懲りない


「ったく……選り好みしすぎなんだよ、お前は」

『Devil May Cry』の玄関扉が大きな音を響かせて閉じられた。
 エンツォがいくつかの依頼を持ってきたのだが、ダンテはなかなか首を縦に振らなかった。しばらくの間渋っていたダンテがようやく選び抜いた時、事の成り行きを見守っていた紫乃は安堵したが、話を持ってきたエンツォはあまり良い顔をしなかった。

 そもそも今回はダンテからエンツォに何か仕事はないのかと連絡したのだ。催促をしておきながら仕事の選り好みをするなとエンツォは愚痴をこぼしていた。つい今しがた、「紫乃ちゃんもそう思うよなぁ?」と呆れ顔を向けられたことを、紫乃は思い返す。

 事務所の前に停めていた車に乗ってエンツォが去ると、入れ違いでレディの乗ったバイクがやって来た。新たな客人に紅茶を出すため、紫乃はキッチンへ向かう。

「こんばんは。今の車って仲介屋のでしょ? 羽振りのいい依頼はあったのかしら?」

「……ぼちぼちってところだ」

 事務所に入ってくるなり、レディは挨拶もそこそこに済ませると単刀直入に訊いてきた。少しの間とダンテの様子から察するに、期待どおりの依頼ではなかったようだ。それでも引き受けたのは、悪魔が関係していそうなものだったと思われる。

「……で、お前が来たってことは……」

 ダンテはややうんざりした顔をレディへ向けた。腐れ縁となって十数年経つ今でも、レディが事務所を訪れる理由は、紫乃が交友目的で招待しない限り一つしかない。

「ええ。仕事を紹介したいの」

「先に言っておくが、俺は引き受けねぇぞ」

「あら、誰があなたに頼むって言ったかしら?」

 そう言うと、レディはちょうどキッチンから戻ってきた紫乃へと顔を向けた。

「紫乃、明後日は空いてる?」

「うん、別に用事はないけど……どうしたの?」

 レディに紅茶を差し出した紫乃は小さく首を傾げる。

「良かった。あなたの悪魔退治の噂を聞いた人からご指名があってね。お願い出来るかしら?」

 紫乃もダンテ達と同じく、悪魔退治の依頼に赴くことがある。ただし、紫乃だけでは心配なのでダンテも同行することにしている。そのため、紫乃はちらりとダンテへ目配せをした。

「明後日って……」

「……エンツォの依頼があるな」

 そう。つい先程エンツォから請け負った依頼の日が、レディの依頼と同じ日なのだ。

「これ断るともったいないわよ。報酬が破格なの」

 レディの話によれば、依頼主は悪魔退治ではお馴染みともいえる部類──すなわち、大金持ち。それに加えて今回の依頼主は気前の良い人物らしく、気に入った相手には多くの報酬が支払われるという噂だ。

「とか言って、どうせお前が持ってきた依頼なんだ。仲介料ぼったくるつもりだろ」

「まあ、少しはいただくけど」

 少し、という言葉に、ダンテは胡散臭そうに顔を歪めた。

「紫乃、騙されるなよ。こいつ絶対半分以上は取るぞ」

「そんなに取らないわ。せいぜい二割くらいよ」

 レディの返答に、ダンテは一瞬我が耳を疑った。いつも依頼を紹介した手数料として多くの金額を掻っ攫うあのレディが、たったの二割程度とはどういうわけか。

「……レディ、頭大丈夫か?」

 ダンテはますます胡散臭そうに──というよりも、疑り深い表情をレディに向けた。しかし、背負っていたカリーナ・アンの銃口を躊躇なく向けてきたことに、ダンテはいつものレディだと苦笑いを浮かべつつ冷や汗を流した。

「OK、正常だ」

 まったくもって失礼な男だ。レディはふん、と息を吐いたあと、紫乃の淹れた紅茶を飲む。

「紫乃に紹介するんだもの。仲介料は最低限にしか設定しないって決めたの」

「その設定、俺にも適用して欲しいんだがな」

「一生適用しないから諦めてちょうだい。それで、紫乃の返事は?」

「私で良ければ是非」

 紫乃は一も二もなく頷いた。生活に困窮しているわけではないが、収入が多いのは助かる。
 一方、順調に話を進めていく紫乃とレディとは対照的に、ダンテは不服そうな様子で二人を眺めていた。

「紫乃が行くなら俺も──」

「ダンテはエンツォさんの依頼があるでしょう」

「二人でやった方が早いし──」

「それなら私が行きましょうか。ああ紫乃、経費はいらないわ。いただくのは仲介料だけだから安心して」

「…………」

 提案を拒まれたダンテは口を閉ざすしかなかった。

「くっそ……エンツォの依頼なんてすぐ終わらせて車なりバイクなりで向かってやる」

「でも、どっちも持ってないんじゃ……」

 この事務所で暮らし始めてから、紫乃はダンテ所有の車もバイクも見たことがない。だから、乗車して駆けつけるというのが本気であれば、購入するかレンタルするかのどちらかになる。

「バイクもいいんだが、紫乃がいるなら車買うか……」

 どうやら車を、それも購入しようかとダンテは悩んでいる。

「車かぁ……」

 車を購入するのは悪くない。むしろ紫乃は、ダンテの運転する車に乗ってみたいとさえ思う。
 ダンテに続いて紫乃も車が欲しくなってきた時、ふとダンテが紫乃の顔を見たあと笑顔になった。ただの笑顔なら何とも思わないのだが、下心が見え隠れする類の笑みなのが、どうも怪しい。

「なあ紫乃、車買おうぜ」

「……うん、それは構わないんだけど……」

「決まりだな。車があればドライブに行けるし、カーs」

 ガシャァァン!

「あらごめんなさい。手が滑ったわ」

 ダンテの顔面にティーカップが投げつけられ、その衝撃で派手に割れ、彼はやや後ろにのけ反った。幸か不幸か、紅茶は飲み終わっていたので、熱い紅茶がダンテにかかることはなかった。

「……手が滑ったってレベルじゃねぇだろ……」

 レディは詫びてはいるがそれは言葉だけで、何故彼女がダンテにティーカップを投げつけたのかは紫乃にもわかっていた。それでもダンテを放っておくわけにもいかず、割れたティーカップを片付けようとしたのだが、

「紫乃、その馬鹿に片付けさせなさい」

 レディに止められた。

「新しくティーカップ買ってあげるから出かけましょう」

「え……あ、ちょっとレディ……」

「これ、ここに置かせてもらうわね」

 レディはカリーナ・アンを壁に立てかけると、紫乃の手を引っ張って事務所を出て行った。


 残されたのはダンテと、割れたティーカップの破片。

「……シチュエーションを変えた方が楽しいと思うんだがな」

 いつか実践してみよう、と心に決めたダンテは、ひとまず破片を片付けることにした。


Web拍手掲載期間
2014/01/26〜2014/02/15
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