第12話 迎撃


「各員傾聴」

 静かな声がその場にいる全員の耳に届く。

「獲物は檻に入った」

 声の主は男だ。顔も特徴のあるものでもなく、どこにでもいるような平凡なものだ。感情を感じさせない瞳と、頬に刻まれた傷跡を除けば、であるが。

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 そう言うと、全員が黙祷を捧げる。祈りを短縮化させたものだ。
 他国の領内でこれから工作任務を行うのに祈りを捧げる時間を必要とするのは、余裕ではなく信仰心の高さの表れだ。
 スレイン法国のため、神のために働く彼らの信仰心は、同じ法国の一般人より厚い。そのため迷いなく冷酷と言われる行為も出来るし、罪悪感を感じたりもしない。
 黙祷を終えると、男は先程と同じく静かに言う。

「──開始」

 たった一言であったが、それだけで充分だった。部下の男達は一糸乱れぬ動きで村を包囲していった。
 陽光聖典。
 スレイン法国の中でも影のようについて回る噂でしか存在を確認出来ない、非合法活動を主とする部隊だ。スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群、六色聖典の一つで、亜人の村落の殲滅などを基本的な任務として担当している。
 特殊工作部隊の中で最も戦闘行為が多い陽光聖典に所属する人数は少なく、予備兵を合わせても百人にも及ばない狭き門だ。しかし、戦闘のエリート中のエリートともいえる。
 散開していく部下達を満足そうに見送った陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは安堵の笑みを浮かべた。完璧な作戦ですぐに終わる、と。

 * * *

 家の中から、ガゼフは報告された人影をうかがう。見える範囲では三人で、等間隔を保ちながらゆっくり村に近づいてくる。これといった武器も携帯しておらず、重装備でもない。
 彼らはマジック・キャスターだ。その証拠に、光り輝く翼の生えた天使が、横に並ぶように浮かんでいる。眩く光る胸当てを着け、所持しているロングソードは紅蓮の炎を宿している。

「彼らの狙いは何でしょうか? この村にそんな価値があるとは思えないのですが」

 アインズとアーデルハイトも気になり、ガゼフと一緒に外をうかがう。

「ゴウン殿らに心当たりがないということは……答えは一つ」

「……憎まれているのですね」

「戦士長という地位に就いている以上仕方がないことだが、本当に困ったものだ」

 アインズに言われたガゼフは苦笑する。

「天使を召喚するマジック・キャスターを何人も揃えているところをみると、相手はおそらくスレイン法国の者だ。ましてやこのような任務を遂行しているとなれば、特殊工作部隊郡……噂に聞く六色聖典だろう」

「……この村を襲った騎士もスレイン法国の者でした」

 アーデルハイトが襲撃者の正体を告げると、ガゼフの表情はさらに硬いものとなる。

「そうか……。まさかスレイン法国に狙われているとは」

 ガゼフは表面上は非常に落ち着き払った態度だが、心の中では強い焦りを感じていた。同時に、村を襲われ、何の罪のない民を殺された怒りも。

 一方で、アインズはメッセージでアーデルハイトに話しかける。

《アーデルハイトさん、あの天使、見覚えがあります》

《私も同じこと思っていました。アークエンジェル・フレイムですよね》

《はい。どうしてユグドラシルと同じモンスターがいるのでしょうか……》

 外見はユグドラシルにもいたアークエンジェル・フレイムと酷似している。しかも魔法による召喚も同じという点も。
 二人で光り輝く天使を凝視していると、ガゼフがわずかな希望を抱いて問いかけてきた。

「ゴウン殿、アーデルハイト殿、良ければ雇われないか?」

 突然の提案に、二人はガゼフへ注目する。

「報酬は望まれる額を約束しよう」

 アーデルハイトは特に断る理由はないが、一人で勝手に決めて良いものではない。アインズはどう答えるのだろうと彼をちらりと見上げる。

「……お断りさせて頂きましょう」

 ──拒否だった。

「かの召喚された騎士を貸して頂けるだけでも構わないのだが?」

「それもお断りさせて頂きます」

「……王国の法を用いて強制徴収しても?」

「……最も愚劣な選択肢を選ぶものだ……などという暴言を吐く気はございませんが、国家権力も含めまして何らかの力を行使されるのなら、こちらもいささか抵抗させて頂きますよ?」

 ガゼフとアインズは静かに睨み合い、最初に視線を動かしたのはガゼフだった。

「怖いな。スレイン法国の者とやりあう前に全滅しそうだ」

「……ご冗談が上手い。ですが、ご理解頂けたようで嬉しく思います」

 軽く頭を下げるアインズを見て、ガゼフは目を細める。
 今自分が言った言葉は冗談ではない。このマジック・キャスターを相手にするのは非常に危険だという勘がする。一体彼は何者だ。異様な仮面の下には、どのような素顔が隠されているのだろうか。

「ではゴウン殿、アーデルハイト殿、お元気で。この村を救ってくれたこと、感謝する」

 ガゼフは右手を差し出した。別れの挨拶としての握手だと理解すると、アインズも右手を差し出して握る。無骨なガントレットをはめたままのアインズの手を、ガゼフは右手だけでなく左手も添えて握り締めた。

「本当に、本当に感謝する……よくぞ民を暴虐の嵐から守ってくれた。……わがままを言うようだが、もう一度だけ村の者達を守って欲しい。今差し出せる物はないが、願いをなにとぞ……なにとぞ……!」

 すがるように頼み込むガゼフが跪こうとしたが、アインズによって止められた。

「そこまでされる必要はありません。了解しました、村人は必ず守りましょう。アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」

「感謝する……! ならばもはや後顧の憂いなし。私は前のみを見て進ませて頂こう」

 アインズの返答に微笑んだガゼフに、アインズは小さな彫刻を差し出した。

「君からの品だ、ありがたく頂戴しよう。ではゴウン殿、アーデルハイト殿、名残惜しいが私は行かせてもらう」

「ご武運を祈っております、戦士長殿」

「ゴウン殿らも無事に旅を続けられることを祈っている」

 ガゼフは頭を下げて別れを告げると外に出て部下達を引き連れて行った。
 遠ざかるガゼフの背中をアインズは黙って見送る。

「……初対面の人間には虫に向ける程度の親しみしかないが、話してみると小動物に向ける程度の愛着がわく」

 アーデルハイトはぽつりと呟くアインズを一瞥する。
 やはりアンデッドになった影響で、人間に対しての感情が明らかに変化している。それでもガゼフの村人を守って欲しいという願いを聞き入れたのは、人間だった頃の名残りなのだろうか。

「……アルベド、周囲のシモベに命令を伝達せよ。伏兵の確認、もしいた場合は意識を奪え」

「ただちに行います」

 アインズが命令を出してアルベドが了解の意を示した時、村長がアインズ達の元へやって来た。

「アインズ様、私達はどうすれば……? 何故、戦士長様は村を出て行かれるのでしょうか?」

「かの者達の狙いは戦士長殿です。村に留まればここが戦場になりますし、村人にも犠牲者が出るでしょう。自ら囮となって下さったのです」

 村を包囲されてしまった現在、村人が逃げ出せない状態になっている。それを打破するために、ガゼフは目立つ囮として村を出たのだ。
 ガゼフの実力は知らないが、王国戦士長という地位に就いているのでかなり腕の立つ者と推測される。そんな彼を攻撃するなら敵は全員で襲いかかるだろう。その時が村人が逃げるチャンスだ。

「では、私達はどうすれば……? 森の近くに住みながらもモンスターに襲われることないため、恥ずかしながら自衛の手段を忘れておりますので……」

「それは仕方がないでしょう。相手は戦闘に慣れた者達。逆に抵抗していれば、私達が来る前に皆殺しにされていたかもしれません」

「誰しも過ちはあります。それをどう乗り越えるかが重要だと思いますよ」

 アインズとアーデルハイトが村長へ慰めの言葉をかけるが、沈痛な表情は消えなかった。しかし、あまり悠長に構えてはいられない。早く次の行動に移らなければ。

「村長殿、あまり時間がない。戦士長殿の覚悟を無駄にしないためにも行動を開始した方が」

「そ、そうでしたな……」

「状況の変化を見届け、機を見て皆さんを守って脱出します」

「アインズ様達には幾度もご迷惑を……」

「気にしないで下さい。戦士長殿ともお約束もしましたので」

 それからアインズは、村人を大きめの家屋に集めるよう伝えた。

 * * *

 アインズに指示されたとおり、村長は村の倉庫に村人達を集めて室内で待機することにした。
 再び村に敵が近づいたことに村人の顔には不安が浮かんでいる。

「あ、ゴウン様、アーデルハイト様」

「テオドールお兄ちゃんもいる!」

 見覚えのある姉妹がアインズ達のところへ寄ってきた。エンリとネム姉妹だ。

「村を守ってくれて、ありがとうございました」

 エンリがアインズとアーデルハイトに頭を下げた。

「両親のことは……本当に残念じゃった」

 アーデルハイトが控えめに言葉をかけると、エンリの眉尻が下がる。

「いえ……」

「あの花束、両親に供えたのじゃな」

「ネムがどうしても両親にあげたいと言うので……すみません、せっかくアーデルハイト様に頂いたのに」

「いや、儂の方こそ謝らねばならぬ。亡くなった両親に見せることになって悪かった」

「そんなこと! アーデルハイト様は悪くありません」

 お互いに遠慮し合う姿に、アーデルハイトとエンリは小さくふきだした。このまま続けていると終わりが見えなくなりそうだ。

「あの……また村が襲われるのですか?」

「そうならぬよう、戦士長殿は囮となり、アインズが隙を見て逃がしてくれる。心配はいらぬ」

「はい……!」

 ガゼフの王国戦士長としての噂と、目の当たりにしたアインズの魔法があれば大丈夫だ。そう言われ、エンリは自分の中から不安を追い出した。
 ネムも不安がっていたが、テオドールに会えたことでそれは消え去ったようだ。

 それからしばらくアインズは静かに佇んでいた。どうやらガゼフと襲撃者の会話を聞き取っているらしい。い

「アインズ、戦況はどんな様子じゃ?」

 アーデルハイトが小さく尋ねると、あまり良くない答えが返ってきた。

「……不利だ」

 襲撃者はアークエンジェル・フレイムを召喚してきた。遠距離から包囲網を作り、村に接近してこないところを見るに、相手はマジック・キャスターばかりの部隊と思われる。
 マジック・キャスターは近距離攻撃には弱いが、相手が魔法耐性のスキルなどを持たず、距離を取りさえすれば勝算は高い。それゆえ戦士でかためられたガゼフの部隊は苦戦を強いられるだろう。

「……アーデルハイト、予定変更だ。私が出る」

 さらに小さく呟くと、アインズはアルベドを伴って瞬時に消え、直後にガゼフの部隊が倉庫に姿を現した。

「……こ、ここは……?」

「アインズ様が魔法で防御を張られた倉庫です」

 ガゼフは一瞬で周囲の風景が変わったことに驚いていると、村長が答えた。

「ゴウン殿の姿が見えないようだが……」

「いえ、先程までここにいらっしゃったのですが、戦士長様と入れ替わるように姿が掻き消えまして」

 村長の言葉に、ガゼフは納得した。
 そろそろ交代だというアインズの声が耳元で響いたと思ったら、この倉庫に移動していた。おそらく転移魔法を使って入れ替わったのだろう。
 ガゼフは体から力を抜いた。もはやこれ以上することはないだろう。彼に任せておけば心配無用だ。

「戦士長殿、傷を治しましょう」

「私よりも、部下達を……」

「ご自分の負傷の程度がどれほどのものかわからないほど、あなたは愚かではないでしょう?」

 アーデルハイトはガゼフのそばに歩み寄り、手をかざして治癒の魔法をかける。薄い光がガゼフを包んでいき、傷は塞がり、痛みも軽くなっていく。
 負傷の度合いはガゼフが一番深手を負っている。それでも部下の手当てを優先してくれと言うあたり、さすがは人の上に立つだけはある人物だ。

「アーデルハイト殿……ありがたい」

 ガゼフの手当てを終えると、次は彼の部下達の手当てだ。それぞれ傷の度合いが違うものの、全員心からの感謝の言葉をアーデルハイトへ送る。
 村を襲撃したスレイン法国の低俗な騎士とは雲泥の差だ、とアーデルハイトは心の中で感心した。


 アーデルハイトが負傷者の治癒を終わらせて一息ついた頃、アインズからメッセージが届いた。敵は容易く返り討ちにしてナザリックへ送り、これから村へ戻る、と。
 ふう、と再び息を吐く。

「アーデルハイト様、負傷者の手当てお疲れ様でした」

 テオドールがねぎらいの言葉をかけたので、ありがとうと返す。

 それにしても、とアーデルハイトはガゼフへ視線を移す。既に鎧を脱いだ衣服だけの身軽な格好になり、楽な姿勢で休んでいる彼の左手薬指には指輪がはまっていた。元の世界では既婚者の証だが、果たしてこの世界でもそうなのだろうか。

 危機が去ったと知った村人達は倉庫の外に出た。ちょうど戻って来たアインズとアルベドの姿を確認すると、賛辞や感謝の言葉を次々に告げる。

「戦士長殿、ご無事で何よりです。もっと早くにお救い出来れば良かったのですが、お渡ししたあのアイテムはなにぶん時間のかかるものでして」

「いや、感謝する。私が助かったのもあなたのおかげだ」

 なお、ガゼフには全滅させるのは無理だったので追い返したと伝えた。もちろん嘘だ。ガゼフは一瞬だけ目を細めてアインズを見つめるが、すぐに緊張は解ける。

「お見事。いくたびの危機を救って下さったゴウン殿、それに我らの傷の手当てを行って下さったアーデルハイト殿に、この気持ちをどのように表せば良いのか……王都に来られた時は、必ずや私の館に寄って欲しい。歓迎させて頂きたい」

「では、その時はよろしくお願いします」

 一緒に王都へ向かわないと知ると、ガゼフはやや落胆した。けれど、すぐに気を持ち直し、これからどうするのかを聞いてきた。
 アインズが今から出立するため別れを告げれば、ガゼフは深く頭を下げる。感謝と再会の言葉を、アインズとアーデルハイトに手向けた。

 このカルネ村ですべきことは完全に終わった。そう判断したアインズは、アーデルハイト達を連れて村を出た。
 外はすっかり日が落ちて夜空が広がっている。予想外の出来事が重なり、長居をしすぎた。

「帰るか、我が家に」

「そうじゃな。ゆっくり休むとしよう」

 アインズが言うと、アーデルハイト達はしっかりと頷き、ナザリック地下大墳墓へ戻った。


2017/08/21

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