着て見て食べて楽しもう[2]
「ほー、ここが京都か」
「歴史ある街だな」
午後、四人は場所を移し、京都へと来ていた。若と髭は立ち並ぶ京都の町並みに感嘆の息を漏らす。
京都は町中に観光名所がいたるところに点在する。嵐山、伏見稲荷大社、二条城、龍安寺など、外国人にも人気な場所がある。その中でまず最初に選んだ場所は鹿苑寺だった。
「すっごい……本当に金ぴかだね」
「まさか建物自体が金で出来てるんじゃねぇだろうな……?」
「全部が金とかクレイジーすぎるだろ。だが、クールな建物だ」
ディーヴァ、若、髭が目を丸くして金箔が貼られた舎利殿を凝視した。
通称・金閣寺。眩いばかりの金箔が貼られた寺院だ。
火災のあった1950年当時、消失直前の舎利殿の金箔はほとんど剥げ落ちていたといわれ、修復の際に創建当時を復元しようということになり、現在の姿になった。
木造そのままの一層、金箔の貼られた二層と三層の構造をした舎利殿が金閣、その舎利殿を含む寺院全体を金閣寺という。
「おい紫乃、あれ金で出来てるのか? 金塊か?」
若がやや興奮した様子で訊ねてきた。眩い金色の建物を初めて目にしたのだ、当然の反応だろう。
「いいえ。残念だけど木造で金箔が貼られているの」
「そっか……。でも、あれだけ金ぴかな建物、他に見たことないぜ。なあ、ディーヴァ」
「そうだね。あと、庭園も凄いよね。水面に移ってるのが素敵!」
舎利殿の周囲は水をたたえた鏡湖池があり、いくつかの小さな島と奇岩名石が配されている。庭園は松の木もあり、風情ある名勝に一役買っている。
また、鏡湖池の水面には舎利殿が映っている。『逆さ金閣』と呼ばれ、まるで鏡に映したかのような美しさで有名だ。
「ね、ここで写真撮ろうよ」
ディーヴァはあらかじめ用意しておいたカメラを取り出し、若や髭、紫乃を見る。
「いいぜ。いくらでも撮ろうぜ!」
「思い出になるしな」
「そうね。私も写真撮らせて」
四人はディーヴァのカメラと紫乃のスマートフォンとで、いくつも写真を撮影した。
若とディーヴァのツーショット、髭と紫乃のツーショット。それと、四人集まっての集合写真は、近くにいた他の観光客に頼んでシャッターを押してもらう。
もちろん、どの写真にも舎利殿を背景に撮影した。
「んー、もうちょっとディーヴァにくっついた方が良かったか……」
「いや、充分くっついてたからね? くっつきすぎて少し恥ずかしかったよ」
つい先程のことを思い返した若がぽつりと呟くが、ディーヴァによって即座に突っ込まれた。
ディーヴァが関わると周りが見えなくなる若は、ツーショット撮影の時、これでもかというくらいディーヴァとくっついていた。肩ではなく腰に手を回し、自分の方へ引き寄せるようにぴったりと寄り添う姿に、周囲にいた観光客が微笑ましく眺めていた。
若は気にしていないが、ディーヴァにとっては恥ずかしく感じたのでそれを伝えるも、
「いいじゃねぇか。『ディーヴァとはこんなにもラブラブだ!』ってアピールしてんだよ」
恥ずかしいのでそんなアピールはいらないと思う反面、若の言葉が嬉しくてくすぐったい。
「おーおー、若い二人は熱いねぇ」
若とディーヴァの熱々っぷりに、髭がはやしたてる。
「何だよ、おっさんも紫乃にくっついてただろ。それに、紫乃の腰を撫でる手が何かいやらしかったぞ」
若と同じく、髭もツーショット撮影時、紫乃の腰に手を回し、彼女にくっついていた。
年齢を重ねているせいか、若よりはくっついている度合いはおとなしめであった。しかし、紫乃の腰を何度かゆるりと撫でていたところを、若は見逃さなかった。
「紫乃の腰周りは最高なんだよ」
「腰とか尻が好きな奴っておっさんに多いんだぞ。あ、実際おっさんだし問題ないか」
「うるせぇ。将来お前も同じようになるんだ。そう言っていられるのも今のうちだな」
「どうだか。俺はやっぱ胸だな。ディーヴァのバストは見るだけで涎が出る」
「ディーヴァには負けちまうが、紫乃のバストは均整がとれてて綺麗だぞ」
若と髭が言葉の応酬をしている。
そろそろ止めないといけないな、とディーヴァと紫乃が思っていると、彼らの話が変な方向へ曲がり始めた。両名とも『ダンテ』なのだから、自分の欲望──特に『下』関係の話題になるとさらに饒舌になる傾向がある。これ以上放っておけば、ヒートアップすることは想像に難くない。
「そこの二人、そろそろやめないと置いて行っちゃうよ?」
「まだ続けるなら……そうね、今晩の夕食にオリーブ入れようかしら?」
ディーヴァと紫乃の制止の声に、ようやく若と髭は言葉の応酬をやめた。
「あ、いや、すまん。置いていかないでくれ」
「悪い、調子に乗った」
恋人を大事に想うダンテだが、その恋人に冷たくあしらわれたり嫌いなものを提示されると途端に弱くなる。若と髭は謝ると、ディーヴァと紫乃と並んで金閣寺を周遊した。
* * *
金閣寺を出たあと、四人は清水寺へ向かった。階段をのぼっていけば一対の狛犬が一行を出迎える。
「ん、これ悪魔か?」
狛犬と対面して見上げる若に、紫乃が答えた。
「ううん、その逆。守護獣──つまり、魔除けの存在として設置しているの」
「魔除けなのに、こんなにいかつい顔してるのか。変わってるな」
いや、むしろいかつい表情だからこそ、魔除けの存在として設置されているのかもしれない。
若はじっくりと狛犬を見つめたあと、次に行こうぜと三人を促した。
「何だかあたしよりもダンテが一番楽しんでない?」
ディーヴァが苦笑すると、紫乃と髭も笑った。
先へ進んで行けば清水寺の本堂が見えてきた。清水寺は、平安京遷都以前からの歴史を持つ寺院のひとつで、最も大きな本堂は国宝に指定されている。
「わ、高いねここ!」
「すげぇ高いぜ! テメンニグルには負けるけどな!」
ディーヴァと若が本堂を支える『舞台』というせり出し部分の下を覗き込む。
「テメンニグル?」
「昔、ちと高い塔が出来てね」
唯一テメンニグルのことを知らない紫乃が訊き返せば、髭がまた今度話してやるよと答える。
「そうそう、日本には『清水の舞台から飛び降りる』って言葉があるのよ。どういう意味か知ってる?」
「清水ってここだよな?」
「ここから飛び降りる、か……」
若と髭が考え込むが答えは出せなかったが、ディーヴァが答えを口にする。
「うーんと……確か、思いきって物事を決断する時に使う言葉だよね?」
「ええ、そうよ」
「さっすがディーヴァ、頭いいな」
若が褒めると、ディーヴァがやや照れくさそうに笑顔を見せた。
「けど、俺達は飛び降りても何ともないから、その言葉は当てはまらないな」
「はは、全くだなおっさん。俺達には無関係な言葉だ」
半分悪魔の血が流れている二人のダンテは、その身を貫かれてもすぐに傷が治る。普通の人間とかけ離れすぎた身体能力を持っている彼らには、この舞台の高さなんてどうということはないのだ。
「それにしても、今立ってるところって釘使ってないんだよね? 木だけで作っちゃうなんて凄いよねぇ」
ディーヴァは自分が立っている舞台をまじまじと見下ろす。
釘を使用せず、長く大きな木だけを使用する構造を懸造(かけづくり)または舞台造という。
「こんなに高さがあるっていうのに、木だけで作ったのか!?」
「……みたいだな。木が組んであって、釘を使ってないってのは本当らしい」
若は釘を使っていないことに驚き、髭は再度舞台の下を覗き込んだ。確かに、釘が使われている形跡は見当たらない。
金閣寺といい清水寺といい、日本ってクレイジーだな、と呟く若を連れて、紫乃は三人を連れて境内を進んだ。
途中、恋占いの石があったが、観光客が多かったせいで近くに寄れなかった。恋占いの石とは、地主神社の本殿前にある二つの守護石のことである。
片方の石からもう片方の石へ目を閉じたまま歩き、無事辿り着くことが出来れば恋の願いが叶うと伝えられている。一度で辿り着ければ恋の成就が早く、二度三度となれば恋の成就は遅れるといわれ、人にアドバイスを受けて辿り着ければ人の助けを借りて恋が成就するという。
そんな願掛けの石にダンテ二人は、
「俺にはディーヴァがいるんだから、そんな石で占う必要ねぇな」
「俺も紫乃と一緒になってるし、占わなくていいぜ」
と、それぞれ述べる。
ディーヴァと紫乃は、ダンテと出会わず恋人がいなければこの石で願掛けをしていただろう、と思い、緑豊かな木々を楽しみながら清水寺を出た。
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