第2話 深夜
トリッシュが『Devil May Cry』を出て、早くも一ヶ月が過ぎた。その間、彼女から何度か連絡を受けた。
魔具を餌──いや、供物として教団と街を統べる教皇に捧げ、教団内に潜入したこと。スパーダを神と崇めているだけあって、魔剣スパーダを捧げると、幹部の座に据えられたこと。そのため、教団内の秘密の多くを知ることが出来たという。
また、翌日『魔剣祭』というものが行われるという情報も得たので、ダンテと紫乃、それにマハと魔具から人型へ戻ったダンタリオンは早速『ゲート』を通り、フォルトゥナへ向かった。
「凄い……まるで中世に戻ったみたい」
フォルトゥナの街の、けれど人目を避けるように『ゲート』を出現させた紫乃が、街並みをぐるりと見渡して感嘆の息を漏らした。街のどの建物も中世を思わせる建築様式で、整備された街並みは美しい。
「そうですね。見事な景観です」
ダンタリオンが紫乃の言葉に頷いた。
「む……この街は……」
「マハ、どうしたの?」
紫乃の両腕に抱えられたマハも街並みを見渡すと小さく呟いた。
「私が人間界へやって来た場所だ」
マハの言葉に、紫乃だけでなくダンテの興味も引いた。
「なるほど。これだけ『魔』が濃い場所だしな」
「うん……こんなに『魔』の要素が強い場所は初めて」
これまでに数多くの悪魔退治をしてきたダンテにとっても、また、彼ほどの経験はないが半魔ゆえこういった気配に聡い紫乃にも、『魔』が強い土地であることをひしひしと感じていた。
「それにしても、ここって確か島だろ? どうやって事務所まで来たんだよ」
「確か港があってな。そこの船に少しばかり世話になった」
マハの話によれば、魔界から来たはいいものの、人間界へ移動する際に魔力を使い果たして猫の姿になってしまったのだという。だが、そのおかげで船にはすんなりと乗せてもらったらしいのだ。
「なるほどな。元の姿じゃ船に乗ることすら出来ねぇからな。魔力が尽きて逆に良かったじゃねぇか」
嫌味で笑うダンテにマハが言い返そうとしたが、紫乃になだめられる。
「ほーら、早くしないと宿閉まっちゃうよ」
ダンテ達はフォルトゥナで開催される魔剣祭を見学しに来た観光客として、今晩宿に泊まろうとしていた。トリッシュより得た情報によれば、この街は排他的な気風であるため、ただの一般人より、教団に興味のある観光客として訪れる方が歓迎されやすいと考えたからだ。
時刻は夕方、それも夕食が間近な時間帯だ。
早くしなければ野宿──はないが、折角宿泊用の荷物を持ってきたのが無駄になる。
『ゲート』を使えば事務所と繋がるし、何よりわざわざ宿に泊まる必要はないのだが、ダンテがどうせ観光客になりすますのなら宿泊施設を利用しようと言い出したのだ。ただ、そう言い出した本人は何の支度もせず、荷物は紫乃任せであった。
無責任な奴だとマハにたしなめられたが、ダンテは特に気にする様子もなく二丁拳銃の手入れに専念していた。
「では、私は近くで休息を取る」
「私も同じく」
マハは紫乃の腕からすり抜け、ダンタリオンの隣に降りる。
「観光客が猫を連れているのもおかしな話だからな」
マハが言えば、紫乃が申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね、二人とも」
「主が気に病むことはない」
「明日の朝、宿に行きます」
そう言って、マハとダンタリオンは路地裏へと姿を消した。
「とりあえず宿に行こうか。早くしねぇと本当に閉まっちまう」
「うん」
紫乃はダンテのあとを追って宿に向かった。
──夜。
あれから何とか宿を探してチェックインを済ませた二人は同じ部屋に通された。宿は初老の夫婦が営んでおり、最初は夜も間近な時間帯にやって来たダンテと紫乃を訝しく見ていたが、教団や、明日行われる魔剣祭に興味があるのだと言えば、あっさりと態度が軟化した。
住民のほぼ全員が教団の信徒という話をトリッシュから聞いていたが、どうやら本当らしい。
「あらあら、ご夫婦かしら? 奥様は随分とお若いのねぇ」
寝泊りする部屋まで案内している夫人が、当たり障りのない質問をしてきた。
「いわゆる年の差婚って奴でね」
まだ結婚してもいないのに、ダンテは夫人の言葉に合わせて返答する。
「まあ、そうなの。ご夫婦で魔剣祭を見学なさるのね」
「ああ。少し前に知人から教団のことを聞いて興味がわいたんだ。ちょうど明日魔剣祭があるって言うんで、急いでこっちに来たわけさ」
だからこんなに遅い時間、それも予約なしで宿に来たとダンテは言った。すると夫人は「大変だったわね」と苦笑した。
「そういえばあなた達、夕食は済んだの? まだなら、簡単なものでいいのならすぐ作るけど」
「もう済ませてあるので大丈夫です」
フォルトゥナに来る前、夕食は事務所で済ませてあるため、これには紫乃が答えた。
それからすぐに二人が泊まる部屋の前に着いた。三階建ての小さな宿屋だが、夫人によればこの部屋は最上階で、特に朝夕の綺麗な空が眺められるのが一番の自慢なのだという。
「それじゃあ、おやすみなさい」
夫人はそう挨拶すると、一階へ降りていった。
ドアを開けて室内に入れば、一番良い部屋ということだけあって中は意外と広い。
「へえ、なかなか広いな」
「っていうかダンテ、何普通に夫婦云々の話してたのよ」
「ん? 別にいいじゃねぇか。近いうちに結婚するんだし」
「それはそうだけど……」
何も誤解させなくてもいいのに、と思うが、怪しまれることなく宿に泊まれたのだ。ここは彼のお喋りな性格に感謝すべきか。
「ところで、今夜トリッシュと会うんでしょ? 場所は何処か決めてるの?」
「さあ」
明日魔剣祭が行われるということで、昨夜トリッシュから連絡があった。その時、電話を取ったのが紫乃ではなくダンテだったのが災いした。魔剣祭の前夜にフォルトゥナの街で一度会うことになったのだが、いかんせん電話を受けたダンテが落ち合う場所の詳細を聞かずに早々に電話を切ってしまったのだ。
「もう……ダンテってそういうところが適当なんだから」
「まあ、いいじゃねぇか。時間は0時時頃だって言ってたんだ。この街にいればトリッシュが見つけてくれるさ」
適当すぎるのもほどほどにして欲しいのだが、ダンテにそれを言っても徒労に終わるのは目に見えているので、紫乃はこれ以上何も言わなかった。
「それまでは、紫乃とこうしていられる」
そう言って、ダンテは紫乃を後ろから包み込むように抱き締めると、ゆるりとベッドへ倒れ込む。
「ちょっと……!」
「いいだろ。何もしない」
やんわりと拘束してくる腕の中の心地良さを知っている紫乃は、ただ抱き締めるだけの彼に従い、身じろぎせずじっとしていた。
「トリッシュに会うまでまだ時間あるしな。とりあえず寝とけ」
「……うん」
服越しに伝わるダンテのぬくもりに、紫乃のまぶたは早くも重くなり始めた。
それから数時間、ダンテは紫乃を抱きしめたまま横になり、束の間の休息を楽しんだ。
* * *
真夜中になった。
フォルトゥナは悪魔が現れるので、夜間に外を出歩く人間はいない。さらに、この地方で凶兆と言われる赤い月が出ている夜ならなおさらだ。
「トリッシュ、ちゃんと来てくれるかしら……」
宿を抜け出したダンテと紫乃は、街の片隅の街路樹──それも木の枝に腰掛けていた。
最初は幹に背を預けるようにして立って待っていたのだが、暇を持て余したダンテが紫乃を抱えて木の枝の上に跳び上がったのだ。住民に見られたらどうしようと紫乃は危惧したのだが、街は寝静まっており、赤い月の出ている夜の街並みを眺めようという人間はいないから大丈夫だとダンテに言われた。
枝に二人並んで腰掛けてトリッシュを待つが、なかなか来ないことに痺れを切らしたのか、ダンテが紫乃の腰を引き寄せてちょっかいを出し始めた。
「こら、ダンテ」
「退屈なんだよ」
「退屈になる原因を作ったのは何処の誰かしら」
いつもはやんわりと注意してくる紫乃が珍しく直球を投げかけたことに、ダンテは閉口するしかなかった。さすがの紫乃も、電話を途中で切ってトリッシュから詳細を聞き取らなかったダンテのアバウトぶりに少々ご立腹である。
几帳面な性格の彼女にとって、トリッシュと落ち合う場所が不明なことが許せないのだ。時間がわかっても場所が決まっていないのなら、トリッシュに捜す手間をかけさせてしまうというのに。
「……悪かったよ」
このまま気まずい雰囲気を長引かせるわけにはいかないと、ダンテは素直に己の非を認めた。
ちょうどその時、離れた場所からコツコツとヒールの音が夜の街に響いた。足音と共に感じたのは馴染みの気配。
「もう少しムードのある場所を選べなかったのかしら?」
夜の暗闇に映える金髪に、黒いレザーのビスチェとパンツ姿のトリッシュが、街路樹へと歩み寄って来た。ようやく落ち合えたことに安堵しつつ、ダンテと紫乃は樹上から飛び降りる。
「仕方ないだろ。目印らしい物が思いつかなかった」
「そうね。あなたが突然電話を切ったりしなければ良かったのよね」
「…………」
トリッシュは勝手に電話を切られたことを根に持っているようで、ダンテを責めてきた。
「紫乃、この人、何て言って電話を切ったと思う? 『今から紫乃とお楽しみだからまたあとでな』なんて言ったのよ。何が『またあとで』よ。こちらは潜入してる身で、教団の人間の目を盗んで報告してるって言うのに。すぐに掛け直しても、受話器を戻してないのか通話音しか鳴らないし」
昨夜の出来事を思い出しながら話すトリッシュの眉間に皺が出来ていた。勝手に電話を切られ、なおかつ受話器をフックに戻さず電話が鳴らないようにされたのだ。トリッシュが怒るのも当然だ。
紫乃も昨夜のことを思い出す。確かトリッシュからの電話があったとダンテが言ったあと、夜ということもあって彼とベッドの中で楽しんだ。まさかあの時トリッシュが掛け直していたなんて。
「……ダンテ……」
いくら一緒に寝る時間を邪魔されたくないからといって、相棒の報告をないがしろにすることが、紫乃は信じられなかった。
先程謝って気まずい雰囲気が解消されたばかりなのに、再び険悪な状態へと逆戻りしてしまったことに、ダンテは冷や汗を流す。
「す、すまない。俺が悪かった」
怒りの『動』と『静』両名の視線が突き刺さる感覚をひしひしと身に受けながら、ダンテはただただ平謝りした。
「はあ……もういいわ。議論してる時間はないし、とりあえず報告を済ませるわよ」
これ以上無駄な時間を過ごすつもりはない、と溜息と共に吐き捨てると、トリッシュは潜入調査で得た情報を二人に話し始めた。
「教団は悪魔を呼び出して、その力を人間に移植する実験を繰り返してるわ。実験の指示を出しているのは、教団のトップの教皇様」
「へえ……それで?」
「彼らの最終目的は、悪人なら誰しもが思い付くものよ。この世界の支配」
ただ、宗教という皮を被っている分、他の悪人よりも性質が悪い。教皇にしろその側近にしろ、自分達の行いを正しいものだと考えているという。
「堕落した世界を救済するってこと?」
紫乃が呟けば、トリッシュは「そのとおり」と頷いた。
「またその手合いか……ベタなことを考える輩っていうのは絶滅しないものだな」
「あなたにやる気がないのなら、私だけでやってもいいけど?」
うんざりした様子で溜息をつくダンテを見たトリッシュは、悪戯っぽく微笑んだ。いくら文句を吐いたところで、彼が悪魔絡みの仕事を放り出すことはないと知っている。
だからダンテは、
「やるよ。やらない理由もないだろ」
そう答えた。
「明日、あの大歌劇場で魔剣祭が行われるの。主だった教団の人間は皆出席するわ。もちろん教皇もね」
トリッシュは、街のどの建物よりも高くて大きな建築物を指差した。荘厳な雰囲気を持つその建物は、一見すればまるで教会のようだ。
「それで、魔剣祭っていうのは何をやるんだ? 出店でも出てくれれば少しは楽しめそうなんだがな」
「残念ながら娯楽的な要素はないそうよ。歌姫がスパーダを讃える歌を歌って、教皇が説法をして、皆で祈りを捧げて、それでおしまい」
「……何が面白いんだ、それ」
「宗教的な意味合いが強いお祭りなの」
「うーん……ミサみたいな感じかなぁ」
ダンテはつまらない行事だなと肩を落とし、トリッシュはそうがっかりしないでと励まし、紫乃はキリスト教のミサの雰囲気を思い浮かべる。
「重要なのは、日頃ほとんど姿を見せない教皇が、魔剣祭には皆の前に出てくるってこと」
「そこを狙うってわけか」
ダンテはそう言って、懐から黒い銃身の拳銃を引き抜くと、指にかけてくるくる回して弄ぶ。
少し前にトリッシュから受けた報告の中で気になっていた点があるので、それを再確認することにした。呼び出した悪魔の力を移植された人間の中に、教団トップの教皇も含まれているかもしれない、ということ。
当時は不確定な情報であったため、トリッシュは『かもしれない』と付けていたのだが、明日はいよいよ魔剣祭で、教団幹部の座を手に入れたトリッシュの今の情報なら、おそらく確定していることだろう。
「んで、その教皇ってのがもう人間じゃなくなってるのは間違いないんだな?」
そう尋ねたダンテに、トリッシュはこくりと頷いた。
「了解。明日、早速実行だな」
「それじゃ、私は教団に戻るわね。明日は別行動になるけど、あなた達も頑張って」
トリッシュは二人にそう告げると、先に夜の街に消えていった。
「……もしかしたら、教団どころかこの街の人達を敵にまわしそうだね」
「かもな。それでも、一番の目的は教皇を倒して教団を崩壊させることだ」
これ以上、悪魔を呼び出してその力を人間に移植するなんてことをさせてはならない。
まずは教皇の暗殺だが、おそらく護衛として配備される教団の人間とも戦うことになるだろう。悪魔の力を有する人間がなるべく少なければいいが、とダンテは内心独りごちる。
トリッシュの報告を受け終えた二人はその後、宿に戻って寝ることにした。ベッドに横になった紫乃はシーツを肩まで引き上げようとするも、ダンテに阻まれてしまった。
「……ダンテ?」
一体どうしたのだろうと彼を見つめれば、何やらシーツを足元に追いやって紫乃の上に覆いかぶさってきた。
──あれ、これってもしかして。
「さっき寝たからまだ眠くないだろ?」
「……まあ、まだ眠気はあんまりないけど……」
「旅先で楽しむのもいいもんだぜ」
にんまりと笑うダンテに抗議の声を上げるも、最終的には上手く言いくるめられて彼との時間を楽しむことになった。
2013/11/15
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