第10話 交渉
アーデルハイトが姉妹のところまで戻ってみれば、二人は角笛をしげしげと見つめていた。
──良かった、騎士の残党に襲われていない。
ほっと胸を撫で下ろし、姉妹が怯えないよう表情を柔らかくして話しかけた。
「無事で何よりじゃ」
アーデルハイトに気づいた姉がぺこりと頭を下げる。隣にいる妹も、姉に従って同じ動きをした。
「あっ、あなた様は先程の……」
姉がかしこまった口調で姿勢を正し、妹もぴしっと背筋を伸ばした。それを見てアーデルハイトは苦笑する。
「そんなにかしこまらんでも良い。こちらも緊張してしまう」
アーデルハイトは薄く発光する防御のドームの中に入り、姉妹の隣に座る。テオドールは中には入らず、外で立ったまま周囲を警戒する。
「儂はアーデルハイト、彼はテオドールという。ぬしらの名前を教えてくれるか?」
「は、はい。私はエンリと言います。こちらは妹のネムです」
「ネ……ネム、です!」
「エンリとネムか。良い名前じゃな」
名は体を表すということわざがある。どちらも可愛らしい名前で、質素な格好だが二人とも小柄で愛嬌がある。この姉妹はまさにそれに当てはまるとアーデルハイトは思った。
「それで、あなたは先程のゴウン様とはどういうご関係で……?」
「儂もマジック・キャスターで、アインズとは一緒に魔法の研究などを行っているのじゃ」
「そうなんですか……ゴウン様の魔法、凄いですね。雷を放ったり、倒した騎士を使って大きなモンスターを作り出したり……」
姉のエンリがアインズの魔法を見て感心したらしく、やや興奮した様子でアインズのことを語った。けれど、すぐに落ち込んだ表情になり、それを見た妹のネムが姉の心情を代弁するかのようにぽつりと呟く。
「お父さんとお母さん……大丈夫かな……」
「ネム……」
騎士の襲撃に二人とも混乱のまま家を飛び出した。両親も騎士に襲われ、必死になって自分達を逃がしてくれた。無事であると信じたい。
「アーデルハイト様、ゴウン様は村を、皆を……両親を、助けてくれますよね……?」
すがるような視線をアーデルハイトは感じた。
──この姉妹と私は似ている。アーデルハイトはかつて現実世界で両親を失った時を思い出した。一番の支えであり、最も身近な存在である親を失う喪失感はとても大きい。
「……アインズは強い。彼に任せておけば良いじゃろう」
はいとエンリは返事をするがその表情は沈んだもので、ネムは今にも泣き出しそうだ。
まずは彼女らの気持ちを落ち着かせるのが先だ。アーデルハイトはアイテムボックスを開き、二つの袋を取り出した。薄桃色の生地に小花柄がプリントされた袋で、リボンで閉じられているそれは、見た目は誰でも作れそうなラッピングのプレゼント袋だった。
「エンリ、ネム、これを開けてみると良い」
手渡された袋をしげしげと見つめたあと、二人は一度顔を見合わせてリボンをほどく。すると、中から複数の花をまとめた小さな花束が出てきた。
「わあ……!」
ユグドラシルだけでなく、ゲームではよくある、アイテムがランダムで出現する品だ。その中の一つの、主に贈り物として相手を喜ばせる花束を出すプレゼント袋を姉妹に渡した。
ランダム効果は転移後も健在のようで、姉妹が出した花の種類はどちらも異なっていた。
「お姉ちゃん、花束が出てきたね!」
「うん、そうね! 凄いわね!」
年頃の少女らしく、文字通り花が咲いたような明るい笑顔になった。
「アーデルハイト様、この袋、どこで売ってるんですか?」
「それは貰い物で、悪いが儂も売っているところまではわからん」
無料で行える運試しのミニゲームで受け取った、はずれアイテムの中の一つだ。だから貰い物で間違いはないし、この世界で売られているかもわからない。そう答えると、エンリは少し残念そうな顔をした。
「そうですか……お父さんとお母さんに見せたら喜ぶと思ったんですが……」
親思いの良い子だ、とアーデルハイトは感心する。しかし、悲しみの表情をさせるためにプレゼント袋を出したのではない。少しでも笑って欲しい。
「儂はぬしらに笑って欲しいと思ってそれを出したのじゃがな。女の子は笑顔が一番じゃ」
アーデルハイトが微笑んでみれば、姉妹はぽかんとした顔をした。その頬は、ほんのわずかに赤くなっている。
「は、はい……」
「……きれい……」
他者を魅了するようなスキルや魔法はないはずなのだが、とアーデルハイトがじっと見つめてくる姉妹に戸惑っていると、アインズからメッセージが届いた。
《アーデルハイトさん、村を襲っていた騎士達は追い払いました。今から姉妹を迎えに行って記憶操作の魔法をかけます。そちらに向かってもいいですか?》
《はい、大丈夫ですよ》
ではすぐに向かいますと返答をすると、アインズはメッセージを終了させた。
「もう少しでアインズが戻ってくるから、そのあと村に帰ろう」
「はい」
両親は、家は、村の皆は大丈夫だろうか。考えれば考えるほど不安が肥大していく。しかし、エンリはマイナス思考に陥る自分を奮い立たせた。今はネムを守り、村に帰ることが先決だ。
そのネムに視線を移せば、彼女は食い入るようにテオドールの背中から生えている翼を見つめていた。
「……このお兄ちゃん、天使?」
──ああ、そういえば私もテオドールが人間でないことを失念していた。
骸骨が動くことを当然だと思っていたアインズと同じように、アーデルハイトもまたテオドールと行動を共にしているせいか、バードマンの鳥としての外見を気にしたことがなかった。アインズをとやかく言う資格はないなと心の中で自嘲した。
テオドールは顔や体つきは人間そのものだが、耳の部分は鳥の羽が、背中には翼が生えている。それをネムは天使だと思ったらしい。
「テオドールはバードマンという種族で、残念ながら天使ではない。じゃが、護衛としての能力は儂が保証しよう。……怖いか?」
人間にとってゴブリンや他の種族は、時に脅威となる存在だ。生身では戦う力も術も持たない人間が多い。そのため、討伐の対象となることもある。
この若い姉妹も自分で戦うことが出来ないのだから、テオドールを怖がるのも無理はない。アーデルハイトがおそるおそる尋ねてみると、
「ううん、かっこいい!」
真逆の返答だった。
「羽触りたい! 触ってもいい?」
「こらネム、失礼よ」
純真無垢とはこのことだろう。ネムはテオドールの羽に触りたいらしく、注意する姉から離れて彼のそばに近寄ろうとする。
テオドールはネムに気づき、振り返る。
「アーデルハイト様、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「構わん。ぬしが良いなら触らせてやれ」
アーデルハイトの許可を頂いたテオドールは一礼して防御壁の中に入り、ネムの前に跪いた。
「どうぞ、お嬢さん」
柔らかい笑みを浮かべれば、ネムは一層嬉しがり、きゃっきゃとはしゃいでテオドールの耳や背の羽を何度も触る。
「すごーい、ふわふわしてるー!」
「テオドール様、妹がご迷惑を……」
「いえ、そのようなことはありませんよ。まだ遊びたい年頃なのですから」
怖がるどころか、慣れ親しんだ動物と触れ合うがごとく、ネムはテオドールの羽の柔らかさを堪能する。触られているテオドールもまんざらでもない様子で、ネムが少し強く羽を引っ張っても苦痛の表情を浮かべることなく、微笑ましそうにネムを見つめた。
それからしばらくするとアインズとアルベドが戻ってきて、姉妹に対して記憶操作の魔法をかけることになった。村に帰ったあと、他の村人にアインズの正体がアンデッドだと知られないように。
記憶操作(コントロール・アムネジア)は第十位階に属する。文字どおり、記憶を操作したり消去が可能となる魔法だが、短時間の記憶を弄るだけでも非常に多くのMPを消費する。一人だけでも疲れるのに、二人分ともなるとアインズの疲労感は凄まじかった。
それでも上手く記憶を書き換えることが出来たアインズは満足し、アーデルハイト達を連れて姉妹の村──カルネ村へ戻った。
* * *
アインズとアーデルハイトは村長の家へ招待された。広場からすぐのところにあり、入ると土間に似た場所が広がっていた。作業場としても充分な広さだ。隣には炊事場がある。
室内を見渡しても機械製品は見当たらない。アインズやアーデルハイトのいた現実世界では、電気で動く機械製品は当たり前で、必要不可欠なものだ。科学技術はこの世界では発展してないなと思ったところで、それは間違いかもしれないことに気づく。魔法のある世界で、科学技術がどれほど発展するというのだろう。
土間の中央には貧相なテーブルとイスが置かれ、アインズとアーデルハイトは隣同士のイスに腰かけた。
アインズが村を救ったのは情報を手に入れたいからだ。金銭的報酬を求めてはいないが、ただ情報をくれというだけではあまりにも怪しい。だからアインズは村人を救ったかわりに金をくれと伝えている。
《確かに、無償で情報だけを寄越せなんて言っても怪しまれるだけですよね》
《はい。ですので、金銭を目的としたことを話してあります》
《さすがアインズさん。もしかして、営業系の仕事をしていたんですか?》
《ええ、まあ》
メッセージでやりとりをしていると、二人の向かいに村長が座り、彼の後ろに妻が立つ。
「お待たせ致しました」
村長の体つきはがっしりとしており、重労働によって作られた肉体であることが一目でわかる。服装は粗末で薄汚れてはいるが、臭ってはいない。畑仕事に精を出していることがよくわかる。年齢は四十後半から五十前半だろうか。白髪まじりの髪と顔に現れている強い疲労のせいか、実年齢より老け込んでいるようにも見える。
村長夫人も同年代だろう。昔は美しい女性だったのだろうが、長年の畑仕事でその美しさはほとんど失われており、顔にはそばかすが浮き出ている。
「どうぞ」
村長夫人はテーブルの上にみすぼらしい器を二つ置いた。アインズとアーデルハイトの分だ。
ちなみにアルベドとテオドールは村の中を散策させているため、この家にはいない。
器には、湯気の立つ白湯が注がれている。それをアーデルハイトはありがとうと受け取り、アインズは片手を上げて断った。アンデッドで喉の渇きは覚えないし、嫉妬マスクをはずすわけにもいかない。
この世界では、湯を沸かすだけでも一苦労らしいことを、アインズとアーデルハイトは目の当たりにした。
まずは火打石を打ち合わせ、火種を作るところから始まる。小さな火種に薄く削った木片を重ねてより大きな火を作り、それをかまどに移して炎にする。白湯が出来るまで結構な時間がかかっていた。
電気を使わず手作業で炎を作りだすことに、アインズとアーデルハイトは興味を抱いた。元いた世界でもずっと昔はガスというもので煮炊きをしていたらしい。だが、それ以上に手間がかかるであろう手作業での火起こしを初めて見たことに、二人は少なからず興奮を覚えた。
この世界の火起こしが苦労だということがわかったアインズは、自分は無理だがアーデルハイトが飲めることに安堵した。夫人の苦労が無駄にならなかったからだ。
「せっかく用意して頂いたのに申し訳ない」
「と、とんでもないです。頭をお上げ下さい」
アインズが頭を軽く下げたことに夫婦揃って慌てた。先程までデス・ナイトを使役していた人物が頭を下げるとは想像もしていなかったらしい。
「頂きます」
アーデルハイトは器を口に近づけ、数回息を吹きかけて白湯を飲む。それを横目に見つつ、アインズは話を切り出した。
「さて、前置きは抜きにして、交渉を始めるとしましょうか」
「はい。ですがその前に──ありがとうございました!」
村長はテーブルに頭を打ち付けるのではと思うような勢いで下げ、後ろの夫人も同様に頭を深く下げた。
「あなた様が来て下さらなければ、村の皆が殺されておりました。感謝致します」
「お顔をお上げ下さい。先程も言いましたが、お気になさらず。私も無償で助けようと思ったわけではありません」
「承知しております。ですが、感謝だけは言わせて下さい。あなた様のおかげで、多くの村人が助かったのですから!」
放っておいたら感謝の言葉が続きそうな村長夫婦の頭を上げさせると、アインズは交渉を開始した。
単刀直入に、いくらなら支払えるかというところからスタートだ。村長が言うには銅貨三千枚らしい。だが、この世界の金銭的価値が不明のため、アインズやアーデルハイトは銅貨三千枚は枚数は多いがどれほどの額に相当するのかがわからなかった。
まずは銅貨の金銭的価値を知らなければならない。貨幣価値がわからないというのは、この先困ることになるのは明白だ。
「細かい硬貨ですと持ち運びが困難ですので、出来ればもう少しまとめて頂けないでしょうか?」
「申し訳ありません。金貨でお支払い出来ればよろしいのですが……あいにくこの村では基本的に使用しませんので……」
「ではこうしましょう。私がこの村のものを妥当な金額で買い上げます。そして支払いに使用した硬貨を私に渡して頂ければ良い」
そう言いつつ、アインズはアイテムボックスをこっそりと開き、金貨を二枚取り出した。一枚は女性の横顔が、もう一枚は男性の横顔が彫られたものだ。どちらもユグドラシルの通貨で、前者は超大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』で実装された金貨で、後者はそれ以前の金貨だ。
価値としては同じだが、思い入れの度合いが全く違う。旧硬貨はアインズがユグドラシルを始めてから所持していたものだ。アインズ・ウール・ゴウンを結成し、やがてギルドが最高潮を迎えた頃には装備はほぼ整っていたため、新硬貨はアイテムボックスに入れるだけの存在となっていた。
旧硬貨は懐かしい思い出がたくさん詰まっている。懐かしさを振り払うが、それでもアインズは旧硬貨をしまうと新硬貨を村長に差し出した。
「これで買い物をしたい場合、どの程度のものを頂けますか?」
「こ、これは……!」
金貨を出した途端、村長夫婦の目が大きく見開かれた。
「非常に……本当に非常に遠い地にて使われていた金貨です。この辺りでは使えませんか?」
「使えると思いますが……少々お待ち下さい」
断りの言葉を告げると村長は席を立ち、部屋の奥からひとつの道具を持ってきた。それは、アインズもアーデルハイトも歴史の本で見たことがある。両替天秤というものだ。
夫人が受け取った金貨を丸いものに当て、大きさを比べる。そのあとは金貨を天秤の片側に載せ、もう片側におもりを載せる。おそらくこの国の金貨の大きさとの比較で、次が含有量のチェックだろう。
天秤の皿は金貨が沈み、おもりが上がった。夫人は再びおもりを片側に載せ、金貨と釣り合わせた。
「交金貨二枚分ぐらいの重さですから……あの、表面を少し削っても……?」
「お、お前、失礼なことを言うな! 本当に申し訳ありません、妻が失礼なことを……」
村を救ってくれた恩人に対してとんだ失礼だ、と村長の顔が青ざめるが、アインズは特に不快さも怒りもない。
アーデルハイトに至っては苦笑を浮かべる。
「表面加工をしていると思われたんですね」
「構いませんよ。場合によっては潰して頂いても結構です。ただし、中身が完全に金だった場合はその価値で買い取って貰いたい」
「いえ、申し訳ありません」
「お気になさらず。取引をしようとするならば当然のことです。それで、その金貨を見てどうでしたか? 美術品のような彫り物でしょう?」
「はい、本当に綺麗です。どちらの国のものなんですか?」
「今は無き……そう、無くなってしまった国のものです」
感慨深いというような声でアインズが答えると、夫婦は金貨の出どころについてもう尋ねることはしなかった。アインズの様子を見て、それ以上触れてはいけないと感じ取ったのだろう。
「コウキンカ二枚ということですが、その価値も合わせればもう少し上の評価をして頂いてもよろしいかと思います。どうでしょうか?」
「確かにそうかもしれません。ただ、私達は商人ではありませんので、美術的な価値まではあまり……」
「ははは、まあそれは確かにそうですね。ではこの金貨で買い物をした場合、コウキンカ二枚相当ということでよろしいですね?」
アインズが軽く笑うと、夫婦は顔を見合わせて首を縦に振る。
「では、実はこの硬貨はまだ何枚かあるのですが、どの程度の物資を売って頂けますか? 当然、正当な金額での取引を望んでおります。街での価格と同じにして頂いて結構。もちろん納得のいくまで調べて下さい」
「アインズ・ウール・ゴウン様!」
村長が突然声をあげた。どうしたのかと見てみれば、今までで一番硬く、迫力のある表情だった。
「アインズで結構ですよ」
「で、ではアインズ様……アインズ様がおっしゃりたいことは充分に理解しております」
アインズはもちろん、アーデルハイトも自分の頭の上に疑問符が浮かび上がる絵を想像した。きっと村長は何か勘違いをしていると思うが、彼の言いたいことの見当がつかないため、二人とも何も答えられない。
「安く見られたくないというお気持ちや、ご評判のために妥当な金銭を要求されるのもわかります。アインズ様ほどの強きお方であれば雇い入れるのに莫大な金銭を必要とするでしょう。ですから、銅貨三千枚に加えて物資をお求めということなのでしょう」
村長が何を言いたいのか理解出来ず混乱するアインズに、アーデルハイトがメッセージで話しかけてきた。
《……アインズさん……この村長さん、何だか勘違いしていませんか?》
《そうだと思います……私が金貨を提示したのは、どの程度のものが買えるかを知りたかっただけなんですが……》
アインズやアーデルハイトが口を挟めない間に、村長は話し続けた。
「ですが村で出せる金額は先程も言いましたが、銅貨三千枚が限界です。疑われても仕方ありませんが、命を助けて下さった大恩あるアインズ様には、決して隠し事などはしたくありません」
村長の表情や言葉は誠意そのもので、嘘の雰囲気は微塵も感じられない。
それから村長はさらに続ける。
アインズほどの力を持つ人物が提示した金額でご満足頂けないのは当然だろう、と。村中のお金をかき集めればまだ多くの金額を用意出来るかもしれない。しかし、今やこの村は多くの働き手を失い、提示額以上を支払うと、これからの季節を乗り越えられなくなるという。物資も同様で、人が少なくなったぶん、手が回らない畑も出る。今物資を渡してしまうと、将来的に生活が非常に厳しくなることが予測されるのだ。
「命を救って下さった恩人である方にこのようなことを申し上げるのは恥ずかしいことですが……出来ればせめて分割にして頂けないでしょうか?」
村長からの思いがけない提案に、アインズはこれはチャンスかもしれないと考えた。
「……わかりました、報酬は不要です」
「え!? な、何故?」
村長も夫人も、隣にいるアーデルハイトでさえ驚いた。
「私とアーデルハイトは、ナザリックというところで魔法を研究していたマジック・キャスターで、つい最近になって外に出てきたのです」
「そうでしたか……だからそのような格好をされているのですか」
「まあ、そんなわけです」
村長はアーデルハイトが仮面をつけていないことにわずかな疑問を抱くが、アインズの言葉に素直に納得した。
この世界のマジック・キャスターがこんな奇怪な格好をしていることが普通だとすれば、街にはどんな光景が広がっているのだろうか。
「報酬は不要だと言いましたが……」
ここで一度言葉を切り、取引相手の反応を見る。
「マジック・キャスターというものは、さまざまなものを道具にします。恐怖、知識……いわばこれらが商売道具となります。ですが、先程も言いましたが魔法の研究で引きこもっていたため、この辺りの現在の知識が少ない。ですから私達はお二人からこの近辺の情報を頂きたいのです。情報を売ったということを他人に喋らないこと──これをもって報酬の代わりとしましょう」
ただより高いものはないという言葉が示すとおり、何もいらないなんていう都合の良い話はない。金銭は不要というだけでは、少しでも鋭い人間なら違和感を抱くだろう。それなら相手に報酬を支払ったという思いを持たせれば良いのだ。たとえそれが目に見えないものであっても。
つまりこの場合、アインズに情報という商売道具を売り、対等に取引をしたと思い込ませれば、相手は疑問を感じたりはしない。取引相手も安心するだろう。
アインズの思惑どおり、村長も夫人も強く頷いた。
「わかりました、決して誰にも言いません」
良し、とアインズは机の下で握り拳を作る。隣に座るアーデルハイトの表情も安心したものになった。
《凄いですね、アインズさん。さすが営業マン!》
《あ、ありがとうございます。自分でも上手くいくか不安でしたが、成功して良かったです》
メッセージでアーデルハイトに褒められたアインズは、仮面の下で表情が変わることのない髑髏が笑顔になった気がした。
「では、いろいろと教えて頂けますか?」
村長との取引を成功させると、アインズとアーデルハイトは彼から情報を得るために話を聞くことにした。
2017/06/25
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