第4話 捕獲命令


 跳躍したネロはダンテに殴りかかるも、リベリオンを盾にされたことにより、ダンテ本人へダメージを与えることが出来なかった。
 だが、ダンテはネロの恐ろしいほどに強い腕力で後方へ吹き飛ばされてしまう。それに追いついたネロはダンテの足首を掴んで自分の元へ引き寄せると、右腕を振り上げてダンテの顔を殴り付ける。その衝撃でダンテの頭を中心とした周辺の床が割れ、彼の頭が床にめり込んだ。

 それからネロは休む間もなく左手でダンテの髪を掴み、右手で何度も何度も殴る。手加減を知らないネロの攻撃に、ダンテは一瞬魔人状態になり、すぐに元に戻るということを何度か繰り返した。
 だが、ネロは激高して我を忘れているせいか、ダンテが魔人化したことに気付く様子はない。
 感情に任せて殴り続けていたネロは、おもむろにダンテの胸倉を掴んでスパーダ像へ向けて投げ飛ばすと近くに落ちていたリベリオンを拾い、ダンテめがけて投げた。その直後、ドンッと勢い良く背中をスパーダ像に打ち付けたダンテの胸に、ぐっさりとリベリオンが突き刺さる。

 息もつかぬほどの攻撃を繰り出したネロは肩で息をしながらも、ダンテの身体から力が抜けてぐったりとしたことを確認すると、キリエの元へ向かうため、礼拝堂を出ようとダンテに背を向けた。

「……やるな」

 ぴたりとネロの足が止まる。一瞬耳を疑ったが、今の声は間違いなくあの赤いコートの男のものだ。まさかと思いつつ振り返ってダンテを見上げれば、どういうわけか生きているではないか。胸を、それも身体の中心を貫いたのに。
 ──何故生きていられる!?

「ちょっと、お前の力を……甘く、見てた」

 苦しそうに言葉を吐きながら、ダンテはのけぞるようにして磔の状態から抜け出し、床に着地した。
 何ということだろう。大剣に身体を貫かれて無事な奴なんているわけがない。
 信じられないことが目の前で起きていることに、ネロは困惑した。だが、驚きと同時に納得もしていた。これほどまでの強さを持った相手ならば、悪魔のような強靭な生命力を持っていても不思議ではない。

「……人間じゃない……」

「お互い様だろ。お前も、俺も」

 そう言いながら、ダンテは自分でリベリオンを引き抜いた。もちろん引き抜くたびに痛みも感じるし出血もするが、すぐに傷が治る身体である。一時的な痛みなど我慢してしまえば、どうということはない。

「……俺は……人間だ」

「じゃあ、こいつらは?」

 ダンテの言う『こいつら』とは、彼に斬り捨てられた教団騎士のことだ。その死体の肌はまるで炭のように真っ黒で、見開かれた目は禍々しいくらいに赤い。
 もはや人間ではない教団騎士を見下ろしていたネロに、ダンテが上方から話しかけてきた。見上げれば、割って侵入してきた天井のステンドグラスの窓枠に彼はいた。

「まあ、お前はそいつらと少し違うみたいだがな」

「何のことだ?」

「そのうちわかるさ。俺は仕事があるんでね。坊やの相手はとりあえずここまでだ」

「おい!」

 自分は教団騎士とは少し違う。
 そう言われても何のことかわからないネロは、立ち去ろうとするダンテを引き止めようと窓枠に向けて発砲するが、弾は枠にむなしく当たっただけでダンテは姿を消した……と思ったら、ひょっこり顔を覗かせた。

「あばよ、坊や」

 気障な仕草で別れの挨拶を残す男の隣に、一人の女が顔を出してきた。何故か、彼女の隣に黒猫もひょっこりと顔を出す。

「あの! 『怖がらせてすみません』ってキリエさんに伝えてください!」

 紫乃も割れた窓枠から身を乗り出してそう言うと、ネロは上を見上げた状態のままポカンとした顔になった。

「……誰だあんた?」

 いきなり東洋人の女が顔を出したかと思えば、キリエに謝ってくれと言っている。何が何やらさっぱりわからないネロがさらに困惑していると、赤の男と今の女のやり取りが聞こえてきた。

「おい紫乃、そりゃどういう意味だ?」

「だって、返り血浴びた顔で威嚇したら怯えるでしょう」

「威嚇なんてしてないぜ、俺は」

「していなくてもキリエさん怖がっていたじゃない。ほら、血拭くからじっとしてて」

 そう言うと、女はハンカチを取り出して男の顔を拭き始めた。

(……何なんだ、あいつら?)

 戦闘中はずっと腹が立つくらい余裕を見せていた男が、年下の女に説教を喰らっている。おまけに血を拭かれるさまは、まるで子供ではないか。
 ネロがあっけにとられていると、天井の向こう側にいる男女の声が遠ざかっていくのと同時に、クレドが応援部隊として呼んだ教団騎士がやって来た。


 教団の騎士として所属しているネロであるが、悪魔の右腕は誰にも見せていない。これを見られてはいけない。
 ネロはすぐに捲り上げていたコートの袖を下ろし、なるべく手が隠れるように袖口を引っぱっていると、クレドとキリエもやって来た。
 クレドは、ネロとダンテが戦って傷ついた礼拝堂をぐるりと見渡し、キリエは自分の背丈の半分以上もある黒い大きな箱らしき物を運んできた。その箱は女性の力では運ぶだけでも苦労するほど、かなりの重量がある。

「持って来たのか」

 箱を運んできたキリエをねぎらうかのように、ネロは彼女の肩に軽く左手を置き、箱を受け取る。

「兄さんに頼まれたから……」

「助かるよ。これがあるとないとじゃ大違いだ」

 箱を床に置いて蓋を開ければ、中には剣を構成するパーツが分解された状態で納められていた。それは、ネロが改造を施した機械剣レッドクイーン。
 並みの騎士ではレッドクイーンを扱うことが出来ず、常人より桁違いの腕力を持つネロにしかこの剣は自由に振り回せない。
 キリエから右手が見えないよう身体で隠しつつ、ネロは慣れた手付きでレッドクイーンを組み立て始めた。

 ふと、キリエが礼拝堂を見回し始めた。床を何度も目で追えば目的のものが見つかり、その場所へ歩み寄る。踏み潰されてぐしゃりと変形した水色の箱と、金色に輝くペンダントが落ちていた。
 ペンダントトップは、ピンク色の細長い綺麗な宝石に、金色の左右対称に交差した翼と広げた翼が二組。シンプルながらも美しい装飾と、破損していないことに安堵したキリエは自然と顔が緩んだ。

「フォルトゥナ城に向かった。目撃者がいる。男の他に女と黒猫もいたらしい」

 クレドの言葉を聞いて先程の東洋人の女を思い出したネロは、「そういえば」と声を漏らしてキリエに話しかける。

「キリエ、『あいつが怖がらせて悪かった』って伝言頼まれた」

「……?」

「あの男と一緒にいた女に頼まれたんだ。キリエに謝っておいてくれって」

 あいつというのが赤いコートの男だということにキリエは気付いたが、何故一緒にいたという女性に謝られなければいけないのか、と疑問が浮かぶ。
 ネロはレッドクイーンを組み立てているため視線は下に落としたままだが、キリエが戸惑っている雰囲気は容易に感じ取ることが出来た。

「それにしても、殺人鬼が観光名所巡りとはね。順当なルートだけどな」

 手早くレッドクイーンを組み立てて軽口を叩くネロを、クレドは厳しい表情でたしなめる。

「真剣にやれ! 男と女を捕らえろ、必ずだ」

 クレドもネロも孤児院育ちで二人に血の繋がりはないが、クレドはネロを自分の弟のように思い面倒を見ている。そんな一方で、教団内ではみだし者扱いのネロを自らの部下として常に目を配らせ、厳格な態度で接している。ネロを大切に思うからこその厳しさだ。

「……女も? 男だけじゃなくて?」

 教皇を殺害したのは男なのに、何故教皇に手をかけていない女までも捕らえなければいけないのかという疑問が浮かび、ネロは首を傾げた。

「あの男に同行している共犯者なのだ。捕らえるのは当然だ」

「……わかったよ」

 女を捕らえる理由にわずかな引っかかりを覚えたものの、生真面目で体面を重んじるクレドの言い分にも一理ある。ネロは小さく息を吐き、頷いた。

「ネロ、無理をしないようにね」

「それが仕事なんだ」

 身を案じてくるキリエの首には、金色のペンダントが輝いていた。それはネロ自身が贈ったものだ。
 荒れた礼拝堂の中をわざわざ探して身に付けてくれたキリエに、ネロは嬉しくも少々照れくさく感じ、思わずキリエから視線をはずした。
 ──やはり彼女に似合っている。

「非常事態だしな」

「私は本部に戻る」

 クレドが礼拝堂から出ようと歩き出した時、礼拝堂全体が揺れ、パラパラと砂礫が落ちてきた。三人が急いで礼拝堂から外へ出てみれば、逃げ惑う住民が何匹ものスケアクロウに襲われていた。
 こんな状況になった原因は、教皇を殺害したあの男──

「クレド、これも奴の仕業だと思うか?」

「……そうかもしれん」

 教皇暗殺の直後に大量の悪魔が現れたとなれば、誰だってその関連性を疑ってしまう。
 ネロは後ろのキリエをちらりと見る。醜い悪魔に無力な街の人間が襲われ、命を奪われる光景を目の当たりにした彼女の悲しそうな表情がそこにあった。
 これ以上、彼女を悲しませてはいけない。そう決心したネロは口元を引き締め、背負ったレッドクイーンの柄を握って地を蹴った。

「クレド、キリエを頼む。それに、住民の避難も。ここは俺が食い止める」

 柄をひねれば噴射剤が作動し、レッドクイーンに仕込まれた推進剤噴射機構から炎が噴出した。エンジン音を鳴り響かせるレッドクイーンを左手に構えたネロは、住民を襲うスケアクロウを次々と切り捨てる。

「住民は本部に避難させる! 何かあればネロ、お前も本部に来い!」

 クレドとキリエは、悲鳴を上げながら逃げる住民達を避難させるため誘導を始めた。

「了解!」

 これまでネロに『汚れ仕事』を任せてきたクレドは、彼の実力を知っている。
だからこそこの場はネロに任せ、自分は住民の避難を担うことにしたのだ。

「キリエ、早く避難しろ!」

 逃げ遅れた住民を誘導しているキリエにクレドが叫ぶ。
 やがて最後の住民の誘導が終わった時、離れた場所で泣いている子供にキリエが気付いた。親とはぐれてしまったのか、それとも親が悪魔に殺されてしまったのか。どちらかはわからないが、このままではスケアクロウに襲われてしまう。
 スケアクロウが子供へと振り向いた。
 キリエに迷いはなかった。子供を抱き締める格好でスケアクロウに背を向け、子供を守る。その背に跳躍したスケアクロウが襲いかかり、キリエは痛みを覚悟したのだが、

「行け! 早く!」

 ネロの持つレッドクイーンの一撃に助けられた。
 キリエは一瞬の安堵も束の間、泣いている子供を連れて大歌劇場を離れていった。それを確認したネロは右腕の袖を捲り上げる。悪魔に反応しているのだろう、右腕が眩しいくらいに青白く輝いていた。

「焦るなよ……」

 そう右腕に言い聞かせるように呟いたネロは、レッドクイーンの柄を再度捻り、エンジン音を鳴り響かせた。
 ──さあ、お仕置きの時間だ。

 * * *

 人間界の各地に伝わる荒唐無稽な魔剣士スパーダの伝説を、ダンテは幼い頃から信じていた。というよりも、疑う余地すらなかった。何しろ、魔剣士スパーダの実子なのだから。

 二千年前、悪魔に恐怖していた人間に情を注ぎ、魔界の王を倒して人々を救った悪魔。正義の心を持った魔界の剣士。そんな物語を、ダンテは何度も聞かされていた。
 悪魔の父が人間の母とどうやって出会い、愛を育んだのかまでは知らないし、知ろうとも思わない。ダンテにとって重要なのは、孤高の英雄の父と、気高く美しい母から、誇り高い魂を受け継いでいること、そう信じられることだ。
 だからこそダンテは自ら進んでスパーダについて調べようとは思わなかった。
 今回のフォルトゥナでの伝承だってそうだ。もはや御伽噺として扱われているような存在なのだ。信憑性の怪しい話はいくらでも転がっているし、フォルトゥナの伝承もそうだと思っていた。
 だが、その考えが少し変わりつつあることをダンテは自覚していた。それが、あの青年の存在だ。彼と同じ目をした男を、ダンテは知っている。
 スパーダのことを事細かに調べていた、自分と同じで全く違う男。彼ならば、もしかしたらこの地を訪れていたかもしれない。

 ダンテはそんなことを考えながら、紫乃とマハと共に人目を避けながらフォルトゥナ城を目指して歩いていた。

「……まあ、どっちだっていいか」

「どうしたの?」

「何でもないさ」

 小さな独り言に紫乃が首を傾げるも、ダンテは気にするなと苦笑した。
 フォルトゥナ城まで紫乃の『ゲート』を使えばすぐなのだが、どうせならついでに見て回ろうというダンテの提案により、こうして歩いている。それでも城内で先に潜入しているトリッシュと会う約束をしているので、あまりゆっくりはしていられない。彼女は時間にうるさいのだ。

「ねえ、あんまりゆっくりしてるとトリッシュに怒られちゃうよ」

「主と私だけ先行し、遅れたダンテは黒焦げにしてもらってはどうだ?」

 カカッとマハが笑うと、ダンテは「うるせぇ」と一蹴した。

「……ま、ちょっと急ぐか」

 細かい性分は似ていないのに、怒らせると怖い部分は母とそっくりだ。
 ダンテは再び苦笑すると、歩くスピードをやや速めることにした。


2013/11/28

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