第7話 ナザリックの将来について
頭を大地に押しつけるような重圧感が消えた。
崇拝すべき主人達が去ってしばらくしたのち、誰ともなく安堵の息をつく。それをきっかけに、張り詰めていた空気が緩んだ。
最初に立ち上がったのはアルベド。彼女に続いて守護者各員も立ち上がる。
「す、すごく怖かったね、お姉ちゃん……」
「ほんと……あたし押し潰されるかと思った」
「流石はモモンガ様にアーデルハイト様。私達守護者にすらそのお力が効果を発揮するなんて……」
「至高ノ御方々デアル以上、我々ヨリ強イトハ知ッテイタガ、コレホドトハ……」
「アーデルハイト様もモモンガ様も、何と偉大で素晴らしい……」
各々がモモンガやアーデルハイトの印象を言い合った。テオドールも満足げに感嘆の息を漏らす。
守護者達を押しつけていた重圧は、モモンガが発散していた絶望のオーラというものだ。恐怖効果を有すると同時に能力ペナルティの効果を発揮する。
アーデルハイトもプレッシャーというものを放っていた。ユグドラシルでは敵を竦ませ足止めするためのものだが、彼女もモモンガと同じく混乱していた影響でうっかりプレッシャーを放っていた。
「あれが支配者としての器をお見せになられたモモンガ様とアーデルハイト様なのね」
「私達が地位を名乗るまでは、モモンガ様とアーデルハイト様は決してお持ちだった力を行使しておられませんでした。ですが、守護者としての姿を見せた瞬間から、その偉大な力を一部解放されていました」
「ツマリハ、我々ノ忠義ニ応エ、支配者トシテノオ顔ヲ見セラレタトイウコトカ」
「確実にそうでしょうね」
「あたしたちと一緒にいた時も全然オーラを発してなかったしね。モモンガ様とアーデルハイト様、すっごく優しかったんだよ。喉が渇いたかって飲み物まで出してくれて」
アウラの発言に、テオドールとマーレを除く守護者全員からピリピリとした気配が放たれる。嫉妬だ。中でも特にアルベドの嫉妬が凄まじい。それを察知したマーレが、慌てて話題をそらす。
「あ、あれがナザリック地下大墳墓の支配者として本気になったお二方なんだよね。す、凄いよね!」
「全くそのとおりよ! 私達の気持ちに応えて、絶対者たる振る舞いを取って頂けるなんて……流石は我らの造物主。至高なる四十二人の頂点。そして最後までこの地に残りし、慈悲深き君! アーデルハイト様もモモンガ様に比肩なさる女帝のごとき存在ね!」
アルベドの言葉に合わせて、守護者各員が陶然とした表情になる。ただ、マーレだけが安堵の色濃いものだ。
至高の四十二人によって生み出された者達にとって最大の喜びとは、彼らの役に立つこと。次に、相手にしてもらえること。至高の四十二人の役に立つために創造されたのだから当然であり、これに勝る喜びはない。
「では、私は先に戻ります。モモンガ様が何処に行かれたかは不明ですが、おそばに仕えるべきでしょうし」
守護者各員が感動の余韻に浸っていると、セバスが先に戻ると告げた。
「わかりました。モモンガ様に失礼がないように仕えなさい」
守護者統括としての凛としたアルベドの態度は──ここで一変した。
「セバス、モモンガ様に何かあった場合はすぐに私に報告を。私をお呼びという場合は即座に駆けつけます。他の何を放ってでも!」
火がついたようにテンションを上げるアルベドに、デミウルゴスが困ったものだと小さくため息をつく。
「ただ、寝室にお呼びという場合はそれとなくモモンガ様に時間が必要だということを伝えなさい。湯あみなどの準備が必要でしょうから。もちろんそのままでいいから来いということであれば私は全然構いません。いついかなる時に呼び出されてもお応え出来るよう、身は可能な限り清めていますし──」
「了解しました、アルベド様。あまり時間を無駄に費やした場合、おそばに仕える時間が減ってしまいます。それはモモンガ様に大変失礼かと思いますので、申し訳ありませんがこれで失礼します。では、守護者の皆様も」
ヒートアップするアルベドの言葉を遮ると、セバスは闘技場をあとにした。
「……シャルティア、やけに静かですが、どうかしましたか?」
デミウルゴスがシャルティアが押し黙っていることを不思議に思い尋ねると、彼女は未だに跪いた体勢だった。
「ドウシタノダ、シャルティア」
コキュートスに声をかけられ、ようやくシャルティアは顔を上げた。真紅の瞳はとろんと潤み、まるで夢心地のような状態だ。
「……あのお二方の凄い気配を受けてゾクゾクしてしまって……少し下着がまずいことになってありんす」
一同が静まり返った。何を言うべきか。
守護者の中でも最も歪んだ性癖を多く持ち、その中に『ネクロフィリア』と『両刀』があったことを思い出した守護者各員は、処置なしと呆れた。
「……このビッチ」
アルベドが軽蔑の言葉をシャルティアに投げかける。
「はあ? 超美形なモモンガ様とアーデルハイト様からあれほどの力の波動を……ご褒美を頂けたのよ。それで濡りんせん方が頭おかしいわ」
清純に作られたのではなく単なる不感症ではないのか、とシャルティアも反撃する。
「この大口ゴリラ!」
「ヤツメウナギ!」
シャルティアとアルベドが睨み合う。
「わたしの姿は至高の方々によって作って頂けた姿でありんす。それに対して不満は一切ないのでありんすが?」
「それはこっちも同じことだと思うけど?」
売り言葉に買い言葉。侮蔑の言葉の応酬が次第に過激になっていく中、デミウルゴスが動いた。
「あー……アウラ、女性のことは女性に任せるよ。もし何かあったら止めに入るから」
その時は教えてくれ、と足早に対立する二人から逃げる。
「ちょ……デミウルゴス、あたしに押しつける気!?」
「全ク、喧嘩スルホドノコトナノカ……」
「仲のよろしいことで」
「ボ、ボクも……」
コキュートス、テオドール、さらにはマーレもそそくさと退散する。
「個人的には結果がどうなるか、非常に興味深いところです」
「ナニガダ、デミウルゴス?」
「戦力の増強という意味でも、ナザリックの将来という意味でもね」
「ど、どういう意味ですか?」
女性陣から距離を取った男性陣は、デミウルゴスの言葉に首を傾げた。
デミウルゴスは、特にマーレに対してこの無垢な子供にオトナの知識を吹き込んで汚してやりたいというサディスティックな欲求が生まれたが、すぐにかき消した。彼は悪魔らしく残忍かつ冷酷な性格だが、それはナザリック外の存在に対してであり、至高の四十二人に生み出された者に対しては、共に忠義を捧げる大切な仲間とみなしている。
「デミウルゴス」
テオドールが穏やかに釘を刺すと、「冗談だよテオドール」とデミウルゴスは苦笑する。
「偉大なる支配者の後継はあるべきだろう? モモンガ様とアーデルハイト様は最後まで残られた。だが、いつか他の方々と同じ場所に行かれるかもしれない……その場合、我々が忠義を尽くすべきお方を残して頂ければ、と」
「えっと……そ、それはどちらかがモモンガ様のお世継ぎを? それにアーデルハイト様も……?」
「ソレハ不敬ナ考エヤモシレンゾ? ソウナラナイヨウモモンガ様トアーデルハイト様ニ忠義ヲ尽クシ、ココニ残ッテ頂ケルヨウ努力スルノガ、守護者デアリ創ラレタ者ノ責務ダ!」
「無論、理解しているとも。ただ、モモンガ様やアーデルハイト様のお世継ぎにも忠義を尽くしたくはないかね?」
「……ソレハ、憧レル……」
デミウルゴスの言葉に、コキュートスは脳内でモモンガやアーデルハイトの子供を肩に乗せた光景を思い浮かべた。それに、剣技を教えたり、敵に対して守るための剣を抜くところ、大きくなった子供に命令を受けたりするところも妄想する。
「……イヤ、素晴ラシイ! 実ニ素晴ラシイ光景ダ! 爺ハ……爺ハ……!」
爺という立場になってモモンガやアーデルハイトの子供に仕えている光景を幻視し始めたコキュートスから視線をそらしたデミウルゴスは、マーレを一瞥する。
「ナザリックの強化計画としても、私達の子供がどの程度役に立つかは興味深いところだ。どうだねマーレ、子供を作ってみないか?」
「え、え?」
「種族的にも、君はアーデルハイト様と相性が良いと思うのだが」
ダークエルフ同士なので、人間やエルフといった近親種よりも子供が出来やすいだろう。
「え……で、でも、どうやって子供を作るんですか?」
「その時が来たら教えてあげよう。テオドール、君もどうかね? 君であれば、アーデルハイト様との間に優秀な子供をもうけることが出来るかもしれない」
デミウルゴスの提案に、しかしテオドールは即座に首を横に振った。
「私はアーデルハイト様の近衛です。お守りする主人に対して、そのような考えは持つはずがありません。それに、アーデルハイト様は宝物殿の守護者以外のお相手はなさらないと思いますが」
「ほ、宝物殿の……?」
「アーデルハイト様が気に入っていらっしゃる守護者ですか。興味をそそりますね」
宝物殿守護者について、マーレもデミウルゴスも会ったこともないので詳しくは知らない。どんな人物なのか非常に気になる。
「しかし、勝手に繁殖実験をしてはモモンガ様に叱責されるかもしれないか……ナザリックの維持運営費用は完璧なバランスを保っているはずだし」
そこでデミウルゴスは、ナザリックの中ではなく外部に繁殖用の牧場を作れたら良いのだが、と考えたところで思考を切り替え、マーレの格好に注視する。
「ところでマーレ。君はどうして女性の格好をしているのかね?」
「こ、これはぶくぶく茶釜様が選んだんです。えっと……お、おとこのこって言ってましたから、ボ、ボクの性別を間違えてではないと思います」
「ふむ……ぶくぶく茶釜様の何らかのお考えの結果ということか。ならばその格好が正しいのだろうが……少年は全員そういった格好をしなくてはならないのかね?」
「え、そこまではわかりませんけど……」
マーレの性別は男なので、スカートを穿いている今の格好は実は正しいものではない。だが、崇拝すべき方の名前が出てきてしまうと、そういうものなのだと理解するしかない。もしマーレの今の格好をやめさせることが出来るとしたら、彼の主人と同格である至高の存在しかない。
(おとこのこ……正しくは『男の娘』と書くそうなのですが……)
そんなマーレとデミウルゴスのやり取りをそばで見ていたテオドールは、口に出そうか悩んでいたが、結局何も言わないことにした。自分が男の娘について詳しいわけでもなく、ただ雑談を聞いていた時に得た知識で正確なものか曖昧である。だからあえて黙っておくことにしたのだ。
「さて……コキュートス、そろそろ戻ってきたまえ」
デミウルゴスの呼びかけに、コキュートスは満足げに唸る。
「ウム、良イ光景ダッタ……アレハマサニ望ム光景ダ……」
「それは良かった。……アルベド、シャルティア、まだ喧嘩をしているのかね?」
まだ二人は喧嘩しているのかと女性陣へと顔を向ければ、アウラが疲れたような顔でため息をついた。
「喧嘩は終わったよ。今やってるのは──」
「第一妃はどちらかと言わせる問題ね」
「ナザリックの絶対なる支配者であられる方が、一人しか妃を持てないというのはあまりに奇妙な話。ただ、どちらが正妃となるかというと……」
「……非常に興味深い話だが、今度にしたまえ。それよりアルベド、命令をくれないか? これからいろいろと動かなければならないのだからね」
「そうね、そうだったわ。シャルティア、この話はまた後日……時間をかけて話し合わなくてはいけないわ」
「異存ありんせん。これほど時間をかけて話し合わなくてはなりんせんことはないでありんしょうし」
各階層守護者が再び一か所に集まる。そんな中、テオドールが離れた。
「私はそろそろアーデルハイト様のおそばに戻ります」
「わかりました。テオドール、至高なる御身をしっかりとお守りするように」
アルベドが頷くと、テオドールは闘技場を去った。
「──では、これからの計画を立案します」
シャルティアと対立していた時とは違う凛としたアルベドの声に、各階層守護者は礼をして敬意を示すが、跪きはしない。アルベドは守護者統括なので敬意は当然示すが、それは絶対のものではないからだ。
至高の存在に生み出された者達に、大きな立場の違いはない。しかし、守護者統括という地位を与えたのも至高の存在。
統括という地位に相応しいだけの敬意を示す──そういう意思の表れだ。そのことでアルベドも腹は立てない。それが最も正しい考えだと理解しているから。
「まず──」
2017/05/23
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