今夜はハロウィン


 今日はハロウィン。
 街はカボチャやお化けのオブジェが飾られ、色もオレンジと黒が広がっている。そんな賑やかな飾り付けも、一足スラムに踏み入れば無縁のもの。すさんだ街並みはいつもと変わりなく、人気のなさもいつもと変わりない。
 スラムに店を構える『Devil May Cry』も、特にこれといった装飾はされていない。しかし、それでも住人はハロウィンだということは忘れておらず、キッチンからは甘い香りが漂ってきていた。

「主、菓子を作っているのか?」

「うん」

 キッチンテーブルの上で作業をしている紫乃を、マハが不思議そうに見上げたあとテーブルに跳び乗り、主人の作業をじっと眺める。

「街が飾り付けられていると思ったら……ハロウィンという奴か」

 長らく魔界で過ごしていたマハにとって、人間界の季節行事が珍しいものに見えた。
 散歩に出れば、何の飾り付けもされていなかった街が、十月に入るとオレンジと黒で彩られていった。何か催し物でもあるのかと紫乃に尋ねれば、十月末にハロウィンがあるのだという。
 古代ケルト発祥の秋の収穫を祝う祭りで、主にイギリスなどで行われていたものが、今ではアメリカでも定着した行事である。
 また、何故カボチャに目や口が彫られているのかと問えば、悪霊を追い出すためにああいった顔が彫られているのだと説明を受けた。

「そういえば、何やら衣装の準備をしていたようだが?」

「今晩、仮装するの」

 紫乃はそう言うとマハにどんな仮装をするかを告げる。

「──なるほど。主ならばさぞかし美しい仮装が出来るだろう」

「ふふ、ありがとう」

 マハの褒め言葉に紫乃が少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
 その後、紫乃はパイの他にもカボチャを練り込んだクッキーやカップケーキも焼き上げた。お菓子だけではなく、もちろん夕食としての食事も作ると、マハと二人でダンテの起床時間を待つことにした。

 * * *

「おお、こりゃまた可愛らしい魔女だねぇ!」

 夕方、そろそろダンテが起きてきそうな時間に事務所を訪れたのはエンツォだった。

「いらっしゃい、エンツォさん」

 紫乃の格好はつばの広いとんがり帽子に裾の長い女性らしいフォルムのスカートを着用している。どちらも黒を基調としており、一目で魔女の格好だとわかる。
 エンツォは紫乃の足元に佇むマハに気付いた。

「おや、今の紫乃ちゃんだと、そっちの猫ちゃんとペアでますます雰囲気あるじゃないか」

 エンツォが面白そうに笑うが、マハは猫特有のツンとしたすまし顔を崩すことなくエンツォに向ける。
 マハはエンツォのことを知っているが、エンツォはマハが悪魔であることを知らない。そのため、彼の前で喋ることはせず、ただ静かに見つめるだけだ。

「んー? 随分静かだな。紫乃ちゃん、こいつ鳴かないのか?」

「ええ……物静かな子なんです」

 エンツォに尋ねられた紫乃は内心わずかに焦った。マハは本来虎のように大きな体躯で生粋の悪魔だ。普段は紫乃の希望で黒猫の姿となっているが、だからといって猫の鳴き声を発することはない。
 そんな会話をしていると、二階からダンテが下りて来た。

「お菓子を貰いに来てもいいのは子供のはずだが?」

「私が呼んだの。お世話になってるから」

 本来、お菓子を貰いに他人の家を訪問するのは子供であって大人ではない。
 玄関先に中身をくり抜いたパンプキンを飾ったり明かりをつけていれば、「トリック・オア・トリート」と言って訪問しても良いというならわしがある。
 だが、スラムでそんなことをする子供などおらず、生憎店主のダンテはお菓子をあげるより自分で食べる方なので、玄関先はおろか店内の飾り付けすらしていない。大人二人だけの住居であるし、何よりダンテがぐうたらなので紫乃も手間のかかる飾り付けより、雑貨を飾るだけの方が手軽で良いので、パンプキンのキャンドルグラスを買い、夜に火を灯して楽しんでいるだけである。

「ダンテの仮装はあれか、吸血鬼か」

 紫乃と同じように、ダンテもハロウィンの仮装を済ませていた。白いシャツスリーブにワインレッドのベルベットのベスト、その上に黒いマントを羽織った彼は体格が良く、その上銀髪なのでとても様になっている。
 無精髭は綺麗に剃られているので、普段より幾分か若く見えると紫乃は思った。

「ああ。紫乃の希望でね」

「私はその逆です」

 ダンテの仮装は紫乃のリクエストで、紫乃の仮装はダンテのリクエストだと聞いたエンツォは、なるほどねと納得した。

「んで、トリック・オア・トリートじゃなかったら、余所の家でナンパか?」

「ナンパなんてしてねぇよ!」

「ま、奥さんに頭が上がらない奴がナンパなんて出来るわけねぇか」

 ダンテが悪戯っぽく笑うと、エンツォは、ぐ、と言葉を詰まらせた。情報屋として裏の世界を知るエンツォには妻子がいる。子煩悩である一方、妻には逆らえないことを、付き合いの長いダンテは知っていた。

「レディは仕事で来れないし、トリッシュは旅行で不在だから、せめてエンツォさんだけでも呼びたかったの」

 紫乃はそうダンテに言ったあと、エンツォに向き直る。

「エンツォさん、奥さんとお子さんが待ってらっしゃるのに無理言ってごめんなさい」

「おっと、紫乃ちゃんが詫びることはないんだぜ。うちのもんにはちゃんと説明してる」

 エンツォが優しく明るく振舞うが、あまり時間を取らせてはいけないだろう。そう思った紫乃は「ちょっと待ってください」と言うとキッチンへ向かい、すぐに戻って来た。何やら綺麗に包装された袋を持っている。

「クッキーとカップケーキ焼いたんです。良かったらお子さんに」

「お、ありがとよ。紫乃ちゃんのお菓子美味いから、うちの子も喜ぶよ」

 紫乃からお菓子を受け取ると、エンツォは扉を開けてダンテと紫乃に別れを告げた。

「生地に混ぜたのがアメリカのパンプキンじゃなくて日本の物だったけど……口に合うといいなぁ」

「何か違うのか?」

「アメリカでよく見かけるのってオレンジ色でしょ? でも、日本だと皮が黒いの」

 アメリカでは、皮がオレンジ色のカボチャはパンプキン、それ以外の色のカボチャはスクウォッシュという。
 ハロウィンの時期にジャックランタンとして用いられるパンプキンは、現在は観賞用に品種改良されているため食用には向いていない。このパンプキン以外の食用カボチャを使えば良いのだろうが、紫乃は日本のカボチャに慣れてしまっているためこちらを使用した。

「なるほどね。味はどうなんだ? 甘いのか?」

「うん」

「じゃあ、問題ないと思う。心配無用さ」

 味を気に入ってくれるといいんだけど、と心配する紫乃だったが、ダンテの言葉に気持ちが軽くなるのを感じた。

「それにしても、魔女姿も結構似合ってるな」

「そういうダンテは似合いすぎてるから直視出来ない……」

 ダンテに似合いそうだと思って自分からリクエストした仮装であるが、想像以上に似合っているので、紫乃はやや気恥ずかしそうに彼から視線をそらした。
 すると、紫乃の顎にダンテの指が添えられ、ぐいっと上を向かされる。

「直視出来なきゃ、させるまでだ」

「う……」

 顔をそらしたくても、ダンテの手が顎を捕えているので出来ない。紫乃が困惑していると、ダンテが彼女の口元に注視した。

「グロス塗ってんのか」

 紫乃のうっすらと桃色の唇に透明なグロスが塗られている。唇の自然な色を生かすため、ルージュを使わずグロスだけにしているようだ。
 室内の明かりを艶やかなグロスが反射しているのを見て、ダンテは自分の唇を重ね合わせた。

「んっ」

 何度か角度を変えられたがディープというわけではなく、紫乃は早い段階で解放される。ダンテにしてはあっさりと済ませたことに違和感を覚えたが、その理由にすぐに気付いた。

「グロス塗り直さなくちゃいけないじゃない……」

「またキスしてやるから、塗らない方がいいと思うぜ」

 う、と口を噤むと紫乃は一歩後退する。ダンテに悪戯としてキスをされることを警戒しての行動であったが、あっさりと見破られ、背中に手を回され捕えられてしまった。

「逃げたら駄目だろ、baby。追いかけたくなる」

 羞恥でダンテから逃れようものなら、彼はまるで獲物を追いつめる捕食者のように紫乃を追う。
 そこで紫乃はクッキーやカップケーキだけでなく、パイも作ってあることを思い出した。今日はハロウィンだ。お菓子をあげればこの恥ずかしい悪戯もやめてくれるだろうと考え、お菓子のことを話の引き合いに出した。

「お、お菓子用意してあるからっ」

「そりゃありがたい。でも、悪戯はやめられないのさ」

 ダンテの意識をお菓子に向けさせようとしたが、見事に失敗した。このままダンテのペースに飲み込まれたら、ダイニングでの食事ではなく、ベッドの上で食べられてしまう。
 どうやって抜け出そうか考えあぐねていると、足元から声がした。

「おいダンテ、早く主を解放せぬか。でないと私が菓子を全て食ってしまうぞ」

 ダンテが再び紫乃にキスをしようとした時、マハがそれを制してダンテの動きが止まった。どうやら紫乃に向いていた意識がマハへ移ったようだ。

「ほら、早く来ぬとお主の分もなくなるぞ」

「紫乃の手作りを全部食われてたまるかよ」

 マハがとことこと足取り軽くお菓子のあるキッチンへ向かえば、ダンテはあっさりと挑発に乗って追いかける。解放されたことに紫乃は胸を撫で下ろすと、心の中でマハに感謝した。
 だが、一安心している場合ではない。お菓子の前に夕食を済ませなければならないのだ。彼らを放っておいたら、きっと競い合ってお菓子の争奪戦になってしまう。
 それを危惧した紫乃は、少し遅れてキッチンへと向かった。

「先にお菓子食べたら駄目だからね! ごはんが先よ!」

 今夜はいつもの二人と一匹だけのハロウィンだが、賑やかさはいつも以上であった。


2013/10/31

▼あとがき
更新作品についてのアンケートの一つ、「ダンテとハロウィン」でした。

ハロウィンといえば仮装!ということで、ダンテは吸血鬼、ヒロインは魔女になってもらいました。
あんなイケメンが吸血鬼コスなんてしたら、写真撮りまくり…
ということをしたいけど、実際はかっこよすぎて近付けず、遠巻きに眺めてるだけになっちゃいそうですが。

日本だとパンプキン=カボチャ全般のイメージがありますが、アメリカだとパンプキンは皮がオレンジ色のみで、他はスクウォッシュというらしいです。
日本のカボチャは、カボチャ・スクウォッシュだとか…
Wikipediaやネットで検索してみて初めて知りました。
昔はパンプキンをジャックランタンで使ったあと、パイなどに加工していましたが、今では観賞用に改良されたため味が良くないそう。
アメリカの製菓用のカボチャはピューレ状に加工されたり、スパイスを混ぜたフィリングで売られているのを使うことが多く、他国は生カボチャから作るのが一般的とのこと。
なので、ヒロインは生カボチャから作りました。
きっと裏ごしも頑張ってくれたでしょう(笑

DMC夢は日本とアメリカの違いを調べつつ書いています。

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします。
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