雑誌と恋人
事務所を掃除していると時折見つけてしまうものがある。それは大抵机の引き出しの中といった目に見えない場所に収められているのだが、今しがた視界に入ってきたそれに思わず一瞬固まってしまった。
掃除をするためダンテの部屋に入ってみると、脱いで畳まずに椅子の背中にかけられていたり、銃の部品が机の上に置かれていたりと、いつもの光景が広がっていた。
ただ一つ違うのは、机の上に二冊の雑誌が放置されている点だった。
どちらの雑誌も表紙には肌を露出した女性が印刷されている。異性を魅了するような表情とその格好だけで、どのような内容の雑誌かが窺い知れる。
確認のためにパラパラとページを捲ってみれば、案の定何人もの女性がカメラ目線で扇情的なポーズを取っている写真があった。
成人向けのアダルト雑誌。つまりはエロ本である。
ガチャ、と部屋のドアが開いた音がした。振り向いてみれば、ダンテが「あ」と口を開いた状態で紫乃と雑誌を交互に見て、バツの悪そうな顔をした。
「…………」
紫乃は無言でダンテを見つめる。
「……あー……」
一方、ダンテは居心地の悪さを感じていた。無言になった紫乃の視線が冷たい。というか痛い。
紫乃は、ダンテがアダルト雑誌を見ていたことは知っていた。男性である以上、性的欲求は女性よりも強いことは理解しており、彼が雑誌の購入を続けていることについても黙認していた。
だが、このような雑誌を見慣れていない紫乃にとっては、見るだけで恥ずかしくなる。だから保管場所はせめて目に付かない場所に、と頼んでおいていたはずなのに。
一度ならまだしも、ここ最近、アダルト雑誌が放置されていることが多かった。見つけるたびにダンテに注意をしていたのに、こう何度も同じことをされると心臓に悪い。
「私、何回も言ったよね。こういう雑誌は隠して、って」
「あ、ああ……何回も聞いた」
紫乃の声が普段よりも低いことに、ダンテは冷や汗を流した。
他人から見ても紫乃と仲睦まじい関係であることはダンテの自慢の一つだ。それでも時折喧嘩をすることがある。
紫乃が怒るととても怖いことを、ダンテは既に学んでいた。トリッシュのように眉間に皺を寄せて怒りのオーラ全開で感情をむき出しにするタイプではない。
表情は怒りに歪まないものの、冷徹と表現するのが当てはまると思うほど、紫乃は静かに怒るタイプだった。表情はもとより、視線、声、オーラといった彼女を形成する全てが普段より冷たく感じる。
「確か今月でもう四回目だよ」
「や、悪い、忘れてた」
忘れていたのは本当である。先程まで一階のリビングでくつろいでいたのだが、何かを忘れていることに気付いたのは、紫乃が掃除を始めた頃。それが何だったのかを思い出すのにしばらく時間がかかった。
紫乃が掃除をする際、彼女の目にとまってはいけないものがあったような──
それがアダルト雑誌であることを思い出してからのダンテの行動は素早かった。
まず同じ一階にある事務机の上のチェックに向かうが、雑誌はしっかり引き出しの中に入れてあったので問題なし。
他に雑誌があるのは自分の部屋だ。急ぎ足で二階に上がってドアを開ける。
……が、時既に遅し。隠し忘れていた雑誌は、紫乃に見つかってしまっていた。
「わっ……私がこういうの苦手ってわかってるでしょっ」
今まで静かな怒りを見せていた紫乃が、今度は困惑して赤面しつつ雑誌を握り締めてダンテに詰め寄る。これは羞恥による反動から来るものなのだろうか。
怒った顔も可愛いな、と思ったのだが、それを口にするとさらなる怒りを買ってしまうので、ダンテは心の中で呟くだけにした。
「まあ、その、何だ……紫乃と一緒にそれを楽しめたらいいなって思ってる」
「は……!?」
ダンテが鼻の頭を指で掻きながらこぼした言葉に、紫乃は一瞬自分の耳を疑った。彼は一体何を言っているのだろうか。
「確かにグラビア写真が多いが、通販のページもあるんだぜ」
そう言うと、ダンテは紫乃から片方の雑誌を取ってパラパラとページを捲る。やがて開かれたページには、アダルトグッズやコスチューム、下着などが掲載されていた。
その一覧を見た途端、紫乃は動揺して視線が泳いでしまう。
「や……見せないでよ……っ!」
つい先程まで優勢だった紫乃が、今はアダルトグッズの写真を見ただけで羞恥し、ダンテから顔を背けてしまった。
『恥ずかしいこと』に慣れていない彼女から、冷徹な部分はすっかり陰を潜めている。これなら、上手くすれば丸め込めるのではないか。
ダンテはそう踏んで、わずかに口角を上げた。
「恥ずかしがることないだろ。俺達恋人なんだぜ。紫乃と楽しいことシたいんだ」
「…………」
「ほら、顔を上げて可愛い顔を見せてくれよ、darling。何か欲しいものがあったら遠慮なく──」
「ばかぁ!」
紫乃は手に持っていたもう一冊の雑誌を握り締めてダンテをバシッと叩いて部屋を飛び出した。彼女は自分の部屋へと向かったようで、ドアが閉まる音が聞こえた。
ダンテもすぐにそちらに向かい、ドアを開けて部屋に入ろうとしたが、
ドンッ!!
思いきり顔面激突した。
「いってぇ……」
ドアを開けたら壁があった。というより、普通の壁ではない。これに似たものを以前目にしたことがある。
「……亜空間の、壁?」
マンモンを倒す際に紫乃が作り出した亜空間の壁にそっくりだった。
それにしても、ドアを開けるとすぐに亜空間の壁があるなんて。どうやら部屋全体を亜空間で包んだらしい。
いやいや、今は冷静に状況を分析している場合ではない。
「紫乃」
室内にいる紫乃に呼びかけるが、返事はない。亜空間の壁があるせいで室内が見えず、彼女がどのような状態なのかもわからない。
「なあ、紫乃」
いくら呼びかけても、やはり返事はなかった。
確かに紫乃はアダルトな話題には敏感かつ繊細で、よく恥ずかしがってばかりだ。
それでも恋人として紫乃を楽しませたいし、自分も一緒に楽しみたい。
雑誌を放置していた言い訳にも聞こえてしまうかもしれないが、紫乃と楽しい時間を過ごしたいという気持ちは本当だった。
だから提案してみたのに、紫乃は聞く耳を持たず部屋に閉じこもってしまう始末。
残念に思う反面、返事をせず話すら聞いてもらえないことに、もどかしさが募っていく。
「……わかったよ、勝手にしろ」
ダンテは顔をしかめるとドアを閉め、一階へと降りていった。
ドアの前からダンテが遠ざかったことを感じ取った紫乃は小さく息をつき、携帯電話を取り出した。見慣れた名前と番号を表示させ、発信ボタンを押す。数回呼び出し音が流れたあと、相手が電話口に出た。
≪もしもし、由摩よ≫
「由摩ー……」
≪な、何? どうしたのよ?≫
親友からの電話に由摩は喜んだが、その声は重く沈んでいたので慌てて状況を尋ねる。
「お……男の人って恋人と一緒に……あ、あ、アダルト雑誌、楽しみたいものなのかな……」
≪……へ?≫
突拍子もない言葉が飛び出して、由摩は電話の向こうでぱちくりと目を瞬かせた。
それだけの短い言葉で由摩が理解出来るはずがないと紫乃は思い直して、今しがたの出来事を由摩に説明することにした。
≪なるほどねぇ……≫
ダンテと同じ欧米人でフランクな性格ならば、彼と一緒にそういう雑誌で盛り上がる可能性はありそうだが、紫乃は日本人である。おまけにそういった話題には敏感かつ繊細で慣れていない。
恋人のダンテも紫乃のそういった部分を理解していたのかと思っていたのだが。
≪まあ、中にはそういう男性もいるでしょうね≫
簡潔に自分の思ったことを告げるところは、昔から変わっていない。
≪ダンテがそういう部類かはわからないけど、今まではちゃんと隠してたんでしょ?≫
「うん……」
≪それが最近隠し忘れてたのなら……ダンテの言葉は本当なのかもよ。ほら、よく言うじゃない。無意識に起こした言動はその人がやりたいことだ、って≫
確かに何処か(テレビだっただろうか)で聞いたことがある。
≪とりあえず、もう一度落ち着いて考え直してみなよ。ダンテも紫乃のこと好きだからそういうこと言ったんだよ≫
ね、と背中を後押しするように付け加えれば、紫乃は言い淀みながらも頷いた。
≪また何かあったら連絡ちょうだい≫
「ん……ありがとう、由摩」
≪いいのいいの。んじゃ、またね≫
突然であったにもかかわらず快く相談に乗ってくれた由摩に礼を述べて、紫乃は電話を切った。
手元にあるものに視線を落とす。ダンテの部屋に二冊あったうちの一冊を、成り行きで自室まで持ち込んでしまっていたのだ。
世の男性陣が喜びそうな魅力的な体型の女性が、扇情的なポーズを取っている表紙を見ただけで目をそらしたくなる。
だが、ダンテは自分を楽しませようと思っているのだ。ただ逃げてばかりではなく、きちんと向き合わないといけない。
紫乃は意を決して表紙を捲り中身を開いた。
「…………」
顔に熱が集中するのが自分でもわかった。
ページを閉じてしまいたい衝動にかられるが逃げるわけにはいかない。向き合うと決めたのだから。
そうやって、紫乃は至極真面目な表情で雑誌のページを捲るのだった。
* * *
昼間から夕方と時刻は変わった。
室内が薄暗くなったことに気付いて顔を上げて窓の外を見れば、日は既に沈んでいる。携帯電話で時刻を確認すれば、あと小一時間ほどで夕食の時間帯になる。
「あ、やだ……もうこんな時間」
予想に反して時間の経過が早いことに驚きながらも、それほどまでに雑誌に集中していたのかと思うと少々恥ずかしさが込み上げてきた。
それにしてもやけに静かである。ダンテは寝てしまったのだろうか。
雑誌を閉じて部屋を出て、階下を覗き込むも彼の姿は見当たらない。ベッドルームのドアをノックしても返事がない。そろりとドアを開けて中を見るが、やはりいない。
一階に下りてリビングやキッチン、念のためバスルームなども覗いてみるが、ダンテの姿は見当たらなかった。
マハも散歩に出ているのか、事務所には紫乃だけ。
「……仲直りしたかったのに……」
紫乃は肩を落として溜息をつくと、ひとまず食事の準備をするためキッチンへ向かった。
* * *
『Devil May Cry』から少し離れた場所に『ラブプラネット』という店舗がある。
大人の男性向けのストリップ・バー、つまりは風俗店だ。
「いらっしゃい」
店内はピンク色の照明で、がやがやと騒がしい。ダンテはバーカウンターの空いている席に腰掛け、ジントニックを注文した。
「あら、随分久しぶりじゃない、ダンテ」
声をかけられてそちらを振り向けば、ウェーブのかかった金髪のグラマーな女性が立っていた。隣いいかしら、とダンテの返答を待つことなく、女性はダンテの隣席に座る。
「……コーデリアか」
「名前覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
にっこりと笑うと、まるで日の光を浴びた花のように輝いているようだ。赤い口紅が塗られた唇が艶やかに煌く。
ダンテは差し出されたジントニックをぐいっとあおる。
「ずっと顔出してくれないから、みんな寂しがってたのよ」
コーデリアはちらりと店内で働く女性達を一瞥する。
来店する男性客の中で一際美丈夫で会話も楽しく盛り上がるダンテは、女性達の憧れであった。
中でもコーデリアは男性客で一番人気であるため、ダンテと話す機会も多かった。もちろん彼女自身もダンテを気に入っているので、こうして自分から声をかけて喋っているのだ。
「まあ……いろいろあってね」
早くも一杯目を飲み干したダンテは二杯目としてウィスキーを注文する。
含みを持ったダンテの言葉に、コーデリアはもしかしてと疑問に思っていることを彼に訊いてみた。
「ねえ、最近女の子と暮らし始めたって本当なの?」
同じスラム街に店を構え、この辺りでは有名なダンテに関する噂話は、コーデリアの耳にも届いていた。初夏あたりに東洋人の娘が『Devil May Cry』に出入り……どころか一緒に暮らし始めたというのだ。
人づてに聞いた話であり、ダンテ本人とも会えずにいたので真偽のほどを確認することが出来ずにいたが、今日は彼が来店している。噂話が本当かどうか確かめなくては。
「ああ」
「じゃあ、もう付き合ってる?」
「……まあ、な」
ダンテの前にウィスキーが入ったグラスが出されると、彼はすぐにグラスを傾けた。
恋愛に関する話題が好きなのは女性の特徴であり、コーデリアもそうだった。だから何の気なしにその娘と恋人同士なのかと尋ねてみたのだが、当のダンテの返答は歯切れの良いものではなかった。
「はっきりしないわね。何かあったの?」
もやもやとしてはっきりとしないものは好きではないコーデリアは、問い詰めるようにダンテに迫る。始めのうちは何も言わずただ酒を飲んでいたが、何度も問いただすとようやくダンテは口を開いた。
「……女ってアダルト雑誌、嫌いなのか?」
「……は?」
予想外の言葉に、コーデリアは拍子抜けした。
「俺の恋人、そういう手の雑誌を隠せ隠せってうるさいんだ……。悪気があって隠し忘れたわけじゃないのに……いや、一緒に楽しみたいって気持ちもあったんだが……。部屋に閉じ篭った挙句、俺の話を聞こうともしねぇで……」
入店してからずっと酒を飲み続けているせいで、ダンテの呂律が次第に怪しくなってきた。アルコール度数の高いものばかりを選んで飲んでいるせいもあるが、それにしても彼がこんなにも早い段階で酔ってしまうなんて。
話を聞いていることに集中していたため、コーデリアはダンテの酒の注文を止めることを失念していた。
「ダンテ、もう飲まない方がいいわ」
グラスを取り上げようとしたが、すんでのところでかわされ、ダンテは残っていた酒を飲み干し、再び酒を注文してしまう。
「もう一杯……なあ、コーデリア……俺が悪いのか?」
視線を俯かせたまま問うダンテに、コーデリアはしばし返答に苦慮した。ここで適当に返事をしてしまうことは簡単だ。しかし、あっさりと突き放してしまうほどコーデリアは薄情ではなかった。
「日本人ってシャイって言うじゃない? だから、その子もあなたと楽しみたいはずだけど、恥ずかしいからつい感情的になっちゃったのよ、きっと」
「……日本人、か……」
確かに、一般的に言われる日本人はシャイな傾向にあり、紫乃はまさに該当する。これが同じアメリカ人なら、こういうことにならなかったのだろうか。
生まれ育った環境がはもとより、人種が異なると、こうも違うのだ。
その後、ダンテは日頃より思っていたことをコーデリアにこぼし始めた。仕事のない日もずっと寝ていたいのに、紫乃がシーツを洗うと言って起こされるし、起きたら顔を洗えと言われるし、食事後はゆっくりとしていたいのに掃除をし始めるし。
最初のうちは真面目に聞き入っていたコーデリアだったが、日々のちょっとした愚痴が羅列し出すと、その表情は苦笑いへと変わっていった。ダンテの愚痴の内容が、一般的な夫婦の間に生まれるものなのだ。
「……話を聞いてたら、ダンテが悪いような気がするわ」
「何? 俺が全部悪いってのか?」
ああ、これでは堂々巡りだ。
このまま愚痴を聞いていても取り留めのつかないことになるだろうから、早めに事務所へ帰さないと。
幸いにも時刻は夜明けが近付いており、そろそろ閉店時間となる。店長に事情を説明すると、コーデリアはダンテを事務所へ送るため彼を支えて外に出た。他の女性店員では許可が出ないだろうが、コーデリアは店でもトップの人気を誇り、ダンテとも親しいということで、彼を送り届けることを特別に許された。
ダンテは酔ってはいるが何とか歩けるし、ラブプラネットから彼の事務所へはそう遠くないので、タクシーを呼ぶ必要もない。そう判断し、コーデリアはダンテに肩を貸した状態で人気のないスラム街の道をゆっくりと歩き始めた。
「ダンテ、もう夜明けも近いし、事務所に戻りましょう」
酔って感情の制御が利かないダンテが余計な愚痴をこぼしてしまわないよう、コーデリアはなるべく優しい口調で穏やかに話しかける。それが功を奏したのか、ダンテは無駄に抵抗することなく無事に事務所へ辿り着けた。
コーデリアはダンテを支えた状態のまま、玄関扉を開けて中に入る。店先に掲げられたネオンサインは点灯しているが、中の明かりはつけられていなかった。
「ちょっとお邪魔するわよ」
暗く静かな店内に、自然と声が小さくなる。
ダンテを落ち着かせる場所はないものか。コーデリアはひとまず先に明かりをつけるため、壁の点灯スイッチを手探りで見つけ、電気をつけた。一瞬、天井の電灯が明滅したのち、室内を暖かな光が包み込む。
一階は主に事務所フロアとなっており、壁際にはややくたびれたソファーが置かれている。とりあえずそこにダンテを寝かせようと思い、コーデリアはダンテに呼びかけた。
「ダンテ、事務所に着いたわよ」
「……ん……」
小さく呻くと、ダンテはわずかに頭を上げる。
「ああ……紫乃、か……」
事務所に戻ってきたことは理解したようだが、どうやら恋人と間違えているようだ。
「私はコーデリアよ、あなたの恋人じゃないわ」
そう訂正したものの、ダンテはやはりコーデリアのことを恋人だと思い込んでいる。
ふっ、と肩から重みが消えたので、コーデリアはてっきりダンテが自分からソファーに向かってくれたのだと思ったのだが、それは違った。
「え、ちょっと、ダンテ!?」
何と、ダンテが壁にコーデリアを押さえつけて両腕で逃げられないようにし、長身を生かして彼女に覆い被さる形を取ったのだ。
「ソファーはあっちよ」
ダンテを押しのけようとするが、酔っていて意識が朦朧とした彼はぐったりとしており、体格差もある彼をどかすことが出来なかった。
「……ダンテ、帰ってきたの?」
かたり、と小さな物音がして事務所フロアの奥から一人の女性と一匹の黒猫が顔を出したので、コーデリアは顔を動かしてダンテの身体の脇から奥を見る。
女性は東洋特有の艶やかな黒い髪と紫の瞳が特徴的な小柄な人物で、黒猫はルビーのような鮮やかな紅い目が綺麗だった。
ダンテは東洋人の恋人と一緒に暮らしていると聞いた。それではこの黒髪の女性が、ダンテの恋人なのだろうとコーデリアはすぐに理解する。
「ダン……、っ!?」
恋人の綺麗な顔が驚きに歪んだ。
──もしかして、キスをしていたのだと思われたのだろうか。
ダンテは昔からの上客であるし、コーデリア個人としても面倒な事態は避けたいので、努めて明るい口調で恋人に話しかけた。
「あっ、ちょうど良かった。あたし、『ラブプラネット』のコーデリアって言うの。ダンテったら飲み過ぎて酔っ払っちゃったのよ」
ソファーに寝かせるから手伝ってと言えば、恋人はぎこちなく頷き、コーデリアと一緒にダンテを近くのソファーへと寝かせた。
「あなた、ダンテの恋人でしょ?」
「……はい、紫乃です」
不安そうな表情で、紫乃はコーデリアをちらりと見た。ウェーブのかかった長い金髪に、青い瞳、形の良い唇には赤い口紅が塗られている。それだけで世の男性が振り返りそうなほどの美貌に加え、ラブプラネットの者だと告げた。
スラム街に住んでいる以上、紫乃はだいたいの建物や店舗について把握しているし、ラブプラネットがどういう店なのかも知り及んでいる。
風俗店で働く女性を蔑むわけではないが、何しろ今しがたダンテが覆い被さっていたのだ。やましい現場を目撃してしまったせいで、コーデリアを見る視線が自然と怪訝なものへとなる。
そんな視線を受けて、コーデリアはやっぱり彼女は勘違いをしていると察した。だから、まずは誤解を解かねばならない。
「ラブプラネットって店、知ってるかしら?」
「……ええ」
紫乃が頷くと、良かった、話が早いわ、とコーデリアはわずかに安堵する。
「ダンテは確かに店には来たけどお酒を飲んでばかりで、あなたが考えてるようなことはしてないわ。さっきもあたしとダンテがキスしているように見えたでしょうけど、してないから」
「そう……ですか」
居心地悪そうに紫乃が視線をそらす。
(ああどうしよう……あたしが変に弁明しても逆効果になりそうだし……)
やましいことなど何一つしていないのだが、状況的にコーデリアは内心冷や汗を流していた。早くダンテが起きてくれれば良いのだが。
あ、とコーデリアは小さく声をあげて、ハンドバッグから一枚の紙切れを取り出して紫乃に差し出した。
「これ、今日ダンテが飲んだ分。後日で構わないから支払いお願いしたいんだけど」
それは領収証で、一人で飲むには結構な金額が記されていた。
「ちょっと待っていてください。今お支払いしますから」
金額を確認した紫乃はそう言って、一度店の奥へと引っ込んだ。どうやら今支払ってくれるようだ。
コーデリアはわずかに安堵すると、ちらりと黒猫を見る。
「猫ちゃんもここに住んでるの?」
にこりと笑みを向けてみると、黒猫がコーデリアを一瞥する。しかし、その澄ました表情を崩さないまま、すぐにツンと顔をそむけてしまった。黒猫の態度に腹を立てることもなく、コーデリアは苦笑した。
そんなやり取りをしていると紫乃が一枚の封筒を持って戻ってきた。コーデリアが受け取って中身を見れば、紙幣と硬貨が入っていた。
「はい、飲み代です」
「ん、きっちりあるわね。ありがとう」
金額を確認すれば、領収証に記されている額面と一致した。
「あたしが言うのも何だけど、ダンテがお酒飲むの止められなくてごめんなさい。早く止められてたら、こんな額にならなかったのに」
「いえ……」
コーデリアは紫乃とダンテを交互に見比べたあと、お節介かもしれないけど、と前置きして紫乃に話しかけた。
「ダンテと喧嘩したみたいね。彼、お酒飲みながら愚痴ってたわ」
紫乃の口元がきゅっと引き締められる。
「彼の言葉は本当なのよ。大好きなあなたと楽しみたいの。でも、あなたは恥ずかしいんでしょ」
コーデリアの口調は責めるものではなく、諭すような優しいものだった。
自分の気持ちを言い当てられたことに驚きつつも、紫乃はこくりと頷く。
「で、これはあたしの憶測なんだけど……あなたもダンテと楽しみたいって思ってない?」
「どうしてそれを……」
「あたしだって女だもの。好きな男の人と楽しいことしたいわ」
あの店で働く自分じゃ説得力に欠けるかもしれないけど、とコーデリアは笑った。
「ちゃんと一度ダンテと話し合った方がいいわよ」
「……そう、ですね」
「うん、素直でいい子ね。こんなに可愛い子が恋人なんて、ダンテが羨ましいわ」
コーデリアがにこりと笑うと、紫乃がきょとんとした表情で彼女を見つめた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……意外だなと思って……って、失礼ですよねっ、すみません」
正直な気持ちを口にしたが、それが失礼に当たるものだと気付き、慌てて謝る。そんな紫乃に、コーデリアは声を出して明るく笑い飛ばした。
「あっはははは! いいのいいの。そう思っちゃうのも無理ないわ」
コーデリアは店で一番人気であり、同じように働く女性店員達からの信頼も厚い。
美貌が第一の仕事で、職業柄異性関係にふしだらだと思われてしまうが、その性格は面倒見の良い一人の女性である。
男性客はもちろん、女性店員全員の教育と世話も自ら進んでやるので、コーデリアを知る人間は一度は彼女の世話になっている。
「……あたし、あなたのことが羨ましかった」
「え……?」
「あのダンテの心を射止めたあなたに興味があったし……実は心の奥では嫉妬してた」
コーデリアがラブプラネットで働き出した時分には、既にダンテは店の常連となり、彼と知り合ってからしばらくもしないうちにコーデリアは店のナンバーワンへと駆け上っていった。
もちろんダンテとも顔馴染みとなり、よく話をする間柄にはなったが、男女の関係になることはなかった。それはダンテが便利屋で特定の相手と関係を持つことをしなかったからだ。
だから今回、東洋人の娘と深い関係になったと聞いた時、最初は信じられなかった。
店で一番の美貌を持ち、ダンテと親しくなった自分でさえ、彼の心を射止めることが出来なかったのに何故。
しかし、実際に紫乃と会ってみて、自分とは違うことに気付いた。この娘は純粋で、素直で、正直だ。店のどの女性達とも違う。だからこそダンテは惹かれたのだろう。
「あたしみたいな女じゃ駄目だった。あなただからこそ、ダンテは好きになったんでしょうね」
社会の闇が潜んでいるスラム街で暮らす自分とは違う。同じスラム街に住みながらも、まっすぐな光を放ち続ける存在。それが紫乃なのだと、コーデリアは思い至った。
「負けちゃったけど、何だか納得のいく敗北だわ」
ふう、と達観したような表情でコーデリアは小さく息をついたが、すぐにあることを思い出して「そういえば」と声を上げる。
「まだ飲み代のツケが残ってるの。でも、今日の分も貰ったことだし、支払いはまた後日でいいわ」
「す、すみません」
ダンテには昔から借金がらみの問題が付きまとっていると聞いている。ここ最近はあまり耳にしていないのですっかり忘れていたが、まさかまだ飲み代のツケが残っていたなんて。
紫乃が申し訳なさそうに謝ると、コーデリアは特に気にした様子もなく笑った。
「それにしても、ダンテにはもったいない子ね。あたしが食べちゃいたいくらい」
「えっ」
「うふふ、冗談よ」
満面の笑みで冗談めかすコーデリアだったが、その目がわりと本気に見えてしまい、紫乃は思わず身構えてしまった。
そんな紫乃のことを、コーデリアはますます気に入り、
「紫乃って言ったかしら。良かったら今度、うちの店に来てちょうだい。あなたの飲み代はあたしのおごりにするから」
男性客ばかりで、なおかつ風俗店慣れしていない紫乃には少々刺激が強いだろう。しかし、紫乃のことを気に入ったコーデリアは、是非とも来店して欲しかった。紫乃は、風俗嬢の自分を軽んじたり蔑んだりはしていないことに気付いたからだ。
「それじゃ、あたしはそろそろ帰るわ。ダンテと仲良くね」
「はい」
ぱちりとウィンクをすると、コーデリアは『Devil May Cry』を出て行った。
「……変わった女だな」
コーデリアが去るとマハが口を開いた。変わっているといえば自分もそうなのだが、と内心呟くが、見上げた主人の顔は意外にもすっきりとしていた。
「でも、凄く綺麗で、素敵な人」
「ところで、あやつはどうするのだ」
マハが振り返った先には、ソファーで酔い潰れるダンテがいた。仲直りをするにしても、彼が起きないと話にならない。どうしたものかと紫乃が考えあぐねていると、マハが一つの提案を持ち出してきた。
「そうだ。未遂とはいえ、ダンテはあの女に迫っていたのだったな。そこを責めてやれば良い」
「責め……?」
マハの提案はこうだ。酔っ払ったダンテがコーデリアに迫り、キスをしようとしていたところを目撃した。本当は未遂なのだが、そこを実際にキスをしたという話にして、ダンテに反省を求めようというわけだ。
「未だにツケを残し、先程の代金も主が出したのだから、かまをかけるくらい安いものだろう」
「あ、悪魔の囁きだわ……」
「悪魔だからな」
かくして、提案は実行に移すこととなった。
* * *
ダンテが目を覚ましたのは、正午を二時間も過ぎた頃だった。
深い眠りからゆっくりと浮上する感覚ののち、まぶたが開く。起き上がろうと腕に力を込めて上半身を起こそうとした時、
「いっ……てぇ……」
酷い頭痛に襲われた。この痛みは過去に経験がある。酒を浴びるように飲み、酔い潰れたあとに来る二日酔いというものだ。
そういえば深夜、ラブプラネットでアルコール度数が高めの酒を多く飲んでいたことを思い出す。
低く唸るような声を絞り出しながら再びソファーに突っ伏すと、小さな足音が聞こえた。
「ダンテ」
聞き慣れたその声は紫乃のものだ。顔を上げれば、いつになく真剣な表情の紫乃が立っていた。
ダンテは頭痛を堪えながら起き上がり、ソファーに座り直す。
「あー……紫乃か、どうした」
気だるい様子で、声を発するのも億劫だと言わんばかりのダンテであったが、不快さを堪えて紫乃の用件を聞くことにした。
「明け方、ダンテがラブプラネットの人としてるの見ちゃったの」
「……?」
紫乃の言っている意味がわからず、ダンテは首を傾げる。確かにラブプラネットには行ったが、『してる』というのはどういう意味なのだろう。
「……どういう意味だ?」
「女の人と……キス、していたでしょう」
「……何だって?」
言われて、ダンテはおぼろげな記憶を辿った。そういえば、ラブプラネットに入ってからすぐにコーデリアがやって来た。それからはずっと酒を飲み続け、いつの間にか閉店時間が迫っていたので店を出た。
事務所までコーデリアが付き添ってくれたような気もするが、酔っていたせいで記憶が曖昧だ。
(って、キス? 俺が、あの店の女と?)
コーデリアが事務所まで送ってくれたと思うが、そのあとは紫乃が来て、紫乃にキスしようとしたはずでは。
「俺は紫乃にキスしたと思ったんだが……」
頭痛に顔を歪ませてそう言えば、紫乃が困惑した表情を見せた。
「私の名前呼びながらコーデリアさんとキスしていたくせに」
「何、だって?」
「私とするより、その人とする方がいいのね。そうだよね、私よりも綺麗で魅力的だし……ダンテの好みのタイプそうだし」
「ちょっと待ってくれ」
「私よりもコーデリアさんの方が、お似合いだと思う」
「おい」
「コーデリアさんもダンテのこと好きだって言ってたし」
──いやいや、マジで何言ってんだよ。
自分よりもコーデリアの方がお似合い?
相手から好意を寄せられるのは嬉しいが、今はそういうことは関係ない。
頭の中が混乱しているダンテを尻目に、紫乃は背中を向けてさらなる一言を言い放った。
「私、ダンテと別れようと思うの」
ダンテは言葉を失った。二日酔いの頭痛と曖昧な記憶によって混乱状態だが、紫乃の言葉ははっきりと聞き取れたし、その意味も理解出来た。
別れる。つまり、恋人関係をオフにして赤の他人同士になるということだ。
冗談じゃない。
「だからダンテはコーデリアさんと──」
「待てって言ってるだろ!」
ダンテはソファーから立ち上がると紫乃を自分の方へ引き寄せ、後ろから抱き締めた。
「俺の話も聞かないで、一人でさっさと進めるなよ。俺は別れる気なんてないからな。紫乃と別れるなんて……考えたくもない」
「……でも、コーデリアさんと随分仲良さそうに見えたわ」
「それは……」
否定しようとしたが、コーデリアと親しいことは事実なので完全に否定出来なかった。どう説明しようか考えあぐねていると、紫乃が顔を俯かせて寂しそうに口を開いた。
「……言えないってことは、やっぱり……」
「違う、違うんだ」
どうやら紫乃は、コーデリアとは男女の関係にあると思っている。その誤解を解かなければいけない。
しどろもどろしながらダンテが頭の中で慎重に言葉を選んでいると、マハが二人のところへやって来た。
「主、もう良いのではないか」
「──うん、そうだね」
俯かせていた顔を上げた紫乃が明るい調子で頷くと、腕の拘束をすり抜けてダンテに向き直った。まるで機械のスイッチを切り替えたかのような様子の紫乃に、ダンテには先程とは違う混乱が生まれた。
一体何が起こったのか。
「謝罪の言葉を出すまではと思ったが、まあ良いだろう」
「……?」
首を傾げるダンテに、紫乃とマハが説明を始めた。
早朝、ラブプラネットのコーデリアが付き添って事務所に戻ってきた。紫乃が出迎えた時、コーデリアに迫っていたダンテを目撃し、その後、紫乃は打ち解けたコーデリアに今回の飲み代を支払った。
ここまでは事実だが、これを利用してダンテに反省を求めることをマハが提案したという。
「じゃあ、別れるってのは……」
「もちろん冗談」
紫乃が苦笑しながら答えると、ダンテが正大な溜息をつくとソファーに腰をおろす。そのあと、紫乃は「ちょっと待ってて」と言い残すとキッチンへ向かった。
「はあー……何だよ、お前らグルで俺のこと騙したのかよ」
「言っておくが、飲み代を支払ったのは主だ。それをゆめゆめ忘れるな」
つまり、支払いをしなかったダンテより、自分の財布から代金を出した紫乃の方が立場が上であるということ。
わかってる、と苦々しく吐き捨てれば、紫乃がスポーツドリンクのペットボトルと、カットされたグレープフルーツを持って戻ってきた。
「二日酔いになっているでしょう? はい、どうぞ」
受け取ったペットボトルは冷えておらず、常温だった。何でも、二日酔いで疲れている胃に冷たいものは逆効果らしい。
蓋を開けて飲めば、確かに常温の方が体内に染み渡っていく気がする。
「お主が寝ている間、主がそれらを買いに行ったのだぞ。感謝するんだな」
「紫乃が?」
普段より高圧的な口調と態度が、今は余計に拍車がかかっているのは気のせいだろうか。
「もうマハ、わざわざ言わなくていいのに」
「主は謙虚すぎるのだ。これくらい言っておかねば、こやつは反省の欠片すら見せぬだろうからな」
ダンテの隣に腰掛け、やや困ったようにたしなめる紫乃をマハが諌める。
「あとは二人で話し合うことだ」
そう言い残すと、マハは外に出て行った。恋人同士の話し合いに自分は不要とでも言うかのように。
ダンテは出て行ったマハの背中を見送る紫乃を見つめた。
「なあ、昨日のことなんだが」
「……感情的になってごめんなさい。ダンテはダンテなりの考えがあったのに」
どうやら紫乃は部屋に閉じ篭ったあと、考えを改め直して雑誌に目を通してみたのだという。
「じゃあ、嫌じゃないんだな?」
「ん……まあ、その……私もダンテとするの、嫌じゃないし……」
次第に声が小さくなっていき、最後は蚊の鳴くような声になっていたが、ダンテの耳はその声をしっかりと捉えていた。
恥ずかしそうに顔をそむけている紫乃を見て、ダンテは酔っておぼろげな記憶からコーデリアの言葉を思い出していた。
──その子もあなたと楽しみたいはずだけど、恥ずかしいから感情的になっちゃったのよ、きっと。
それにしても、コーデリアを紫乃と思い込んでキスをしようとしていたというが、未遂に終わって良かったと心から安堵した。紫乃以外とキスするなんて考えられない。
ダンテは大きく息を吸い込み、はあ、と吐き出した。
「……ま、ひとまずは一件落着ってとこか」
「騙すようなことしてごめんなさい」
申し訳なさそうな紫乃を見たダンテに、いつもの悪戯心が疼き出した。ソファーに身体を横たわらせると、紫乃の膝に自分の頭を乗せる。
「ダンテ?」
「二日酔いなんだ、今は休みたい。ついでにそれ食いたいんだが」
ダンテが指差した先には、テーブルに置かれたグレープフルーツの皿。
この際だから甘えておこうと思った。紫乃の性格からして、体調の優れない相手を放っておくわけはないと考えたからだ。
案の定、紫乃は二つ返事で了承すると、フルーツピックを刺したグレープフルーツをダンテの口元へ運ぶ。
「ちょっとすっぱいな。でも美味い」
甘党のダンテにとっては、酸味の強いグレープフルーツは食べにくいものだろうが、幸いにもすっぱいからと言って食べることはやめず、そのまま全て食べた。
「……あー、やっぱりすっぱい」
最初のうちは酸味も楽しんでいたが、食べ進むにつれて強くなる酸味に顔をしかめるダンテに、紫乃は苦笑する。
「我慢しなくちゃ二日酔い治らないよ」
「甘いもんが欲しいところだな。紫乃、キスしてくれよ」
糖度は控えめだが甘いものならスポーツドリンクがあるのにと紫乃は思ったが、口にするのをやめた。
「雑誌をちゃんと隠すって約束してくれるなら」
「俺とヤるの嫌じゃないって言ったろ」
確かにダンテと肌を重ねるのは嫌ではない。むしろ愛されていると感じるので彼との行為は幸せな部類に入るのだが、品のない言い方に少しばかり動揺する。
「あ、あれはあれ! これはこれ!」
「俺のdarlingはつれないねぇ。ま、そうやって恥ずかしがるのが可愛いんだがな」
残念そうに言ったダンテだが、その表情は楽しそうに笑っていた。
何はともあれ、ダンテとの関係もこじれることなく仲直りが出来て良かったと紫乃は一安心すると、上半身をかがめて軽いキスをする。グレープフルーツを食べていたせいで、酸味のある甘さが口の中に広がった。
「すっぱいだろ」
「うん」
「でも、おかげで甘くなった」
ダンテがにんまりと嬉しそうに笑むと、やはり紫乃は恥ずかしそうに目をそらした。
「あ……そういえば、コーデリアさんに今度お店に来てって言われたわ」
「マジか」
ラブプラネットがどういう店か知っているのに足を運んでみたいという紫乃に、ダンテは驚きを隠せなかった。
一体、紫乃とコーデリアの間に何があったというのか。
「私の分の飲み代奢ってくれるって」
「俺の分も奢って欲しいねぇ」
「それはコーデリアさんにお願いしないと」
「……無理かもしれねぇ」
今まで何度も飲み代のツケを残してきたダンテに、コーデリアが首を縦に振ることはないだろう。むしろ、店に行ったらまだ未払いのツケを請求されるかもしれない。
「なあ、店に行くのはまた今度にしないか?」
先延ばしにしてしまえば支払わずに済む。
だが、そんなダンテの思惑はお見通しらしく、
「ツケの支払いを先延ばしにするつもりでしょ。駄目よ、支払えるものは早く支払わないと」
私からも店長に謝っておくから、と言って、紫乃はいつ行こうかと自分で予定を立て始めた。どうあってもラブプラネットに行く気らしい。
仕方ないな、とダンテは紫乃を止めることを諦め、休息することを選んだ。
「ひとまず今日は休業だ……」
二日酔いで仕事をする気になれないのだと言って目を閉じたダンテは、数分で寝息を立て始めた。これは、二日酔いの影響か、それとも単に昼間だから睡魔が訪れたのか。
紫乃もこんな状態の彼に仕事を強要させるつもりはないので、起こさないようにそっと銀髪を撫でる。
「おやすみ、ダンテ」
そんな恋人を撫でる一方で、電話を通じて相談に乗ってくれた親友に仲直りした旨の報告をしなければいけない。だが、今はダンテとの静かな時間を楽しむことにした。
紫乃の手つきは子供を寝かしつける母親のように優しく、ダンテは実年齢を意識させない、少年のようにあどけない寝顔を晒すのだった。
2013/07/25
▼あとがき
闇姫様より「ダンテと喧嘩したヒロインが空間に閉じ篭る」リクを頂きました。
いつもは仲の良い二人が喧嘩するとあって、どのようなことで喧嘩に発展するのかなぁと考えた結果…
「ダンテってアダルト雑誌持ってるはずだし、これだ!」ということになりました。
部屋に入ろうとしたダンテが、空間の壁に顔面激突するネタも闇姫様の提供です。
そのシーン、楽しく書かせて頂きました。
ただ、話の前半部分に少ししか出せていませんが…。
いつかラブプラネットに関する話も書いてみたかったので、織り交ぜてみました。
店舗については3に登場したのですが、今回劇中で登場させた店員等については管理人の捏造です。
オリジナルキャラのコーデリアも、もう少しドロドロした感じにすれば良かったかなぁと思うのですが、世話好きな、いわゆる「姐御肌」のキャラが好みなのでその性格になってしまいました。
さりげなくコーデリアさんに気に入られて狙われるヒロイン…(笑
きっと後日、ヒロインは人生経験豊富なダンテの口車に乗せられ、アダルト雑誌の通販を利用した彼に破廉恥なことをされるんです。
けしからんもっとやれ。
闇姫様、リクエストありがとうございました!