クリスマスに向けて


 紫乃はいくつもの色とりどりのビー玉を購入してきた。通常ならば子供の遊び道具として使うものだが、今回は違う。
 用意するものは、ビー玉、フライパン、氷水。
 まずビー玉をフライパンに入れ、転がしながら熱していく。しばらくして熱くなったビー玉を氷水に移して冷やす。そうすると、丸い形状はそのままに、内側だけがひび割れていく。
 そのままでは割れやすい状態のため、水気を拭き取ったあとは透明マニキュアを塗って補強する。
 それらの工程を済ませたあとは、照明器具を入れた中身の見える容器に詰め込めば、部屋の印象を変えてくれる照明付きの飾りへと変身する。

 一階の事務所フロアに飾るのは不釣合いな気がするので、紫乃は二階の自室とトリッシュの部屋に飾ることにした。ちなみにトリッシュは旅に出ており、今日の夕食までには帰ってくると連絡があった。

「うん、綺麗」

 飾りとしては特別派手なものではないが、クリスマスが近いので、飾りとしては申し分ないサイズだ。
 ダンテの部屋にも置きたいのだが、彼はまだ就寝中である。起こしてしまうので、まだ飾りは置いていない。

「あら、その飾りどうしたの?」

 後ろから聞き慣れた声がしたので振り返ってみれば、トロリーケースを引いたトリッシュが立っていた。時刻はもう少しで夕方に差しかかる。意外と早い帰宅に、紫乃はやや驚く。

「おかえりなさい、トリッシュ。早かったね」

「紫乃の料理が楽しみだったから。それに、クリスマス当日にはまた出かけるから、紫乃に早く会いたかったの」

 あと数日もすればクリスマスが訪れる。本来はキリストの降誕を祝う記念日だが、今ではすっかり恋人達が盛り上がる日として定着している。
 つまり、トリッシュはダンテと紫乃に気を遣って、クリスマスまでに再び旅に出るという。

「そんなに気を遣わなくていいのよ。私はトリッシュやレディと一緒にクリスマスを過ごしたいのに……」

「それじゃ、こうするのはどう? クリスマスイヴにレディを呼んで、みんなでパーティーしましょ」

 そうすれば、みんなでクリスマスを過ごしたことになり、トリッシュはクリスマス当日には旅に出られるという寸法だ。

「私がいると、ダンテと一緒にお楽しみ出来ないでしょ?」

 含みを持たせた笑みを浮かべると、紫乃は顔を赤く染めて目を泳がせる。

「えっ……えっと……」

 ダンテも紫乃もキリスト教徒ではないので、クリスマスは季節行事として楽しむものだ。そんなカップルがクリスマスを楽しむとしたら──言わずもがな想像することは容易だ。

「レディも連れてショッピングに行きたいところだけど、クリスマスはやっぱり恋人と過ごすのが一番だからね」

 恥ずかしさもあるが、トリッシュなりに気遣ってくれるその優しさが嬉しい。

「私もトリッシュとレディとで、またショッピングに行きたいな」

「ええ。レディにも予定を聞いておくわ」

「紫乃が行くなら俺もついていきたいが、荷物持ちにされそうだな」

 紫乃とトリッシュが話しているところに、ダンテが声をかけてきた。振り返れば彼は開けっ放しのドアのところに立っている。あくびをしている様子からして、起きて間もないようだ。

「そうね。素敵な荷物持ちになりそうだわ」

 一般的な人間の男性よりも力のあるダンテであれば、多少重い荷物でも持てるだろう。トリッシュが悪戯っぽく笑えば、ダンテは苦笑いを浮かべた。

「……お前とレディの買い物は、荷物の量がとんでもないことになりそうだ」

 紫乃の荷物持ちなら喜んで引き受けるが、トリッシュやレディは容赦なく荷物を押し付けてくるだろう。やっぱり荷物持ちは紫乃と一緒の時だけにしておく、とダンテは丁重に断った。

「ん? その飾りは何なんだ?」

 部屋に見慣れないものがあることに気付いたダンテが、飾りの前へ歩み寄る。

「クラックビー玉っていうの。中にライトを入れてあるから、照明としても使えるのよ」

 熱したビー玉を冷やし、壊れにくいように表面をコーティングする。ただそれだけで簡単に出来ることをダンテに話せば、彼は感心して飾りを見つめた。
 ビー玉は安価で入手可能なものだ。それがこんなにもキラキラと光を反射させ、まるで宝石のように輝いている。

「綺麗だな、これ」

「クリスマスの時期だし、ちょうどいいかなと思って作ったの」

 ダンテの部屋に置く分も作ったからと言えば、彼は嬉しそうに笑んだ。

「ところで、今夜のメニューは何なんだ?」

「ミートローフとマッシュポテト、それからシーザーサラダとか。あと、デザートにスイートポテトよ」

「スイートポテト……お菓子の方ね? 名前は聞いたことあるけど、食べたことないわね」

 日本でスイートポテトといえばお菓子のことで、アメリカでは野菜のことだ。
 一見洋菓子に見えるスイートポテトだが発祥は日本であるため、アメリカでは見慣れないものなので、ダンテとトリッシュは不思議そうにお互い顔を見合わせる。

「日本で安く売られてたから、たくさん買っちゃったの。日本生まれのお菓子だから、アメリカでは珍しいのかも」

「俺も食ったことはないが、紫乃が作るんなら美味いに決まってる」

 スイートポテトを食べたことがない二人が気に入ってくれると良い。そう思いながら、紫乃は夕食の準備を始めることにした。


Web拍手掲載期間
2014/12/07〜2015/07/09

※注意
クラックビー玉を作る際、熱でビー玉が破裂することもあるので注意して下さいね。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -