第14話 外出


 転移して八日目。
 アインズとアーデルハイトは、DMMORPG『ユグドラシル』のゲームの世界から、己のアバターの姿で別の世界へ転移した。元はNPCとして作られた階層守護者達からあふれんばかりの忠誠心をそそがれ、戸惑いつつも支配者として相応しい振る舞いを取っている。
 転移後あれこれ実験を済ませ、ある程度の知識を手に入れたアインズは、このままナザリック地下大墳墓に籠っていてはいけないと思い至った。
 他のユグドラシルプレイヤーも転移しているかもしれない。わずかな希望を胸に抱いて出した結論は、アインズが外に出て情報を入手することだった。そのことをまず最初に話したのはアーデルハイトだ。自分と同じプレイヤーであり、アインズが唯一心の内を吐露出来る相手だ。
 アインズは外に出て情報収集、アーデルハイトはナザリックに残ってアインズの留守を預かって欲しいというのが、アインズの提案だ。そのことについてアーデルハイトは反対することなく首を縦に振った。
 私も外の世界を見てみたいです、とアーデルハイトに多少なりとも反対されるだろうと思っていたアインズにとっては予想外であった。

「まあ、私も外に出たいっていうのはないこともないですが、やはり片方がナザリックに残って守護者達を見守る方が良いですし」

 絶対の忠誠を示す守護者達を信じていないというわけではない。例え二人とも外に出たとしても、守護者達は滞りなく己の役目を果たしてくれるだろう。
 けれど、やはり片方が残って守護者達を見守り指示を与えた方が良い。そう考えたアーデルハイトは、アインズの提案を受け入れた。

「それに、ナザリックの周辺であれば、探索と称して外出は可能ですから」

 そう付け加えて笑うアーデルハイトに、アインズはほっと胸を撫で下ろす。理解者がいることが本当にありがたかった。

 アーデルハイトが快諾したあとは、各階層守護者だ。アーデルハイトに言ったことを同じように彼らへ伝えたものの、アーデルハイトとは真逆の返事であった。
 つまり、守護者全員がアインズが外出することに反対したのだ。
 アインズとて何も一人で出るわけではない。従者を一人同行させると言い添えたのだが、反対の意見は変わらなかった。
 同行させる従者とはナーベラル・ガンマである。ナザリック地下大墳墓第九階層を拠点とする戦闘メイド『プレアデス』の一人だ。彼女の種族はドッペルゲンガー。異形種だらけのナザリックで数少ない外見が人間そのもので、第八位階魔法を使えるマジック・キャスターだ。実力も申し分ない。
 だから心配はいらない。そうアインズは言うが守護者達の意見は変わらず、中でも最も強く反対したのはアルベドだった。
 護衛であれば是非私を──彼女はそう進言した。
 確かにアルベドの防御能力はナザリック随一だ。しかし、アインズはアルベドの提案を受け入れはしなかった。
 その理由の一つに、アルベドが人間を下等生物と罵る考え方だ。人間だらけの都市でそんな者を連れてこようものなら、目を離した隙に殺戮パーティーを開催されてはたまらない。また、彼女は変装系の能力を持っていないため、角や翼を隠せない。
 人間を敵視していない点ではテオドールが適任だろうが、彼も変装系の能力はないので、耳の羽や背中の翼は目立ってしまう。それにアーデルハイトの護衛の役目があるので、彼女と別行動はさせられない。
 アインズはアルベドを説得し、アルベドはアインズに反対する。両者の意見は平行線を辿り、対立が続くかと思われたが、デミウルゴスが終止符を打たせた。彼がアルベドに何かを囁くと、途端にアルベドが意見を取り下げたのだ。それも、穏やかな微笑みを浮かべて。

 そういう経緯で、アインズはナザリック地下大墳墓を出て、人間だらけの城塞都市エ・ランテルへ向かうことが決まった。

「では、次の報告は?」

「こちらになります」

 アーデルハイトはアインズの執務室を訪れていた。支配者として、下から上がってくる様々な報告書に目を通したり、運営に関するやり取りを行うために、こうしてアインズの元を訪れている。
 もちろんアルベドやテオドールも同席している。
 アルベドから提出された紙の束に目を通せば、丸っこい文字が万年筆で書かれている。アウラからの報告書だ。
 今のところユグドラシルプレイヤーとの遭遇はなく、影も発見出来ない。ナザリック地下大墳墓近くに広がる大森林内の調査は、森を抜けた先の山脈の麓に広がる湖まで順調に進んでいるという内容だった。

「他のプレイヤーとの遭遇は、やはりないようじゃな」

「そうだな……了解した。このままアウラ達には命令を遂行するように伝えてくれ」

「かしこまり──」

 アルベドが頷こうとした時、扉が数回ノックされた。アインズ達に一礼をして確認したアルベドは、来訪者の名前を伝える。

「シャルティアが面会を求めております」

「シャルティアが? 構わない、入れろ」

 アインズが許可を出すと、シャルティアが入室した。大きく膨らんだスカートをつまみあげて優雅にお辞儀をする。

「アインズ様、アーデルハイト様、ご機嫌麗しゅう存じんす」

「お前もな、シャルティア。それで、私の部屋に来た理由は何だ?」

「もちろん、アインズ様とアーデルハイト様のお美しいお姿を目にするためでありんすぇ」

 つまらない世辞はよせと言おうとしたが、アインズは言葉を飲み込んだ。情欲でとろんと濁らせたシャルティアの真紅の瞳を、隣で見つめるアルベドの笑みが次第に変化していっていることに気づいたからだ。
 美しさは損なわれていないが、単なる笑顔ではない。微笑みの裏に般若が潜んでいる。

「ならば満足でしょ、下がりなさい。今、アインズ様とアーデルハイト様とで大事な話をしているところなの。邪魔しないでくれるかしら?」

「まず本題に入る前にご挨拶をするのが基本なのに……嫌でありんすね、薹の立ったおばさんは。賞味期限切れのせいかせわしなくて」

「保存料ぶち込みまくって賞味期限をなくした食べ物って、毒物と代わりないと思うけど?」

「……食中毒を甘く見ない方がいいでありんす。ものによっては感染症まで引き起こしんす」

「……その前に食べるところがあるの? 食品ディスプレイは大量に盛り上げているみたいだけど、実際は……ねえ?」

「殺すぞてめぇ」

「誰が賞味期限切れだコラ」

 アインズやアーデルハイトの前に、表現するには口にするのも憚られるほどの凄まじい顔になった美女二人が並ぶ。
 頭を抱えたくなる衝動をこらえたアインズは声をかける。

「二人とも児戯はやめよ」

「はい、アインズ様!」

「はい、アインズ様!」

 直後、二人は同時に花が咲いたような満面の笑みを浮かべてアインズ達に向けた。純情可憐な乙女というに相応しい表情だ。

《アーデルハイトさん、女性って怖いですね……》

《そ……そうですね……》

《あ……いや、アーデルハイトさんのことを言っているんじゃありませんよ。この二人が特別って意味です》

 内心汗を流しつつ、アインズとアーデルハイトはメッセージの魔法で言葉を交わす。
 アーデルハイトも女性である手前、彼女もこのような一面があるとは思っていないことを言い添えると、アーデルハイトはわかっていますよと笑った。

 アルベドはアインズを愛しており、アーデルハイトのことは女帝と呼んで忠誠を捧げている。
 シャルティアは『ネクロフィリア』と『両刀』の性癖を持つため、アインズとアーデルハイトに恋慕している。
 そのため、アルベドとシャルティアが揃えば口論が始まる。恋敵だから当然だ。
 アインズは二人から惚れられている。美女から愛されることを喜ばない男はいないが、アインズは素直に受け入れることは出来なかった。
 一方、アーデルハイトは受け入れている──ように見えるが、彼女らの言葉を否定しても語気を強めて情熱をヒートアップさせるので、実は諦めているのかもしれない。

「それでシャルティア、何用だ?」

「はい。これより君命に従いまして、セバスと合流しようと思っておりんす。今後少しばかりナザリックに帰還しがたくなると思われんすから、ご挨拶に参りんした」

 ナザリックを出たのはアインズやナーベラルだけではない。シャルティアやセバス、ソリュシャンらも外に出た。
 この世界ではユグドラシルでいうところのスキルが、武技という能力に該当するらしい。そういった特別な能力を持つ人間がいれば、戦力拡大を考えるアインズの役に立つはず。
 シャルティア達は、武技を持つ人間を捜すため別行動をとるのだ。

「了解した。シャルティアよ、油断せずに務めを果たし、無事に戻ってこい」

「決して無理はせぬよう、慎重にやるのじゃぞ」

「はっ!」

 至高の存在両者から期待と気遣いを感じたシャルティアは、彼らの気持ちを裏切らぬようにしなければ──そう決意し、深く頭を下げた。

 * * *

 リ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルに、アインズとナーベラルが向かった。アインズは漆黒のフルプレートに身を包んでモモンと名乗り、ナーベラルは身軽な格好でナーベと名乗って冒険者となった。
 冒険者の組合に登録するとまずカッパーのプレートを貰い、能力が高くなるにつれてアイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン、そしてアダマンタイトへと変わっていく。あとの金属になるほど高評価となり、選択出来る仕事の難易度や支払われる報酬額が多くなる。冒険者の命を無駄に減らさないためのシステムだ。
 プレートについては仕事をこなして評価を上げていけばいい。まず目前の問題は、金がないことであった。
 ユグドラシルの金貨はたくさんあるが、利用するのは最後の手段と決めている。
 他のプレイヤーがいたとして、ナザリックに対して敵意を持っていないとは限らない。迂闊にユグドラシル金貨を使えば、こちらの居場所などを教えてしまうことになる。
 それは避けたいため、この世界の通貨を入手する必要がある。そのため、モモンとナーベとなり、二人は冒険者としてエ・ランテルで情報網を築き上げることにしたのだ。

《──と、いうわけです》

 アインズは今日一日の出来事を、アーデルハイトへ簡潔に説明した。
 定時連絡として、エ・ランテルとナザリックそれぞれで起こったことを報告し合うことにしている。ナーベラルにもアルベドへ定時連絡をするよう伝えているが、至高の存在同士でも念のため連絡を取り合う方がいいだろうということで、こうしてメッセージの魔法を飛ばしている。
 冒険者になったはいいものの、宿屋では先輩にあたる冒険者の男にからまれ投げ飛ばし、その被害を受けた女性冒険者のポーションが割れ、お詫びに別のポーションを渡した。
 小さなトラブルはあったが、とりあえずアインズは新たな生活をスタート出来たらしいことに、アーデルハイトは安堵する。

《お疲れ様です、アインズさん。ナザリックは特に問題ありません》

 アインズがエ・ランテルでの出来事を話したように、アーデルハイトは自室でナザリックのことを伝える。
 守護者各員は各々が受け持つ役割を果たしていること、アルベドは守護者統括らしく各方面から上がってくる報告をまとめていること。
 ──時折、不在のアインズを案じて自分の妄想の世界に行っていることは伏せておく。

《わかりました。では引き続き、お互い頑張りましょう》

《あ、待って下さいアインズさん》

 連絡が終わる直前、アーデルハイトがアインズを引き留める。

《ちょっと相談があるんですけど……》

《どうしたんですか?》

 遠慮気味に話しかけてくるアーデルハイトを不思議に思い、アインズはどうしたのだろうと尋ねる。

《……パンドラを、宝物殿から出してもいいですか?》

 予想もしていなかった質問が投げられた。
 え、とアインズが硬直する様子が、彼の姿が見えないナザリックの自室からでもよくわかる。

《このまま宝物殿で一人にさせるのは不憫だと思って……でも、アインズさんの許可なしで出すのは道理にかなわないので》

 NPCはギルドメンバーの命令であれば従うが、アーデルハイトはそんなことはしたくなかった。創造主のアインズの許可を貰ってからだと思い、こうして相談を持ちかけたというわけだ。

 一方、アインズは衝撃が大きく、すぐに返答出来ずにいた。
 パンドラズ・アクターの存在はアインズのいわゆる『黒歴史』に相当するので、出来れば誰の目にも触れさせたくはない。それがわかっているので、アーデルハイトは控えめに話している。

《……せめて、私の自室との行き来だけでも……ああ、もちろんメイド達のいない時に……》

《…………わかりました》

 アインズは静かに頷いた。

《アーデルハイトさんとテオドール以外の人に会わせないという条件を守って頂けるのでしたら、宝物殿とアーデルハイトさんの自室の行き来に限り許可します》

 もう少し説得を続けなければいけないと思っていたのだが、予想より早く了承を貰えたことにアーデルハイトは意表を突かれた。

《……いい、んですか?》

《はい……でも、アーデルハイトさんの自室からは絶対に出さないで下さい。それと、メイドにも合わせないで下さいね》

 その二つを守ることが出来るのならパンドラズ・アクターを宝物殿から出しても良いという。

《あっ、ありがとうございます!》

 アーデルハイトが転移前からパンドラズ・アクターの元へ足を運び、転移したあとも足しげく宝物殿を訪れていることはアインズも知っている。転移後は支配者として振る舞い、慣れない従者達に疲れた時は、宝物殿へ避難して休息を取っていることも。
 特に、あれこれ世話をしたがるメイド達に困っているらしい。骸骨でローブをまとっているだけのアインズとは違い、アーデルハイトは女性で身だしなみを整える必要があると言い、世話を焼きたがっている。
 アーデルハイトとて邪険に扱いたくはないが、やや過剰ともいえる世話に辟易しているようで、パンドラズ・アクターに会いに行くのはストレス発散の意味もあるのだろう。

 アーデルハイトの自室から出ないこと、他者には絶対に会わせないこと。この二点を必ず守るよう再度繰り返すと、アインズはアーデルハイトとの定時連絡を終えた。

「良し……!」

「何か良いことでもありましたか?」

 そばに控えているテオドールが尋ねてきた。嬉しさが顔に表れていたらしく、テオドールもつられるように微笑みを浮かべている。

「儂の自室に限り、儂とテオドール以外の者と会わせなければパンドラを宝物殿から出して良いとアインズから許可を貰った」

「それはよろしゅうございました」

 以前からアーデルハイトがパンドラズ・アクターを宝物殿の外に出したいと言っていたことは知っており、それが現実になったことに、テオドールも嬉しさをにじませた。主人の喜びは従者の喜びだ。

 アーデルハイトはすぐに宝物殿へ転移した。パンドラズ・アクターは金貨や財宝の山がある部屋でマジックアイテムを一つ一つ確認していたらしく、彼の手には細やかな彫刻が施されたアクセサリーがある。

「おや、アーデルハイト様。いかがなさいました?」

 来訪者の姿を見て、パンドラズ・アクターはアクセサリーを財宝の山へ戻す。

「朗報じゃ! 宝物殿から出る許可が出たぞ、パンドラ!」

 アーデルハイトの嬉々とした表情を見るのは初めてかもしれない、とパンドラズ・アクターはぼんやり思いつつ、言葉の意味に気づいて変化のない表情が驚きと喜びが入りまじったものになっていく。

「私が、宝物殿から出られるのですか?」

「本当じゃ。儂の部屋だけじゃが、儂とテオドール以外の者と会わないことを守れるのであれば宝物殿から出ても構わんぞ」

 おお、とパンドラズ・アクターが震えた声を発した。

「モモンガ様が、出ても良いと……?」

「そうじゃ。相談したら条件つきで許可を貰った。ちなみに今、モモンガはアインズと名を改めておる」

 創造主の許可が下りた。これで宝物殿から出られる。それもアーデルハイトの自室に行けるという。
 パンドラズ・アクターは喜びのあまり、アーデルハイトを抱きしめた。

「何と感謝申し上げたら良いのか……!」

「じ、じゃが、行けるのは儂の部屋だけじゃぞ?」

「構いません。アーデルハイト様のお部屋で充分です」

 感謝の気持ちを抱擁で表現してくるパンドラズ・アクターに対してアーデルハイトは冷静さを保とうとするが、声が少し震えてしまう。
 大袈裟に動揺する性格ではないのに、胸の鼓動が速くなる。照れているのだろうか。彼は嬉しさのあまり抱きついただけで他意はないはずなのに。
 アーデルハイトが必死に理由を探していると、パンドラズ・アクターがアーデルハイトから離れる。

「ああ、申し訳ありませんアーデルハイト様。嬉しさのあまり無礼を働いてしまいました。お許しを」

「う、うん……うむ、平気じゃ」

 動揺のあまり素が出そうになるのをこらえ、心を落ち着かせるために深呼吸をした。

「では、今から少し儂の部屋に来てみるか? これからの時間はもうメイド達も来ない」

「はい。ご一緒させて頂きます」

 今からの時間はメイド達の一日の仕事も終わり、アーデルハイトの部屋には誰も来ない。アーデルハイトが命じればメイドを払うことも可能だが、そんな強制的な命令はあまり与えたくない。パンドラズ・アクターを呼ぶなら今だ。
 パンドラズ・アクターも至高の存在の自室に行けるということで気分が高揚しているようで、嬉しそうに返事をした。

 今夜は寝る前に、パンドラズ・アクターが持つマジックアイテムの話を聞くことにしよう。


2017/12/25

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