Tea party beyond the world[2]


 それから二人は少し話し込んでいたが、紫乃がふと時計を見れば、時刻は十七時を過ぎていた。

「やだ、もうこんな時間……ねえ、こちらの時間も同じかしら?」

「うん、同じ時間」

 ディーヴァも時計を確認した。突如として慌て始めた紫乃にどうしたのかと尋ねれば、行きつけのスーパーでタイムセールが始まるのだという。

「早く向こうに戻らないと……」

 言うや否や、紫乃はソファーから立ち上がって『ゲート』を開く。

「紅茶ありがとう、美味しかったわ。また来てもいいかしら?」

「もちろん!」

「今度は私が何かお菓子作って持ってくるから」

 紫乃はそう言い残すと、『ゲート』を通って自分の世界へ戻っていった。彼女の手には羽根が握られていた。それがあれば、きっと次もこの世界を訪れることが出来るのだろう。
 ディーヴァは『ゲート』が閉じられるまで手を振っていた。

「……ふああ……あー、よく寝た……」

『ゲート』が完全に閉じてから、二階から聞き慣れた声がしたのでディーヴァは上を見上げる。

「おはよう、ダンテ」

「おはよ……ん、誰か来てたのか?」

 テーブルにある二つのティーカップに気付いたダンテが首を傾げると、ディーヴァはにこりと微笑んだ。

「うん。別の世界からのお客様」

「……は?」

 * * *

「いたっ」

 紫乃が『ゲート』を通り抜けて自分の世界に戻ってきた直後、硬い何かに顔をぶつけた。
 それはすぐ目の前にそびえたつ壁のようなもので──

「目の前からdarlingが現れるなんて、今日の寝起きは最高だな」

 紫乃はぶつけた鼻を手でさすりながら見上げると、シャツとジーパン姿というラフな格好のダンテが立っていた。どうやら彼の厚い胸板にぶつかってしまったらしい。

「あ、ご、ごめん」

 ぶつかった非を詫びて離れようとしたが、すぐにダンテの腕に捕らえられて優しく抱き締められる。

「おかえりって言った方がいいのかね」

「た、ただいま」

『ゲート』を通じて戻ってきたのでダンテがそう言えば、紫乃は彼に応じて言葉を返した。
 そうやっていつものようにおどけるダンテだったが、彼の表情が普段より若干強張っているように思え、紫乃は不安になった。

「……ダンテ?」

「紫乃、何かあったのか」

 語尾が疑問系でないことに、おそらくダンテは異変が起こったことに確信を持っている。隠す必要もないので、紫乃は先程の出来事の一部始終を話した。

「Hum……パラレルワールド、ねぇ……」

 紫乃が拾った羽根からは、魔力だけでなく清浄な力を感じる。それを敏感に感じ取ったので、紫乃が戻ってきた時に強張ったような表情になったのだ。

「あちら側の事務所にディーヴァちゃんっていう高校生の女の子がいたんだけど、その子、天使の血族なのよ。でも、彼女の羽根じゃないの。天使の羽根に似てるけど魔力もあるなんて……」

「紫乃、気付いてないのか?」

「何を?」

「その羽根から発してる魔力は紫乃の魔力だぞ」

「……え?」

 ダンテにそう指摘されて、紫乃は自分の耳を疑った。
 羽根からは天使のものと思われる力と、悪魔が持つ魔力が混在している。天使の力についてはあちら側のディーヴァのものと考えて良いが、魔力が紫乃のものとはどういうことだろう。

「自分の魔力だしな。自分で気付かないのは仕方ない」

 例えば、一つの匂いを嗅ぎ続けていると鼻が慣れてしまい、やがてその匂いに対する反応が薄れてしまう。それと同じ現象なのだとダンテが説明してくれた。
 天使と悪魔の力が混在する羽根が引き金となり、パラレルワールドに渡ってしまった事実に、紫乃は不思議だねと呟いた。

「その羽根はきっと時空の歪みで生まれたものなんじゃないか?」

 時空が歪み、紫乃の魔力とディーヴァという少女の力が偶発的に融合し、魔力と天使の力を有する羽根が形成されたのではないか、というのがダンテの推測だった。これまでに悪魔や魔界を見てきて、様々な事態を体験したダンテの言葉に、紫乃はそうかもしれないと頷いた。

「そういえば、あちら側のダンテ見てきたよ」

「ほう。どんな感じだった?」

「昼間だったからやっぱり寝てて、寝顔が可愛かったわ」

「ね、寝顔……?」

「あと、随分若くてかっこよかった。二十歳手前で、今よりも少し細身で」

 二十歳になっておらず、今よりも細身ということは、便利屋を開業する前後あたりだろうか。あの頃は随分やんちゃな盛りだったと自分でもしみじみと思い返すことがある。
 それよりも、今紫乃はかっこよかったと言ったか。確かに自分でもイケてる方だと自負していた。世界は違っても同じ人物なのだから、もしかしたら紫乃があちら側の自分に惹かれていたらどうしようと思うと、たちまち不安な気持ちになった。
 いや、紫乃に限ってそんなことはありえない。ありえないが、万が一ということがある。

「……向こうの俺に惚れたりはしてないよな?」

「うん。私の好きなダンテは、今ここにいるダンテだもん」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 ダンテはぎゅっと紫乃を抱き締める。

「あ、そうだ、スーパーに行かないと!」

 ダンテに事のあらましを語っていてすっかり忘れていたが、タイムセールのために戻ってきたのだ。早く行かないと買いそびれてしまう。

「ああ、そうだったな。早く行こうぜ」

 ダンテは、起きている時に紫乃が買い物へ向かう場合、荷物持ちとして同行することにしている。
 今日はあらかじめ買い物に行くと紫乃から聞いていたので、ダンテは少し早く起きて準備していたのだ。

「トマトジュース買ってもいいか? そろそろなくなりそうだ」

「うん、いいよー」

 そんな他愛ない会話をしながら、ダンテと紫乃はスーパーへ向かった。

 * * *

 紫乃とディーヴァが出会ってからしばらく経った。二人は何度か出会いを繰り返すうちに仲良くなり、お茶会を開く間柄となった。飲み物は紅茶。お菓子は紫乃やディーヴァの作ったケーキやクッキー。
 そうやって幾度目かのお茶会を経て、今日もまたお菓子を用意してディーヴァの元へ向かおうとした紫乃を、ダンテが呼び止めた。

「なあ紫乃、俺もついて行ってもいいか?」

 紫乃にディーヴァとのお茶会のことは聞き及んでいたが、ダンテは参加したことはない。お茶会の時は寝ていたので、今まで同行したことがないのだ。

「若い時の俺を見てみたいんだ」

 世界軸の違うパラレルワールドならば、同じ人物が同じ世界にいてもきっと問題ないはず。ダンテはそう考え、同行を願い出たのだ。

「大丈夫だと思うけど……」

「んじゃ、早く行こうぜ」

 紫乃はダンテに肩を軽くポンポンと叩かれながら『ゲート』を開いた。

 * * *

「今日、紫乃って女が来るんだろ? 俺も混ぜてくれよ」

 一方、若い方のダンテもディーヴァに提案を持ちかけていた。

「いいと思うけど、おとなしくしててよ?」

「何だよ。まるで俺が騒がしい奴みたいじゃねぇか」

「『みたい』はいらないと思うの」

「ひでぇ!」

 リビングでお茶会の準備をしているディーヴァのそばからダンテは離れなかった。
 やはりこちらのダンテもお茶会が開催される日中は寝ていたため参加出来ずにいたが、今日こそは、と早起きして紫乃が来るのを待っているのだ。

 紅茶の葉や砂糖などをディーヴァが確認し終えた時、『ゲート』が出現し、待っていた人物が現れた。しかし、彼女の後ろから出てきた人物に、ディーヴァはもちろん若いダンテもあんぐりと口と開ける。
 血のように赤いコート、ウェスタンを思わせるパンツ、そして何よりも目を引く銀髪。

「ほおー、懐かしいな」

 無精髭の生えた顎をさすりながら、赤いコートの男はリビングだけでなく事務所フロアをぐるりと見回した。

「おー、ジュークボックスもちゃんとあるな。くしゃみで店崩壊させちまったのもいい思い出だ」

 うんうんと一人で昔を懐かしんでいる男に、東洋人の女が「どんだけ強いくしゃみしたのよ」と少し呆れている。

「紫乃さん、いらっしゃい。えっと、そちらの方は……」

 ディーヴァが遠慮がちに声をかけると、『ゲート』より現れた二人が同時にディーヴァへ顔を向ける。

「お邪魔します。彼が私の世界のダンテよ」

「わ、本当に? そうだよね、銀髪で赤いコート着てるんだからダンテだよね」

「俺以外のダンテ……?」

 納得しているディーヴァの隣で、若いダンテがじっと年上の自分を凝視していた。

「よう、若い俺」

 年上のダンテは笑みを浮かべた。

「えっ、もしかしてこいつ、未来の俺!?」

「そういうこと」

 驚く若いダンテの言葉に頷いたのは、紫乃でもなくディーヴァでもなく、年上のダンテだった。

(で……でけぇ……)

 背丈はあまり変わらないのに、筋肉のついたがっしりとした体格のせいで変な威圧感がある。
 若いダンテは年上のダンテをじっくりと眺めた。
 特徴的な銀髪はサラサラとして、瞳は鋭さを内に秘めたアイスブルー。黒いインナーから覗く首筋と鎖骨が年相応の色気を醸し出しており、七部袖から出た太い腕は同じ男から見ても逞しい。
 そして何よりも自分にないものがある。
 それは、

「……髭が生えてる」

 顎に短く生えた無精髭を食い入るように見つめる。

「何で剃らねぇんだ?」

「毎日は面倒だからな」

 ああ、うん、この怠けっぷりは間違いなく自分だ。若いダンテはそう確信した。

 それから四人はしばらく談話したのち、紫乃とディーヴァはお茶会をすることにした。二人のダンテも参加したいと申し出たのだが、「女子会だから」と言われて拒否されてしまった。
 もちろん抗議したのだが、用意されたお菓子を分け与えたらすんなりと了承してしまう。案外ちょろいものだ、と女性二人はこっそり苦笑した。


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