第5話 フォルトゥナ城


 魔剣教団・本部──
 広い室内の中心に石造りの平らな屋根が四本の柱で支えられており、その下には同じく石造りの寝台がある。
 寝台の上に仰向けで横たわっているのは、魔剣祭でダンテに殺害された教皇サンクトゥス。その傍らには騎士団長のクレドが静かに控えていた。
 静寂が支配する中、サンクトゥスに変化が起こった。閉じられていた瞼が開き、瞳は禍々しいほどに赤い。身体全体が大きく跳ねると、手や指、足の先までもが不規則に痙攣を始めた。それがしばらく続くと教皇の瞼は閉じられ、身体の痙攣も次第におさまっていく。
 ほどなくして息を吐き出して再び開かれたサンクトゥスの瞳は、赤ではなく元の黒いものへと変わっていた。

「お目覚めになりましたか」

「クレドか……」

「ダンテと紫乃という娘に関しては、現在私の部下が追跡中です」

 現状を手短に報告すると、サンクトゥスはダンテと呼ばれた男の姿を思い起こす。魔剣祭に乱入し、一瞬のうちに自分を撃ち抜いた赤いコートの男。

「奴め……帰天しておらねば命を落としておったわ……」

 サンクトゥスが忌々しく吐き捨てた。
 帰天──
 悪魔の力を人間に宿すというアグナスの研究による施術の結果、人間と悪魔が融合することである。
 また、教団は以前よりダンテの監視を行っていた。その結果、彼が昨年から東洋人の娘と一緒に暮らし始めたことや、その娘が魔剣士スパーダと同格の悪魔の子であることを知った。そして、娘が空間を繋いで移動出来ることも。
 フォルトゥナには地獄門と呼ばれる、魔界と人間界を繋ぐ巨大な黒い板がいくつかあり、開通させる際には莫大な魔力が必要である。娘の能力を利用すれば、確実に地獄門を起動させることが可能だろう。

 サンクトゥスとクレドが話していると、クレドの後方から一人の男がやって来た。クリップボードを持ち、何かのメモをとっているクレドよりも大柄な片眼鏡の男。教団の研究施設に閉じ篭って研究を続けているアグナスだった。

「……教皇様! これはご機嫌麗しく……」

 サンクトゥスに向かって恭しく挨拶をして寝台に近付こうとしたがクレドに阻まれ、アグナスは顔を思いきりしかめた。

「……ダンテを追っているネロとかいう小僧の件だが……」

「何か問題でも?」

 部下の名前を出されたが、クレドは表情を変えることなく訊き返す。

「も、問題でも、だと? こ、こ、この大馬鹿者が! 私の研究施設を、み、みみみ見られたらどうするつもりだ!」

「現在の最優先はダンテの捕縛だ。もちろん同行している娘もな」

「貴様は、こ、こ、こ……」

 教団の騎士が使用している機械剣や帰天などは、全てアグナスの研究成果の賜物である。それほどまでに頭脳は明晰ではあるものの、興奮すると吃音の癖が出てしまうのがアグナスの欠点ともいえる。
 教団トップの教皇が全幅の信頼を寄せるクレドのことが気に入らないアグナスが詰め寄っても、クレドは涼しい顔を崩さない。それが余計に腹立たしい。
 アグナスがさらにクレドに詰め寄ろうとした時、サンクトゥスが口を開いた。

「──クレド」

「何なりと」

「皆を集めてくれ。安心させてやらねばなるまい」

「御意」

 サンクトゥスへ頭を下げたクレドは踵を返し、部屋をあとにした。そんな彼の背中をアグナスは、ギリッと歯を食いしばり憎々しげに睨み付ける。

「アグナス」

 クレドが部屋から出ていくと、サンクトゥスは部屋に残ったもう一人の幹部の名を呼んだ。

「は、はい! 何でしょう!?」

「そろそろ神の調整を行いたいのだ……出来るか?」

「そ、そそそれはもう! 教皇様がお望みとあらば!」

「あれはお前にしか出来ぬ仕事だ。娘を捕らえた時の準備も頼む」

 礼儀正しく人望も厚いクレドとは反対に、アグナスは社交性に欠けており、任せられる任務も日陰仕事ばかりだ。それでもアグナスは感動の涙を流しそうなほど、その表情は喜びに満ちていた。
 体面を重んじるクレドには人前で褒め称え、重要な任務を与えれば良い。
 一方、『自分だけが』重用され、愛されていると感じたいアグナスには、二人きりの時に密かに任務を与えてやる。
 仲違いしている二人の性格を把握しているサンクトゥスだからこその人心掌握術であった。

 * * *

 霊峰ラーミナは巨大なすり鉢状の形をしており、その大きく窪んだところに建っているのが、魔剣士スパーダが領主として存在していたというフォルトゥナ城だ。フォルトゥナでも最も人を集める観光名所となっている。排他的な気質のフォルトゥナでは観光客自体が珍しいのだが、それでも外から来た人間が最も興味を引かれ、感動を覚える名所である。
 フォルトゥナ城へ向かうためには山道を登り、ラーミナ山の五合目程の場所に架けられた橋を渡らなければならない。橋を渡ったあとは反対側の山道に移動して、そこから今度は山道を下っていくとフォルトゥナ城に辿り着ける。

「何つーか、面倒な構造だな」

「確かに……でも、外敵を防ぐために敢えてこんな構造にしたんだと思うわ」

「それにしても、かなり吹雪いているではないか。冬でもないのにこれほどの寒さとなれば……」

 ラーミナ山は、まるで真冬のように吹雪いていた。標高の高い山なので、山頂に近付けば季節を問わず雪が見られるらしいのだが、今の季節に吹雪というのはありえない。もちろん異常気象でもない。
 考えられる原因は──

「おそらく吹雪を発生させてる悪魔がいるだろうな」

 ダンテはそう言って、コートの中の紫乃を自分の方へ抱き寄せる。

「紫乃、大丈夫か?」

「うん、ありがとう。あったかいわ」

 標高も高く、その上吹雪いているせいでとても寒い。ダンテは最初、自分の着ているコートを脱いで紫乃に着させようとした。しかし、紫乃が「それじゃダンテが寒いから駄目」と言い、こうしてダンテの着ているコートに包まれる形となっている。
 紫乃と密着出来ることが出来て、図らずも役得となったことにダンテは内心喜んだ。

「マハは大丈夫? 寒くない?」

「うむ、案ずることはない」

 フォルトゥナ市街を離れてから、マハは猫から本来の姿へと戻っていた。普段は小さな猫なので意識していなかったが、マハが本来の姿になると大きい。体長はゆうに3mもあり、しっかりとした体格とふかふかの体毛のおかげで寒さに動じることなく、降り積もった雪を踏みしめていく。

 やがてフォルトゥナ城に到着すると早速侵入し、トリッシュに会うため城内各所を回る。トリッシュから指定されたのは時間だけで、場所まではわからないからだ。

「手分けして探しましょうか?」

「いや、一緒にいた方が危険も少なくて済む」

 昨夜のように時間しかわからないが、今日はトリッシュは教団幹部として動いている。自由に行動出来る範囲が限られているのだとすれば、時間だけ指定して場所はその時に決めれば良いと考えているのかもしれない。

「それにしても、素敵なお城ね」

 城内には多くの部屋があり、そのどれもに様々な物が展示されている。中世に作られたとおぼしき剣や鎧、呪術的な役割があったかのような彫像など、まるで博物館のような場所だ。
 どんな展示物もダンテの興味を引くことはなかったが、紫乃にとっては違ったようだ。

「こんなお城に住んでいたなんて、やっぱりおじ様は凄いのね」

 母親からスパーダの物語を聞いていた紫乃にとっても彼は英雄であったが、ダンテとは憧れの度合いに格差があった。
 一緒に暮らした年月は多くはないにしろ、ダンテにとって魔剣士スパーダは父親で身近な存在だった。
 対する紫乃はスパーダとは一度も会ったことがなく、ずっと憧れを抱いてきた。だから彼女がこうやってはしゃぐ理由もわかるのだが、ダンテはどうしてもここがスパーダの城だとは思えなかった。
 一つくらい本物の魔具や魔剣が遺されていても良さそうなのに、城内にはそれらしき品が見当たらず、平凡な品ばかりだからだ。

「でも、やっぱ眉唾物かね……ここに親父がいたっていうのは」

 城内はひっそりと静まり返り、ダンテ達が歩くたびに靴音を響かせている。
 何度か悪魔が現れたが数も多くはなく、リベリオンや紫乃のダンタリオンを使うことなく、エボニー&アイボリーだけで事足りた。

「張り合いがねぇな……」

 呟きながら次に足を踏み入れた部屋は、古い書物特有のかび臭さに満ちていた。

「わ……本がいっぱい」

「蔵書室のようだな」

 紫乃が物珍しそうに書架に並ぶ本を眺めたり、手に取ってページをパラパラとめくったりする。ダンテも手近にある本を一冊取り出して開けてみるが、理解出来ない文字が羅列しているのでわけがわからず、思わず舌打ちをした。

「何の楽しみもありゃしねぇ」

「そう? 何て書いてるかわからないけど、結構面白いよ」

「主、今回の件が終わったら、トリッシュに教わってはいかがか」

「そうね」

 学校の成績も良かったという紫乃ならば、トリッシュの良い生徒となり、きっと古い文献も読み解いてしまうだろう。
 ダンテは持っていた本を近くの机に放る。その時、背後から第三者の気配を感じた。

「かくれんぼがしたいのか? それとも、化粧をしてないから出てこれないのか?」

「逆よ。変装してるから驚かせちゃいけないと思ってね」

 覚えのある気配と、聞き慣れた声。

「トリッシュ?」

 紫乃が蔵書室内をキョロキョロ見回すが、やはり姿を現そうとはしなかった。

「ごめんなさい、紫乃。今は会えないの」

 トリッシュとしても可愛がっている紫乃と会って抱擁を交わしたいのだろうが、今は変装中だからそれも出来ないという。

「それで、例の奴はどうなってるんだ?」

「置かれている場所についてはわかってるの」

「何処だ?」

「この城の地下の研究施設にね。でも、回収は後回しで良さそうよ」

 ダンテ達がフォルトルナを訪れた目的は、魔剣教団の壊滅である。だが、先に教団に潜入していたトリッシュが入手した情報が、もう一つの目的をダンテに与えることになったのだ。
 それが今、ダンテとトリッシュが話している閻魔刀である。
 かつてスパーダが所有していた魔剣で、バージルへと受け継がれていたが、長い間行方知れずとなっていたものだ。ダンテにとって、父と兄双方の形見である──と、紫乃は事前にダンテからそう聞いていた。
 閻魔刀は他の魔具と比較しても遥かに強大な力を持っている。魔剣教団のようなよからぬ連中に預けておくわけにはいかない代物だ。そのため、魔剣教団の壊滅と共に、閻魔刀を回収することも目的に加えられていた。

「後回し? そりゃどういう意味だ?」

「閻魔刀は折れてしまっているの。教団の技術で復活させるのは不可能よ。だから奴らに利用されることもないって意味」

「なるほどね。じゃあ、とりあえず連中を叩くか。ここからどう行けばいい?」

「城の裏手から森に出られるわ。その森を抜けた先に教団本部があるの。大きな建物だからすぐにわかるはずよ。この城を出るための通路は、私の方で開けておくから」

「了解。紫乃、マハ、行くぞ」

「はーい」

 ダンテは小さく息をつくと、トリッシュとの会話を邪魔せず待ってくれている紫乃とマハを呼び、蔵書室を出ようと歩き始めた。だが、ふとあることを思いついて足を止める。

「そうだ、少し寄り道してもいいか? もう少し城を見て回りたいんでね」

「好きにしたら? でも、スパーダに関する物はこの城にはもうほとんどないと思うけど」

「まあ、俺にしかわからないような物がないとも限らねぇしな。観光だよ、観光」

 ダンテの言葉に、姿を見せないトリッシュは小さく笑った。

 * * *

 ネロもフォルトゥナ城の前までやって来た。
 途中、フロストと呼ばれる氷の鎧を身にまとった悪魔と交戦した。それでも吹雪はやまないので、これはひょっとすると吹雪の原因となる悪魔が他にいるのだろうと推測しながら城の扉まで歩み寄ろうとした、その時だ。
 突然、何かが城壁を越えて飛び出してきた。ネロは咄嗟にブルーローズを構え、いつでも引き金を引けるように指をかける。
 改めて注視すれば飛び出してきたのは人間のようで、それも何故かスケアクロウを両脚で挟み抱えて跳んできた。

「……は?」

 唖然としているうちにその人間は落下しながら、抱えているスケアクロウを地面に叩き付けたのち、ゆっくりと立ち上がる。
 浅黒い肌に、直線状に切り揃えられた白い髪を持った女だ。それだけなら特に何とも思わないのだが、問題なのは彼女の格好である。胸元に深いスリットの入った白い奇妙な衣服を着用しており、豊満な胸は今にもこぼれそうな具合だ。
 女が誰なのかはネロはわからなかったが、少なくともフォルトゥナ出身者ではないことだけはわかる。このような扇情的な格好をする女なんて、フォルトゥナで生まれ育った者にはいないからだ。

 何者だとネロが声をかけようとするも、スケアクロウの集団が飛び出してきたことにより中断された。女の周りを、何体ものスケアクロウが取り囲む。
 ネロはすぐに身構えるが、それよりも一足早く女が動いた。一体何処から取り出したのか、三日月のような形状の刃物でスケアクロウを斬りつけていく。それは、魔剣教団のどの騎士よりも悪魔退治の場数を踏んでいるネロよりも鮮やかで無駄のない動きであった。

 せいぜいネロに出来たのは、女の背後に飛びかかった最後の一体のスケアクロウをブルーローズで撃ち落すことだけだ。そんなささやかな手助けに、女は小さく笑った。

「一応お礼は言っておくわね」

 ネロに向けられる女の笑みの中に敵意は見られない。それなのに、何故か右腕が疼いて仕方ない。スケアクロウは全て始末しているというのに。
 ──もしかして、この女に反応しているのだろうか。
 女を警戒しつつ、ネロは密かに捲り上げていた右袖を下ろし、右手をコートのポケットに突っ込んだ。

「ここらへんじゃ見ない顔だな。あんたも教団の人間か?」

「新入りのグロリアって言うの。よろしく」

 グロリアと名乗った女が右手を差し出してくる。握手を求めていることがすぐにわかった。だが、その求めに応じて右手を晒すわけにはいかない。教団の人間ならば、この悪魔の右腕を見られるのは余計にまずい。
 ネロは小さく目をそらし、グロリアの求めを拒んだ。

「あなた、ネロでしょう? 噂はいろいろ聞いてるわ」

 グロリアはネロの態度に気を悪くするわけでもなく──というよりも、興味をなくしたように次の話題に移る。

「……どうせろくな噂じゃないんだろ」

「『扱いにくいはみ出し者』、『生意気な不信心者』、『一匹狼気取りのいけ好かない奴』とか」

「……もういいよ。自覚はしてる」

 このまま放っておいたらネロを評する言葉を並べ立てそうだったので、ネロはグロリアを制した。

「ところで、このへんの悪魔は何処から湧いてるか知らないか? さっきフェルムの丘で、でかい悪魔が黒い板から湧き出してるのを見たんだが……」

 言いながら、ネロは先程の出来事を思い返す。巨大な黒い板から、大きな角を生やし、長大な剣を持った四足の悪魔が現れた。そいつは自分を『炎獄の覇者ベリアル』と名乗り、その名の通り、ベリアルは炎を身にまとっていた。
 結論から言えば、ベリアルとの戦いに勝利したとは言いがたかった。何せベリアルはネロの右腕を見て「悪魔でも人間でもない。貴様も奴と同じ……」と呟いたのち、炎の塊となって黒い板に飛び込み、その穴の中に消えていったのだから。
 それでも、向こうが勝手に引き下がって消えたのだから、勝ったと言っていいだろう。

「まさか城の中にも同じようなものがあるのか?」

「さあ? 少なくとも私はそんなものは見なかったけど……」

「なあ、手が空いてるなら丘にある板の調査をしてくれよ。俺は別の任務があって、そっちの調査をする暇がないんだ」

「残念だけど、私も別任務があってね。先行してる部隊の救援に行かなくちゃいけないの。でも、あなたの情報は伝えておくわ」

 ありがとうとグロリアは言うが、その表情は変わらない。掴めない女だとネロは思った。

「じゃあ、私は行くわね。あなたに神のご加護があらんことを」

 そう言い残し、グロリアは去っていった。

「神、ね……。本当に神様がいるんなら、こんな状況にはなってないと思うがね」

 鼻であしらうかのように、ネロは小さく吐き捨てた。


2013/12/07

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