第7話 目覚める悪魔


 フォルトゥナ城、城主の私室。
 ダンテ達は室内をあれこれ物色していた。

「凄い豪華……」

 紫乃はぐるりと見渡した。壁には額縁に入った絵画がいくつも飾られている。
 その中で最も大きく、立派な額縁に収められている絵画を見て、紫乃は小さく息をのんだ。

「……これ……」

 暗い色のドレスを身にまとった一人の女性の肖像画だ。
 ラベンダー色の髪は結い上げ、首から肩にかけて女性らしいなめらかなラインを描いている。少し切れ長の紫の瞳は少々冷ややかな視線を向けているが、同時に彼女の持つ理知的で凛とした印象を如実に感じる。
 ダンテは肖像画の女性に見覚えがあった。格好は異なるが、以前紫乃の夢の中で見た人物だ。

「お母さん……」

 紫乃の母・モリアンだった。

「ダンタリオン」

 紫乃は急かすように、ブレスレットの形状のダンタリオンを人の姿へ変化させる。

「ダンタリオン、これ、お母さんだよね」

 見たことのない母親の姿に若干興奮気味の紫乃を微笑ましく見たあと、ダンタリオンも肖像画を見上げた。

「ええ、モリアン様で間違いありません」

「何と……主の母君は美しいな」

 ダンタリオンは目を細め、マハは初めて見る主人の母親に感嘆する。

「もしかして、ここに紫乃のお袋さんがいたのか?」

「はい。スパーダ様がこの地を治めていた頃、この城に滞在していました」

 ダンタリオンは過去を思い出しながら、紫乃達へ語った。
 スパーダは共に魔界を捨て人間界へ居を移した同志モリアンを快く城に住まわせ、彼女に仕えていたダンタリオンも城に住むことになった。そんな彼女の姿を残したいと、スパーダが画家を呼び寄せたのはいつだっただろうか。はっきりとした時期は忘れてしまったが、上等な生地のドレスを身にまとったモリアンが上機嫌であったことは今でも覚えている。

「これが、お母さん……」

 美しい装いの母の肖像画に紫乃が見惚れる。母がフォルトゥナ城に住んでいたことは聞かされてはいなかった。だが、自分の知らない母の話や肖像画が残されていたことに、紫乃は不思議と満足した気持ちになった。
 スパーダのことが知れると意気込んでフォルトゥナに来たのに、母のことについても知ることが出来たのだから。

「お袋さん綺麗だな」

「うん」

 紫乃は頷き、再度室内を見渡す。部屋の片隅には丸いテーブルと椅子が置かれており、その下には赤い絨毯が敷かれている。
 壁際には暖炉が、そして天蓋付の大きなベッドに、部屋の豪華さを実感する。

「わあ、ふかふか」

 ベッドを軽く手で押さえれば、どれほど高級な素材なのかがわかる。これだけふかふかなベッドなら、起床するのがもったいないくらいだ。

「何なら今からちょっと寝てみるか?」

 ダンテが紫乃を後ろから包み込むようにして覆いかぶさってきた。いつもの冗談なので、紫乃は軽く受け流す。

「お仕事中でしょ」

 背後から抱きすくめてくるダンテの腕をやんわりと叩き、するりと彼の拘束から逃れる。

「我が愛しのdarlingは真面目だね」

「お主が不真面目すぎるのだ」

「そうですよ、ダンテ。公私は分けなければなりません」

 苦笑しながら肩を竦めるダンテを、マハとダンタリオンがたしなめる。
 そんなやりとりをしながら、ダンテは部屋の中に飾られている帽子を自分の頭に乗せ、鏡を覗き込み、あながち悪くないと悦に入る。

「紫乃、この帽子どうだ? なかなか似合ってるだろ?」

「そうね。いつもは帽子被らないけど、結構似合ってる」

 そうだろ、とダンテが再び鏡を覗き込んだ時に異変は起こった。
 波動が階下から床を突き抜け、ダンテの体内──脚から頭頂部までを、まるで電流のように駆け抜けた。それに呼応するかのように、ダンテが一瞬だけ赤い悪魔の姿に変じる。そのはずみで被っていた帽子が床に落ちた。

「……!?」

 ダンテの異変に紫乃達も気付いて声をかけようとするが、あまりにも唐突すぎて声を発することが出来なかった。
 ダンテはすぐに人の姿に戻るが、身動きもせずに自分の足元を見つめる。電流のように強いその波動は、同じ血を引く者だけが感じる魂の叫びであった。

「……ダンテ……?」

 静寂が訪れてダンテが落ち着いたのを見計らい、紫乃がようやく声をかける。

「似てる……」

 かつて今の波動に似た魂の慟哭を、ダンテは感じたことがある。だが、今感じた叫びの主がダンテの知る人物であるはずがない。
 その男は──兄バージルは、既にこの世にはいないのだから。

「ふむ……紫乃、思っていたより楽しい場所みたいだぜ」

 ダンテは床に落ちた帽子を拾い上げ、元の場所へと戻すと紫乃に笑みを向けた。

「そう……なの?」

「ああ。しかし……ひとまず今は連中を叩くのが先だな」

 小さく息をつくと、ダンテは紫乃達を連れて森に続く道へ向かった。

 * * *

 ネロは一ヶ月前、悪魔と戦い腕を負傷した日からずっと後悔し続けてきた。俺はどうしてこんなにも無力なんだ、と。
 純粋に、力が欲しい。力がなくてはキリエを守れない。女神のような優しい慈愛に満ちた微笑みを向けてくれるキリエを守るために、力が欲しい。
 死んだのか、生きているのか、今自分がどうなっているかわからない。だが、何故か懐かしい夢を見ている。その夢に、一人の男が現れてネロに話しかけてきた。

 ──力が欲しいか。

 ああ、欲しい。キリエを、大切なものを守るために力が欲しい。

 ──お前の魂の叫びが聞こえるか。

 男の声は、まるで脳内に直接語りかけてくるような感じの声だ。
 冷たく乾いた、けれど優しい声。

 ──魂は何と叫んでいる。

 男に問われて答えようとしたが、ネロは逆に問うた。

「あんたの魂は何て叫んでるんだよ?」

 ふ、と男は小さく笑った。

 ──もっと力を、と。

「そうか……俺もそれでいい」

 男が答えるとネロはそう答え、そこで夢は終わった。

 夢から覚めたネロは、自分の右手が熱を持ち震えていることに気付き、完全に意識が戻る。
 直後、ネロの右手に刀が飛び込んできた。研究室の大きな試験管の中で折れた状態で浮かんでいた刀は、完全な状態へと復元されていた。どうしてそんなことになったかは不明だが、ネロはただ一つだけわかっていた。
 体に、力が溢れている。心臓を貫かれたはずなのに生きている。溢れる力によるものだろうか。
 視界に、ネロへ手を伸ばすビアンコ・アンジェロの姿が見えた。もちろんそれを受け入れようとは思わない。ネロは拒むように叫んだ。

「うわああああ!!」

 体から力が溢れ出し、その力の波がビアンコ・アンジェロを打ち砕いた。動く鎧を作り出したアグナスは離れた場所にいたが、ネロの力に気付き、慌てた様子で振り返る。

「何!?」

 驚愕して回避することも出来ず、アグナスは吹き飛ばされた。ネロから溢れ出す力により、周囲の壁や柱は崩れ、白煙を上げる。
 ネロはビアンコ・アンジェロのランスによって壁に縫い付けられていたが、力の波により磔状態から逃れる。ふらふらと覚束ない足取りで数歩歩き、右手の刀と、背後に意識を向ける。力の象徴ともいうべき存在が、振り返らずともわかる。確かに『悪魔』がいる。

「な、な、何故だ!? 何故貴様は閻魔刀を復元出来た!? 私にすら不可能だったのに……何故貴様のような小僧に出来たのだ!」

 白煙の中から現れたアグナスは、昆虫のような姿に変わっていた。どうやらそれが彼の『天使』の姿らしい。

「ありえない……そ、そんなことは……あ、あ、あ、ありえない!」

 教団の技術局を統括し、教団騎士が使っている武器などを開発してきたのだから、閻魔刀も必ず復元可能だと信じていた。それなのに、こんな生意気な小僧があっさりと成し遂げてしまったことに、アグナスは酷く狼狽した。

「あの日、俺は誓った……キリエを守ると……キリエを守れるなら……悪魔に魂を売ったっていい……俺の魂が叫んでいる……もっと、力を……」

 ネロが何かに取り憑かれたかのように呟く。
 アグナスは怯えた様子でネロを見る。大きな昆虫型の天使に向かい、ネロは閻魔刀を振り上げた。
 たった一振りしただけで、閻魔刀は衝撃波を生む。けれどそれはアグナスに当たることなく、彼の背後の壁を大きく崩すだけにとどまった。力が大きすぎるせいで、ネロは自分で自分をコントロール出来なかった。

「あ、あああ、ありえないありえない……アリエナイ!」

 アグナスは狼狽したまま背中の羽を振動させて浮き上がり、慌ててその場から逃げ出した。
 アグナスの逃げた方向を見つめてネロは追いかけよう足を踏み出したが、そのまま床に倒れ込んでしまった。

 * * *

「──以上が現在の状況です」

 円卓を囲う教団の幹部達にクレドは報告を済ませた。
 幹部達は渋い顔をしている。ダンテを捕縛出来るのか──そのような危惧をしているからだ。
 クレド以外はネロの実力を知らない。その一方、ダンテの力はこれまでの事実からうかがい知れる。

 ダンテは教団が神と崇めるスパーダの実子であり、復活しようとしていた魔帝を封印した。他にもダンテについての逸話はあるが、その二つだけでも彼が尋常ではない力の持ち主なのは明白だ。
 一方ネロは教団騎士の中でも実力は抜きん出ているが、帰天の儀式を受けていない生身の人間である。他の幹部はその点に不安を抱いており、そのせいなのか、誰も意見を述べない。

「では、次はこれからの人員配置についてですが……」

 次の議題へ移ろうとした時、背後から扉が乱暴に開ける音がした。振り返れば、鬼のような形相のアグナスがクレドを射抜くように睨んでいる。

「クレド! き、き、貴様!」

 アグナスは怒鳴りながらクレドのところへ近寄り、クレドの襟首を掴み上げた。

「な、な、なな何故教えなかった! どど、ど、どういうつもりだ!」

 クレドはアグナスの言葉の意味は理解出来なかったが、それ以上に円卓会議に横槍を入れられたことに腹が立った。ため息をつき、アグナスの手を払う。

「声を荒げるな。教皇の御前だ」

 サンクトゥスを見れば、彼は目を細めて二人のやり取りを見つめていた。怒鳴り込んだアグナスを叱責しないところを見ると、彼の話を聞いてやれということだろう。アグナスもサンクトゥスを一瞥したあと、すぐにクレドへ向き直る。

「あ、あ、あの小僧は悪魔だぞ!」

「小僧? 誰のことを言っている?」

「ネロとかいう小僧だ! 奴は、あ、あ、悪魔の力を持っていた!」

「馬鹿な……」

「馬鹿なだと!? 知らぬふりか? ふ、ふふふざけるな! あの小僧、研究所で暴れ回った挙句、や、や、閻魔刀まで復活させたんだぞ!」

 閻魔刀の単語が出た途端、他の幹部達の顔が一瞬色めき立つ。

「あ、悪魔の力もなしにそんなことが出来るか! 貴様の、せ、責任だぞ! 閻魔刀が持ち去られたのだ! わ、わ、我らの計画が台無しになったらどうする!? き、き、きき貴様のせいで!」

 アグナスは一気にまくし立てる。言葉が途切れたのでこれで終わりかとクレドは思ったが、再び興奮が極度に達したせいかアグナスは何度も言葉を詰まらせ、怒鳴り声を上げられなくなった。
 それにより、円卓の間に静寂が訪れる。

 クレドはアグナスの言葉を頭の中で反芻する。
 ネロは悪魔、閻魔刀を復活させた。ただそのことがクレドの意識をアグナスからそらせていたが、サンクトゥスに名前を呼ばれたので教皇と向かい合う。

「ネロという小僧を捕らえるのだ」

「──お望みとあれば」

 アグナスの話が事実であれば、ネロを放置しておくわけにはいかない。そういう意味では、ネロを捕らえることに異議があるわけではないが、しかしと続ける。

「ネロを捕らえることが出来るのは私だけでしょう。ですが、私がネロを捕らえるとなると、ダンテの捕縛に向かう者がおりません」

 ネロにダンテを捕らえるよう命じたのはクレドだが、ネロがダンテを捕縛出来るとは考えていなかった。ネロを向かわせ、一方でクレドも迎え撃つ。挟撃して初めてダンテを捕らえることが出来ると考えていたのだ。
 しかし、クレドがネロを捕らえに向かうのであれば、ダンテの捕縛計画が成功しない。

「私がダンテを追いますわ」

 円卓を囲んだ一同が考えあぐねていると、一人の幹部が名乗り出た。

「おお。グロリア、頼まれてくれるか?」

 グロリア。
 一ヶ月前、魔剣スパーダや複数の魔具を持ち込み、その見返りとして幹部の座を手に入れた女性だ。

「教皇様の御為なら喜んで。必ずや捕らえてご覧にいれましょう」

 そう答えると、グロリアは出口に向かって歩き始めたが扉の前で立ち止まり、振り返ってサンクトゥスを見つめた。

「それにしても、教皇様が御無事で何よりです。きっと神の御威光ですわね」

 恭しく頭を垂れたあと、グロリアは部屋を出て行った。
 グロリアの気配が去ったあと、クレドはサンクトゥスに詰め寄る。

「よろしいので?」

「構わぬ。あの女がもたらした魔剣スパーダがあるからこそ、神は完成したのだ。今は好きにさせておけば良い」

「しかし、得体の知れぬ女です。あまり信用なさるのは……」

「我々を裏切るなら、その時はあの女も始末すれば良いことだ。問題があっても対処出来る。それに、素性の予想もついておるしな」

 グロリアの素性。
 サンクトゥスに言葉の真意を問おうとしたクレドだが、それよりも先にサンクトゥスがクレドの手にそっと触れてきた。

「クレド、ネロと閻魔刀はお前に任せよう。頼んだぞ」

「仰せのままに」

 柔和に笑んだサンクトゥスの目が、クレドを覗き込んできた。歴代教皇の中で最も偉大なるサンクトゥスの頼みを断れるわけがない。クレドはただただ従うだけ。
 ネロを捕らえることは不本意だが、楽園を実現させるためだ。弟のように思ってきたが、もはやクレドは迷うことは許されなかった。教皇の期待を裏切ってはならない。
 楽園を実現させるため、ネロを捕らえなければならない。自分にそう言い聞かせながら、クレドも円卓の間をあとにした。


2014/11/17

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