第9話 姉妹の保護


 朝になり、再びナザリック地下大墳墓を抜け出したアーデルハイトが気づいたのは、風に乗って届いた喧騒と血の臭いだった。

「戦でも起きたのか……?」

 アーデルハイトはテオドールを連れて外出していた。テオドールを連れていればナザリックの面々も強く反対しないことを学び、また外がどうなっているか気になっていたので、ナザリックから少し離れて周囲を見て回っていたのだ。今はちょうど森林のはずれあたりの木立の間を歩いている。
 自然豊かな森だと、折角上機嫌で散策していたのに。無遠慮に訪れた戦いの気配にアーデルハイトが眉をひそめていると、馬に跨った四人の騎士がアーデルハイト達の方へ駆けてきた。テオドールがすぐさまアーデルハイトと騎士の間に立ち、腰の剣の柄を握る。

「はは、何だ? 顔は人間だがモンスターか?」

「でも後ろの女、すげぇ美人じゃねぇか」

「妙な格好してるが……ダークエルフか?」

「へえ、じゃあエルフと同じように奴隷に出来るんじゃないか?」

 騎士達が口々に話し合い、下卑た笑いを浮かべる。低俗な発想が目立つことに、テオドールの剣の柄を握る力が増す。
 ここでテオドールに任せて騎士全員を倒すことは可能だが、少しでも情報を入手したい。アーデルハイトはテオドールにしばし待つよう告げると、騎士達の前へ歩み出た。

「まあ騎士様。身なりからしてさぞご立派な騎士団に属しているとお見受けしますが……」

 アーデルハイトが人当たりの好い声で話しかけて微笑んでみれば、騎士達は警戒することなく嬉々として威張る。

「そうだろ? 俺達は誇りあるスレイン法国の騎士なんだぜ」

「そうでしたか。ちょっと森の中で迷ってしまって……。ところで、騎士様がこんなところにいるなんて、戦でも起こったのですか?」

「そうなんだよ。この近くの村が襲われてるらしくて、俺達は助けに来たんだ」

 アーデルハイトが何も知らない風を装うと、騎士達はぺらぺらと喋ってくれた。だが、その態度があからさまに下心が丸見えで、馬から降りた一人がアーデルハイトの肩を抱き寄せる。

「あんた、行くところがないなら、俺達と一緒に来いよ」

「戦よりも楽しいことしようぜ?」

 もはやテオドールの存在は眼中にないようで、騎士達はアーデルハイトを取り囲んだ。

(やれやれ……ちょっと笑顔を見せただけなのに……)

 アーデルハイトは心の中で溜息をついて呆れた。下卑た本心が丸わかりの人間が、村を助けに来た騎士であるものか。騎士というには低俗な言動に、アーデルハイトは彼らの言葉が嘘であることをすぐに見抜いた。

「──テオドール」

 アーデルハイトが名を呼べば、そばでいつでも剣を抜けるよう構えていたテオドールが動いた。それはまるで疾風のごとき速さで、アーデルハイトになれなれしく触れている騎士を斬り捨てた。

「がは……っ」

 一瞬のうちに斬り倒された同僚を見た残りの三人は、驚いてテオドールに視線を移す。

「至高の御方に汚らわしい手で触れるな」

「き、貴様……!」

 テオドールに襲いかかろうとしたものの、騎士達の体は動かなかった。突如感じた威圧感に気圧されたような感覚だ。

「騎士と名乗る以上、もう少し礼節さを身につけるべきじゃぞ」

 スキルのプレッシャーをアーデルハイトが放った。自衛と敵の足止めのために使っていたスキルだ。使用すると馬が暴れ出し、騎乗していた騎士達を振り落として何処かに走り去っていった。プレッシャーを察知して、本能的に逃げたのだろう。

「う、動けんぞ……」

「何をした!?」

「おや、馬の方がぬしらより賢いぞ。それに、儂よりレベルが上であれば動けるはずなんじゃがな」

「こ、の……!」

「ち……くしょ……!」

「このアマ……!」

 レベルが低いと言われた騎士達は激昂した。撤退するつもりなどさらさらない騎士達に、アーデルハイトはやれやれと肩を竦める。自分よりレベルが上の相手から逃げるどころか反抗するところを見るに、実力差を見極めきれない愚か者だ。
 そこでアーデルハイトは、自分の力の程度はどれくらいなのかを知りたくなった。モモンガが石橋を叩いて渡るという考えには賛成だ。自分より強者がいないとは言い切れないので、何事も慎重に行うべきだろう。
 さて、どの魔法を使おうか。相手は騎士なので魔法への耐性は低いだろう。いきなり第十位階の魔法を使ってみようかとも思ったが少しランクを下げ、第七位階を使うことにした。
 周囲は森。燃え広がってはいけないので、火炎系の魔法は使いたくない。なおかつ相手に確実なダメージを与える必要がある。
 数ある魔法の中でアーデルハイトが選んだものは──

「チェイン・ドラゴン・ライトニング」

 アーデルハイトの両腕に稲妻が宿り、どんどん大きくなっていく。やがて騎士達に伸びる稲妻は、さながら龍のようだ。相手にヒットしたあともしばらくは帯電し、継続的なダメージを与える魔法だ。さらに近くにいる敵も巻き込んで攻撃するため集団の敵には効果的である。
 騎士達は絶叫を上げながら絶命し、炭化した。

「お見事です、アーデルハイト様」

 テオドールの賞賛の言葉に、アーデルハイトはありがとうと返答する。
 それにしても第七位階の魔法で簡単に死んでしまうとは。これはもしかすると、まだ低い位階の魔法でも効果があるかもしれない。
 もう少し魔法を試してみたいと思った時、テオドールが別の方向に顔を向けた。

「どうした、テオドール?」

「……どうやらモモンガ様とアルベドが近くにいるようです」

「あの二人が……?」

 モモンガはともかく、アルベドもナザリックを出ているのは珍しい。何をしているのかが気になったアーデルハイトは、テオドールと一緒にモモンガ達のところへ行くことにした。

 * * *

 木々の間を通り抜けてモモンガとアルベドがいるという場所へ向かってみれば、見慣れた黒マントの骸骨と、初めて見る黒いフルプレートの女戦士の姿が見えた。先程テオドールがモモンガと一緒にいるのはアルベドと言っていたので、女戦士は彼女なのだろう。
 その二人のそばには人間の姉妹がへたりこみ、姉の背は血で染まっていた。そんな負傷して無抵抗な相手に、アルベドがバルディッシュを振り上げる。

「アルベド、やめんか!」

 アーデルハイトは声を張り上げてアルベドを制止させた。

「ぬしら、年端も行かぬ無抵抗な娘を殺すつもりか!?」

 姉妹の前に立ち、彼女らを守るようにモモンガとアルベドと対峙する。

「おそれながらアーデルハイト様、その下等生物は至高の御方の温情によって下賜されようとした薬を拒んだんのです! それだけで万死に値します!」

「だから待てと言っただろう、アルベド。物事には順番というものがある」

 やや焦りながら、モモンガがアルベドに武器を下げろと言えば、彼女は素直にバルディッシュを下げる。

「アーデルハイト、私達は何もこの人間を殺すつもりはない。ただ助けに来たのだ」

「む、そうじゃったのか……早とちりをしてすまぬ」

 アーデルハイトがきょとんとした顔でモモンガに謝った。
 今の場面だけ見れば、アルベドが姉妹を殺そうとしているように映ってしまうのは無理もない。モモンガは特に気にするでもなく、構わないと返事をした。

「危険なものではない、これは治癒の薬だ。早く飲め」

 モモンガは少し優しいトーンで姉妹に話しかけ、赤い色のポーションを差し出した。アーデルハイトにも見覚えがあるそれは、マイナー・ヒーリング・ポーションだった。ユグドラシルではHPを五十ポイント回復させる、最初期にプレイヤーがお世話になる下級の治癒薬だ。
 正のエネルギーによって治癒するポーションは、アンデッドには逆にダメージを与えてしまう。モモンガは使用したことはなかったが、ギルドメンバーはアンデッドばかりではなかったので、モモンガが持っていたのはその名残りだ。
 姉はすぐにポーションを受け取り、一気に飲み干した。すると、背中の傷がたちどころに治っていく。

「……嘘……」

 傷だけではなく、痛みも完全に消え去ったことに、姉が信じられないという表情で何度も自分の体を触ったりして確認している。

「痛みはなくなったか?」

「は……はい」

 頷く姉に、モモンガはあの程度の傷であればマイナー・ヒーリング・ポーションで充分だとわかった。

「お前達は魔法というものを知っているか?」

「は、はい。村に時々来られる薬師の……私の友人が魔法を使えます」

「そうか、なら話が早い。私はマジック・キャスターだ」

 モモンガはそう告げると、魔法を唱えた。

〈アンティライフ・コクーン〉
〈ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ〉

 姉妹を中心に、半径3mほどのうすい光を放つドームが展開された。

「守りの魔法をかけてやった。そこにいれば大抵は安全だ。それと、念のためにこれをくれてやろう」

 ただただ驚く姉妹の前に、モモンガは二つの角笛を放り投げる。

「ゴブリン将軍の角笛じゃな」

「吹けばゴブリンの軍勢がお前に従うべく姿を見せる。それで身を守るが良い」

 ゴブリン将軍の角笛。モモンガもアーデルハイトも使ったことがある。多少強いゴブリンを十二体、弓兵を二体、魔法使いを一体、司祭を一体、騎兵&狼を二体、指揮官を一体召喚するアイテムだ。
 軍勢というには数も少なく弱い。モモンガやアーデルハイトら100レベルにもなったプレイヤーからしてみればゴミアイテムである。そんなものを有効活用させるには今が最適だろう。
 それに、このアイテムで召喚されたゴブリン達は一定時間経過で消滅するのではなく、死亡するまで消えないので、時間稼ぎくらいにはなるはずだ。

 モモンガは歩き出した。ミラー・オブ・リモートビューイングというアイテムで、姉妹の村が騎士に襲われていたのを見たので、それを助けるために。

「あ、あの……助けて下さってありがとうございます!」

「ありがとうございますっ!」

 姉妹が目に涙を浮かべて感謝する姉妹の声に、モモンガの歩みが止まる。

「……気にするな」

「本当に、ありがとうございます! お名前は何と仰るんですか?」

 モモンガという名前は、アインズ・ウール・ゴウンというかつてのギルドの長としての名前。では、今の自分は何だ。ナザリック地下大墳墓に残された自分の名は。
 逡巡したのち、モモンガの口から出てきた名は──

「……我が名を知るが良い。我こそが、アインズ・ウール・ゴウン」

 * * *

 モモンガからアインズ・ウール・ゴウンへと名を変えた彼は、アーデルハイト達を連れて姉妹の村へ向かっていた。

「これからはアインズと呼べば良いのか?」

 アーデルハイトが尋ねれば、アインズは頷いた。

「ああ。かつての仲間達が姿を見せてくれるまで、私はこの名を背負うつもりだ」

 アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシルではその名を知らぬ者がいないほど名を馳せたギルドで、その名を背負う覚悟を決めたからだ。それに、もしも仲間達やユグドラシルプレイヤーが転移していたら彼らに届くかもしれない。そんな期待も込めて、アインズ・ウール・ゴウンを名乗るのだと言った。

「承知した。ところで、これから何処に行くのじゃ?」

「あの姉妹の村が騎士に襲われていた。それを助けに行く」

「慈悲深きアインズ様に、人間達も感謝するでしょう」

 フルプレートに身を包んだアルベドがうっとりした口調で言う。兜の下の表情が手に取るようにわかるくらい、感情のこもったものだった。
 騎士という単語に、アーデルハイトは少し前に出会った四人の男を思い出す。

「そういえばあの騎士ら、スレイン法国の者じゃった」

「スレイン法国……?」

「騎士と呼ぶには程遠い低俗な者じゃ」

 アーデルハイトの珍しく険のある言葉に、アインズは驚く。

「アーデルハイト、何かあったのか?」

「女と見れば下種な考えしか抱かぬ、そんな奴らじゃよ」

 眉間に皺を寄せて答えるアーデルハイトに、アインズはなるほどと納得した。女に対して性的欲求を満たす思考しか持っていないというのは、確かに顔をしかめたくなる。

「スレイン法国では、エルフは奴隷にしておるらしいぞ。儂を奴隷にしてやるとも──」

「至高の御方を奴隷にするなんて! やはり人間は下等生物……私が全て殺しましょう!」

 呆れるアーデルハイトを遮って、アルベドが我慢ならないと激昂した。そんな彼女を、隣に並んで歩くテオドールが静かに戒める。

「アルベド、落ち着きなさい」

「テオドール! あなた、自分の創造主を貶められたのよ? どうして涼しい顔をしていられるの!?」

「私も先程の騎士には怒りを感じています。ですが、全ての人間がそうではないでしょう」

 ユグドラシルではキャラクターの属性──カルマ値というものがあった。それはゲーム内の行為によって変動するキャラクターの善悪を数値化したものだ。
 この世界でカルマ値がどのようになっているのかは不明だが、もしかしたら性格の一部として各個人に固定されているのかもしれない。現に、中立設定のテオドールは人間への敵対心はなく、極悪設定のアルベドは人間を下等生物と罵っている。
 何にせよ、アルベドを冷静にさせるのが先だ。アーデルハイトはやや強めの口調でアルベドの名を呼ぶ。

「アルベド、落ち着くのじゃ」

「ですがアーデルハイト様……」

「ぬしが儂のために怒るのはわかるし、その気持ちは嬉しい。じゃが、テオドールの言うように、全ての人間が愚かではないことも覚えておいて欲しい」

「…………」

 アルベドはまだ何か言いたげであったが、子供を諭すようなアーデルハイトの言葉に口を閉ざした。

「……一人だけ……例外はいますので……」

 不承不承に頷くアルベドに、今はそれで良いとアーデルハイトは苦笑する。

 これまで黙っていたアインズは、アーデルハイトの説得に流石だと関心する一方、村を襲ったという騎士がスレイン法国の者だと聞いて己の至らなさを痛感した。アーデルハイトは騎士の正体を聞き出したのに、自分は魔法の実験をするだけだった。アインズ・ウール・ゴウンを背負い、慎重に動くと決めたのに、相手の正体も確認しないまま殺してしまった。
 アーデルハイトを見習うべきだ。そう反省すると、アインズは先程の姉妹の態度を思い返す。

「……ところで、あの姉妹は酷く怯えていたのだが、何故だろうか」

 うーん、と顎に手を添えて悩む。すると、アーデルハイトが小さく溜息をついた。

「ぬし、自分の顔を鏡でよく見るといい」

「……鏡?」

「人間からすれば骸骨が動いて、ましてや喋っているのじゃぞ。恐ろしさはどれほどのものかのう?」

 指摘されて、アインズは改めて気づいた。自分がアンデッドで、骨しかない体ということを。
 ユグドラシルではアンデッドは珍しいものではなかった。転移後はアンデッドになった影響からなのか、骸骨に以前のような恐怖はない。
 だから姉妹が怯えていた理由がわからなかったのかと納得したアインズは、アイテムボックスから仮面を一つ取り出した。それは顔全体を覆うもので、泣いているような怒っているような表情をしている。見た目が異様なだけで、特別な力は何もない仮面だ。
 クリスマスイブの19時から22時までの間、二時間以上ユグドラシルにインしたら強制的に送られてくるアイテムで、名前は嫉妬する者達のマスク──通称『嫉妬マスク』であった。

「それ、まだ持っていたのじゃな……」

 アーデルハイトがわずかに困惑した様子で仮面を見つめる。アーデルハイトもクリスマスイブにインはしたが、該当時間帯に二時間以上経過していなかったので貰わなかった。
 更にアインズは、イルアン・グライベルというガントレットも取り出した。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが遊びで作った外装の小手で、筋力を増大させるだけの能力しかないアイテムだ。これも装備すれば、骸骨の姿は完全に隠れた。

「邪悪な化け物から、邪悪なマジック・キャスターにレベルダウンといったところかのう?」

「まあ、これで人間を怯えさせずに会話出来るだろう。……あの姉妹には、あとで記憶を変えておかねばな」

 アインズの正体が骸骨だと他の村人に知られたら厄介だ。そうならないよう、あの姉妹には記憶操作の魔法をかける必要がある。

 守りの魔法をかけてきたとはいえ、それは射撃を防御するためのもので、魔法に関しては効果がない。村を襲った騎士達の中にマジック・キャスターがいないとも言い切れないので、もしあの姉妹が魔法で襲われていたら──
 姉妹が心配になってきたアーデルハイトは、アインズに断りを入れる。

「アインズ、悪いが儂はあの姉妹のところへ戻る。角笛があるとはいえ、やはり心配じゃ」

「そうか。わかった」

 ダークエルフは異形種ではなく人間種だ。アンデッドであるアインズは人間には虫程度の感情しか持たないが、アーデルハイトには人間への慈悲や同族意識にも似たものが残っているのだろう。
 元々カルマ値も中立のため、人間への敵意が低い影響もあるかもしれない。

「迎えに行けるようになったらメッセージで連絡を入れる。……それまでは彼女らを守ってやってくれ」

「承知した。テオドール、行こう」

「はっ」

 アーデルハイトはテオドールを呼ぶと、来た道を戻って行った。

「アーデルハイト様……下等生物相手にもお優しいなんて……」

 さすがは至高の御方、とヘルムの下で目を細めているアルベドの様子が手に取るようにわかる。
 骸骨の自分よりもアーデルハイトの方が姉妹を安心させられるだろう。アインズは心の中でよろしく頼むと言うと、アルベドを連れて村の方角へ向かった。


2017/06/10

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