着て見て食べて楽しもう[1]


 週末の秋空は晴れ渡り、気持ちの良い青空が広がっている。

「うおおお! 紫乃の実家は広いな!」

「そんなにはしゃいじまって……さすが若い俺」

 日本の紫乃の実家で、若──二十歳手前のダンテがはしゃぎ、髭──三十代のダンテが苦笑した。

「もう。ダンテったら落ち着きないんだから……こっちが恥ずかしいじゃん」

「いいのよディーヴァちゃん。気にしないで」

 若と付き添って日本にやって来たディーヴァは連れの態度に呆れ、彼らを招いた紫乃は安心してと破顔する。

 今日は九月二十九日──ディーヴァの誕生日である。そのことを知った紫乃が誕生日プレゼントとして、日本での観光を提案したことがきっかけで、ディーヴァと若を自分達の世界の日本へ招待した。

「んで、何処に行くんだっけ?」

 部屋や庭を物珍しそうに見て回っていた若が本来の目的を思い出したようで、ディーヴァの隣へ戻ってきた。

「えっと、まずは秋葉原とかに行きましょう。お昼食べたあとは京都ね」

 紫乃がおおざっぱに説明すると、若は聞いたことのある地名に反応した。

「アキバ! 聞いたことあるぜ。可愛い女の子がメイドの格好してるんだよな。『お帰りなさいませ、ご主人様』って言ってくれるんだぜ」

 日本へ来る前、行き先を聞いた時に調べたのが、秋葉原にはメイドの格好をした若い女の子がいるカフェがあること。

「ついこの間まで何も知らなかったのに……何処でそんな情報仕入れてきたのよ」

 ディーヴァがやはり呆れたまま呟けば、若は誇らしげに胸を張った。

「俺だって本気になればこんなもんだ」

 その本気を頭脳方面にまわしてくれるとありがたいんだけど。ディーヴァはかなうはずもない願いを願わずにはいられなかった。

「若い時のダンテってこういう感じだったのね」

「……否定はしない」

 若とディーヴァのやり取りを見ていた紫乃が賑やかねと笑えば、髭は苦笑いして視線を紫乃からそらした。

「さあ、そろそろ行きましょう」

 ディーヴァにメイド服がどういうものか熱弁している若を遮るように、紫乃は『ゲート』を開いた。

 * * *

 日本の首都・東京。その中にある千代田区の秋葉原駅周辺一帯を秋葉原──通称アキバという。
 元を辿れば、日本の高度経済成長時、電子機器を主として発展した地域であった。電気街は次第にレコードやCDの専門店が増え、さらにホビーショップやアニメショップも軒を連ねていった。
 そうして現在の秋葉原が形成されたのである。
 週末ということもあり、秋葉原は人だらけ。流石の若も驚いたのか、口をあんぐりと開けて立ち尽くしている。

「わあ、話に聞いたことはあるけど、本当に多いんだね……」

 若と同じくディーヴァも人の数に圧倒され、キョロキョロと辺りを見渡す。

「ディーヴァちゃんは何処が見たい?」

 今日はディーヴァの誕生日であり、主役だ。希望はないかと紫乃が訊けば、ディーヴァは迷うことなく告げた。

「メイドさんが見たい!」

 メイドが見たいと答えたのは、断じて若のためではない。メイドの格好が可愛くて、それを見たいからだ。
 それなのに、先程から若がにやにやと自分に視線を投げていることに、ディーヴァは若干居心地の悪さを感じていた。

「ダンテ、にやにやして気持ち悪い」

 ずっと若の隣にいたディーヴァであったが、下心が丸見えの若から逃げるように紫乃の隣へ移動する。

「ま、こいつがニヤける気持ちはわからんでもないな」

 若が落ち着きがない分、髭がおとなしいなと感じていた紫乃だった。
けれど、二人とも『ダンテ』なのだ、結局は考えていることは同じである。

「恋人がメイドのコスプレをしてるのを想像するだけでも興奮するってのに、それをどう弄ってやろうかと考えるとさらに興奮する」

「……ずっと黙ってると思ってたら、そんなこと考えてたのね」

 紫乃は少々呆れつつ、髭をねめつける。
 男性側と女性側で完全に意見がわかれた瞬間だ。

「コスプレか……なあ紫乃、メイド服を実際に着ることが出来るところってないのか?」

 これだけサブカルチャーを取り扱っている店舗が立ち並んでいるのだ。コスプレが出来る店舗だってひとつやふたつくらいあるかもしれない。
 そう考えた若が訊けば、紫乃はスマートフォンでコスプレ可能な店舗の検索を始めた。キーワード検索の結果、若の予想どおり、コスプレ衣装のレンタルが可能な店舗が複数表示された。
 スマートフォンの画面を、ディーヴァと若と髭が覗き込む。どの店舗もレンタル衣装の画像や種類を掲載している。

「んー、ただコスプレするだけじゃなくて、写真撮影もOKなところはどうだ?」

 店舗のサイトの閲覧を進めている途中、髭が『写真撮影』という、さらなるキーワードを提言した。
 そのキーワードも含めて再度検索を行えば、

「お、あったな」

 衣装レンタルの店舗より数は少ないが、衣装の着用と写真撮影が可能な店舗のサイトがヒットした。衣装の画像や種類、他に料金などを確認する。場所も現在いる場所からそう離れていない。

「よし、ここに行こうぜ」

 髭が行きたいと伝えれば、若も同意見らしく頷いている。
 ディーヴァを見てみれば、やや気後れしている様子でスマートフォンの画面とにらめっこをしていた。

「ディーヴァ、実はメイド服着てみたいんじゃねぇか?」

「う……ま、まあ、ちょっとは……」

「んじゃ決まりだな」

 何だかダンテの煩悩を満たすようであまり気は進まないが、正直なところ、ディーヴァはメイド服を見るだけではなく着てみたかった。あのフリルのついたエプロンが可愛いのだ。
 隣の紫乃をちらりと見れば、彼女もわりと乗り気らしく、行きましょうと誘ってくる。

「うん、じゃあ行く」

 それから四人はコスプレと写真撮影可の店舗に向かい、紫乃とディーヴァは店内で複数用意されている好みのメイド服を着用した。
 紫乃は一般的な紺色の、ディーヴァは爽やかなミントグリーンのものだ。どちらもミニスカートなので、脚にはオーバーニーソックスを。頭にはレースのカチューシャも着用すれば、可愛らしいメイドの完成である。

「おっさん……俺、メイド服舐めてたわ……」

「俺もだ……素足もいいが、あのソックスいいな……」

「だよな……ソックスとスカートの間に少しだけ見える素肌が何とも……」

「それって名前付いてると思うんだが、何ていうんだろうな……」

 男性二人は、メイドのコスプレをした女性二人をまじまじと見つめる。
 元から可愛いデザインのメイド服を恋人が着たらさらに可愛いだろうなと思っていたが、予想を上回る威力に、若と髭は女性二人に釘付けとなった。

「ディーヴァちゃん、絶対領域のこと、あの二人に教えちゃ駄目だと思う」

「うん、私も同意見」

 紫乃とディーヴァはダンテ達に聞こえないよう極めて小さな声で話した。
 もし彼らが絶対領域の名前を知ってしまえば、今後ミニスカートとオーバーニーソックスの格好を──つまり、絶対領域を見せてくれとせがまれるに違いない。

 それにしても、ディーヴァは胸が大きい。店舗側で用意しているメイド服は数だけでなく、サイズも複数取り揃えている。その中でディーヴァのバストサイズに合う衣装は数えるほどしかなく、その中でちょうど良いサイズがミントグリーンのメイド服だった。
 それでも服のサイズがぎりぎりなので、ディーヴァの胸の部分だけ布地がぱつんぱつんになっている。そんな彼女の格好を見た若は、ディーヴァはやっぱ胸でけぇな、と鼻の下を伸ばしている。
 ──胸囲の格差、ここにあり。

 その後、若と髭の目がコスプレ姿に釘付け状態のまま、写真撮影は行われた。いくつかのポーズをとり、その中から気に入ったポーズを選ぶ。
 写真として印刷する間、紫乃とディーヴァは着替えのため、更衣室へ入った。

「紫乃さん、コスプレも案外楽しいね」

「そうね、ディーヴァちゃん」

 更衣室でメイド服を脱ぎ、自分の服に着替えていたのだが、紫乃は意識しなくても自然と目が行く部分があった。

(……大きいなぁ……)

 それはディーヴァの胸だった。自分よりも年下で、しかもサイズが大きいとなれば、どうしてもそちらに目が行ってしまう。
 紫乃のバストサイズは平均サイズ。小さくもないが大きくもない。谷間はあるが、豊満なサイズに比べればやはり深さが足りないように感じる。

「紫乃さん、どうしたの?」

「え、あ、いやその……大きいな、って……」

 ちょうどメイド服を脱いで下着姿になった二人はお互いの胸を見る。

「やっぱり男の人って大きい方が喜ぶ……よね……」

 普段はそれほど気にしていないが、実際大きなサイズの人と並んでみると、どうしても自分のものと比較してしまう。紫乃が恥ずかしそうに呟くと、ディーヴァはまず若の態度を思い出す。

「うーん……うちのダンテで言えばそうだと思う」

 あの若ならディーヴァの豊かな胸を前にして正常でいられるはずがないと予想する一方、やはり男性は大きなサイズに惹かれるのだと改めて実感した。

「でも、大きいと困ることもあるんだよ。新しく服を買う時なんか、胸がきついと諦めちゃうことがあるもん」

 女性ならば可愛いデザインの服でサイズが合えば購入したい。しかし、身体のサイズが合っていても胸囲が合わなければ胸がきつい。実際、メイド服を着た時、ディーヴァは胸がちょっときついなぁ、と漏らしていた。

「それに、大きすぎてもダンテが調子に乗りすぎて逆に困っちゃう」

 ディーヴァが苦笑すると、紫乃は一理あると同感した。煩悩を隠そうとしないダンテがどんな行動を取るか簡単に想像出来る。紫乃はそれを頭の中で思い浮かべると笑った。

「あはは、若なら暴走しちゃいそうね」

 あれこれ言ってもバストサイズには個人個人差があるのだ。変に落ち込んでいても仕方ない。紫乃は気持ちを切り替え、自分の服に着替え終わるとディーヴァと更衣室を出た。
その後、完成した写真を受け取り、四人は店舗をあとにした。

 * * *

「あー、腹減った。そろそろ飯にしようぜ」

「うん、あたしもお腹空いてきちゃった」

 若とディーヴァが揃って空腹を訴えてきたので、一行は昼食を取ることにした。
 食べ物の好みは人それぞれ。最初はディーヴァ好みのチーズ料理が楽しめるところを、と考えていたのだが、せっかく日本へ観光に来てくれたのなら、日本の食べ物を味わって欲しい。
 紫乃は本日の主役であるディーヴァに訊ねる。

「ディーヴァちゃん、何か食べたいものはある?」

「んー……チーズ! って言いたいところだけど、今日は日本のものが食べたいな」

「日本人が考えた独自のピザとか?」

「ピザだから日本の食べ物じゃないよね」

 若が抜け目なく好物のピザを提案するが、ディーヴァが即座に却下した。

「あー、紫乃。あれはどうだ?」

 一方、何かを考えていた髭があることを思い出した。

「ほら、前に事務所で紫乃が食べてただろ。小麦粉や卵を具と混ぜて焼いて、ソースを塗ったやつ」

 少し前、ダンテが珍しく昼時に起きると美味しそうな匂いがしたのでダイニングへ行ってみれば、紫乃が一人で昼食を取っていた。それは平べったく丸い形をして、黒っぽいソースらしきものを塗り、マヨネーズをかけたもの。
 ダンテが見たことない食べ物だと言えば、紫乃が日本では有名な料理だと教えてくれた。「食べてみる?」と勧められたので一口頂くと、ソースとマヨネーズが見事に融合し、野菜が多めであったが美味しかった記憶がある。

「ああ、お好み焼きのこと?」

「それだ。お好み焼きなら自分が好きな具を入れることが出来るんじゃねぇか? ディーヴァがチーズが好きなら、チーズを入れて楽しめる」

「そうね。ディーヴァちゃん、お好み焼きはどう?」

「うん、それ食べたい!」

 ディーヴァの希望により、昼食はお好み焼きとなり、四人はお好み焼き店に入る。
 テーブル席に案内されると、若と髭は椅子を引いてディーヴァと紫乃を先に座らせた。アメリカではレディファーストは当たり前なマナーであるが、日本ではそういった習慣はないので、周囲の客がちらちらと珍しそうに見てくる。ディーヴァと紫乃はそれが気恥ずかしくもあり、ほんの少しだけ優越感を抱いた。
 席についたあとはメニューに目を通す。若と髭は日本語がわからないので、ディーヴァと紫乃に説明してもらいながら注文を済ませた。
 やがてステンレスのボウルに入った材料がテーブルに運ばれてくると、四人は材料を混ぜる。

「写真見ると、お好み焼きってピザみたいなもんか?」

「ピザとは味は全然違うけど、まあそんな感じかな」

 若が首を傾げると、紫乃が苦笑する。
 まずは若と髭の混ぜ終えた生地をテーブルの中央の鉄板に丸く形成し、焼き始めれば、音と匂いが胃を刺激してきた。
 基本となる具材とは別に追加のトッピングもあったので、ディーヴァはチーズ、紫乃はシーフード、若と髭は肉を主とした具材を入れた。

「にしてもディーヴァ、お前チーズ二つ分も入れて大丈夫か?」

 ディーヴァはチーズを追加で入れた。通常ならトッピングとして一つ分を入れるところ、ディーヴァは二つ分入れたのだ。元々カロリーの高いチーズを二つ分も入れてしまうと、食べたあとが怖い。
 それを考えて若が訊ねたはいいものの、性格ゆえか冗談めかして言うので心配しているようには聞こえず、ディーヴァは少し頬を膨らませて言い返す。

「いいの! 今日は好きなものを食べるんだから!」

 そうやって四人が談笑しているとお好み焼きが焼けた。表面にソースを塗り、マヨネーズをかけ、鰹節など好みのものをふりかければ完成だ。それを鉄板の上で食べやすい大きさに切り、自分の皿へ移して食べる。
 だが──

「なあ、フォークってないのか?」

「箸じゃちょっと食べにくいな」

 若と髭は箸を扱い慣れていないせいか、フォークを所望した。確かに箸では二人は食べるのも一苦労だろう。

「うーん、フォークはないと思うけど……」

「あ、俺いいこと思いついた。紫乃が食べさせてくれよ」

「え」

「それなら俺も食べられる」

 我ながらナイスアイデアだ、と自画自賛する髭に、若が賛同した。

「おっさん、それいいな! ディーヴァ、俺も箸使えねぇから食べさせてくれ」

「えー?」

「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇだろ」

 確かに減るものではない。逆に、羞恥心で恥ずかしい思い出が増えてしまう。
 若はディーヴァに、髭は紫乃に食べさせて欲しいと迫る。慣れていないどころか、使ったこともない箸で上手く食事が出来るとは思えない。
 しばらく悩んだのち、ディーヴァと紫乃は諦めて軽く溜息をついた。

「……わかったよ、食べさせてあげるから」

「……仕方ないわね」

 日本食ということは箸を使うということ。何となく予想はしていたが、まさか堂々と食べさせてくれとお願いしてくるとは。
 いや、そういうところがダンテらしいともいえる。
 ディーヴァと紫乃は焼けた生地を箸で摘むと、隣に座る若と髭それぞれに差し出した。それを口に含み、租借する。
 最初の一口を味わった二人は、

「美味いな、これ!」

「お好み焼きは二度目だが、店で食べるのもいいな」

 ディーヴァと紫乃はダンテ達が食べている間、開いた部分で自分達のお好み焼きの生地を焼こうと思っていたのだが、

「って、俺達だけ食ってるのも悪いな。ディーヴァ、食っていいぞ」

「すまねぇな、紫乃。お好み焼きに夢中でつい。紫乃も食え」

 珍しい食べ物を目の前にしてうっかりレディファーストを失念していたことに、若と髭は自分のお好み焼きを食べるよう勧めた。

「いいの? じゃあ、貰うね」

「お言葉に甘えて頂くわ」

 それからディーヴァと紫乃の分の生地も焼けると、四人はそれぞれのお好み焼きの味を楽しんだ。
 若と髭の肉が多めのお好み焼き、ディーヴァのチーズたっぷりなお好み焼き、紫乃のシーフードのお好み焼き。ベースは同じなのに、入れる具材によって様々な味が楽しめる日本食を、四人はしっかりと堪能して昼食を済ませた。




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