第8話 星空


 モモンガとアーデルハイトは夜空を見るため外出する約束をしたのだが、転移して三日目になったにもかかわらず、二人とも外出することすら叶わなかった。
 原因は、常に後ろに控え、何処に行く時もぞろぞろついてくる儀仗兵やメイドだ。一日目は列をなしてついてくる彼らにちょっとした威圧を感じ、二日目は慣れたせいか自慢したくなり、三日目になると溜息をつきたくなった。
 至高の存在に作られた彼らにとって、モモンガやアーデルハイトは絶対の主人である。ナザリックの部屋から部屋へ移動するだけでも会う者全て深く頭を下げる光景に、二人は辟易していた。何の気なしに従者を連れ歩けるのならまだしも、支配者としての演技をし、情けない姿を見せられない。そんな神経を張り詰めた状態が続いている。

「はあぁ……」

「いらっしゃいませ、アーデルハイト様。溜息などつかれて、如何なさいました?」

 宝物殿内、向かい合わせて配置されたソファに、アーデルハイトがごろんと横たわって大きく溜息をついた。ぴしっと敬礼したパンドラズ・アクターがアーデルハイトのすぐそばに立ち、顔を覗き込む。
 いつもアーデルハイトの後ろに控えているテオドールは、今はいない。

「いや……ナザリックは精神的に疲れると思ってのう……」

 一般人として生活してきたアーデルハイトにとって、恭しく跪かれることが頻繁に起これば、気疲れで溜息をつきたくなる。
 ナザリック地下大墳墓は、モモンガとアーデルハイトの治める場所。その主人たる者がここにいて疲れるとは何故だろうか、とパンドラズ・アクターが不思議そうに考え込む。

「アーデルハイト様はこのナザリックがお嫌いですか?」

「嫌いではない。常に従者につきまとわれるのが疲れるのじゃ」

「では、テオドールがいつもそばに控えているのは?」

「テオドールは構わん」

「テオドールは良くて、他の従者は駄目なのですか?」

「何じゃろうな……テオドールは儂が作ったせいか、家族みたいな感覚なんじゃよ」

「家族、ですか……」

 はあ、とまだ理解出来ないという感じのパンドラズ・アクターに、家族の意味がわからないのかなとアーデルハイトは苦笑を浮かべる。

「家族とは、一般的には結婚や血縁によって繋がった者じゃが、テオドールはそういう分類には当てはまらんな。まあでも、テオドールは儂が作ったんじゃから家族……子供みたいなものじゃな」

 簡潔に説明してみたのだが、それでもパンドラズ・アクターはよくわからないという雰囲気だった。もっとくだけた感じで言うべきか、とアーデルハイトはうーんと悩む。

「そうじゃな……上手くは説明出来んが……簡単に言えば相手を思い、一緒にいることが当たり前で安心出来る存在……じゃろうか」

「……なるほど!」

 ようやく理解出来たのか、パンドラズ・アクターは頷くとアーデルハイトの手を両手で包む。

「では、私とアーデルハイト様も家族ですね」

「え?」

「私はいつもアーデルハイト様を想っています! 以前より毎日お会いしていました! そして安心出来る方です! ですので、私はもうあなたの家族なのですね!」

 ずいっと顔を近づけてくるパンドラズ・アクターの周囲に、キラキラ輝く何かが見えたような気がした。

「う、うーん……そういうことになる……のか……?」

 今度はアーデルハイトが曖昧は返事をすることになった。

「おお……私とアーデルハイト様が、か・ぞ・く!」

 感極まった様子でパンドラズ・アクターが天井を仰いだ。とても嬉しそうな雰囲気を醸し出していたので、アーデルハイトはそれ以上水を差すことはしなかった。
 そんなアーデルハイトを睡魔が襲う。自室のベッドで睡眠時間は足りているはずなのに、あれこれ身の回りの世話をするメイド達に慣れないためかあまり眠れた気にならない。
 ここ宝物殿は転移前から毎日通い、よく滞在していた場所でもあるためか、メイドのいない自室よりリラックス出来るのだ。
 アーデルハイトはテオドールへメッセージの魔法を飛ばす。

『テオドール、聞こえるか?』

『はい。如何なさいましたか?』

『これから少し寝る。何かあればパンドラズ・アクターにメッセージを』

『かしこまりました。お休みなさいませ』

 テオドールに寝ることを伝えると、アーデルハイトはそばにいるパンドラズ・アクターをちらりと見やる。

「……すまいながパンドラ、儂は少々寝る。テオドールから連絡が来たら起こしてくれ……」

「かしこまりました」

 パンドラズ・アクターの返事を、薄れゆく意識の中で聞いたアーデルハイトは、すぐに寝息を立て始めた。

「…………」

 アーデルハイトが寝ると静寂が訪れた。パンドラズ・アクターは何をしようかとあれこれ考える。マジック・アイテムの手入れをしようか、それともマジック・アイテムの効果を暗唱してみようか。だが結局、アーデルハイトのそばにいることにした。
 カーキ色のコートを脱ぎ、彼女にそっとかけてやる。早くもぐっすりと眠っているようで、パンドラズ・アクターが多少動いても目を覚ます様子はない。所在なさげにこのまま棒立ちしているのもどうかと思い、パンドラズ・アクターはアーデルハイトの頭のすぐ隣に座り、じっと食い入るように彼女の寝顔を見つめた。

 * * *

 第九階層にはギルドメンバーの自室がある。そのうちの一室──アーデルハイトの部屋の扉の前にテオドールが立っていた。
 主人は現在、宝物殿にいる。どうも自室を含むナザリックのどこにいてもメイド達がついてくるので、息抜きも出来ないと言って宝物殿へ逃げた。あそこであればナザリックのどことも繋がっておらず、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使わなければ行けないので避難するのに最適だろう。
 宝物殿へ行く際、「テオドールが邪魔というわけではない。たまには従者と離れて一人になりたいだけじゃ」と申し訳なさそうにつけくわえたのを思い出す。
 どうも主人は多くの従者に囲まれるのが苦手な様子だとテオドールは理解した。それはモモンガも同じらしく、二人揃って重い溜息をついているところを何度か目にした。であれば、主人が心を安らかに出来るよう配慮するのが従者の務めであろう。そう考えたテオドールは、アーデルハイトと別れて彼女の自室の前で待機していた。

(自室ですら安息することが出来ないとは……アーデルハイト様が宝物殿へお逃げになるのも無理はありません)

 メイドや儀仗兵がぞろぞろついてくるのに慣れていない主人の精神的疲労はどれほどだろうか、と今はここにいないアーデルハイトを案じる。
 コツコツという靴音が聞こえてそちらへ顔を向けると、数人のメイドがテオドールのところへやって来た。

「テオドール様。アーデルハイト様はお部屋でお休みになっていらっしゃるんですか?」

「はい。ですが、誰も部屋に入れぬようにと厳命されておりますので、入室はお控え下さい」

「そうですか、お世話出来ないのですね……」

 やや落胆した様子で、メイド達は失礼しますと言って何処かへ行った。
 アーデルハイトと別れてこうして部屋の前で待機していると、何度かメイド達がこうして部屋を訪れる。彼女らにとって主人となる至高の存在の世話をするのは当然であり、至上の喜びなのだから、彼女らを責めるわけにはいかない。
 至高の存在はモモンガとアーデルハイトの二人だけ。階層守護者達の忠誠心と同じように、メイド達が彼らの世話をしたがるのもわかる。

(パンドラズ・アクターはアーデルハイト様とも親しいですし、心配はないでしょう)

 身振りや口調が大袈裟で奇妙な感じもする領域守護者だが、主人が心を許せる相手なのだから、今は彼に任せておくべきだろう。
 主人の安寧を第一に考えねばとあれこれ思案を巡らせていると、黒いマントの人物が歩いてくるのが見えた。

「これはモモンガ様」

 テオドールが無駄のない動きで跪くと、マントの人物──モモンガが立ち止まった。

「アーデルハイトの護衛、ご苦労」

「ありがたきお言葉」

 至高なる存在からねぎらいの言葉をかけられたテオドールは頭を下げる。

「アーデルハイトにメッセージを送っているのだが応答がない。休憩中か?」

「はい」

 本来ならば自分の部屋は最も安寧を得られる場所のはずが、メイドがそばに控えているため心が休まることがない。そのため、アーデルハイトは休憩する時は宝物殿で過ごすのだという。
 モモンガにとっては黒歴史ともいえる存在がいるので休まるとは思えないが、アーデルハイトにとってはそうではないらしい。転移前に通い詰めていたこともあり、自室よりも過ごしやすいのだとか。
 モモンガはテオドールから部屋の扉へ顔を向けた。きっと彼女は自室にはおらず、宝物殿で休憩しているだろう。それならば今は起こさず、テオドールに用件を伝えることにした。

「ふむ、休憩の邪魔をしては悪いな。テオドール、アーデルハイトへ伝言を頼みたい。一時間後に地表部中央霊廟に集合するよう伝えてくれ」

「かしこまりました」

 テオドールが頭を下げて承諾したことを確認すると、モモンガは自分の部屋へ向かった。

『パンドラズ・アクター、アーデルハイト様はまだ眠っていらっしゃいますか?』

『はい。ぐっすりと』

 モモンガの姿が見えなくなると、テオドールはパンドラズ・アクターにメッセージを送って主人の状態を確かめる。

『1時間後に用事がありますので、時間が近付いてきたら起こして下さい』

『わかりました』

 了解の返答を確認したテオドールは、主人が戻ってくるのを待つことにした。

 * * *

 テオドールに連絡を受けた時刻が近くなった頃。
 パンドラズ・アクターは顔を下に向けた。アーデルハイトが膝枕状態ですやすや寝息を立てている。まだ寝顔を眺めていたかったが、用事があるのなら仕方ない。

「アーデルハイト様」

 名前を呼んでみたものの、起きる様子はない。
 パンドラズ・アクターは長い指の先でアーデルハイトの頬を優しく撫でる。

「アーデルハイト様、起きて下さい。テオドールが呼んでいます」

「……ん……」

 小さく声を漏らしたあと、アーデルハイトがゆっくり瞼を開く。

「……ぱん、どら……?」

「はい、パンドラズ・アクターです」

 まだ眠い目をごしごしこすって何度かまばたきをしたアーデルハイトは、

「……え……」

 どうしてパンドラズ・アクターの顔が真上にあるのだろうか。それに、枕とは違う感触のものが頭の下にある。改めて現状を確認してみれば、パンドラズ・アクターが膝枕をした状態だということはわかった。

「え、ええ!?」

 がばっと勢いよく上半身を起こす。

「な、何でパンドラに膝枕されてるの!?」

 衝撃が大きすぎてうっかり素が出てしまった。

「アーデルハイト様が眠っていらっしゃいましたので、おそれながらこのパンドラズ・アクター、枕となっておりました」

 一般的に膝枕というのは親密な関係の男女がやるもので、枕側になるのは女性ではなかったか。アーデルハイトは一度も膝枕なんてしたこともないし、されたこともないので、あたふたと慌てる。が、はらりとめくれたカーキ色を見てぴたりと動きが止まる。

「……パンドラのコート……?」

「風邪をひいてはいけませんので。私のコートでは役不足かもしれませんが、ないよりはよろしいかと思いまして」

 少し寝るだけだから毛布なんていらないか、と考えてのんきにソファで眠ってしまった自分の考えが至らなかったことにアーデルハイトは反省した。宝物殿は寒くはないので毛布などもいらないだろう。だが、それでも体が冷えてはいけないというパンドラズ・アクターの気遣いが嬉しく、コートをぎゅっと握る。

「ありがとう」

「とんでもない! アーデルハイト様の大切なお体なのです。この私のコートで宜しければ、何度でもお使い下さい!」

 せわしなく動いたあと、アーデルハイトの手を握るパンドラズ・アクターに、アーデルハイトは照れくささと感謝の気持ちが入り交じり、もう一度ありがとうと言った。
 コートを着てみたいと思ったが、今はテオドールに呼ばれているので、宝物殿に長居は出来ない。パンドラズ・アクターにコートを返すと、アーデルハイトは寝ていて少し乱れた髪を手ぐしで整える。

「ではまたな、パンドラ」

「いってらっしゃいませ、アーデルハイト様」

 恭しく礼をするパンドラズ・アクターの姿を確認したのち、アーデルハイトはリングで自室まで転移し、扉を開けて廊下に出た。

「テオドール、遅くなってすまぬ」

「いえ、大丈夫です」

 アーデルハイトは扉の前で待機していたテオドールを連れ、待ち合わせ場所へと転移した。

 * * *

 大きな広間にモモンガが姿を現した。その格好は普段のゴッズアイテムを着用したものではなく、全身を漆黒のフルプレートで覆い、真紅のマントをなびかせたもの。

「まだ来てない、か」

 少し前に中央霊廟で待ち合わせて外出しようと連絡した相手──アーデルハイトの姿が見えない。いや、先に時間と場所を指定したのは自分なのだから、相手より先に来て待つのは当然か、と考え直す。

 床などは磨かれた白亜の石、背後には階段が下へと続き、ナザリック地下大墳墓第一階層へ続く大きな扉がある。
 光源は正面入り口から入ってくる青白い月の光だけ。静寂という言葉が相応しい光景だ。
 その時、大きな影に気づいた。広々とした外の世界へ出るのを遮るかのように、いくつもの異形の影がある。三種類各四体、合計十二体のモンスター。憤怒、嫉妬、強欲の魔将で、デミウルゴス配下の高レベルの悪魔だ。どうして第七階層のモンスターが地表部にいるのかと疑問と警戒を感じた時、見知った姿が見えた。
 デミウルゴスだ。

「これはモモンガ様。近衛すらお連れにならずに、どうしてここにいらっしゃるのですか? それにそのお召し物……」

 見破られてしまった。
 ナザリック地下大墳墓最高の知能を持つデミウルゴスなら、正体がばれたとしても仕方がないか、とモモンガは諦めにも似た感情が生まれた。が、転移をすればデミウルゴスでなくてもばれるか、と気づいた。
 ナザリック内を自由に転移出来る者がいれば、それはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの持ち主だということ。

「いろいろ事情があってな。私が何故このような格好をしているか……それはデミウルゴスであればわかるだろう」

「……なるほど、そういうことですか」

 ──え、何が!?

 モモンガは思わず問い返したくなる衝動を抑え込んだ。
 凡人のモモンガには、英知溢れるデミウルゴスがどのような結論に至ったかはわからない。それならばせめて本音を見破られないよう平静を装うだけ。

「モモンガ様の深遠なるご意向の一端は把握出来ました。まさにこの地の支配者に相応しいご配慮でしょう。ですが、やはり供を連れずにという点は見過ごすわけには参りません。ご迷惑でしょうが、ご同行を許可して頂きたいと存じます」

「……仕方ないな。では一人だけ同行を許そう」

「私のわがままを受け入れて頂き、感謝致します」

 デミウルゴスが深々と頭を下げた時、モモンガが待ちわびた人物が現れた。

「アーデルハイト様、それにテオドール……」

 アーデルハイトはぎょっとした。地表部には本来いないはずのデミウルゴスとその配下の悪魔がずらりと並んでいるのだから。

「……なるほど。アーデルハイト様達と外出されるおつもりでしたか」

 困った主人だといった感じでデミウルゴスが呟いた。

《モ、モモンガさん、どうしてデミウルゴスや悪魔がここにいるんですか!?》

《私もわからないんです。私が来た時、既にここにいたみたいで……》

 至高の存在同士、デミウルゴスのことでメッセージを送り合いパニックになる。

「さて、行きましょうか」

 内心焦る二人をよそに、デミウルゴスは配下の悪魔にここに残るよう指示を出した。

「……とにかく、行くとしようかのう」

「そうだな……」

 先程同行を許した以上、デミウルゴスと別れることは出来ない。モモンガは諦め、デミウルゴスを含んだ三人を連れて霊廟を出ることにした。

 外は初めて見る夜空が頭上に広がっていた。
 ユグドラシルでは、ナザリック地下大墳墓のあったワールド『ヘルヘイム』は常闇と冷気の世界。いつも夜の世界で陰惨な風景が広がり、天空は重く厚い雲で覆われていた。
 現実世界は大気汚染が進み、酸素マスクなしでは外出もままならないディストピア。屋外は、一次産業など不可能なほどに荒れていた。
 そのどちらとも全く異なる光景があった。どこまでも続いている闇の中、大小様々な星が輝き、中にはオレンジや青白い色の星もある。

「……凄いな……」

 モモンガが感嘆の吐息を吐き、アイテムボックスからネックレスを取り出した。それは鳥の翼を象ったもので、首からさげて意識をペンダントへ向ければ、込められた魔法の力が解放された。

「フライ」

 重厚なフルプレートで覆われたモモンガの体がふわりと宙に浮き、速度を速めながら上昇していった。モモンガ自身はフライの魔法を習得しているが、今は使用出来る魔法の数はたったの五つで、その中にフライの魔法はない。そのため、フライの魔法が込められたアイテムを使ったのだ。

「儂らも行くぞ」

「アーデルハイト様、私は自分で飛べますのでお気遣いなく」

 そうかと了承するとアーデルハイトもフライの魔法で浮き上がり、テオドールは自らの翼ではばたき、アインズを追う。
 デミウルゴスは外見を蛙のそれに変貌させ、背中から大きな皮膜の翼を生やした半悪魔形態になり、自ら飛翔した。
 そうやって四人は上空まで上昇して停止し、ぐるりと見渡した。月や星は煌々と輝き、地上を照らしている。風が吹いて草原がまるでさざ波のようにきらめいている。天空は無数の星は、まさに宝石を散りばめたようだった。

「……綺麗……」

 本物の星空に感動したアーデルハイトが呟き、小さな雫が彼女の瞳から零れた。

「アーデルハイト様……」

「……自然とは、これほどまでに美しいのじゃな……」

 テオドールが目を細めて主人を見つめる。ナザリック地下大墳墓で宝物殿以外によく足を運んだのは第六階層だった。そこはブルー・プラネットという自然を愛する至高の存在が作った星空を見ることが出来たので、彼と同じように自然が好きなアーデルハイトがいつも空を見上げていたことを思い出す。

「星と月の明かりだけで物が見えるなんて……本当に現実の世界とは思えませんよ、ブルー・プラネットさん……」

 モモンガも感極まって、かつての仲間の名前を口にする。
 ブルー・プラネットは、自然を愛した男だ。彼は環境汚染によって失われた自然を見るために、ユグドラシルというゲームに参加した。彼が最も気合を入れて作ったのは第六階層の空。その作り込みは理想の世界を具現化したものといって良い。
 久しぶりにブルー・プラネットの蘊蓄を聞きたくなったが、残念なことに彼は今ここにいない。

「きらきらと輝いて宝石箱のようだな……」

「この世界が美しいのは、モモンガ様やアーデルハイト様の身を飾るための宝石を宿しているからに違いありません」

 デミウルゴスのお世辞に、モモンガはかつての仲間との思い出にケチをつけられたような気がして、わずかに苛立った。だが、こうして美しい世界を眺めていると、苛立ちなど消え去ってしまう。

「本当に美しい。星々が私やアーデルハイトの身を飾るため、か……」

「何だかくすぐったいのう」

 支配者の従者らしく、主人を称えるデミウルゴスの言葉に照れくささを感じたアーデルハイトが笑った。

「だが、そうかもしれんぞ、アーデルハイト。この世界に来たのは、誰も手に入れていない宝石箱を手にするためかもしれない」

 モモンガは手を伸ばし、ぐっと握り締めれば、輝く星々がこの手の中に納まったような気がした。まるで子供だなとモモンガは肩を竦める。

「この星空を毎夜眺められるのなら、儂はそれで充分じゃ……宝石よりも星の輝きの方が遙かに美しい」

 うっとりした表情でアーデルハイトが夜空を見上げる。こんなに素晴らしい輝きを見てしまえば、どんなに繊細にカッティングされた宝石よりも星の方が美しく思える。所詮宝石は人工的に作りだしたきらめきで、人の手の加えられていない自然の美しさにはかなわない。

「……いや、私やアーデルハイトだけで占領すべきものではないな。ナザリック地下大墳墓を……アインズ・ウール・ゴウンを飾るためのものかもしれないな」

「それは非常に魅力的なお言葉ですね。許可頂けるのであれば、ナザリック全軍をもって手に入れて参ります」

「この世界にどのような存在がいるかも不明な段階でか?」

 転移してまだ三日目で、外の探索も始まったばかりの未開の地であるにもかかわらず、デミウルゴスらしからぬ言葉に、モモンガは小さく笑った。

「ただ……そうだな、世界征服なんて面白いかもしれないな……」

 世界征服。まるで子供向けテレビの悪役しか口にすることのなさそうな言葉を、モモンガが何の気なしにぽつりとこぼす。
 実際、そんな簡単に世界征服出来るわけがない。征服後の統治方法、反乱分子を防ぐ治安維持方法、幾多もある国家を統一したことによって生じる大小様々な問題。そんな懸念事項を考えてみれば、世界征服するメリットは果たしてあるのだろうか。
 凡人のモモンガでも、それくらい知っている。それでもそんな悪役のセリフを口にしてしまったのは、世界が綺麗だから欲しかったというちょっとした欲望や、悪名高いアインズ・ウール・ゴウンのギルド長として望まれそうな演技だから。単に口が滑って出てきた失言でしかないのだ。
 そして──
 ウルベルト・アレイン・オードル、るし★ふぁー、ばりあぶる・たりすまん、ベルリバー。このかつての仲間四名が、「ユグドラシルの世界の一つぐらい征服しようぜ」と冗談を言っていたのを思い出したからに過ぎない。

《モモンガさん、いきなりどうしたんですか?》

 メッセージでアーデルハイトが尋ねてきた。

《いえ、昔、ギルドのみんなが言っていたのを思い出したんです。ユグドラシルの世界の一つくらい征服しよう、って話》

《本当にここでやっちゃうんですか?》

 ここはもうユグドラシルではないが、もしかして本当に世界征服を企んでいるのではとアーデルハイトが訝しむが、

《まさか! 世界征服なんてデメリットが多くて、とてもじゃないけど私が出来るはずがないですよ》

 即答でモモンガが苦笑した。
 メッセージで冗談を言い合う二人は、最も後ろに控えるデミウルゴスの蛙に似た顔に浮かんだ表情を見ていたら、そこで話を終わらせてはいなかっただろう。だが、モモンガもアーデルハイトも、テオドールすらも気づかず、デミウルゴスは驚愕の表情で二人の支配者の背中を見つめていた。

「未知の世界、か……この世界にいるのは本当に私とアーデルハイトだけなのか?」

「他のギルドメンバーも来ている可能性はあるのじゃろうか……」

 ユグドラシルではセカンドキャラを作ることは出来ないが、一度辞めた仲間が最終日だからと新しくキャラを作ってログインするケースも考えられる。もしかすると、ログアウトした時間的にも、ヘロヘロもこちらに来ているかもしれない。
 メッセージは届かなかったが、大陸が違っていたり、魔法の効果が変わったなどの可能性もある。

「アインズ・ウール・ゴウンの名が世界に轟けば……」

「……そうだとしたら、メンバーがいれば向こうから接触してくれるかもしれんのう

 モモンガの言葉にアーデルハイトが頷く。
 ユグドラシルでは、アインズ・ウール・ゴウンの名はかつて知らない者はいないほど響き渡っていた。もしもユグドラシルからこの世界に転移していれば、アインズ・ウール・ゴウンの名を聞いて何かしらの動きを見せるかもしれない。
 そんなわずかな可能性を、モモンガは試してみたいと考えていた。


 地上では、マーレがスキルで範囲拡大させたアース・サージで、範囲にして100mを超える大地がうねり、地形が変化していく。草原に突然出現したナザリック地下大墳墓を他者に発見されぬよう隠蔽するため、マーレが力を行使しているのだ。
 これからモモンガはマーレの陣中見舞いに向かうという。アーデルハイトも一緒にどうかと訊かれたが、やんわりと断った。もうしばらくの間、この星空を眺めていたい。

「モモンガ様と共にマーレのところに行かなくてよろしかったのですか?」

 テオドールが様子を伺うように尋ねてきた。

「ああ。上位者が二人揃って行っても、マーレを怖がらせてしまうじゃろうし」

 その後、星空を眺めていた二人の耳に届いたのは、女性の雄叫びのような声だった。アルベドの声に似ている気がしたが、まさかあの美女がそんな雄叫びをあげるわけがないだろう。そう結論づけ、もうしばらく星空を楽しむことにした。


2017/06/04

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