第1話 発端


『Devil May Cry』に一つの依頼が舞い込んできた。いつものように合言葉ありの電話ではなく、知人が持ち込んだ話である。

 その日、事務所ではダンテはトリッシュ、マハと共にデリバリーピザを食べていた。一緒に暮らしている紫乃が日々の食事を作っているのだが、今日は朝から不在であった。
 なんでも親友の由摩の休日なので遊んでくるという。父親の生家が日本にあるので、紫乃は由摩と遊ぶ時以外も時折実家に戻っている。
 紫乃は夕食の作りおきをしておくと申し出たが、ダンテはやんわりと断った。彼女の、悪魔として母親から受け継いだ『空間を渡る能力』で日本の実家とアメリカの『Devil May Cry』を繋げたらいつでも行き来可能となるとはいえ、せっかく生まれ故郷で親友と遊ぶのだ。
 そんな日に時間を割いてまで食事を用意することはない、ピザでも頼むさ、とダンテが言えば紫乃は申し訳なさそうに礼を述べて日本へ向かった。

 紫乃が日本へ向かったあと、彼女の手料理を味わえないと知ったマハが不服そうにダンテを睨んだ。すると「紫乃にも休暇をあげてやれ」と言われたので、マハは反論の言葉を引っ込める。
 毎日家事で忙しく働いてくれている主のことを思えばのことであった。
 その反面、休暇をあげろと言ったダンテ本人が毎日ぐうたらしていることに突っ込もうとしたが、彼が電話の受話器を持ち上げてダイヤルを回し始めたのでやめた。

 ダンテがピザの宅配を頼むため馴染みの店に電話をかければ、お得意様が一件減って困っていると冗談まじりに店員が笑った。紫乃と一緒に暮らし始めてからは彼女が食事を作ってくれるので、ピザの注文が激減したことは確かである。
 それでも「いつものピザですね」とダンテがオリーブ嫌いであることを覚えておいてくれていたので、ダンテは内心嬉しかった。

 それからほどなくして届けられたピザをほおばっていると、顔見知りの人間が一人やって来た。白いジャケットとショートパンツを身につけ、サングラスをかけた黒髪の女性。
 レディだ。

「よう。何か用事か?」

 ダンテが手に持っているピザを持ち上げて軽く挨拶した。ダンテだけでなく、トリッシュとマハもピザを食べている。

「またピザ食べてるのね。よく飽きもしないで……っていうか、紫乃はいないの?」

「日本で友達と遊んでる」

 律儀で他人のことを第一に考えるあの紫乃が、食事の用意を放って遊びに興じるわけがない。食事を作ろうとしたところ、おおかたダンテに休暇を与えられたのだろう、とレディは目の前でピザを頬張っている二人と一匹を見て推測した。

「ちょっと仕事を依頼したいの」

「……気乗りしねぇな」

 レディが仕事の話で訪問したのだと言えば、ダンテが少し嫌そうな顔をした。昔、レディにうまいこと言いくるめられてタダ働きさせられたことをまだしっかりと覚えているらしく警戒している。
 だが、こうしてわざわざ事務所に足を運んで仕事を依頼するからには、悪魔絡みであることは明白だ。
 ダンテは嫌そうに顔をしかめてはいるが、悪魔絡みの依頼を断らないことをレディは知っているので話を切り出す。

「魔剣教団って知ってる?」

 ダンテと同じくデビルハンターを生業としているレディが口にしたのは、いかにも悪魔が絡んでいそうな名称だった。

「魔剣教団?」

「そう。聞いたことはあるかしら?」

 教団、というからには宗教に関係する集まりだろう。生まれてこのかた宗教に世話になったことはないし、自分から進んで世話になろうとも思わない。だからダンテは肩を竦めた。

「生憎、宗教には縁がない」

「フォルトゥナという小都市で信仰されてるの。物好きしか知らないけどね」

 物好きという単語に反応したダンテは、小さく鼻で笑った。

「お前みたいな?」

「そういうこと。──スパーダのことについてどれくらい知ってるの?」

「何でも知ってるわけじゃない。自分の親のことを事細かに知ってる方がどうかしてる」

 父親の名前を知らない悪魔はいない。それほどまでに有名な父親だが、息子だからといって全てを知っているわけではないので、ダンテはそう答えた。
 一方でトリッシュは小さな笑みを浮かべるばかり。自分は知っているけど、とでも言いたげではあるが、ダンテに説明してあげてとレディに目で指示をする。
 そんな二人を見たレディは、簡単に説明を始めることにした。

「フォルトゥナでは、スパーダが領主を務めてたっていう伝説が残ってるの。住民はそれを信じてて、彼が去ったあとも彼を敬い、崇めてる。神としてね」

 レディの話の途中、トリッシュはダンテの背後の壁に立てかけてある魔剣スパーダをちらりと見る。

「悪魔が神になったか」

 暢気にピザを食べていたダンテが身を乗り出した。父親の過去にはあまり興味がなさそうなのに、悪魔が神になったという皮肉めいた要素にはしっかりと食い付いてくる。
 レディはダンテと腐れ縁になって十数年経つが、そんな彼の思考が未だによくわからない。けれど、退屈そうな彼の興味を引くことに成功したので話を続ける。

「話はここからよ。問題はその教団、あちこちで悪魔を捕まえてるの。何度か仕事を邪魔されたわ」

 二人の会話が続く中、ピザを食べ終えたトリッシュは机から離れてコツコツとヒールの音を響かせる。

「動物園でも造るんじゃねぇか?」

 鼻で笑うダンテに、レディは少し苛付いた。この男は人の話に横槍を入れないと生きていけないのではないか。そう思ってしまうほど、ダンテは人の話をまともに聞こうとしない。
 唯一まともに聞くのは、彼の小柄で可愛らしい婚約者の話のみ。
 真面目に話を聞けと言わんばかりに、レディはダンテの食べかけのピザを奪い取る。

「……まだあるわ。あなたが持ってるような魔具も集めてるの」

「わかった。じゃあ博物館だ」

 ダンテは取られたピザを奪い返そうとするも、そう簡単に返してくれなかった。あと残り一切れのピザなのに。

「……何だって言うんだよ」

 ピザを取り上げられて拗ねたダンテが両足をデスクの上に乗せた。
 レディは何としても話を続けたいらしい。こうなったら話を最後まで聞いてやらないとあとが厄介になる。そう判断したダンテは渋々彼女の話に耳を傾けた。

「そんな可愛いものじゃなくて、遥かに凶悪な目的だとしたら?」

「……それが仕事の依頼か」

「言ったでしょ、その教団に仕事を邪魔されてるって。このままじゃ商売上がったりなの」

 だからどうにかして欲しいのだと言えば、ダンテは何かを思案し始める。
そんな彼の背後でトリッシュが動きを見せた。壁に掛けられた魔剣スパーダを始めとしたいくつかの魔具を手に取ると、荷物としてまとめ始めた。
 考え事をしているダンテは気付いていない。
 レディだけでなくマハもトリッシュの動きを目で追っているが、何も言わなかった。そんな一人と一匹の視線に気付いたトリッシュは、人差し指を唇にあてがってぱちりとウィンクをした。どうやらダンテに先んじてフォルトゥナに向かうつもりのようだ。
 レディの話に何も口を挟まなかったところを見ると、どうやらトリッシュは既にフォルトゥナや魔剣教団の情報を得ているのかもしれない。世界中を旅し、知識欲旺盛な彼女が知っていても不思議ではない。

「そうだな……旅行がてら行くとするか。退屈しのぎにはなるだろうし。──トリッシュ!」

 凶悪な目的。レディの推測が正しければ、間違いなく悪魔が関係している。
 話に興味を持ったダンテが相棒の名を呼ぶが返事がない。つい先程までピザを食べていたのに、と数秒間を置いて後ろを振り返ってみれば、

『現地集合』

 と壁に口紅の書き残しがあるだけで、魔剣スパーダがなくなっていた。

「トリッシュならもう出て行ったわよ」

「…………」

 してやられたとはこのことだ、とダンテは思った。悪魔や魔具を集めている教団が気になったトリッシュが、餌として魔剣を持ち去ったのだ。
 それよりも、レディとマハはトリッシュの行動が確認出来ていたはずなのに、と彼女らをねめつける。

「おい、お前ら見てたんなら止めろよ」

 ダンテにそう言われても、レディは「何のことかしら」と言わんばかりに軽くとぼけるだけだった。レディにとって、教団を片付けてくれるのならダンテでもトリッシュでも、どちらでも良いのだから。
 マハもマハで、「トリッシュに気付かぬお主が悪い」と言うばかり。
 ちょうどその時、一階に淡く光る『ゲート』が出現し、この事務所のもう一人の住人が姿を現した。

「ただいま。あ、いらっしゃい、レディ」

「おかえり、紫乃」

「お邪魔してるわ」

 自分達よりも背が低くすらりとした外見で、動くたびに艶やかな黒髪がそれに合わせて揺れた。日本で親友と遊んでいた紫乃が帰ってきたのだ。
 ダンテは椅子から立ち上がると、両手を広げて紫乃の前に歩み寄る。おかえりのハグだ。今となってはダンテと紫乃の挨拶となっているが、人前でやると恥ずかしいものがある。
 嬉しい気持ちと少しの羞恥心で控えめにダンテに近寄れば、彼の方から歩み寄ってぎゅっと抱き締めた。

「向こうはどうだった? 楽しかったか?」

「うん。ダンテ達はちゃんとごはん食べた?」

「ああ。レディに最後のピザ取られたけどな」

 ほんの少し恨みを込めてレディを振り返れば、彼女は悪びれもせず肩を竦め、ようやくダンテにピザを返す。

「ダンテが私の依頼をちゃんと聞いてくれないからよ」

「あら、お仕事の依頼だったのね。今回はどんな内容?」

 遊び疲れているだろうから休んでいて欲しいとダンテは思ったが、紫乃は依頼の内容に興味を持ったらしい。
 紫乃を妹のように可愛がっているレディは、隠すことなく依頼内容を告げた。
 ダンテの父スパーダが領主をしていた街の人間が彼を神として崇めて魔剣教団を作り、表向きは人間に害をなす悪魔退治などを行っているが、裏では悪魔や魔具を集めているということ。
 また、先程トリッシュが魔剣を持ち出して事務所を出たのだとも。

「スパーダおじ様の……」

 ──あ、駄目だ、完全に興味示しちまった。
 悪魔である母親からスパーダの話は聞いたことがあるという紫乃は、彼の話にはよく興味を示す。おまけに婚約者の親ということもあり、好奇心の度合いがさらに増している。
 紫乃がダンテを見上げ、じっと見つめてきた。次に彼女が口にする言葉は、

「お願い、私も一緒に行かせて」

 ──ほら、やっぱりこれだ。
 可愛い婚約者のお願いに逆らえる男が、果たしてこの世にいるだろうか。こういう展開になることを予想していたダンテは小さく肩を竦めた。

「……わかったよ」

「ありがとう!」

 同行の許可が出ると、お出かけ用の格好をしていた紫乃は服を着替えるため二階の自室に戻っていった。嬉しそうな顔を見せた紫乃にダンテが苦笑すると、レディは楽しそうに笑った。

「あんなに嬉しそうにしちゃって。ダンテ、ちゃんと彼女を守りなさいよ」

 スパーダと肩を並べるほどの悪魔を母に持ち、その強大な力を発揮すれば紫乃も他の悪魔と渡り合うことが可能であるが、彼女は戦闘を極力避ける節がある。生来の性格が穏やかで無駄な殺生を好まないのだ。それでも、自分や親しい者が襲われれば戦うことを辞さないのだが。

「ああ、わかってる」

 トリッシュやレディからは実の妹のように可愛がらてれおり、何よりも最愛の婚約者なのだ。必ず紫乃を守ってやる。

「──そういえばトリッシュ、スパーダだけじゃなく他の魔具も持って行ったみたいよ」

「……やられた……」

 これまでに集めた数々の魔具のうち、ギルガメス、パンドラ、ルシフェルがスパーダと共に持ち去られていた。行動が早いな、と呆れつつも感心していると、着替え終わった紫乃が二階から下りて来た。

「どうしたの?」

「トリッシュの手の早さに感服しているところだ」

 大きく肩を竦め、ダンテはここにいない相棒に賞賛を送った。


2013/11/12



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