あなたと一緒なら
夏も盛りを過ぎ、終わりを迎えようとしていた頃。
「わあ、賑やかね…!」
「今日は日曜だしな」
ダンテに連れられて紫乃がやってきたのはスラム街から少し離れた街。スラム街とは違い活気があって、祝日であることも手伝ってか、道を行き交う人々が多い。
今朝、珍しく早起きしたダンテから出かけようと誘われ首を傾げた紫乃だったが、理由はすぐわかった。今日は8月31日−自分の誕生日だ。だからダンテはわざわざ早起きして出かけようと誘ってくれたのだろう。紫乃はそれを嬉しく思い、すぐに頷いた。
せっかくだから今日は少し離れた場所に行ってみようということで、二人はスラム街から離れたこの街に来た。たまにはゆっくり行くか、というダンテの言葉に賛成し電車で来たが、外の景色を見ながら目的地に向かうのがいつもとはまた違う雰囲気で、たまにはこういうのもいいかもしれない、と紫乃は思った。
「時間はたっぷりある、ゆっくり回るか」
「ええ」
自分に向かって差し出されたダンテの手にゆっくりと自分の手を重ね、紫乃は頷いた。
「いろんなお店があるのね」
「ああ、俺達の住むところとは大違いだな」
商店街の道を歩きながら、二人は辺りを見回す。食材から服、靴、雑貨ーありとあらゆる店が連なっており、どこから見ようか迷ってしまう。
「紫乃はどこか見たいところあるか?」
「そうね…」
ダンテの言葉に辺りを見回した紫乃は、ある一つの店に目を留めた。
「あそこに行ってみたいんだけど、いい?」
紫乃が指差したのは壁が赤茶色のレンガでできた小さな店。窓から見える店内はアクセサリーや髪留めがたくさん並べられている。おそらく装飾品をあつかう店なのだろう。
「紫乃が行きたいところならどこへでもついていくさ」
「ありがとう、じゃあ行きましょうか」
嬉しそうに微笑み、紫乃は店に向かって歩き出した。
「わあ、すごい…!」
「小さい店の割にけっこうあるんだな」
店に入った二人は、予想以上の品数に感嘆の声をあげる。
店内には指輪やネックレス、ブレスレットなどのアクセサリーにシュシュやバレッタなどの髪留めと、女性なら喜びそうな品物が揃えられている。もちろん紫乃も例外ではなく、目をキラキラと輝かせながら辺りを見回している。その様子にくすりと笑みを零し、ダンテは紫乃に話しかける。
「ゆっくり見て回ればいい。ほしいのがあったら買ってやるよ」
「ふふ、ありがとう。でも大丈夫よ、ほしいのがあったら自分で買うわ。その気持ちだけ受け取っておくね」
ダンテに微笑みかけると、紫乃は店内を歩き始める。その後ろをゆっくりとした足取りでダンテがついていく。
いろいろと手に取って眺めていた紫乃は、ふいにダンテに呼び止められて振り返る。
「紫乃、これなんかどうだ?」
「え、どれ?…わあ、かわいい!」
ダンテの傍に寄り、彼の指差す方へと目をやると、そこには色とりどりの花があしらわれたヘアゴムがあった。小さな花束のようになっているそれはいくつか種類があるようで、どれもかわいくて目移りしてしまう。
ふいに、ダンテがその中の一つを指差した。
「これ、紫乃に似合いそうだな」
ダンテが指差したのは、大きな白い花の横に小さな薄紫の花と淡いピンクの花が付いたもの。花を束ねるように茶色のリボンが付いており、控えめな色合いながらもかわいらしさがある。
「優しい色合いね」
「気に入ったか?」
「うん」
「じゃあ買ってやるよ」
「え、でも…」
「今日は紫乃の誕生日だからな。プレゼントだ」
そう言って笑うと、ダンテは紫乃の返事も待たずレジへと向かう。少々強引ながらもダンテなりの優しさに、紫乃はくすりと笑みを零し、ゆっくりと彼の後を追った。
あれからゆっくりと買い物を楽しみ、昼食も食べ終えた二人はまた街をぶらぶらと歩く。
「よく似合ってるな。俺の目に間違いはなかった」
「ふふ、ありがとう」
ダンテの視線の先には、先程の店で買った花のヘアゴムをつけた紫乃の姿。最初はダンテが自らの手でつけようとしたのだが、恥ずかしがった彼女が自分でつけたのだ。
「次はどこに行く?」
「うーん…特に行きたいところは決まってないし…」
紫乃が考え込んでいると、何かを見つけたのか、お、とダンテが声をあげる。
「ワゴン車か。紫乃、何か食べるか?」
ダンテが指差す先には、赤い屋根のついた小さなワゴン車。どうやらクレープを売っているようで、甘い香りがこちらまで漂っている。
「また食べるの?さっきお昼食べたばかりじゃない」
「甘いもんは別腹だ」
「もう…」
少し呆れつつも、ダンテが甘いものを好きなことを知っている紫乃は苦笑しながら言う。
「私はお腹いっぱいだからいいわ。ここで待ってるから、自分の分だけ買ってきて」
「なんだ、食べないのか?」
「そうね…じゃあ、ダンテのを一口だけもらうわ」
「わかった。ちょっと待ってろよ」
そう言い残し、ダンテはワゴン車へと向かう。ダンテがクレープを注文している後ろ姿を眺めていた紫乃は、ふいに誰かに肩を叩かれ、後ろを振り返る。
「?…っ!」
振り返った瞬間、口元を大きな手で塞がれ、紫乃は目を見開く。強い力で引きずられ、為す術もなく紫乃はその場から連れ去られた。
人通りの多い商店街から離れ、薄暗い路地へと連れ込まれた紫乃は口を塞いでいた手が離れたことでげほげほと咳込む。
「…っ、何するの!」
「何って、この状況を見れば察しがつくだろ?お嬢ちゃん」
紫乃を取り囲むように立つ、三人の男。先程のやり方といい、今の言葉といい、おそらく普段からこんなことをしているのだろう。
男達はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。
「ワゴン車の前にいたのが連れだろ?見るからに大事そうにしてたし…このお嬢ちゃんをダシにして脅せば、たんまり金取れるんじゃないか?」
「少し怪我させた方が、焦らせてもっと金取れるかもな」
「怪我させるのはもったいないだろ。こんなキレイな顔してるんだ…ちょっと遊ばせてもらおうぜ」
三人の内の一人が、紫乃の腕を掴む。不快感を覚え、紫乃が顔を背けた、その時。
「何をしてるの?」
澄んだ声が、澱んだ空気を切り裂くように辺りに響く。その声に男達が振り返り、紫乃もつられてそちらを見た。
通路の先に立っていたのは、一人の女性。薄暗い中でも目立つアイスブルーの髪に、不思議な形の白いコートを纏っている。他の人とは違う雰囲気を纏う彼女は、赤い目をした黒い大型犬を連れていた。
男の一人がその女性に近寄る。
「なんだい、お嬢ちゃん。わざわざお兄さん達と遊びに来たのかな?」
「そんなわけないでしょ。その人の声がしたから、気になって来ただけ」
目を細め、女性は気丈に返す。
「その人から手を離して。嫌がっているでしょう」
「気丈なお嬢ちゃんだな。だけど、その気丈さもいつまで持つかな」
そう言い、男は女性の頬に手を伸ばす。逃げて、と紫乃が言おうとした、次の瞬間。
「が…っ!」
「…え?」
男の呻き声に、紫乃は目を見開く。そのまま倒れた男の前には、右脚を曲げた姿の女性。どうやら、男の腹部に蹴りを入れたらしい。
二人の男の眼つきが鋭くなる。
「っのアマ…!優しくしたらつけあがりやがって…!」
「構わねえ!やっちまえ!」
そう言い放ち、男達が女性に殴りかかる。それを鮮やかな身のこなしでかわした女性は、片方の男の背中に回し蹴りを、もう片方の男の頭に踵蹴りをくらわせる。かなり強烈な蹴りだったようで、二人の男も地に倒れてしまった。
気を失った男達を背景に、手で軽く服の埃を払うと、女性は紫乃に歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「ここにいたらまたこんなことが起こるかもしれません、早く出ましょう」
紫乃の手を取ると、導くように女性は薄暗い路地から出るために歩き出した。
「そうだったんですか、せっかくの誕生日なのに災難でしたね」
「けど、お陰で助かりました。本当にありがとうございます。お茶までご馳走になってしまって…」
「ここで会ったのも何かの縁です、大した物ではないですけど、受け取ってください」
頭を下げる紫乃に、女性ーリアラは微笑む。
街の広場までやってきた二人は、リアラの買ったミルクティーを片手にベンチに座ってとりとめのない話をしていた。
先に紫乃が名を名乗ると、リアラも名を名乗り、仕事でこの街に来たのだと話してくれた。仕事までにはまだ時間があり、暇潰しに街内を回っている時にたまたま紫乃の声を聞き取ったらしい。そして今に至る、というわけだ。
「ダンテ、私のこと探し回ってるだろうなあ…」
「それほど広い街じゃないので大丈夫ですよ。きっとすぐ会えます」
そう言ってリアラが微笑んだ、その時。
「紫乃!」
遠くから聞き慣れた声がして、紫乃は顔を上げる。人混みの中からこちらに向かって走るダンテの姿が見え、紫乃は思わず立ち上がる。
「ダンテ!」
「よかった、見つかって…。怪我とかしてないか?」
「ええ、大丈夫よ」
再会できた安心感に、二人の顔が綻ぶ。二人の様子を優しい顔で見つめ、リアラは立ち上がる。
「すぐ見つかってよかったですね。じゃあ、私はこれで失礼します」
「あの、何かお礼を…」
「当然のことをしたまでです、気にしなさらないでください。いい誕生日になるといいですね、紫乃さん。じゃあ、失礼します」
ペコリと頭を下げると、リアラは足元に向かって行こっか、ケルベロス、と声をかける。ワン!と鳴いて立ち上がった犬ーケルベロスを連れて、リアラは人混みの中へと消えて行った。
あっという間に時間が流れ、暗闇の中に街の明かりが灯り始めた頃。
「わあ、きれい…!」
「いい景色だな」
二人がやってきたのは、街を一望できる高台。夜空の星々と街の明かりが合わさり、とてもきれいだった。
ポツリと、ダンテが呟く。
「今日はいろいろとあったな」
「そうね、まさかあんなことがあるとは思わなかったけど…でも、素敵な出会いもあったわ」
「あいつには感謝しなきゃな、紫乃を助けてくれたし」
「本当に…。またいつか会えるといいな」
「会えるさ、きっとな」
ダンテの言葉にそうね、と紫乃は微笑む。
「紫乃」
呼ばれた紫乃が振り返ると、ダンテは紫乃の腰に手を回し、自分の方へと引き寄せる。
紫乃を見つめ、ダンテは告げる。
「誕生日おめでとう、紫乃。…これからもよろしくな」
「ありがとう。私こそよろしくね、ダンテ」
微笑む二人の距離は自然と縮まり、お互いの唇が重なる。
この日は紫乃にとって忘れられない、大切な一日になったのだった。
▼管理人より
『雪の雫』輝月雪菜様より、当サイトのDMC夢主の誕生日祝いの夢小説を頂きました。
リクエストとして「のんびり散歩デート」な内容です。
アクセサリーや雑貨のショップ巡りって楽しいですよね。
シンプルなものからユニークなものまで、いろいろな種類があります。
作中でダンテからプレゼントされたヘアゴム…
管理人も欲しい!と思ってしまいました(笑)
雪菜様宅のDMC夢主も登場です!
戦えるかっこよくて可愛い夢主です!
そのままゲームでも使えちゃうような技名や魔具の設定もきちんとされていています。
凄い…凄いよ雪菜様…!
それにしても、うちの夢主のタイプはさらわれ系ですね。
作中でさらわれる展開になるとは…雪菜様はよく把握されてらっしゃる(笑)
さらわれる展開、実は好きです。
雪菜様、このたびはありがとうございました!
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