真夏の午後
──長い間、同じところにいれば、大抵は慣れてしまうものだ。
「暑いなぁ」
紫乃は冷凍庫からカップアイスを取り出し、ソファーに腰かけて食べ始めた。
アメリカに夏が来た。暑い日が続いているが、日本の蒸し暑さに比べたら幾分か過ごしやすい。
とはいっても、暑いことには変わりない。紫乃はいつもより布面積の少ない衣服を着用し、髪は一つにまとめているので首元は涼しい状態だ。
アメリカで暮らしている人々は、日本人よりも肌の露出度が高く、年齢問わずノースリーブの服を着る人が多い。周囲に影響されたためか、紫乃は日本にいた頃より薄着になっている。少しだけであるが。
「んー、美味しい」
よく冷えたアイスが、夏の暑さで疲弊している身体と頭をクールダウンさせてくれる。
夕方までまだ数時間ある。ダンテは夢の中なので、こうやって一人でゆっくりおやつタイムを楽しんでいるのだ。
至福のひとときを楽しんでいると、近くに人の気配を感じて顔を上げれば、まだ少し眠そうな顔のダンテが立っていた。
「あ、おはよう、ダンテ」
「おはよう、紫乃……アイス食ってんのか」
「うん。随分早いのね。まだ寝ててもいいのに」
「darlingがいないと寂しくてね」
歳かね、とダンテは笑った。
ダンテもアイスが食べたいと言ったので、紫乃は冷凍庫からカップアイスを取り出した。味はもちろんストロベリー。
「にしても、えらく薄着だな」
紫乃の隣に腰かけると、ダンテもアイスのふたを開けて食べ始めた。
「だって今日は特別暑いんだもの。天気予報で、今年の最高気温更新するかもって言っていたわ」
「なるほどね」
ダンテはアイスを食べつつ、ちらりと紫乃の首元を見る。いつもは髪で隠れているが、今はあらわになっているうなじに視線が釘付けになってしまう。暑いこともあるだろうが、紫乃は前より肌の露出度が高くなっている。少しだけであるが。
「髪、まとめたんだな。普段おろしてるから何だか新鮮だ」
「ダンテはおろした髪とこうやってまとめた髪、どっちが好き?」
「そうだな……おろした髪はサラサラしてて好きだが、アップにした髪だと……」
そこまで言うと、ダンテは紫乃の首筋に素早くキスをした。
「……っ」
突然のことに、紫乃の肩はビクリと跳ねる。ダンテはそのまま唇を上に移動させると、紫乃の耳元で楽しそうに囁いた。
「こんなことが出来る」
「もう、ダンテ」
耳元で囁かれてくすぐったい紫乃は、小さく笑う。
「男の人がちょっと羨ましわ」
「何でだ?」
「暑い時、上半身脱いでいても問題ないじゃない」
女性は上半身裸にはなれないから、と紫乃は苦笑した。女性が出来ることといえば、せいぜいタンクトップやキャミソールを着るくらいだ。
そんな紫乃の可愛らしい愚痴を、ダンテは「何だそんなことか」というような表情で聞くと、
「紫乃もトップレスになればいいじゃねぇか。もちろん俺の前だけで、だが」
さらりと提言してのけた。
「そ……そんなこと出来るわけないでしょ! しないわよ!」
まだ寝ぼけているのだろうか。それとも暑さで頭のネジが溶けてしまったのだろうか。
どちらにしろ受け入れがたい、というか受け入れたくない提言を、紫乃はすぐに否定する。
「よし、シャワー浴びるぞ」
「何が『よし』よ……って、何連れていこうとしてるのよ」
突如ダンテはそう言って腰を上げると、紫乃の手を掴んでバスルームへ足を向けた。
「紫乃も暑いんだろ。一緒に浴びようぜ」
「私はいいから! ダンテだけ浴びてきていいわよ」
「スキンシップは大事って言うだろ」
そう言うと、ダンテは眩しいくらいの笑顔を見せた。誰もが見惚れるくらいの笑顔に、しかし紫乃はここで引いてはならないと決心し、抵抗を続ける。
「関連性が見いだせないわ!」
「紫乃と楽しいことしたい。OK?」
「N-NOOOOO!」
──結局、ダンテの思惑どおりにことが運び、二人がバスルームから出たのは、入ってから一時間をゆうに超えていた。
ダンテは上機嫌な、紫乃はぐったりとした様子であったのを、テーブルの上の溶けきったアイスだけが見ていた。
Web拍手掲載期間
2014/08/19〜2014/11/15