Tea party beyond the world[4]
紫乃とディーヴァがお茶会をしているリビングの隣にあるダイニングルーム。その食卓の椅子に、二人のダンテは腰掛けていた。お茶会は女子のみだからと言って参加を断られたのだ。
「あー……何が悲しくて野郎と二人っきりにならないといけねぇんだよ……」
「そんなこと言うなよ、若い俺」
「うっせ、おっさん」
「おっさんって言うな。お前もあと十数年すればおっさんの仲間入りだ」
椅子にふんぞり返った若が、クッキーをボリボリかじりながら悪態をついた。そんな若を、髭は特に怒りもせずに紅茶を飲みながら眺める。
クッキーは女性陣が用意したものだ。お茶会に参加させてもらえないのなら、せめてお菓子を分けてくれとダンテ両名が申し出たのである。おかげで、お茶会が終わるまで退屈しそうにない。
いや、男と──それも同じ『ダンテ』と一緒に過ごさねばならないことに、若は不満を抱いていた。反面、髭は若といることを気にした様子もなくクッキーを食べている。
「ん。美味い」
「……なあ、お前、本当に『俺』だよな?」
「だろうな。『ダンテ』だし」
そう答えると若はしばし考え込んだ。
「どうした?」
「いや……パラレルワールドっつったか? 並行した世界なら、何で俺同士の年齢が違うんだ? それに、相手の女も」
疑問に思ったことを素直に口にすると、髭も「それもそうだな」と頷いた。
パラレルワールド。並行世界と称されるのであれば、同じ人物は同じ年齢、同じ人間関係であるのが普通だろう。それなのに、同じ人物なのに年齢は違うし、恋人も全く違う。おかしなことに首を傾げつつも、髭は思い悩むこともなく、
「ま、不思議なことは何処にでも転がってるもんだ」
と言った。
「それより、二人がどんな会話してるか気にならねぇか?」
髭は紅茶の残っているティーカップを右手に持つと、空いた左手で椅子を持ち上げて壁際に移動した。その壁を一枚隔てた向こう側は、女性二人がお茶会を開いているリビングだ。
「……おっさんもなかなか面白いこと言うじゃねぇか」
若はにやりと笑うと、自分もティーカップと椅子を持って壁際に移動する。ついでにクッキーを載せた皿も持ってくる。
リビングとダイニングを隔てる壁は、幸いにも分厚くもなく防音対策もされていない。そのため、耳をすませば壁の向こうの音声なんて簡単に聞こえてしまう。悪魔としての五感が、意外なところで役に立ちそうだ。
リビングでは、何やら自分達についての話題で盛り上がっているようだ。
シーツを洗いたいのに、ダンテが寝ていると洗えない。おまけに、前もって早く起きて欲しいと伝えていたのに、起床を促すも子供のように駄々をこねて起きようとしない、と。
「朝早いのは苦手だ」
「だよな。洗うにしても今度やればいい話だ」
年齢は違えど、怠けっぷりは同じなので二人はクッキーをかじりながら小さく笑った。
お茶会ではダンテの話題が続いていたが、それは彼女らがどうやってダンテと出会ったかについてのものへと切り替わっていた。
ディーヴァは天使の血族で、それを狙った悪魔の襲撃を受けている時にダンテと出会い、同居が始まった。しかし、彼女は家族を亡くして生きる意志を失っていたという。そんな状態の彼女を励ましたのは「俺が守るから俺のために生きろ」というダンテの言葉だった。
「へぇ……若い俺もいいこと言うじゃねぇか」
「だろ?」
髭が紅茶で喉を潤しながら感心すれば、若は自慢げにクッキーを味わった。
やがてディーヴァは、紫乃に何か異変はないかと尋ねた。天使の血肉は悪魔にとってはご馳走である。だから半魔である紫乃にも何か変わったことがあるのかもと思った。だが、紫乃は最初は悪魔の血が反応していたが、今は何も感じないという。
「そういえば、あんたは大丈夫なのか?」
若がちらりと髭を見る。
「んー、確かにあのお嬢ちゃんのそばにいたらざわつく感じはあったな」
髭は今回初めてディーヴァと会ったのだ。紫乃のように悪魔の血の反応は薄れはせず、今もまだ自分の中で何かがざわついている。
「実は今もお嬢ちゃんに反応してる」
何の気なしに呟かれた言葉に、若がギクリとした。
「まさかディーヴァを食いたい……とか言うんじゃねぇだろうな」
「まさか。紫乃みたいに何度も会って慣れたわけじゃないから違和感はあるが、そんな衝動はこれっぽっちもないから安心しろ」
やはり髭も紫乃と同じように、悪魔の血を持つにもかかわらず、ディーヴァに対して何かの違和感はあるが食欲はわかないという。
「……それならいい」
若は小さく肩を竦めると、もうこの話題についてはおしまいだと言った。
それからもディーヴァのダンテについてのトークは続いた。優しくおちゃめでひょうきんで、それに顔立ちも端整なのだと。しかし、そんなダンテをディーヴァは可愛いと言い、紫乃も賛同した。
「お……俺が可愛い?」
「女ってのは、時に男から見れば不可思議な生き物だ」
首を傾げる若を髭が諭すように小さく笑んだ。髭はこれまでに何人もの女性と接してきてきたが、時折男の自分には理解出来ないことを言い出す。
昔は感情のままに応対して女性の機嫌を損ねた経験もあるが、今では女性特有の感性なのだと察することが出来る。
そしてディーヴァは、全てをひっくるめてダンテが好きだと言って、これは紫乃との秘密にしておいてと恥ずかしそうにお願いした。ディーヴァの様子を頭に思い描いた若は、口角を上げて幸せそうに笑う。
──壁を隔てた隣の部屋で盗み聞きされているとも知らずに。
「っくぅー……可愛いじゃねぇか、ディーヴァの奴」
「いいお嬢ちゃんだな」
髭は、自分は若の年齢の時にここまで己を理解してくれる女性と出会ったことはないが、この世界の自分は良い出会いをしたんだな、と穏やかに微笑んだ。
「お、次はおっさんの恋人の番みたいだぜ」
ディーヴァの話が終わると、紫乃がダンテとの出会いを話し出した。
日本で悪魔に襲われてアメリカを訪れ、事務所にてダンテとであったこと。成り行きで一晩泊まり、朝食を作ってあげると家政婦として働くことになり、同時にダンテが悪魔の捜索に協力することになった。
それから約二週間後、無事に悪魔を倒し、ダンテと想いを通じ合わせたことを話した。
「二週間であいつ落としたのか? なんつーか、手が早ぇな……」
「好きになるのに時間は関係ないのさ」
若は驚いて目を見開き、髭は満更でもなさそうに口角を上げた。
それから紫乃は、料理を作ると美味しそうに食べてくれるのが嬉しいとも語った。確かに紫乃の料理は最高だ、と髭は頷く。彼女と出会う前まではデリバリーピザばかりだった。好物なので不満はなかったが、やはり手料理の味を覚えてしまうとデリバリーでは満足出来なくなってくる。だから、今では紫乃と出会って良かったと思うし、毎日違うメニューを複数作る彼女は凄いと感心する。
髭も幸せそうな笑みを浮かべていると、リビングでは髭の悪戯についての話題が出た。紫乃にちょっかいを出したり、キスをしたり、接触を求めるという悪戯。
「俺もディーヴァに触れていたいって思うけど、おっさんには負けるぜ」
「何とでも言え。紫乃が好き過ぎてたまんねぇんだ」
髭は、顎に手を添えるとにんまりと笑う。それだけで、彼がどれほどまでに紫乃を想い、愛しているかがわかる。
未来の自分も良い相手に出会ったんだなとガラにもなく感慨深く思っていると、昼間から破廉恥なことをされているとの紫乃の告白に、若が眉をひそめた。
「っておっさん、あんた昼間から何してんだよ」
「紫乃は恥ずかしがり屋でね。からかうと可愛いんだ」
日本人故、欧米人のフランクな──というよりも、髭のフランク過ぎるスキンシップに慣れていないのだ。それをからかうのが楽しく、恥ずかしがる紫乃はとても可愛い。
「おっさんってそんなに欲求不満なのか?」
「いつも紫乃に触れていたいんだよ。何だ、羨ましいのか」
「べっ……別にそういうわけじゃ……」
髭がからかえば、若は視線をそらして気まずそうに表情を歪ませた。羨ましいのかと訊かれたが、正直その通りであった。ディーヴァとくっついていちゃいちゃしたい。
だが、キスは既に済ませたのだ。きっといつかさらに先に進めることが出来ると信じている。
リビングでの話題はダンテから、二人の女性でビルハンターのものへと移っていた。トリッシュとレディ。紫乃によれば、同業者の間では有名で強いという話に若が食いついた。
「へえ、女の同業者がいるんだな。俺もいつか会ってみたいね」
男より身体能力の劣る女が、どうやって悪魔を狩り、有名になったのか。若の中に、純粋な興味が生まれた。
そんな若い自分を、髭はじっと見つめる。この世界のダンテはまだ便利屋として開業するどころか、店の名前すら決まっていない。ならばトリッシュはもちろん、レディにすら会ったことはない。
紫乃も二人について詳しくは言わなかったのだから、自分も話す必要はないだろうと決めた。
「ま、いつか会うだろうが……マジ強ぇから気を付けな」
──特に、レディの借金の取り立てに。
そう言いながらも、髭は己の体験を思い出して内心冷や汗を流す。この世界の俺も、いつかレディと出会い、腐れ縁になり……借金の取り立てに悩むだろう、と。
そうやってリビングでの会話を聞いているうちに、二人のダンテはクッキーを食べ終え、紅茶も飲み干してしまった。
「お、なくなっちまった」
「あっちに追加を貰いに行くか」
お互い頷くと、どちらともなく椅子から立ち上がり、皿とティーカップを持ってリビングへと移動した。
* * *
女同士で話が盛り上がっているところに、二人のダンテがリビングへ来た。
「なあ、もうクッキーなくなったんだ。それ分けてくれねぇか?」
「あと、紅茶の追加も頼む」
若がクッキーが空になった皿を、髭が二つのティーカップを持っている。
「あれだけクッキーあげたのに、もう食べちゃったの!?」
「俺一人なら良かったんだけどな。おっさんがバクバク食っちゃって」
「お前だってたくさん食ってたじゃねぇか」
驚くディーヴァをよそに、若がテーブルの上のプレート皿に並べられているクッキーを、自分が持っている皿にごっそりと移動させる。そんな若に、髭はささやかな抗議をしながら紫乃にティーカップを差し出した。
「クッキーは美味かったが、なーんか物足りないんだよな」
若がそう言えば、髭も同じ意見らしくうんうんと頷いた。
「そうだな。出来ればサンデーが欲しいところだ」
「相変わらず甘党だね」
紫乃は苦笑した。彼らに分けたクッキーはもちろんのこと、紅茶にも砂糖を多めに入れたのに、まだ糖分を欲している。
紫乃とディーヴァは紅茶のおかわりを淹れている最中、二人で相談を始めた。
「ねえディーヴァちゃん、このあと時間はまだ大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、サンデーの材料の買い出しにでも行かない?」
「そうだね、このままだとあたし達のクッキーが全部食べられちゃう」
ちらりとダンテ両名を見れば、彼らは皿に載せられたクッキーを美味しそうに一枚、また一枚と食べている。
「……前言撤回。今にもなくなりそう」
クッキーを食べるペースが速いことに、ディーヴァはわずかな危機感を抱いた。これは買い出しに行く前にクッキーが全滅しそうだ。
砂糖を入れた紅茶を差し出しながら、紫乃はダンテ両名に声をかける。
「はい注目! サンデーを食べたい人はいるかしら?」
「食いたい!」
「イチゴたっぷりで」
若は目を輝かせながら、髭は期待を込めた視線を寄越しながら答えた。予想通りの反応に、紫乃とディーヴァは顔を見合わせて笑う。
「じゃ、その紅茶を飲んだら材料の買い出しに行きましょうか」
紫乃がそう言えば、すぐ飲むから、と若と髭は急いで紅茶をあおる。
そんな二人を、紫乃とディーヴァは暖かい眼差しで見つめた。彼は自分を助けてくれて、日々の支えになっている大切なパートナーだ。だから、どれだけ怠け者であってもかまわない。彼を理解し、世話を焼きたい。
『紫乃さん、あたし、やっぱりダンテのことが大好き』
ディーヴァが日本語で紫乃に話しかけてきた。ディーヴァの祖父はイギリス人で、祖母が日本人だと聞いたことがある。だからある程度日本語がわかるし、会話も可能だ。
『ダンテが好きな気持ちは誰にも負けない。紫乃さんは?』
『私もダンテが大好き。ダンテのためならどんなことだって出来るわ』
家事をして世話を焼き、時には喧嘩をしてしまうことだってある。それでもダンテのことが好きだから、仲直りをして、またいつもの毎日を過ごす。普段の何気ない日常から、季節のイベントや、ちょっと特別な日。
一人では味気ない日々も、ダンテと一緒なら鮮やかに色付いて輝きを増すのだ。
だから、これからもダンテと共に歩んでいこう。
紫乃とディーヴァは今一度顔を見合わせたのち、同時に口を開いた。
『ダンテなしじゃ生きられない』
くすりと笑うと、紅茶を飲み終えたダンテ両名が不思議そうに首を傾げた。
「二人で何を話してんだ?」
「日本語じゃわからない」
俺達にもわかるように英語で頼む、と言っても、紫乃とディーヴァは英語で話してはくれなかった。それどころか、くすくすと笑うばかり。
「ダンテには教えなーい」
「ディーヴァちゃんとの秘密だから駄目」
「何だよそれ!」
「絶対聞き出してやる」
いつもは自由奔放で他人の話に聞く耳を持たないダンテだが、この時ばかりは二人共英語で喋らせてやると意気込んだ。
「やだよー、女同士の秘密なの」
「あんまりしつこいとサンデー作ってあげないわよ」
げ、それは困る、と焦るダンテを尻目に、紫乃とディーヴァは楽しそうに笑って事務所の玄関扉を開いた。
「イチゴたっぷり乗っけてあげるから」
「さ、行きましょう」
「……仕方ねぇな」
「サンデーのためだ」
若と髭は溜息をついて肩を竦めると、一足先に外に出た恋人を追った。
スラム街の便利屋『Devil May Cry』。そこにはデビルハンターの男がおり、最愛の女性がいた。
男は最強のデビルハンターと名高く、女性はそんな彼の公私を支える存在だ。男と女性の年代や世界軸は違えど、二人の間には強い絆と愛情が確かにあった。
そんな彼らはとても不思議な邂逅を果たした。
また再会するかもしれないが、それはまた別のお話。
2013/07/14
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