翻弄される
「なあ、キスしてくれよ」
突然発せられたダンテの言葉に、紫乃は固まった。
キス。
たったそれだけの短い単語なのに、紫乃の恥ずかしさを煽るのには充分だった。日本で育った彼女は外国人のフランクな言動にはしばしば驚かされるが、自分の恋人は群を抜いていると思う。
欧米人であるから、おはようのキスは当たり前。
家事の合間にダンテに捕まろうものならハグが待っている。
油断すると蕩けるようなキスをされる。
そこでさらに彼に流されてしまうと、壁やテーブルなどに身体を押さえ付けられ、露出した肌に手を這わせてくる。
だから、家事の間ダンテに捕まらないようにするのが最近の日課となっている。だが、ダンテはそれを見抜いているようで、ことごとく紫乃の行く手を阻んでくる。逃げられると追いたくなる、というのが彼の性分であることを、紫乃は最近のこの件で身を持って体験し、理解した。
ダンテが自分の唇を指先でトントンと軽く叩く。
「ほら、キス」
一方、ダンテは家事を始めたら最後までやり通したい紫乃の性分をしっかり把握していた。そのため、最近は家事を終えたタイミングを見計らって迫り、今もまた掃除を終えたばかりの彼女を捕まえていた。
「……うう」
紫乃は逃げる口実を失っていた。キスをするのは嫌ではない。ただ、自分からするというのが恥ずかしくて出来ないのだ。
唸っている間もダンテはじっと待っている。期待の眼差しを向けられているので、余計羞恥心を煽られてしまう。
「どうしてもしなきゃ、駄目……?」
「紫乃からキスしてくれたら、一週間仕事詰めでも頑張れる」
この事務所の家計はダンテにかかっている。基本的に高額報酬の悪魔退治を一週間も受けてしまえば、当分は遊んで暮らせるだろう。そんなことを抜きにしても、紫乃は結局のところダンテのおねだりを聞き入れてしまうのだった。
「目、瞑ってて」
見つめられたままだと恥ずかしいのだと訴えれば、ダンテは何も言わずに目を閉じた。キスを待つ彼の唇は緩く弧を描いている。
キスをするだけ。
キスをしたらすぐに離れよう。
そう決めた紫乃は、届きやすいように上半身を少しかがめているダンテに背伸びして、そっと唇を重ねて離れる。……が、ダンテに腰を捕らえられて逃げられなかった。
「ダン……んぅ……っ」
後頭部にも手を回されて噛み付くようなキスに襲われた。まさかこんなことになると思っていなかった紫乃の唇に、ダンテの舌が割り込んでくる。反射的に舌を奥に引っ込めるもすぐに捕らえられ、絡め取られた。
息継ぎさえもままならないキスに紫乃はすぐに酸欠状態となり、ダンテの胸を手で押す。
だが、そう簡単に解放してはもらえず、さらに口腔内を蹂躙されてしまう。
「ふ、ぅ……んぅ、っ……」
こうしてキスを交わすたびに思うのが、ダンテはキスが上手いということ。啄ばむようなキスはもちろん、ムードのある甘いキスや荒々しいキスも難なくこなしてしまうのだ。
そのため、これまで幾度となくキスだけで腰が砕け、まともに立てなくなったことがある。今もまたキスだけで足がガクガクと震え、おまけに酸欠状態。そのため、ダンテが解放した頃には紫乃は自分の足で立っていることが出来ず、腰と背中に回された彼の腕に支えられることになった。
「はぁっ……はっ……」
「相変わらずキスに弱いな、紫乃は」
紫乃は笑むダンテを上目遣いに見上げる。しかし、不足している酸素を取り込むのに精一杯の生理的に潤んだ瞳は、ダンテを煽るのには充分すぎる威力で。
「……仕事までまだ時間もあるし、楽しもうか」
え、と紫乃はぱちくりと瞬いてダンテを見上げた。
「ベッドかバスルームか……それとも、ソファーの上がいいか……」
「え、ちょ……」
ダンテは、まだ足に力の入らない紫乃をひょいと抱き上げる。
「好きな場所選んでいいぜ」
にやりと笑うダンテに、紫乃は冷や汗が流れるのを感じた。紫乃が抗議の声を上げるもむなしく、ダンテによって美味しく食べられてしまうのだった。
Web拍手掲載期間
2012/06/02〜2013/07/17