休憩
「……様……ウス様……」
誰かが名前を呼んでいる、とぼんやりとした意識が認識する。
「ほら、起きて下さい」
次第に眠りの淵から意識が浮上し、瞼をゆっくりと開ければ──
「クラウス様、起きないと紅茶なしですよ」
ぱっちりと目が覚めた。長い前髪の隙間からディートリンデに焦点をあてれば、彼女はわずかに眉間に皺を寄せてクラウスを見下ろしていた。自分より身長の低い彼女に見下ろされることはそうそうないな、と思いつつクラウスは椅子の背もたれに沈めていた身体を起こす。
「ん……眠っていたのか」
「居眠りするなんて、よほど疲れているんですよ。仮眠したらどうですか?」
そうした方が仕事の効率も上がります、とディートリンデが仮眠を勧めるが、クラウスはかぶりを振った。
「いや、大丈夫だ。──紅茶を頼む」
「かしこまりました」
クラウスはいつものようにパソコンでプロスフェアーの対戦を楽しんでいた。勝負がついて軽く休憩しようと椅子に身を沈めてからの記憶がない。
ゲーム終了から30分ほど経過しており、その間ディートリンデは仕事を続け、もちろんクラウスが居眠りしていたことも知っていたはず。それでもすぐに起さなかったのは、ライブラとしての活動に勤しんでいるクラウスを案じたからだろう。
ディートリンデはすぐに紅茶を淹れ、クラウスに差し出した。
「うむ、美味い」
「安心しました。昔はギルベルトさんの紅茶しかお飲みにならなかったので」
クラウス・フォン・ラインヘルツ。ラインヘルツ家の三男坊で、秘密結社ライブラの長で、執事のギルベルトの淹れた紅茶が好物である。
以前は紅茶を淹れる役目はギルベルトのみであったが、彼の指導を受けてようやくディートリンデもクラウスの口に合う紅茶を淹れることが可能となった。
「君が上達している証だよ」
「まあ。嬉しいです」
ディートリンデが微笑めば、クラウスの強面の表情が綻んだ。
「紅茶のついでに、もうしばし休憩を楽しむことにしようか」
クラウスはカップをソーサーの上に置くと、すぐそばに控えているディートリンデの手を握る。大きな手に文字どおり包まれれば、ぬくもりに安堵を覚えた。
「今だけ『オフ』になってくれないかな」
「駄目です。……でも、手を握るだけなら」
まだ日中で仕事をしている『オン』の状態だ。ディートリンデもラインヘルツ家のメイドとしての矜持を持っているため、公私を混同してはいけないと心得ている。
だが、世界の均衡を保つ活動に日夜勤しんでいるクラウスの他愛ないおねだりを断るほど無慈悲ではない。
クラウスに手を包まれたまま、ディートリンデは彼のそばから離れず時間を共有することにした。
2015/07/25