアルベドって女戦士を連れていたわ」
「そうなんだ……アルベド……」
新たに出てきた名前に、ンフィーレアははっとした。聞き覚えがある。
昨日のことだ。モモンとナーベの微妙な間柄に疑問を持ったルクルットが、二人は恋人なのではないかと詮索した時に出た名前だ。
──私などではなく、アルベド様という方が!
そのあと、詮索はしないで欲しいとモモンに釘を刺されたので、それ以上アルベドという人物については話題にのぼらなかったからンフィーレアも忘れていた。
だが、これで答えが導き出された。
アインズ・ウール・ゴウン=モモンだ。
となると、驚愕の事実が判明する。
第三位階のマジック・キャスターであり、なおかつアダマンタイト級の腕前を持つ剣士。常識では考えられないほどの存在だ。本当にそうだとすれば英雄中の英雄だ。
彼は道中いろいろな質問を投げかけてきたことを不思議に思うが、異国の未知の技術を学んだマジック・キャスターで、こちらのことを知らないというのが妥当だろう。であれば、異国の未知の知識で作ったポーションを持っているのは当然だ。
ンフィーレアの吐き出す息が荒くなっていく。
エンリを助けるために貴重なはずの完全なるポーションを渡してくれた人物に比べて、精製方法を探ろうとコソコソと近寄る自分に嫌悪を感じる。そんな姑息な男に、エンリは惚れるだろうか。
「だ、大丈夫? 顔色が良くないわよ?」
「う、うん……大丈夫……何でもないよ」
心配してくれるエンリに何とか微笑んでみせた。けれど、上手く笑えた自信はない。
「……ごめん、エンリ……ちょっと出てくる」
突然、ンフィーレアは部屋を飛び出した。後ろからエンリの呼ぶ声が聞こえるが、ンフィーレアは構わずエンリの家を出ると、英雄であろう彼の元へ向かった。
2018/03/21
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