大きな駄々っ子


 冷蔵庫にプリンがあった。三つのカップが透明なフィルムで包装された、おやつに適したパック詰めのプリンだ。
 何か甘いものを食べたくなったダンテが冷蔵庫を開けたら、三個パックのプリンがあったのでそれを取り出す。カップのラベルにプリントされた文字は、英語ではなく日本語。紫乃が日本で購入したものを、事務所の冷蔵庫で冷やしていたのだろう。

「よっ……と」

 包装フィルムを手で破り、カップを一個取り出した。日本サイズのカップは小さく、ダンテの大きな手ですっぽりと包み込むことが出来る。
 量としては足りないのだが身体が今すぐ糖分を欲しているので、ダンテはこのプリンをいただくことにした。
 蓋を剥がしてスプーンでプリンを掬い、口に運べば甘ったるい味が舌の上に広がる。

「美味いな」

 食べ物に関しては妥協を許さない日本のお菓子は、ダンテの舌を満足させる。二個目のカップを開けようとした時、紫乃がキッチンへやって来た。

「紫乃、プリン貰ってるぜ」

「うん、どうぞ」

 紫乃は現在掃除中で、白いエプロンを身に付けている。少し前にキッチンに入ったダンテが気になって覗きに来たのだが、どうやら彼は甘い物を求めてプリンを食べているようだ。
 ダンテを確認したあと、掃除を続行しようとキッチンを出て行こうとしたところ、ダンテに呼び止められた。

「紫乃、ちょっとこっち来い」

「?」

 小首を傾げてダンテのところへ歩み寄れば、プリンとスプーンを差し出された。
 どうしたのかと彼を見上げると、

「食べさせてくれよ」

 と言われた。
 年齢は一回りも上で、雰囲気はまさに『大人の男性』で余裕の感じられるものであるが、生来の性格故か時折子供っぽい言動をする。今まさにそれが起こっている。

「掃除の途中なんだけど……」

「いいじゃねぇか。またあとからでも出来るだろ」

 一度始めてしまったものは最後までやり通したい紫乃にとって、ダンテのおねだりは掃除を中断させるものである。キッチンに来るんじゃなかった、と心の中でそっと後悔した。

「もー、仕方ないなぁ……」

 無視して掃除を続行したいのだが、おねだりモードに入ったダンテの希望を叶えてやらないといつまでもつきまとってくる。仕舞いには紫乃を捕まえて自分の希望を押し通す始末。
 厄介な男を恋人に持ってしまったと思うこともあるが、それ以上に彼が好きなので、結局おねだりを聞き入れてしまうのだ。
 スプーンを受け取ってプリンを掬い、ダンテの口元へ運んでやれば、彼は嬉しそうにプリンを食べる。

「やっぱり紫乃が食べさせてくれると美味さも倍増だな」

「このカップ食べ終わったら終わりだからね」

「何言ってんだ、まだあと一個残ってる」

 カップ三個全て食べ終わらせないと駄目らしい。

「ねえダンテ、お昼寝したらどう? 夜までまだ時間あるし」

 彼が昼寝でもしてくれれば掃除に集中することが出来る。そう踏んだ紫乃だったが、ダンテは彼女の言葉をばっさりと切り捨てた。

「紫乃が一緒に寝てくれるなら寝る」

 ──子供より子供だ!

 大人な分、接し方が厄介である。仕方ないので、紫乃はプリンを全て食べさせてやることにした。


Web拍手掲載期間
2012/05/01〜2013/06/02
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