第13話 全ての者に届くように
玉座の間。
階層守護者を筆頭に多くの者達が跪き、ぴくりとも動かない。静寂の中、アインズはセバスを、アーデルハイトはテオドールを従えてゆっくり歩く。四人分の足音と、アインズの持つスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを床に突く音が響く。
アインズとアーデルハイトは階段をのぼり玉座に腰かけ、セバスとテオドールは階層守護者達のそばで跪く。
最初はアインズの玉座しかなくアーデルハイトは隣に立っていたのだが、さすがにそれはいけないと思ったアインズが、クリエイト・グレーター・アイテムで玉座を作ったのだ。
ギルドの長でもない私が座るのは気が引けると言っていたアーデルハイトだが、アインズの「それでは守護者やシモベに、支配者としての示しがつきませんので」と却下された。
階段下にはほぼ全てのNPCが集まり、各階層守護者が厳選したと思われる高位レベルのシモベ達もいる。
「まずは、私やアーデルハイトが個人で勝手に動いたことを詫びる」
いつもの堂々とした声でアインズが詫びた。勝手に動いたのはアインズやアーデルハイトの独断だが、部下を信頼していないのではと受け止められないようにするため、あえて謝罪した。この場では、彼が謝罪したということが重要なのだ。
「何があったかはアルベドから聞くように。ただその中で一つだけ、至急伝えるべきことがある」
アインズは玉座の間の天井から垂れ下がる大きな旗を指差し、魔法を唱える。
〈グレーター・ブレイク・アイテム〉
ある程度のレベルまでのマジックアイテムを破壊出来る魔法を発動させた。それにより、『モモンガ』を意味するサインの旗が床に落ちる。
「私は名を変えた。これより私の名を呼ぶ時はアインズ・ウール・ゴウン──アインズと呼ぶが良い。異論ある者は立ってそれを示せ」
アインズの言葉に、誰も動かなかった。
「ご尊名伺いました。いと尊きお方。ナザリック地下大墳墓全ての者より絶対の忠誠を。アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」
アルベドの凛とした声に続いて、他の守護者達も万歳と声を上げ、唱和する。
「アインズ・ウール・ゴウンを、不変の伝説とせよ!」
英雄が数多くいるなら全てを塗り潰せ。
生きとし生ける者全てに知らしめてやれ。
より強き者がいるのなら、力以外の手段で。
アインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大であるということを。
地上に、天空に、海に──知性を持つ全ての者に。
もしかしたら転移しているかもしれないメンバーの元までその名が届くように。
覇気に満ちたアインズの声に唱和するナザリックの面々に、アーデルハイトは鳥肌が立つ感覚がした。
アーデルハイトも、かつてのギルドメンバーやユグドラシルプレイヤーに会いたい。だから、アインズ・ウール・ゴウンの名がこの世界の隅々に届けば良い、と気分が高揚する。
いつ会えるかは皆目見当もつかないが、それでもアインズ・ウール・ゴウンの名を聞いて接触してくれるように。そう願いつつ、アーデルハイトはアインズとテオドールと共に満足そうに玉座の間を後にした。
支配者が去った玉座の間は、未だに熱気が渦巻いていた。命令を受けて行動を開始するという状況が、全員の心に炎をともしていた。
「皆、面を上げなさい」
アルベドの声に、頭を下げたままの者達が顔を上げる。
「各員はアインズ様の勅命には謹んで従うように。これから重大な話をします。デミウルゴス、アインズ様やアーデルハイト様とお話をした際の言葉を皆に」
「かしこまりました」
アルベドに指名されたデミウルゴスが頷き、当時のことを思い出しながら話し始めた。
「アインズ様が夜空をご覧になられた時、私にこう仰いました。『この地に来たのは、誰も手に入れていない宝石箱を手にするためやもしれない』と。そしてこう続けられました。『私やアーデルハイトだけで独占すべきものではない。ナザリック地下大墳墓を……アインズ・ウール・ゴウンを飾るためのものかもしれない』と」
この場合、宝石箱とはこの世界のことだ。つまり、アインズの真意はそこにあるのだとデミウルゴスは言う。
「最後にこう仰いました……『世界征服なんて面白いかもしれないな』と」
全ての者達の瞳に鋭いものが宿った。それは、強い決意の色でもあった。
アルベドが立ち上がり、皆を見渡す。
「各員、ナザリック地下大墳墓の最終的な目的は、アインズ様とアーデルハイト様に宝石箱を……この世界をお渡しすることだと知れ」
アルベドは笑みを浮かべると、アインズ・ウール・ゴウンの旗に対して微笑んだ。
「アインズ様、アーデルハイト様……必ずやこの世界を御身の元に」
* * *
ナザリック地下大墳墓宝物殿。
どことも繋がっておらず、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがないと転移出来ない独立した部屋で、これまでに獲得した金銀財宝が山のように蓄えられている。
「いつ見ても圧巻じゃな……」
「素晴らしい財宝ですね」
「いらっしゃいませ、アーデルハイト様、テオドール」
アーデルハイトとテオドールが金貨の山を見上げると、霊廟へ続く廊下の奥からパンドラズ・アクターが歩いてきた。アーデルハイトの前で立ち止まると敬礼して優雅に跪き、恭しくアーデルハイトの手を取る。
「本日も麗しい美貌が眩しいですね」
「ぬしは本当に世辞が上手い」
「お世辞ではございません! 私、心の底からの感想を述べているだけです!」
跪いて手を取る行動はまるで王子だ。アーデルハイトが照れくさそうに笑うと、パンドラズ・アクターは立ち上がって力強く否定した。その勢いに負けたアーデルハイトは気圧され、思わず後ずさる。
「わ、わかった……ありがとう」
パンドラズ・アクターの顔は目と口の部分に黒い丸があるだけで、表情は変化することはない。それなのに威圧感を受けて冷や汗が流れる。
アーデルハイトがようやく肯定すると、納得したパンドラズ・アクターから威圧感が消えた。
「ところで、陽光聖典の者から何かアイテムは来たのか?」
スレイン法国の陽光聖典指揮官ニグン・グリッド・ルーインはカルネ村でガゼフを狙ったが、アインズに返り討ちにされて捕獲された。装備やアイテムは剥ぎ取られ調査され、利用価値のある物があれば宝物殿に送ることになっており、何かあったのだろうかと思い来てみたのだが。
「いえ、特にこれといった物は送られておりません」
「そうか」
アインズの話によれば、ニグンの持っていた魔封じの水晶が最も貴重な品だったらしい。
威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が封じられたアイテムでアインズにもダメージを負わせたらしいが大したものではなく、召喚された天使もアインズのブラックホールであっさりと消滅した。
かわいそうなくらい手も足も出なかったニグンは氷結牢獄に送られたという。そこにいる特別情報収集官──別名『拷問官』のニューロニスト・ペインキルによって拷問にかけられたと聞いた。
「スレイン法国の特殊工作部隊らしいが、それほど珍しいアイテムは所持しておらんかったか……」
部隊の名称からして貴重な品や装備を持っていても良さそうだが、そういうものがなかったことが意外だった。
「アーデルハイト様、本日はお休みにならないのですか?」
「ん、大丈夫じゃ」
「そうですか……」
今のところはそれほど疲労感もないので不要だと答えれば、パンドラズ・アクターは少し残念そうになった。
「いきなりどうしたんじゃ?」
「またお休みになるのでしたら、私が膝枕になってさしあげようと思いまして」
膝枕というのは、一般的に女性が枕になるのが普通ではないだろうか。アーデルハイトはそのことを教えてあげようかどうか迷う。
「……何故膝枕をしようという考えになるんじゃ……」
「何と表現したら良いのか……こう、何かが胸の内にわきあがるというか……アーデルハイト様を想うとあたたかい気持ちになるのです」
言葉を選んで口に出すパンドラズ・アクターは、いつもの大袈裟な動きはしなかった。役者のような動作は好きだが、珍しく大人しい様子にアーデルハイトはどうしたのだろうと首を傾げる。
「パンドラ、どうしたのじゃ?」
「アーデルハイト様、この気持ちは何と言うのでしょうか?」
戸惑うパンドラズ・アクターの質問に答えてやりたいが、アーデルハイトもはっきりと答えることは出来なかった。
プレイヤーによって創造され、意思を持つ存在になったNPCだった彼に生まれた感情は一体何だろう。生みの親であるプレイヤーに対する親愛の情なのか、それとも別の感情なのか。
「……悪いが儂もよくわからん」
「そうですか……」
再び残念そうに肩を落とした。
「……では、いつかこの気持ちがわかるまで、私はアーデルハイト様の膝枕となってお役に立ちましょう! さあ、アーデルハイト様、ソファでお休みになって下さい!」
何故、膝枕をする必要があるのだろうか。
今度はアーデルハイトが戸惑う番になる。
「え、いや、別に儂は……」
「アーデルハイト様、パンドラズ・アクターの好きなようにさせてあげて下さい」
いつもは忠実に従うテオドールがパンドラズ・アクターの希望どおりにして欲しいと言ったことに、アーデルハイトは驚いた。
「テオドール……?」
「アーデルハイト様はお休みになることが出来て、パンドラズ・アクターはアーデルハイト様のお役に立つことが出来るのです。どちらもプラスになりますよ」
ね、と微笑みながら言われると断りづらい。
アーデルハイトがどうしようと戸惑っていると、パンドラズ・アクターが先に動いた。アーデルハイトの背中と膝裏に手を添え、抱きかかえる。
「え? え!?」
「テオドール、感謝します」
パンドラズ・アクターの表情はやはり変わることはない。だが、嬉々として足取り軽く霊廟の手前にあるソファが設置された部屋へ向かう彼を見上げて、アーデルハイトはまあいいかと小さく息をついた。
「……では、またパンドラのコートを借りても良いかのう?」
「はい、喜んで」
何だかんだいって、パンドラズ・アクターは可愛い子供みたいなものだ。その子供が喜ぶのであれば、自分に出来る事なら協力しよう。
アーデルハイトはそう考え、パンドラズ・アクターの膝枕でしばしの休息をとることにした。
2017/10/08
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