Tea party beyond the world[3]


 リビングでは女性二人によるお茶会が開催された。あらかじめ温められたティーカップに、香りの良い茶葉を使った紅茶が注がれる。琥珀色の熱い液体に白い角砂糖が入れられ、スプーンでかき混ぜればすぐに溶けた。
 お菓子はクッキーだ。バター味とココア味の二種類で、ペーパーレースの敷かれた大きめのプレート皿に盛り付けられている。

「この紅茶美味しい」

 一口含んだ紅茶の味と香りを楽しんだ紫乃は素直に感想を述べた。
 紅茶は湯の温度と茶葉を蒸らす時間が重要なのだと聞く。特別紅茶に詳しいわけでもなく、愛好家でもないので、淹れた紅茶の詳細を語ることは出来ないが、ディーヴァの淹れてくれた紅茶は美味しいものだとわかる。

「えへへ、お茶会のためにちょっと奮発したの」

 前々から購入していた紅茶とはまた違う風味に、ディーヴァも新しく買ってきて良かったと微笑んだ。

「紫乃さんの世界のダンテは随分逞しかったなぁ」

「そうなのよ。シーツ洗ったりする時に起きてなかったら、どかすのが大変で」

「あー、わかる! 男の人だから、完全に寝てると全然動かせないよね」

 両名とも事務所内の家事を一手に引き受けている。早く起きてベッドのシーツを洗おうと思っても、男であるダンテが寝ていればシーツを簡単に取ることが出来ない。その大変さがわかるため、ディーヴァは大きく頷いた。

「前の日にシーツ洗うから早く起きてって言っても、いつもみたいにずっと寝てるのよね」

「うんうん。呼びかけても、駄々をこねる子供みたいにぐずって起きてくれないし」

 トーク開始時はダンテについてのちょっとした愚痴でスタートしたものの、次第に会話の成分に糖度が混じり始めた。

「そういえば、ディーヴァちゃんってダンテとどうやって知り合ったの? それに、どこを好きになったのかも知りたいなぁ」

「えっ」

 唐突な質問に、ディーヴァはほんのりと頬を染めて視線をさ迷わせた。どう答えようかと逡巡し、気持ちを落ち着かせようと思わずクッキーを一枚取って食べる。

「そ、そうですね……話せば長いんだけど……」

「構わないわ。聞かせてちょうだい」

 紫乃がこくりと頷くと、ディーヴァは過去を思い出しながらゆるりと言葉を紡ぎ始めた。
 ダンテとの出会いはディーヴァの家だった。天使の血筋ということで悪魔の襲撃を受け、家族の中で唯一生き残った自分をダンテが助けてくれて、それから事務所で一緒に暮らし始めた。

「その頃、あたしは生きる意志をなくしてたの。でもダンテが『俺が守るから俺のために生きろ』って言ってくれて凄く嬉しかった」

 両目を閉じて胸に手を当てるディーヴァはとても優しい微笑みを浮かべていた。それを見ただけで、ディーヴァにとってダンテの存在はかけがえのないものだとわかる。
 しかし、そんな彼は軽い性格ですぐにキスを求めてくる上に、お金にだらしないことが判明した。そのため、意識はしていたが、なかなか好意を抱くことはなかった。

「それでも、ダンテが半分悪魔っていう秘密を打ち明けてくれたし、天使への誘惑にも耐えてくれてるって言ってくれて、凄くキュンとしたの」

 そうなのだ。
 ダンテは己の中で常に誘惑と戦っている。悪魔の血が入っている以上、悪魔にとって極上の獲物である天使がそばにいるのだ。人間に例えれば、食欲をそそるご馳走を目の前にして手をつけないことと同じである。
 そんな葛藤を理性で抑え込んでいるダンテに、ディーヴァは自分の中に特別な気持ちが生まれたことに気が付いた。

「あ、そういえば、紫乃さんも半魔だけど……どう? あたしと一緒にいて大丈夫? 例えば、美味しそうとか……」

 尋ねられて、紫乃は自分の内側に意識を向ける。ディーヴァと初めて出会った頃、体内を流れる悪魔の血が反応してざわめき、なかなか落ち着かなかったが、今ではすっかり慣れてしまったためか、ディーヴァのそばにいても彼女を喰らいたいとは思わない。

「実はディーヴァちゃんと出会った時ね、胸がざわめいていたの。悪魔の血が反応していたのね。でも、今は落ち着いていて、ディーヴァちゃんを美味しそうなんてこれっぽっちも思ってないわ」

「本当に……?」

「ええ。普通ならこんなことありえないんだろうけど……」

 天使を目の前にして何の衝動も起こらないことに、当の本人も不思議そうに呟いた。紫乃もディーヴァも理由はわからなかった。これが世界軸の違いで生まれたのだとしたら、という考えが浮かんだものの、それを立証出来る方法はない。

 それからもディーヴァの話は続いた。
 ダンテが銃を撃っている仕草が好きだったり、彼の匂いをかいでいると落ち着いたりするという。

「あたしに凄く優しいし、男らしいと思ったら意外とおちゃめさんで、ひょうきんで……。見た目も申し分ないほどかっこいいし。男の人に言うことじゃなけど、可愛いところもあるんだよ」

「あ、それわかるわ。かっこいいなぁって思ってたら、ふとした仕草で可愛く見えたりするのよね」

 男性にはわからない、女性の感じる『可愛い』は多種多様である。

「とにかく一緒に過ごしているうちに惹かれていったんだ。悪魔を憎む、強くてまっすぐな瞳に惹かれたんだと思う」

 そして、気付いたらいつの間にかダンテを好きになっていたのだ。かっこいいところも、私生活が駄目なところも、悪魔なところも、全部ひっくるめたダンテが好きなことに。
 こんなこと彼と面と向かって言うのは恥ずかしいので、ディーヴァは紫乃との秘密にした。

「ダンテってあんな性格してるけど、辛い経験もいっぱいしたみたい。あたしはダンテの心を少しでも癒せる存在になりたいの」

 そう締め括ったディーヴァのエメラルドの瞳は、きらきらと輝いていた。まさに恋する乙女である。

「なるほどね。聞かせてくれてありがとう」

 ふふ、と紫乃が微笑むと、今度はディーヴァが尋ねる番となった。

「じゃあ、今度はあたしが訊く番。紫乃さんはどうなの?」

 ディーヴァァに訊かれ、紫乃もダンテと出会い、恋人同士になった経緯を話し始めた。
 かつて悪魔の母親を死に追いやった悪魔マンモンに、魔力を吸い取る石を植え付けられた。それは純粋な悪魔ならばたちどころに魔力を吸われ命を落とすものだが、幸いにも人間の血が混ざった半魔であったため石の作用が上手く働かず、ゆっくりとしたものであった。
 マンモンが日本からアメリカへ逃げたため、紫乃もそれを追ってアメリカへ向かい、移動先のスラム街でトリッシュに連れられて『Devil May Cry』に行き着き、ダンテと出会った。一宿一飯の恩義でダンテとトリッシュに食事を振舞ったことがきっかけで事務所の家政婦として働き、同時にダンテがマンモンの捜索に協力すると申し出てくれた。
 かくしてマンモンを倒したのは、同居生活を始めてから二週間程経ってからだった。長くない期間ではあったが、ダンテと想いを通わせるには充分な日数であった。

「家事の合間に悪戯してくるから大変だけど、作った料理を美味しそうに食べてくれるの」

 ダンテは好物のピザやストロベリーサンデーはもちろん、他のメニューも食べてくれる。全て残さずに食べるので、作る方としてもとてもありがたい。

「気付いたら、いつもダンテを目で追いかけてたわ。ダンテと同じ時間に寝起きしていたら、生活リズムもすっかり夜型になっちゃった」

 それでも、朝に起きようと思えば起きれるんだけど、と苦笑しながら付け足した。

「あと、毎日悪戯されるのも困るけど、悪戯する時の楽しそうな笑顔を見たら、つい許しちゃうのよねぇ」

「毎日……って、一日何回くらい悪戯されるの?」

「うーん……数えたことはないけど、最低でも一日三回は」

 平均すれば朝昼夜それぞれ一回ずつである。それを毎日受けるのだから、紫乃はなかなか忍耐強い方ではないだろうか。
 悪戯の種類は主に紫乃にちょっかいを出したり、キスをしたり、接触を求めてきたり。

「……何だかうちのダンテよりも欲求強くない?」

「ひ……否定出来ない……」

「でも、それほどまでに愛されてるってことなんだよ」

「ふふっ、ありがとう」

 ディーヴァがそう言えば、紫乃は照れくさそうにはにかんだ。
 世界軸は違えど同じダンテを好きになった者同士、彼の全てを受け入れるのだ。同じダンテでも、年齢が違うだけで随分差があることにも気付いた。

 ──便宜上、ディーヴァの世界のダンテを若、紫乃の世界のダンテを髭とする。

 若はまだ若い盛りで、何をするにも勢いというものが付いてくる。そのためディーヴァは、一緒にいる時は若は自分の中でいろいろと葛藤しているような節があるというのだ。それは主にディーヴァに対する『熱』であるのだが、若くて対処を知らない分、勢いでディーヴァを求めてくる。ディーヴァ本人は節度を守って欲しいので、若の勢いに流されないように注意を払っている。
 一方、髭は年齢的に経験を重ねているため、若のように勢いに任せることはない。しかし、その分自分の思惑通りに事を進めることに長けており、紫乃はしばしば髭の策にはまってしまう。はまってしまうと髭の好きなようにされてしまうので、日々彼との戦いなのだという。

「私が日本人で欧米のスキンシップに慣れてないのをいいことに、何かしら仕掛けてくるの。この前なんかキスで立てなくされて、まだ昼間だっていうのに部屋に連行されて……」

 機嫌良く掃除を終わらせたところを見計らった髭によるキスで脱力してしまい、そこを狙った彼によってベッドルームに連れ込まれてしまったことを思い出した。が、今は年若いディーヴァがおり、そういった話題をするには早すぎる時間帯である。
紫乃はすぐにハッとして会話を打ち切った。

「って、これはどうでもいいの! ディーヴァちゃんはダンテとのキスは済んだの?」

「え……う、うん……」

 ディーヴァはこれ以上ないくらい真っ赤になった。初々しい反応に、紫乃は思わずくすりと笑う。

「まあ、可愛い。トリッシュとレディがいたら、ディーヴァちゃんも可愛がられるわね」

「トリッシュ……と、レディ?」

「私の世界でデビルハンターをしてる女性達で、とても強いのよ。二人とも面倒見が良くて、私もお世話になったわ」

 紫乃はマンモンを追ってアメリカにやって来た時に出会ったトリッシュと、家政婦として働き始めた時に事務所を訪れたレディを思い出した。二人とも同業者の間でも有名な女性デビルハンターだ。
 レディなんか、生身の人間なのに銃火器を駆使して悪魔を倒していくのだ。もう人間やめていますと言っても差し支えないほどに彼女は強い。
 トリッシュは純粋の悪魔で髭の相棒であるが、この世界にはまだ彼女は存在していないようだ。今はまだ秘密にしていた方がいいのかもしれないと思い、紫乃は詳細を伏せることにした。

「女性のデビルハンターですか……凄いです」

 デビルハンターはダンテしか知らないディーヴァにとって、同じ女性がデビルハンター稼業をしているなんてすぐに信じられなかったが、他ならぬ紫乃が言うのだ。彼女は嘘をつくことはしないので、女性のデビルハンターがいるということをすぐに受け入れた。


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