料理が不向きな彼


 日を追うにつれて寒さが増していく季節。
 今日の天気は快晴。紫乃はいつもより早く起きて掃除や洗濯物を干したりした。

「これで終わり……っくしゅん!」

 外で干していたため、身体が冷えてくしゃみが出た。これから本格的に寒くなる時期で、あまり外に長居していてはもっと身体を冷やしてしまう。
 紫乃は空になった洗濯カゴを持ち、暖かい室内へ戻る。

「寒くなってきてるし……今日はビーフシチューにしようかな」

 毎日違う献立を考えて作るのは大変だが、美味しそうに食べてくれる相手がいるので作り甲斐がある。
 身体を温めるためにも、今夜はビーフシチューを作ることにした。ごろっと大きな牛肉を入れればダンテも喜んでくれるだろう。
 他にもいくつか献立を考えた紫乃は、スーパーへ買い物に向かった。

 * * *

 紫乃が事務所に帰ってきたのは三時間も経ってからだった。買い物をするだけなら一時間もあれば充分なのだが、スーパーへ行く前にメインストリートに立ち並ぶ店舗のショーウィンドウ内の展示品を見たり、カフェの夫婦と出逢って話し込んだりしたおかげで、帰って来たのが夕方。
 日が沈み始め、昼間よりも気温が下がってくる時間帯に、紫乃はようやく事務所へ戻れば、いつものように漫画を読んでいるダンテが出迎えた。

「おかえり、紫乃」

「あ……ダンテ、ただいま。すぐごはん作るから」

 遅くなってごめんねと詫びた紫乃は上着を脱ぐと、買ってきた食材を持って足早にキッチンへ駆け込んだ。
 ダンテの様子からして、起きてしばらくは時間が経っている。それなのに、冷蔵庫を覗いても食材が減っていない。つまり、彼は起きてからまだ食事をしていないということ。
 お腹を空かせて帰宅を待っていてくれたことに嬉しさを感じつつも、早く夕食を作ってあげなければと手を早めた。
 食材を刻んでいると、キッチンの勝手口の下部に取り付けたキャットドアから猫が入ってきた。散歩に出ていたマハが帰ってきたのだ。

「主、今戻った」

「マハ、おかえり」

 マハが作業台を見上げれば、野菜よりも大きなブロック状の牛肉が目に付いた。

「ほう、今夜は肉が多いな」

「ビーフシチュー作るの。今日はお肉多めに入れてあげるね」

「それはありがたい」

 ダンテもマハも肉が好きなので、紫乃はいつも肉を多めに使っているが、今日はそれよりも多い量の肉を買ってきたのだ。
 肉が多く入ると聞いて、マハは嬉しそうにキッチンを去っていった。好物が食べられることに喜ぶ点については、悪魔も人間も変わらない。
 紫乃はマハを見送ったあと再び作業を始めるが、

(うーん……何だかちょっと……)

 野菜や肉を刻んで煮込み始めた頃、紫乃はわずかな異変を感じ始めていた。疲労感、というよりも気だるさがある。昼間、寒い中たくさん歩き回ったからだろうか。
 それより、今はダンテとマハが夕食を待っているのだ。紫乃は先に料理を作り終えるために気だるさを我慢して作業を進めた。

 * * *

 料理を作り終え、あとは器に盛り付けるだけとなった頃合いにダンテがキッチンへやって来た。空腹に耐えかねたのか、紫乃が呼ぶ前に自分から来たようだ。

「いい匂いだな。今日はシチューか」

「うん、ビーフシチュー……いつもより、お肉、多いから」

 紫乃は笑顔を見せながら返答した。気だるさだけでなく、頭もぼんやりしてきたせいでたどたどしい口調になってしまった。
 すると、ダンテの表情は若干険しく変化し、紫乃に手を伸ばして額に手を当ててきた。彼の手はひやりと冷えて気持ち良い。
 紫乃が目を閉じて冷たさを感じている一方、ダンテは眉間に皺を寄せた。

「熱があるじゃねぇか」

「ん、ちゃんと休むから」

「……その様子だとまだ薬も飲んでないみたいだな」

「これ盛り付けたら飲むの」

 食器棚から器を取り出そうとした紫乃が戸棚に手をかけようとしたが、ダンテに制される。

「今すぐ薬飲んで休むんだ」

 そう言うと、ダンテは一度キッチンを出ていった。
 紫乃は自分の手を額に当ててみる。ひやりとした感覚を求めてみたのだが、体温が上がっているためか、自分の手では冷たさを感じられなかった。
 食器棚に背中を預けているとダンテが戻ってきた。その手には薬を持っており、水を注いだコップと一緒に紫乃へ差し出す。

「熱があるの、よくわかったね」

「いつもと喋り方が違うし、様子もおかしかったからな」

 普段からよく見てくれていることに紫乃は嬉しく思いながら、受け取った薬と水を飲んだ。それを確認すると、ダンテは紫乃の背中と膝裏に手を添えて抱え上げる。

「ふえ、あ、あの」

「薬飲んだら休まねぇとな」

 突然抱き上げられたことで慌てる紫乃に、ダンテは硬かった表情を少しやわらげた。
 二階へ向かうためキッチンを出れば、ソファーの上で寝転がっていたマハがむくりと起き上がり、ダンテ達を見上げる。

「どうしたのだ?」

「紫乃が熱出してな。今から部屋で休ませてくる」

 ダンテは足早に二階へ上がると自分の部屋に入り、紫乃をベッドにおろす。これではダンテが休めないと紫乃は抗議したのだが、「ベッドが大きくてゆっくり出来るだろ」と優しく返された。

「じゃあ、パジャマ持ってきてくれる?」

「OK。……着替えるの手伝ってやろうか?」

 ダンテがにやりと笑えば、紫乃はほのかに頬を赤く染めて慌てる。

「だ、大丈夫っ」

 ダンテは面白そうに微笑むと、紫乃のパジャマを取りに行くため部屋を出た。

 * * *

「鶏肉、タマネギ、ニンジン……あ、セロリがねぇな……」

 紫乃がパジャマに着替えたあと、ダンテはチキンスープを作るため冷蔵庫の中を見ていた。
 キッチンに来る前、紫乃から食材と作り方を聞いてきたので、まずは食材を出そうと思ったのだが、セロリがないことに気が付いた。

「キャベツで代用してみてはどうだ?」

 ダンテと一緒に冷蔵庫を覗いていたマハが提案すると、ダンテはそれに同意した。
 スープに使う食材は鶏肉、タマネギ、ニンジン、キャベツに決まり、次は刻む作業だ。野菜を小さく切っていくのだが、ダンテは普段振り回しているリベリオンよりずっと小さな包丁に苦戦を強いられる。

「悪魔を斬るのは得意なんだがな……」

「……動き回る悪魔よりも、食材を刻む方が簡単だと思うのだが」

 リベリオンと包丁。どう考えても扱いやすいのは包丁だろうとマハは少々呆れた。

「そうだ、リベリオンならちゃんと刻めるかもしれねぇ」

「……それだけはやめておけ」

 野菜を刻むのだし、何より紫乃に料理を作って食べさせるのだ。マハがさらに呆れた様子で言えば、ダンテは小さく肩を竦める。

「冗談だ」

 不揃いながらも何とか食材を刻んだあとは鍋に水を入れて火にかける。

「ええと……次は何入れるんだったか……」

「コンソメと言っていなかったか? 固形タイプがどうとか……」

 確かそこの棚にあるはずだとマハが言えば、厚紙で出来た箱の中に固形コンソメが入っていた。それを取り出して鍋の中に入れる。

「ちょっと待て。先に材料を加熱するのではなかったか?」

「そうだったか? まあ、どのみち味付けするんだし、今入れてもいいんじゃねぇか?」

 マハがジト目で睨めば、ダンテは苦笑いを浮かべた。

「……お主が家事に向いていない性格というのが改めてわかった」

 鍋に水や食材を入れたあとは煮込むだけ。

「あとは灰汁を取り除く、んだっけ?」

「ああ。主が飲むのだ、面倒くさがらずにやるのだぞ」

「わかってるよ」

 地味だが味に影響するのだから、灰汁取りは大事な作業だ。ダンテが手を抜かないようにマハが目を光らせる。
 その後、ダンテは料理をしながらも紫乃の容体が気になっていたため、様子を見に二階へ向かうことにした。


 ドアの前に立ったダンテの耳に、小さな咳が聞こえてきた。室内の様子を伺おうとドアを開けた時、短い悲鳴がダンテのすぐ前からした。

「きゃっ」

「ん?」

 ドアの前にはパジャマ姿の紫乃がいて、その手が前方に突き出すような格好になっている。ドアノブへ手を伸ばそうとしたのだと、ダンテはすぐに理解した。

「何抜け出そうとしてるんだ」

「えと、ちょっと気になって……」

「おまけに咳込んでるし」

 どうやら料理に慣れていないダンテがチキンスープを作れているかが気になって仕方ないようで、今まさに一階へ下りようとするつもりだったらしい。

「今煮込んでる。もうちょっとで出来るから休んどけ」

「うん……って、コンロの火点けっぱなし!? 離れるなら火消さなきゃ!」

「マハに任せてあるから大丈夫だ」

 それより、とダンテが紫乃の額に手を当ててみれば、彼女がパジャマに着替える前より少しばかり熱いように感じた。

「さっきより熱上がってねぇか?」

 ダンテが指摘すると、紫乃が気まずそうに視線を泳がせた。

「……ベッドの中で休まないで、ずっと起きてたな」

「あの…………はい」

 言い逃れは無理だと悟った紫乃が小さく頷けば、ダンテが溜息をつく。

「ったく……自分から悪化させてどうするんだよ」

「ご、ごめんなさい」

「仕方ない。強制的に寝かせるしかねぇな」

 ダンテの言葉の意味がわからずに紫乃が首を傾げた。その表情は熱のせいで焦点が合っておらず、ぼんやりとダンテを見上げている。
 ダンテはそんな紫乃の小さく開いた唇を自分のそれで塞いでやれば、彼女は驚いて後退しようとした。
しかし、それをダンテが許すはずもなく、紫乃の身体は彼に抱きすくめられた。

「ん……っ、んぅ……」

 後頭部をしっかり押さえつけられているので紫乃は逃げられない。貪るような荒いキスに紫乃の身体から力が抜けていき、最後はダンテに身体を預けることになった。

「な……何するの……」

「ほら、これで寝られる」

「……風邪移っちゃうよ」

「俺は丈夫だから心配すんな」

 けろりとそう言ってのけると、ダンテは紫乃を抱え上げてベッドに寝かせる。

「チキンスープ、ちゃんと出来てる?」

「……悪い方向には向かってない」

 掛け布団を肩まで掛けた紫乃が尋ねれば、ダンテは少し間を空けて答えた。それだけで順調ではないことがわかったが、料理に慣れていない彼が一生懸命作ってくれているのが嬉しくて、紫乃はにこりと微笑んだ。


 チキンスープが出来たため、ダンテは早速紫乃に飲んでもらうことにしたのだが、

「ちょっと辛い、かな……でも、よく煮込まれてて美味しいよ」

 味を調えるために加えた胡椒の量がやや多かったらしい。それでも不味いわけではないので、紫乃は素直に感想を述べた。

「ダンテの奴、包丁に慣れないからと言ってリベリオンを使おうとしたのだぞ」

「冗談だって言っただろ」

 ベッドの上に座ったマハがキッチンでの出来事を話すと、紫乃はくすりと笑った。

「二人ともありがとう」

 普段はあまり時間を共有しないダンテとマハが、チキンスープを作る際には協力──とまではいかないにしても、ダンテは料理を、マハはダンテの補助として火の番をしてくれたことに、紫乃は嬉しさを感じずにはいられなかった。

「何だかいつもより仲いいね」

「げ……」

「……笑えない冗談だ」

 紫乃の目には仲良く映っているダンテとマハだが、当人はそうではないようでげっそりとして思いきり顔をしかめた。

「それにしても、ダンテもちゃんとやれば料理出来るじゃない」

「今回簡単な方だったから何とかな。紫乃が作ってるような料理は流石に無理だ」

「主、こやつの性格は料理向きではないから期待しない方が良いぞ」

 からかうようにマハが言えば、ダンテは「うるせぇ」と一蹴した。

「紫乃、それ飲み終わったらちゃんと寝るんだぞ」

「うん」


2013/11/10

▼あとがき
3万ヒットアンケートの一つ、「体調不良で寝込んだヒロイン&慣れない料理に苦戦しつつ看病するダンテ」でした。

買い物に行ったらウィンドウショッピングに集中してしまい、本来の目的をついつい忘れちゃうことってあります…よね?
ウィンドウショッピングをせずに買い物自体だけの場合でも、目的の商品以外もあれこれ見て、結果的にすぐ終わるはずなのに時間がかかったり…

ヒロインはウィンドウショッピングで、自分好みの服を見つけるより、ダンテに似合いそうな服を探していることでしょう。

また、日本育ちの子なので、チキンスープよりもお粥の方に馴染みがあるけど、ダンテは知らないのでチキンスープを作ることに。
お粥に梅干しは鉄板ですが、少量の白だしと卵を入れても美味しいです。
でも梅干し先輩にはかなわないっす。

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願い致します。
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