Merry!


 親友の由摩からのメールに、紫乃は顔を綻ばせた。どうやら恋人との関係は良好で、日本での駅前のイルミネーションが綺麗だということで写真も添付されていた。

「わ、綺麗だなぁ」

 今日はクリスマスということで、煌びやかな光のツリーが駅前に立てられている。寒い時期に見るからこそ、イルミネーションの輝きに魅了される。

「イルミネーション、か……」

 日本だけでなく、ここアメリカでも駅前など人の集まるところはイルミネーションで飾られている。
 紫乃は、日没以降外出することがあれば駅前のイルミネーションを目にすることがある。その際、恋人同士でツリーを見上げている人達が多いように思えてほのぼのとした気持ちを感じたと同時に、ほんのわずかな寂しさも感じていた。
 一人で見るより恋人と一緒の方が楽しめるのだが、

(ダンテ、仕事でいないし……)

 ダンテとイルミネーションを見に行きたいのだが、生憎彼は昨夜から仕事でいない。
 今は昼過ぎ。依頼に向かった場所はそれほど遠くはなく、早ければ夕方に戻る予定だ。イルミネーションを見るくらいなら一緒に駅前へ行っても良いのだが、疲れているだろうから無理はさせたくない。
 まあ、クリスマスが過ぎても、クリスマス用のイルミネーションが撤去されるだけで、通常のイルミネーションが残るのだ。それをダンテと一緒に見れば良い。
 気持ちを切り替えたところで、玄関扉が開いたのでそちらに向かえば、

「ただいま」

 ダンテが帰ってきた。

「お……おかえり」

 予定では早くて夕方帰宅のダンテが戻ってきたことに驚いた紫乃を見て、ダンテがきょとんとした表情になる。

「どうしたんだ、そんな顔して?」

「早かったね」

「今日クリスマスだろ? 一日ずっと仕事するよりデートの方がいい」

 今からデートするぞと言われたが、紫乃はわずかに言いよどんだ。

「……疲れてるでしょ?」

「紫乃とデートする方が疲れが吹っ飛ぶ」

 ゆっくり休んでくれればと思ったのだが、逆にデートをする方が良いと言われ、紫乃は内心嬉しかった。

「今から行こうぜ」

「じゃ、じゃあ着替えてくる」

 嬉しさで顔を緩ませて自室へ向かった紫乃の背中を見て、ダンテも同じく顔を緩ませた。

 * * *

 二人は着替え終えて外に出た。突然のことなので紫乃はもちろん、提案したダンテも行き先を決めていない。
 そこで紫乃が提案したのがショッピングモールだった。買い物以外にも食事を取ることが出来たり、映画などを楽しむことが出来るからだ。
 いざ建物の中に足を踏み入れたのだが、

「流石アメリカ……日本と規模が違いすぎるわ」

 あまりの巨大さに紫乃はあっけにとられた。ショッピングモールは日本にもあるのだが、いかんせん規模が違いすぎた。広大な面積は土地代が安く、その上フロア自体の空間も大きく取っているため、かなりの広さがある。子供なら確実に迷子になってしまうだろう。
 そんな考えを先読みしたのか、ダンテが紫乃の手を握ってきた。

「はぐれるといけねぇからな」

 手がじんわりと温もる感覚に、紫乃は小さな幸せを感じた。

「ダンテ、お腹空いてるでしょ。先にフードコートで何か食べましょう」

「そうだな。昨日事務所出てから何も食ってねぇし」

 お仕事お疲れ様、と紫乃はダンテを労い、フードコートへと向かった。
 フードコートも日本のものより広いスペースを確保されていた。飲食店はいくつもあるが、やはりアメリカらしくジャンクフードの店舗が多い。

「紫乃はどれ食いたい?」

「んー……」

 ずらりと並ぶ店舗を一通り見渡す。どの料理も美味しそうに見えて、どれを食べようかと少し悩んだが、ダンテの好きな食べ物を見つけ、その店舗を指差した。

「ねえ、ピザがあるからあのお店はどう?」

「お、行ってみるか」

 オリーブがトッピングされてなけりゃいいんだがな、とダンテは苦笑しながら紫乃を連れてピザ店へ足を向けた。もしもオリーブがあったとしても、店員に言ってオリーブを抜いてもらえばいいだけだ。
 そう考えつつメニューに目を通してみれば、オリーブのないピザがいくつかあった。

「やっぱり大きいなぁ」

「あー……紫乃にはでかすぎるか」

 いくらフードコートで食べるために考案されたサイズといっても、あまり多くの量を食べない紫乃にとっては一番小さなサイズでも充分すぎる大きさだった。他の店舗のメニューも、日本での一般的な量よりも多いようで、きっとどの店舗に行っても紫乃は量で二の足を踏んでしまうだろう。
 そこで、ダンテはあることを思い付いたので提案することにした。

「そうだ。俺がピザ頼むから、紫乃はそのピザを食えばいい」

「でも、それじゃダンテの食べるピザが減っちゃうよ」

「心配すんな。もし足りなかったらサイドメニューでも頼めばいいんだから」

「うん……じゃあ、食べる」

 ダンテの言葉に甘えることにした紫乃はドリンクを選んだあと、席の確保へ向かった。混雑する昼食の時間帯を過ぎているため、フードコートの座席は結構空いている。ちょうど窓際に空席を見つけた紫乃は、そこに腰掛けてダンテを待つことにした。
 ショッピングモールを訪れている客層は家族連れが多く、フードコートでは親と子供が食事を楽しんでいる。ほのぼのとそれを眺めていると、ダンテが注文したピザとドリンクを持って紫乃の向かいの席に座った。

「やっぱり家族連れが多いな」

「そうだね……ふふ、可愛いなぁ」

 欧米人の子供はまさに天使で、眺めていると思わず笑みがこぼれてくる。

「お、あっちははしゃぎすぎて叱られたみたいだぞ」

 別方向にいる家族に気付いたダンテが指し示す先には、元気の有り余る幼い兄弟が母親に叱られていた。
 周囲の家族をのんびり眺めているのも面白いが、今はピザを食べないと冷めてしまう。紫乃はカットされたピザを一切れ手に取ってぱくりと口に含んだ。
 ふと目の前にいるダンテをちらりと見れば、こちらを見つめているのに気付く。

「……どうしたの?」

 ダンテが紫乃より先にピザに手を付けていないことを少々疑問に思いつつ尋ねれば、ほのぼのとした表情がニヤニヤしたものへと変わった。
 これは、まさか──

「子供、好きなのか?」

「う、うん……」

「帰ったらイイコトしようぜ」

 やはり欲丸出しの言葉が出てきた。

「……相変わらずやらしい」

 隠すことなく向けられる欲に、紫乃は羞恥でダンテから視線をはずし、ピザを頬張る。

「男も女も欲しいなら、俺頑張るぞ」

「がっ……頑張らなくていい! 変に励まなくていいから!」

 さらに頬を赤く染め、紫乃はダンテの欲にまみれた視線を浴びせられながら、何とか昼食を済ませた。

 * * *

 フードコートを出たあと、ダンテと紫乃はショッピングモール内のショップを巡ることにした。
 お互い似合いそうな衣服のコーディネートやアクセサリーを見立てて、楽しい時間を過ごした。試着するだけでなく実際に購入も済ませたので、日が暮れた頃にはダンテも紫乃もいくつかの荷物を持つことになっていた。

「すっかり暗くなっちまったな……帰ったらプレゼントやるからな」

 楽しみにしてろよ、とダンテが笑む。

「うん。私もプレゼント用意してるからね」

 それから二人はショッピングモールを出て、事務所のある街へ戻ることにした。といってもすぐ帰宅したりせず、駅前広場へ足を運ぶつもりだ。
 紫乃が駅前のイルミネーションをダンテと見たいからと言ったからだ。実のところダンテも紫乃と一緒にイルミネーションを見たいと思っていた。同じことを考えていたことに二人は顔を見合わせ、笑った。

「あれ……ない」

「どした?」

 外に出て寒いので紫乃が手袋を着用しようと思ったのだが、バッグの中に入れていたはずの手袋が見当たらないのだ。

「手袋がないの。バッグに入れてたはずなのに……」

 事務所を出る時はきちんと着用し、ショッピングモール内ではずし、バッグに入れたことは覚えている。それがないということは、ショッピングモールの何処かで落とした可能性が高い。
 バッグを開けたのは数えるくらいなのでおおよその場所はわかるが、いかんせん人が多すぎる。思い当たる場所へ今向かってもないだろう。良心的な人が拾っていてくれたら話は別なのだが。
 それに、今から探すとなると時間がかかる。イルミネーションを見る時間が遅くなると、夕食の時間も遅くなるのは当然で。

「お気に入りだったのにな……」

 ここは諦めるしかないか、と紛失させてしまった自分の不注意を恨めしく思いつつ、紫乃が外気で冷えた手を握り締めた時、手袋が差し出された。
 それはダンテが使っている手袋の片方だった。どうしたのかとダンテを見上げれば、彼は至極当然のように自分の手袋を紫乃の片方の手に着ける。

「片方は俺の手袋着けて、もう片方はこうすればいい」

 そう言ったダンテは、手袋を着けていない自分の手と紫乃の手を繋ぐ。肌が触れ合っていない部分は外気で冷えるものの、ダンテの体温で冷たさなどすぐ気にならなくなった。

「ありがとう」

 駅前広場はクリスマスということで、多くのカップルで賑わっていた。彼らが見上げるのは、広場中央で輝く光のクリスマスツリー。国民性を表すかのようなカラフルなイルミネーションは、見ているだけで気分が高揚して顔が綻んでしまうほど。

「綺麗だね」

 きらきらと点滅を繰り返す光を、紫乃はうっとりと見つめた。寒いためか、光そのものがとても暖かく感じられ、その明るさに惹き込まれる。
 そんな紫乃を、ダンテは目を細めて見下ろした。

「俺は紫乃の方が綺麗に見える」

 ちらりとダンテを見上げてみれば、穏やかな表情でこちらを見つめている。
 よくある恋人同士の会話だが、実際その当人の立場になってみると気恥ずかしいものがある。このような台詞を言われるとは思ってもみなかったので紫乃は頬を染め、視線をさ迷わせた。

「え……えっと……」

 口説き文句の類に慣れていない紫乃がどんな反応を示すかあらかじめ予想はしていたのだが、目の前で反応されると余計可愛いもので。
 ダンテはさらに表情を緩ませると、紫乃の手を一旦離したあと、彼女の背に手を回してその腰を抱き寄せた。

「やっぱり紫乃はいい反応してくれる。何なら、いくらでも言ってやるぞ」

 ──もちろんベッドの中でもな。

 そう耳元で囁いてやれば、紫乃はさらに顔を赤くしてうろたえることしか出来なかった。



 その後、紫乃は撮影したイルミネーションの写真を由摩へ送信することにした。ダンテに食べられてしまう前に、忘れてしまわないうちに。


2014/01/09

▼あとがき
更新作品についてのアンケートの一つ、「ダンテとクリスマス甘々デート」でした。

クリスマスなのに、家族連れでごった返すショッピングモールでデートって…
えっと、好きな人となら何処でもいいの!的な奴です(震え声

アメリカのショッピングモール、凄いらしいですね。
建物自体の大きさがかなりあるし、何やら屋内に遊園地もあるとか…
こんなに大きな場所なら確実に迷子になるわ〜、って思いつつ書きました(笑

ただ、あちらのフードコートにピザがあるかどうかはわかりません。
えっと、アメリカだし、たぶんあるよ!的な奴です(さらに震え声

さて、ヒロインの手袋は何処に行っちゃったのでしょうね。
手袋を片手に着けて、もう片方は相手と繋ぐシチュエーションがやりたかったのです!
ヒロインの手袋は犠牲になったのだ…

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします。
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