ケーキの色


 食べ物の色についても、アメリカはフリーダムだと紫乃は思った。人工の着色料でカラフルに色付けされた食べ物は、見るだけで食欲が減退してしまう。
 特筆すべきはお菓子で、中でもケーキは群を抜いている。日本では食べ物におよそ使用しない青や緑、果ては紫のクリームがたっぷりと塗られているのだ。街中でそんな原色ケーキを見かけるたびに、紫乃はげんなりとする。
 日本のケーキのクリームといえば、ホイップクリーム自体の色である白、チョコレートの茶色、イチゴのピンク色、抹茶の緑色、あとは栗の黄色くらいだ。そのことをダンテに話せば、彼はアメリカ人らしい反応を示した。

「何だ、日本のケーキの色って寂しいな」

「カラフルすぎるのも問題だと思うわ」

 食べ物に関しては妥協を許さない精神は、さすがは日本人である。

「だいたい、あんな派手な色のケーキをよく食べる気になるわね……」

 ケーキの外側をデコレートするクリームだけならまだしも、中に挟んであるクリームも派手な色で、ケーキによっては中と外のクリームの色が違うこともある。

「カラフルでいいじゃねぇか」

「この国の人は、色彩によって食欲が左右されることを覚えるべきだわ」

 食欲を増進させるのは赤系で、減退させるのは青系。食欲だけでなく、人間の精神には色彩が大きく関わっている。
 そういえば、とダンテは過去を思い出す。紫乃が自作するお菓子はどれも食材本来の色で、着色料を使ったことがない。
 ああ、そうだ。日本のお菓子にも色鮮やかなものがあったはずだ。何色だったか。

「日本にも色濃いお菓子があっただろ? ええと、確か、緑色の……」

「抹茶?」

「ああ、それだ。あの緑色も結構どぎついと思うが」

「あれは抹茶自体が濃い緑色なのよ」

 そう、抹茶だ。以前、紫乃が抹茶味のお菓子を食べていたのでダンテも一口いただいたことがある。抹茶を味わったことがなかったので、どのような味がするのかとても楽しみだったのだが、食べて後悔した。
 苦かったのだ。お菓子なので甘いのだが、甘味と同居するかのような苦味に顔をしかめたことは記憶に新しい。

「俺としては、甘いのに苦味を付け足す発想がありえねぇ」

「えー、甘ったるさを引き締めるようなあの苦味がいいんじゃない」

「甘いのは甘いのだけでいいんだよ」

 意見の相違だった。

 紫乃は『海外の反応』という記事をネットで見かけたことがあるが、日本人と外国人の味覚に関する記事もあったことを思い出した。外国人は単純に甘味だけを好み、日本人は甘味の他に苦味などの味を一緒に楽しむといったもの。
 かつて見かけた記事の出来事が、今まさに自分と彼とで起きていることに小さく苦笑する。

「じゃあ、カラフルなものが好きなら、今度から作るケーキは鮮やかにしてあげるわ」

 そう言われて、ダンテは「え」と思考が停止した。紫乃が、自分ではどうあっても受け入れがたい彩りのケーキを作るという。それはダンテが、ケーキなら色彩に欠ける日本のものよりアメリカのカラフルな方だ、と言ったからだ。
 だからといって紫乃の作るケーキをわざわざカラフルにしなくてもいいのに。むしろ、カラフルにしてしまうと紫乃のケーキではなくなってしまう気がする。

「いや、今までみたいなケーキで頼む」

 ダンテが待ったをかけると、今度は紫乃が「え」という顔になった。

「紫乃の作るケーキは、今まで通りの色でいいんだよ」

「でも、カラフルな方が好きなんじゃ……」

 きょとんとした表情から察するに、紫乃はダンテと意見が食い違うから嫌味を言ってやろうという気持ちはないようだ。ケーキはカラフルだと言ったダンテの言葉に従って、裏のない素直な気持ちでカラフルにしようかと言ってくれたのだろう。

「何て言うか、カラフルにしちまうと紫乃のケーキじゃなくなる気がする」

 だからこれまでのようなもので良いのだと言えば、紫乃はわかったと頷いた。

「あー……何だかケーキの話してたら食いたくなったな」

「じゃあ、何か作るよ」

 何が良いかと尋ねれば、彼が希望したのはやはりイチゴを使ったものだった。ただし、いつものケーキではなく、珍しくタルトが食べたいと言い出した。

「タルトってあんまり食ったことがねぇからな」

 そういえば、紫乃も事務所ではケーキばかり作っていてタルトを作ったことがなかった。

「タルトなんて久しぶりに作るから、上手く作れるかは保障出来ないけど」

「紫乃なら大丈夫さ」

 どんな料理も美味しく作れるのだから、タルトも失敗することなく作れるだろう。そして、その日のデザートはダンテの希望通りイチゴのタルトとなったのであった。


Web拍手掲載期間
2013/08/09〜2013/09/19
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